【寄稿】イチエフ過労死事件、遺族の控訴棄却。でも、東電は「誠実に対応した」と言えるだろうか?(牧内昇平)

マガジン9で「映画から考える3・11」を連載してくださった物書きユニット・ウネリウネラのウネリこと牧内昇平さん。現在は福島で暮らしながら、福島原発事故、過労死などの取材に取り組む牧内さんによる寄稿です。
(タイトル写真:亡くなった猪狩忠昭さんの妻=5月19日、仙台市内、牧内昇平撮影)

 2017年10月、東京電力福島第一原発(イチエフ)で働いていた自動車整備士の猪狩忠昭さん(当時57)が心臓の病気で倒れた。その際の救急医療体制が不十分だったとして、遺族が東京電力ホールディングスなどに損害賠償を求めていた訴訟は今年5月19日、仙台高裁で判決が言い渡された。
 結果は遺族の敗訴だった。しかし、これまで裁判の経過を取材してきた筆者が気になるのは、この事件についての東電の対応が「誠実さに欠けるのではないか」ということだ。

裁判のあらまし

 まずは事案をかいつまんで書いておく。
 亡くなったのは福島県いわき市に住んでいた猪狩忠昭さん。2014年6月頃からイチエフ内の整備工場で放射線に汚染された車両を整備していた。猪狩さんの雇用主は「いわきオール」(本社いわき市)、車両工場を運営していたのは港湾・物流業「宇徳」(本社横浜市)。つまり、「東電(発注者)―宇徳(元請け)―いわきオール(下請け)」という受発注関係で働いていた。
 死亡前1カ月間の猪狩さんの時間外労働は100時間を超えていたため、労災が認められた。「過労死」だ。直接の雇用主であるいわきオールだけでなく、宇徳や東電の責任も問いたいという気持ちが強かった猪狩さんの遺族は、3社を相手取って訴訟を起こした。しかし、2021年3月の福島地裁いわき支部判決は、いわきオールに対して約2500万円の支払いを命じる判決を言い渡したものの、東電・宇徳は「賠償義務なし」とした。

 遺族は仙台高裁に控訴した。
 遺族が主張したのは東電と宇徳の「救急医療体制の構築義務違反」だ。
 東電は、けがや病気の人が出た場合に備えて、イチエフ内に救急医療室(ER)を設置。作業員にERの電話番号を載せた「連絡カード」を配っていた。しかし、実際にはこれが機能しなかった。猪狩さんが整備工場の前で不整脈を起こして倒れた時、一緒にいた同僚たちは携帯電話を持っていなかったからだ。それどころか、彼らが働いていた整備工場には固定電話やインターフォンもなかった。同僚たちは事前連絡ができないまま猪狩さんをERに運び、ドアをたたいて中の医療班に急病人発生を伝えるしかなかった。
 イチエフのERでは診療前に放射線量を測る必要がある。事前連絡がなかったため、スタッフが線量測定の準備をする必要があり、このために診療開始が少なくとも数分は遅れた。
 遺族はこの点について、「東電と宇徳に過失がある」と主張した。

 しかし、仙台高裁(小林久起裁判長)は遺族の訴えを退けた。
 判決はERでの診療が遅れたことは認めたものの、「事前連絡によって短縮できる時間が数分程度であったことを考えると、救急医療の専門的な知識までは持っていない東電において、救急診療までの時間短縮の大切さと体制整備の重要性について具体的な問題意識をあらかじめ持つということは、相当に困難であった」と指摘した。

 この判決にも私は「問題がある」と感じているが、ここでは詳述しない。今書きたいのは、東電が「誠実だったか」だ。

仙台の街中で裁判のチラシを配る猪狩忠昭さんの妻=4月19日、牧内昇平撮影

当初、和解を「希望しない」

 判決後、東電ホールディングス広報室は、筆者の取材に対してこうコメントした。
 「廃炉作業に取り組んでいただいた方が亡くなったことは改めてお悔やみ申し上げます。判決の詳細は把握しておりませんが、当社の主張が認められたものと考えております」
 だが、東電には本当に「お悔やみ」の気持ちがあっただろうか。

 遺族が仙台高裁に控訴した後のことだ。高裁は第一回口頭弁論を開く前に控訴人(遺族)と被控訴人(宇徳・東電)に対して「①和解勧告への意見」「②控訴審の進行の希望」などを問い合わせた。三者の回答結果は以下である。

遺族「①希望しない」「②無回答」

宇徳「①一任する」「②特になし」

東電「①希望しない」「②早期結審、判決を希望」

 遺族側が和解を拒むのはやむを得ないと思う。大事な人を失ったのだ。たとえ形式的な話であっても「和解」の二文字を受け入れる心境になれないのは想像に難くない。
 注目すべきは東電と宇徳の対応の違いである。宇徳の代理人は和解勧告について、このような意見も付記していた。
 「一審判決の結論を尊重していただきたいが、ご遺族に向けた何らかの意向表明をすることなどであれば、検討の余地がある」
 これを読む限りは、宇徳は遺族の気持ちに一定の配慮を示した、と言えないだろうか。
 一方、東電の素っ気ない回答が企業としての意思なのか、代理人の判断で書いたものなのかは分からないが、「お悔やみ申し上げます」という気持ちは、少なくとも筆者には伝わってこない。東電は第一回口頭弁論後、裁判長からの勧告を受けて遺族との和解協議に応じた。しかし、当初はこういった対応だったのである。

イチエフ内での携帯電話の扱いはどうなっていたのか?

 もう一つ指摘したいのは、「結局、イチエフ内での携帯電話の扱いはどうなっていたのか?」ということだ。裁判の争点でもあるここのところに、実は疑問が残っている。

 猪狩さんが倒れた時、一緒にいた同僚たちは携帯電話を持っていなかった。この点を問題視した遺族側は、「作業員に携帯電話を持たせるなどして、緊急時の連絡体制を整えるべきだった」と主張していた。
 一審判決(福島地裁いわき支部)は東電提出の証拠に基づいて以下のように指摘した。
 〈イチエフで勤務する作業員は私用の携帯電話を携帯することが禁止されていなかったこと、イチエフにおいては1日あたり4千人~6千人程度の作業員が勤務していたことが認められ、作業員全員に携帯電話を支給するためには、相当な維持費の支出および管理が必要となることをも踏まえると、原告(遺族)らが主張するような体制がイチエフにおいて構築されているとの期待が、一般に広く共有されているとはいえない。〉

 要するに、一審判決は“私用の携帯電話を持ち込むことはできたし、そもそも数千人に電話を持たせるのはお金が大変だから、そんなことは東電に期待できない”と言っている。この判断自体がおかしい(東電は少なくとも2018年4月頃にはイチエフで働く全作業員に携帯電話を貸与する体制を整えている。無理な話ではないのだ)。

 しかし、ここで指摘したいのは、「一審判決が前提とした事実は正しいのか?」ということだ。
 一審判決後の2021年7月、猪狩さん遺族の支援者が加わる「全労協(全国労働組合連絡協議会)」が東電に「申し入れ」という名目の話し合いを行った。東電側の担当者は原子力・立地本部の原子力センター所長だ。この話し合いの中に注目すべき部分があった。全労協が作成し、裁判所にも提出した「申し入れの記録」から引用する。

東電側 作業主管のグループごとに携帯を持っていって、そこで必要に応じて連絡をいただくようにしております。従前はいわゆる携帯電話を我々持ってなかったので、個人さんが持ち込まないように、写真を撮られちゃうと……。今はもう個人の携帯電話の持ち込みは禁止しています。
全労協 猪狩さんが亡くなった時、2017年なんですけども携帯の持ち込みは禁止されてなかったが、グループに1台は携帯電話が……。
東電側 基本は、えーと、写真が撮れる携帯電話は持ち込みが禁止です。

 作業のグループごとに携帯電話を1台持たせていた。しかし個人携帯の持ち込みは禁じていた――。東電担当者の回答は、裁判での説明と食い違っている。全労協側は重ねて尋ねた。

全労協 あ、それは今ですよね。
東電側 えーと、震災の前からそうですし、震災後も基本はそうです。ただ、あの作業上でこういったものが必要ですという申請があったのかどうか、ちょっと私も知らないです……。写真機能がついた携帯電話は持ち込み禁止。いわゆるガラケーの写真のないやつというのはまた別かもしれません。
全労協 そうすると実際ほとんどの携帯は持ち込み禁止になっちゃいますよね……写真機能……昔からガラケーだって……。
東電側 ほかの発電所も……作業の中のいわゆる放射線管理区域は持ち込み禁止です。

 前述の通り、一審判決は「携帯電話の持ち込みは禁じられていなかった」ことを前提としていた。しかし、東電原子力・立地本部の責任者の回答が正しければ、この前提は崩れることになるだろう(全労協の担当者が指摘する通り、ほとんどの携帯電話にはカメラ機能がついている)。

東電広報室は曖昧な対応

 結局、イチエフへの携帯電話持ち込みルールは当時どうなっていたのか。東電ホールディングス広報室に問い合わせると、担当者は「訴訟に関する内容は回答を差し控えます」と前置きした上で、こう回答した。
 「核物質の防護強化の観点から、2018年1月より、発電所構内に持ち込むカメラ機能付き携帯電話についてはすべて許可制になっています。震災以降、この制度が開始されるまでの期間は携帯電話の持ち込みは可能だったということです」

 だとすれば、全労協への回答は誤りだったということか。担当者はこう答える。
 「全労協とのやりとりについては、個別の団体とのやりとりに該当しますので、回答を差し控えさせていただきます」

 筆者はこう伝えておいた。
 「携帯電話の持ち込みルールがどうだったかは裁判の争点であり、遺族にとっても非常に重要な点である。もしも広報室のいまの回答が事実ならば、この重要な点について、東電は全労協に対して誤りを伝えたことになる。当然その回答内容は遺族にも伝わる。“何が真実なのか”ということで遺族の気持ちは強く揺さぶられることだろう。この点一つをとってみても、東電が遺族に対して誠実な対応をしているとは評価できない」
 東電広報室の担当者から特に反論はなかった。

 携帯電話の持ち込みルールが実際はどうだったのか、筆者には現段階で自信をもって結論を出す材料がない。
 なぜ原子力センター所長が全労協に対して「携帯電話は持ち込み禁止」と明言したのか。そのことへの合理的な説明がない限り、“本当は携帯電話の持ち込みが実質的には禁じられていたのではないか”という疑問も抱かざるを得ない状況である。
 筆者はこの点について控訴審が真相を解明してくれることを期待したが、そうはならなかった。控訴審はそこのところをはっきりさせないまま結審してしまった。判決文を読んでも「携帯電話の持ち込みは禁じられていなかった」とも「禁じられていた」とも、明記していない。この部分については控訴審が終わっても「謎」が残ってしまったというのが率直な印象である。

 しかし、少なくともこうは言えるだろう。大事なところで説明が不十分に終わるのは、事件を軽視している証拠である。そして東電側のその姿勢が、遺族からしてみれば大変な屈辱に感じる。

東電は遺族と話し合いを続けよ

 以上、東電の誠実さを疑う部分を2点指摘した。
 遺族側が上告するという可能性もある。だが仮にこの裁判が高裁段階で終わったとしても、東電は今後も猪狩忠昭さんの遺族や支援者たちと真摯に話し合う必要がある。まずは携帯電話の持ち込みルールがどうなっていたのかをもう一度整理して遺族側に伝えるべきだ。混乱を招いた責任は東電側にある。
 さらに言えば、遺族たちが最終的に求めているのは「イチエフの事故収束作業でこれ以上の犠牲者が出ないこと」である。裁判の結果にかかわらず、再発防止のための努力を続ける責任が東電にあることも書き加えておきたい。

※この裁判については、筆者が書いた以下の記事もあわせて読んでほしい。
〇下請けだけの問題なのか? 福島第一原発の過労死、東電の責任めぐり19日、高裁判決 – 弁護士ドットコム
〇福島第一原発の過労死、東電の責任認めず 救急医療体制めぐり争うも遺族敗訴 仙台高裁 – 弁護士ドットコム

「福島第一原発過労死責任を追及する会」の横断幕。画面左が猪狩忠昭さんの妻=4月19日、仙台市内、牧内昇平撮影

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ウネリウネラ
元朝日新聞記者の牧内昇平(まきうち・しょうへい=ウネリ)と、そのパートナーで元同新聞記者の牧内麻衣(まきうち・まい=ウネラ)による、物書きユニット。ウネリは1981年東京都生まれ。2006年から朝日新聞記者として主に労働・経済・社会保障の取材を行う。2020年6月に同社を退職し、現在は福島市を拠点に取材活動中。著書に『過労死』、『「れいわ現象」の正体』(共にポプラ社)。ウネラは1983年山形県生まれ。現在は福島市で主に編集者として活動。著書にエッセイ集『らくがき』(ウネリと共著、2021年)、ZINE『通信UNERIUNERA』(2021年~)、担当書籍に櫻井淳司著『非暴力非まじめ 包んで問わぬあたたかさ vol.1』(2022年)など(いずれもウネリウネラBOOKS)。個人サイト「ウネリウネラ」。【イラスト/ウネラ】