第21回:真の「チリの奇跡」が起きている(岸本聡子)

新しい政治を掲げるチリの若き次期大統領

 2022年3月、南米チリで36歳の若き大統領が誕生する。昨年末の決選投票で次期大統領に選ばれたガブリエル・ボリッチは、既存の中道左派と一線を画す新しい左派連合「広域戦線(Frente Amplio)」の候補者で、10年前には高等教育(大学)の無償化を求める大規模な学生運動のリーダーであった。彼は対立候補者だった極右エリート弁護士で独裁者ピノチェトの信奉者のホセアントニオ・カストを見事に破った。

 3月11日の大統領就任を前にボリッチの新内閣が発表されている。女性大臣14人、男性大臣10人の編成で、24人中7人が30代である。かつてボリッチとともに学生運動をけん引したカミラ・バレヨ(33)とジョルジオ・ジャクソン(34)も抜擢されている。画期的なジェンダー平等と新しい世代のリーダーシップは、表面的なものではない。その背後には、社会的な不平等、先住民への抑圧と不正義、女性への差別や暴力、汚職や腐敗と闘う大規模な社会運動が勝ち取った新憲法の制定がある。

 チリは史上初めて民主的な憲法を国民の手で作っている真っ最中だ。新憲法制定と、広域戦線の若きレフトたちが創ろうとする新しい政治の誕生が交差しながら進むチリ。その希望のポリティックスの道筋をじっくり見ていこう。

学生運動から広がった、格差と不平等への抵抗

 多様性とジェンダー平等で世界をリードする新政権がチリで生まれた背景を理解するには、2011年に始まった大規模な学生運動に遡る必要がある。当時、高等教育の無償化を求めて始まった学生運動は、民主化以降最大の運動となり、格差と不平等を広げてきた政治や経済モデルに抵抗する社会運動へと発展した。11年当時、大学生だったボリッチは、このときの学生運動のリーダーの一人だった。

 この学生運動から8年後の2019年10月、地下鉄料金の値上げに対して学生の怒りが再び爆発。ゲートを飛び越えて無賃乗車する抵抗運動に火がついた。怒りへの共感は学生だけにとどまらず、瞬く間に全国に広がった。チリは南米で最も所得水準の高い国でありながら、貧富の格差が最も大きい国の一つで、生活費や教育費の高さへの不満が沸点に達する直前だったのだ。

 地下鉄の駅は占拠され、81駅が破壊され、そのうちの17駅は燃やされた。運動は急速に拡大、過激化し、建物やインフラを破壊した。あっという間に緊急事態宣言が出され、「カラビネーロス」(※)と呼ばれる武装した国家憲兵が出動した。カラビネーロスの過剰な暴力で、30人が死亡、12,700人が負傷、2,840人が逮捕された。このとき、カラビネーロスによる拷問やレイプを含めた性的虐待があったことが、後に8,500件もの人権侵害の申告によって明らかになっている。それでも民衆は屈せず、1週間後には150万人が首都サンティアゴの通りを埋め尽くした。

※カラビネーロスはピノチェト軍事政権下での3000人の行方不明と3万8千人の拷問に深く関わっている。度重なる人権侵害と汚職にもかかわらず、軍政以来一度も改革されていない組織

150万人が参加したといわれる2019年10月25日のサンティアゴでのデモ。他の都市も含めると400万人が「チリは目覚めた」「さようならセバスティアン(ピニェラ)」とピニェラ大統領の退陣を求めた(Credit for the photo: Pressenza/Sergio Bastías)

新憲法制定を問う国民投票実施へ

 運動が高揚する中で国民的な要求になっていったのが、ピノチェト独裁政権の時に制定された憲法を廃し、国民によって新しい憲法を制定するというものだった。

 現憲法はピノチェト独裁下の1980年に制定されたもので、ピノチェトのレガシーそのものであり、一言で言えば私的所有制度の絶対化と国家の経済への介入の極小化を特徴としている。チリは水道を完全に民営化した世界で数少ない国の一つであるが、現行の極度な新自由主義は、この憲法下で進んできたのだ。デモ隊によるこれ以上の損害を恐れた政府は、新憲法制定を問う国民投票の実施に合意せざるを得なかった。

 私と同年代の女性環境活動家・アレハンドラは言う。「私たちは20年以上も平和的にデモをしてきたが、エリート支配の政治と経済を全く変えられなかった。若い世代が抵抗のために破壊行為を始めたとき、私たちも応援しなくちゃ、と思った。民衆の力を示す方法はそれしかなかったし、実際に社会は変わった」

 そして、約1年後の2020年10月、新憲法制定を問う国民投票が行われ、78%の国民が支持。国民投票には、既存の国会とは別に憲法を起草する独自の議会を選挙で選出するという提案も含まれていた。なぜなら、既存の国会は中道右派・左派のエリート政治家や政党政治に支配されているからだ。政党政治を離れた国民に近い制憲議会を作るというのは、学生運動後に下院議員となったボリッチらが発案していたことだった。

 憲法を起草する制憲議会(155人)は議席の半分を女性に、そして、17議席を先住民族の代表に割り当てた。その結果、社会正義を希求するフェミニストや環境主義者が多く当選した。とくに、初代の制憲議会議長に先住民マプチェの女性で学者のエリサ・ロンコンが選出されたことは、新憲法が志向する多様性を象徴的に世界に示すものだった。

 新憲法制定は、歴史的な不正義と近代的な環境破壊、50年近い経済の新自由主義がもたらした社会的不平等と格差を根本的に是正しようとする大きな力に突き動かされている。制憲議会が起草した新憲法は、今年10月に国民投票で改めて是非が問われる。

世界で最も早く、深く進んだチリの新自由主義

 「チリは新自由主義が生まれた場所であり、その墓場にすることだってできる」

 選挙中も選挙後も、ボリッチは自信を持ってそう言っている。ピノチェト独裁政権下(1973~1990年)で文字通り経済政策を作ったのは、新自由主義の提唱集団「シカゴ・ボーイズ」出身の経済官僚であった(※)。1980年には、その「改革」は経済分野を超えて教育や社会保障にも拡大。年金と教育の民営化は、新自由主義国家のチリの中心的なプロジェクトであった。1980年、世界に先駆けて国民年金制度を解体し、民間投資ファンドが運営する年金基金機構(AFP)がとってかわっている。

 ボリッチは「40年もの間、労働者が毎月給料から収める保険料は金融市場や投資家の利益として吸い取られている」と批判し、AFPに終止符を打ち、連帯を基礎とした非営利の公的年金制度を構築することを公約している。

 チリでは教育の民営化の結果、学生の85%が私立大学に通う。OECDの中で教育費に占める公的支出の割合が低い国の一つでもある(そのチリよりも日本の教育への公的支出は格段に低いという現実に驚愕する)。大学教育は裕福な家族の特権となり、そうでない学生が大学に行こうと思えば多額のローンを背負うことになる。こうしたことが背景にあって、2011年に高等教育の無償化を求める大規模な学生運動が起こったのである。

 その後、ボリッチを含めた学生運動のリーダーたちが国会議員に当選し、この問題に尽力したことで高等教育の無償化は一部実現した。現在は、チリの学生の32%がその恩恵を受けている。

※国有企業の民営化、投資や金融の規制緩和、貿易の自由化、規制緩和による競争促進など、政府の役割や介入は最小化し市場にすべてをゆだねる新自由主義経済政策を提唱する「シカゴ・ボーイズ」と呼ばれるシカゴ大学出身の経済学者たちに、ピノチェトを頂点とする軍事評議会は国家企画局のもとで経済政策を作らせた

新しい世代のレフト

 ラテンアメリカの政治に詳しい同僚のダニエル・チャベスによると、ボリッチらは新しい世代のレフトだという。セクト主義や革命によって資本主義を終焉させるというような、古い社会主義や共産主義左派とは一線を画す。彼(女)らが目指すのは、環境、公共サービス、文化、そして女性の権利や多様性、先住民の権利を守ることによる、具体的な生活の改善であり、そのために新自由主義と決別することである。

 国連によると、チリでは人口の1%が国内の富の25%を所有している。 こうした状況でボリッチは、格差是正のため、年金改革、単一の健康保険システムの確立、最低賃金の引き上げを公約した。さらに、労働時間を週45時間から40時間に減らし、環境への投資を増やすと訴えた。住宅不足や公共サービスへのアクセス、公教育の強化、労働者の権利の拡大は、ボリッチが選挙期間を通じて訴え続けたことだ。福祉国家を志向し、富裕層や主要産業である鉱山産業に増税し、女性や性的少数者、先住民のための支出を増やし、気候変動対策に取り組むと約束した。また、ボリッチは2019年に起こった反政府デモ後に、社会格差の是正を求める国民らの声に耳を傾けるかたちで新憲法草案の着手に至る交渉プロセスを推進した議員のうちの1人でもある。

民衆を分断した、対極の社会ビジョン

 一方、決戦選挙を戦ったホセアントニオ・カストは、アメリカのトランプ、ブラジルのボルソナロになぞらえられる人物だ。カストは、チリの経済・政治エリート、富裕層、超保守からの支持を擁し、「法と秩序」の名の下に多様な性の在り方(LGBTQ)を否定、中絶に反対、移民排斥と警察の強化、気候変動問題の否定、新自由主義の継続を訴えてきた。選挙では、法と治安維持の強化や減税、社会的支出の削減を主張した。また、独裁政権を率いた軍出身のアウグスト・ピノチェト元大統領の業績を擁護した。企業支配が激しいチリの大手メディアは完全にカスト側であった。新憲法制定へ道筋をつけるのに尽力したのが大統領となったボリッチであり、新憲法制定そのものに反対したのがカストだった。

 大統領選挙は、最後まで大接戦であった。カストとボリッチの社会ビジョンは対極とも言えるもので、真正面から衝突し拮抗した。チリの民衆は今でも深く分断されている。カストが相当に広い層から支持されたことは全く無視できない事実だ。一回目の選挙ではカストがトップだったのだから。大げさではなく、カストが勝てばファシストが支配する国になるぎりぎりのところで、活動家たちは戦々恐々の戦いを続けた。

 全国津々浦々での必死の運動の結果、女性や先住民が選挙に行った。昨年12月の決選投票の投票率は11月に行われた一回目選挙の47.3% から55.6%に上がり、800万人以上の有権者が投票した。これは2012年に投票の義務化がなくなって以来最高の数ということだ。その結果、ボリッチは56%を得て、カストの44%を10ポイント以上離して勝利した。

制憲議会での議論の最前線

 首都サンティアゴのレコレタ地区には民衆大学がある。レコレタ地区はチリ共産党所属の市長(※)ダニエル・ハドゥエのリーダーシップによって、寡占化して高額になった薬の価格を下げるために薬局を公営化した経験があり、このモデルは全国に広がった。高すぎる高等教育から排除される人が大勢いる中で、すべての人が無料で学べる区立の民衆大学を作ったのも彼のイニシアティブだ。

 ちなみにハドゥエは、左派連合「広域戦線」内部で大統領選候補者を決める選挙でボリッチに敗れた人物で、実力ある政治家の一人。レコレタ民衆大学と私が所属するTNIが「ミュニシパリズムと自治」についての講座を共同制作している縁で、民衆大学とはいっしょに仕事をしてきた。スペイン語ができない私が、チリの今を直接学べるのはこの共同作業のおかげだ。

 民衆大学の女性ディレクター、ソレダット・バレラに、新憲法の精神の根幹は何かと聞いてみたところ、「個人の利益のためではなく、連帯に基づいてみんなのために運営される国を作ることかな」と平たく答えてくれた。「コレクティブ」(共同、協力)という言葉が何度も出る。教育は権利であり、個人でなく社会全体で支えることも新憲法の要になっている。非営利の公的年金の再建も、この連帯と「コレクティブ」の精神に基づく。正規ではない労働者や労働市場の外にいる女性も含め、すべての人が権利として基礎年金を享受できるという、年金本来の連帯を取り戻そうとしているのだ。

 ソレダットの同僚であるカロリーナ・プレズは、大学生だった10年前にボリッチらと共に学生運動の中心にいたという。今はレコレタ民衆大学で働く一方で、制憲議会議員の一人のアドバイザーも務めているので、私はチリ以外の人にもわかるように新憲法の主要な挑戦について記事に書いてほしいとお願いした。その内容をもとに紹介したい。

※首都であるサンティアゴ市は32の地区からなり、それぞれに市長(Alcalde)がいる

ケアを仕事として認め、権利を擁立する動き

 制憲議会が最初に作ったのは、直接国民が新憲法起草に参加できる新しい手法である。それは、誰でも1万5千筆の署名を集めれば、議会に新憲法案を提出できるという制度だ。この制度のおかげで、様々な社会運動が新憲法起草に参画している。たとえば、すでに公務労働組合を中心に国民の権利を守るための公的年金制度が提出された。ほかにも、先住民の環境正義を守る権利運動から「水と水へのアクセスはすべての人に属する普遍的な権利」として私的な所有を禁止する提案も出されている。

 制憲議会の中心的なテーマの一つでもあり、新政権の重点政策とも重なるのが、「国民皆ケアシステム」なる提案である。今までの社会経済のなかで、「ケア」という人が生きるために大切な関わりや仕事が見えにくくなっていた理由の一つは、その多くが女性によって無償で行われていることだろう。私自身、育児や介護だけではない「ケア」の広い概念に触発されたのはパンデミック後である。人は生まれてから死ぬまで、誰かにケアされて、誰かをケアし、そしてまたケアされる。

 チリの経済学者であるパウラ・ポブラリは、「すべての無償ケアサービスの経済価値を試算すると、チリのGDP(国内総生産)の22%になる」と話す(英語版動画)。これはチリの主要な産業の鉱山開発産業、金融、観光よりも多く、労働生産の53%を占めるという。そのうちの72%が女性によって、そして多くが無償で行われている。家庭内で行われる育児、家事、介護は、肉体的にも精神的にも長時間の重労働であるが、賃金が払われることはない。日本でもチリでもその多くを女性が担っていることは同じで、労働市場にいないということは有給休暇もなく、年金も乏しいか、ない。

 いま、チリで話し合われている国民皆ケアシステムでは、まず「ケアを仕事として認めること」「有償、無償にかかわらずケアに従事する人の権利、すべての人のケアされる権利を確立すること」を出発点とする。たとえば、家庭内で無償で行われているケアの一部を仕事化(プロフェッショナル化)して国家が支援する。家庭内でケアすることを選択する場合は、ケアする人に最低賃金を保障するというものだ。

 国家が積極的な役割を果たしながらも画一化することを避け、地域や家庭で自主・自律的に行われているケアを尊重する提案は、多くのフェミニストの助けによって考案された。国民皆ケアシステムの構築は、ボリッチの公約でもある。「家父長制の遺産を背負う女性の仕事を評価し、ケアを社会全体の『コレクティブ』な責任として共同で行う」仕組みづくりは、政治と新憲法の二人三脚で進んでいる。

先住民の合意のない鉱山資源開発を無効に

 「環境、自然の権利、共有資源と経済モデル」は、制憲議会が重点とする7つのテーマのうちの一つで、そのための評議会ができている。この環境評議会からは画期的な案が提出された。土地の先住民から合意が得られないまま企業に許可された鉱山資源開発や木材プランテーションの事業許可を無効にするというものだ。この提案が通るためには、制憲議会の全体議会で3分の2の賛成を得なければならない。

 この提案は、チリの先住民への弾圧と不正義に大きく関わっている。チリの主要な産業は、他の南米の国々とも共通するが鉱山資源開発だ。チリは世界一の銅産出国であり、世界第二のリチウム生産国でもある。チリ南部に居住する最大の先住民マプチェ族は、スペインとチリ政府による征服と弾圧で、もともと住んでいた土地の95%を奪われた。そして、残された土地も、合意のない大規模なプランテーションや鉱山資源開発で汚染され続けている。さらに、現憲法は川や地下水などの水源の「私的な所有」を許しているため、先住民の土地からは水も奪われているのだ。

 チリ北部には別の先住民が居住するが、そこはリチウムの世界最大の資源量を持つ。リチウムは、気候変動対策、脱炭素化としてさかんに宣伝されている電気自動車(EV)の電池の主原料で、国際需要が急激に拡大している。ピニェラ政権は、かつてないレベルのリチウム発掘の国際入札を行い、すでに中国企業BYDが採掘権を勝ち取っていた。しかし、かねてから直接的環境破壊である銅やリチウムの大規模な採掘に批判的であるボリッチの勝利で、風向きが変わった。

 今年1月末、チリの裁判所はアタカマ州のリチウム資源開発権の国際入札手続きの停止を命じた。電気自動車(EV)は脱炭素化の重要なプレーヤーだが、厄介なことに従来の自動車と比べるとリチウムのような鉱山資源を約6倍も必要とする。EVに置き換えることが真の解決策にならず、自動車そのものの総量を劇的に減らさなくてはならない理由がここにある。先住民の土地は、化石燃料の採掘でもさんざん破壊され、汚染されてきた。脱炭素化の名の下に、金持ちがEVに乗って満足を得ながら、先住民の土地で持続不可能な鉱山資源が続くのは「公正なトランジッション」と程遠い。新憲法は先住民の土地を含め、環境を守る原則を明言しようとしている。

多民族国家、ジェンダー不平等、不均衡の是正

 さらに注目したいのは、新憲法で「多民族国家」(Plurinational State)として宣言するかどうかという大きな議論が起きていることだ。2009年、ボリビアでは初めての先住民の大統領であるエボ・モラレスの下で新憲法が制定され、それまでの「ボリビア共和国」(Republic of Bolivia)から「ボリビア多民族国」(Plurinational State of Bolivia)に名称を変えた。マプチェ族をはじめ10の先住民が住むチリにおいて、「多民族国家」宣言をするかどうかという議論は、スペインの植民地主義、新自由主義といったものから決別し、多民族共存のための協力、コミュニティー、敬意の原則を確立しようという議論と共通しているように思える。先住民の自治権や自己決定権の拡大、そして集権的な国家から地方自治への分権といったテーマにもつながっている。

 制憲議会の議論のなかで優先順位の高いもう一つの課題は、ジェンダーの不平等、不均衡の是正である。司法、立法、行政のすべての組織や機構においてジェンダー平等を実現するという目標の本気度は、制憲議会の成り立ちと新政権の姿勢を見るにつけ説得力がある。

日本と似ているチリ。その変革にワクワクする理由

 独裁が終わって約30年、新自由主義が続いて約50年、変革の種をまいた学生運動から約10年、多くの犠牲を出した格差と不平等の抵抗運動から2年強、天下分け目の大統領選挙から約3カ月。チリの人々が自ら勝ち取った新憲法制定とその過程や議論から世界が学ぶことはあまりにも大きい。

 私は行ったことさえない国チリを思うとき、いつも日本のことを考える。教育格差や授業料のために学生が抱える不当な借金が共通しているだけではない。市民権を「消費の満足」に置き換え、共同や連帯を衰退させて、「何をやっても変わらない」というあきらめ感と政治毛嫌いを蔓延させ、エリートによる政治支配を続けている点が日本社会とかぶる。結果、選挙の投票率も日本同様に低い。これらはチリの新自由主義の裏の顔で、チリの人々が50年近く経験してきたことだ。

 カストが掲げた超保守と排除の社会像は、自公政権が長期支配する日本で常態化している。「維新」が推進するのは、チリ流の激しい新自由主義だ。性別役割分業やミソジニー(女性蔑視)が根深いことも共通している。ファミサイド(女性を標的とした殺人)を告発するダンス「加害者はあなただ」は、チリの女性たちから生まれ世界中に広がった。怒りが共有され、明確なビジョンが生まれるには時間がかかり、多くの犠牲が強いられる。

 経済成長を実現してきたチリは、長い間「南米の優等生」と言われ続けてきた。かつて、シカゴ・ボーイズのミルトン・フリードマンは、「チリの奇跡」として自らの新自由主義的改革を称賛したが、規制緩和や民営化をおしすすめたピノチェト元大統領の業績を評価する国民が相当数いるために、他の南米の国々のような抵抗運動や社会運動はチリでは起こらないと言われていた。少なくとも2011年までは。

 だから今起きているチリでのトランスフォーメーション(変革)は、日本でもどこでも起きる可能性を持っていると私は思っている。そう信じていなければ、こんなにワクワクしない。

***

※TNIは国際パートナーとともに、レコレタ民衆大学、チリの社会運動と共同して「Future is Public 2022」と銘打つ国際会議を今年12月にチリ・サンティアゴで行うことに決めました。日本の社会運動、進歩的な政治家や学者にも参加を呼びかけます。詳細が決まりましたら、このコラムでもお知らせします。

*記事を読んで「いいな」と思ったら、ぜひカンパをお願いします!

       

岸本聡子
きしもと・さとこ:環境NGO A SEED JAPANを経て、2003年よりオランダ、アムステルダムを拠点とする「トランスナショナル研究所」(TNI)に所属。経済的公正プログラム、オルタナティブ公共政策プロジェクトの研究員。水(道)の商品化、私営化に対抗し、公営水道サービスの改革と民主化のための政策研究、キャンペーン、支援活動をする。近年は公共サービスの再公営化の調査、アドボカシー活動に力を入れる。著書に『水道、再び公営化! 欧州・水の闘いから日本が学ぶこと 』(集英社新書)