第601回:参院選、終わる。〜これから楽しみなこと〜の巻(雨宮処凛)

 参院選が終わった。

 猛暑の中の選挙戦。終盤、コロナ感染者が増え続け、第7波に突入した参院選。戦争と物価高と感染症の中での選挙。そして何よりも、安倍元首相が凶弾に倒れるという、誰も予想もできなかった悲劇が起きた国政選挙。

 当初の予想通り、自民党が改選過半数を独占。野党共闘がうまく進まなかった結果、野党第一党の立憲民主党は議席を減らすこととなった。

 このことに対して、立憲民主党へ猛省を促す声は多いが、私もその一人だ。

 昨年10月の衆院選のあと、中島岳志氏と「維新は『第三極』か? 野党共闘は失敗だったのか?」というタイトルの対談をしている。ここでも触れたように、私は衆院選での野党共闘は失敗だったとは思っていない。反省すべきは、野党共闘を盛り上げなかったこと(選挙が始まってそうそう、枝野氏は「野党共闘と言ったことはない」などと発言)、また、徹底できなかったことだと思うのだ。

 しかし、なぜか一部メディアの煽る「失敗だった」の声に立憲民主党がブレまくった結果、このたびの参院選は無残な結果となってしまった。

 なぜ、政権交代という「獲得目標」までの最短ルートをいくという、子どもでもわかることがこれほど困難なのか。なぜ、またとないチャンスをわざわざ棒にふるようなことを繰り返すのか。

 しかし、そんな中でも希望はある。「れいわ新選組」が獲得した3議席だ。

 2019年の結党からわずか3年。れいわ新選組は、衆参合わせて8人の国会議員がいる国政政党となった。

 思えば、あっという間の3年間だった。

 ALSで寝たきりの舩後さんのもとを訪れた山本太郎氏が、ベッドサイドで「国会で一緒に闘いませんか」と熱く口説く様子を見たのが19年。舩後さんはもともと、私の友人で日本ALS協会元理事の川口有美子さんの紹介だったので、仲介役となった私も同席したのである。呼吸器の音が響く部屋で、熱心に舩後さんに語りかける山本太郎氏の姿を見て、「この人、本当に空気読まないな……」となかば感心していたのだが、その数日後、舩後さんは立候補を決意。そうして19年夏の参院選、特定枠として立候補した舩後さんは見事、当選。それだけでなく、同じく特定枠で立候補した重度障害者の木村英子さんも議員となった。

 「障害者に何ができるのか」の声をはねつけるように、2人の議員の誕生は、国会という建物をまずはバリアフリー化させた。

 あれから、3年。舩後さんは「文教科学委員会」で障害児の教育問題などの質問を重ね、木村英子さんは国土交通委員会に所属。そこでの国会質問がきっかけで、すでにいくつものことが実現している。例えば彼女の質問をきっかけに新幹線の車椅子スペースが増設されたのだが、その新幹線はすでに走っている。また、多目的トイレの設計基準も変わった。

 「障害者に何ができるのか」。そんな言葉に対して、障害者だからこそできることを次々と実現しているのである。

 21年の衆院選では山本太郎氏、大石あきこ氏、たがや亮氏が当選。れいわ新選組は衆参合わせて5人となり、そして今回の参院選の前に山本太郎氏は辞職。このことについての批判の声もあるが、理由はここに本人が書いてある通りだ。向こう3年間、国政選挙がない状況での政治の暴走を食い止めるためと説明している。

 この辞職で、くしぶち万里氏が衆院議員に。

 そして参院選で、比例の特定枠で出た天畠大輔氏、東京選挙区の山本太郎氏、比例の水道橋博士が当選となったわけである。

 19年のれいわ結党から見ている身として、8人となったれいわの今後が楽しみで仕方ない。

 まずは水道橋博士。

 もともと立候補の予定はまったくなかったのに、日本維新の会代表の松井市長に関する動画を引用リツイートしただけで、今年4月、名誉毀損などで550万円の損害賠償訴訟を起こされてしまう。「スラップ訴訟」と憤った博士は5月、れいわの街宣に行った際に反スラップ訴訟法について山本太郎氏に訪ねたところ、「政治家になったらどうですか」と出馬を打診され、本当に出馬することに。

 芸人としてだけでなく、様々な社会問題に切り込む勉強家の側面は多くの人が知っていたはずだ。そんな博士が今や国会議員となったわけだが、どんな委員会に所属し、どんな質問をしてくれるのか。今からメチャクチャ楽しみなのは私だけではないだろう。抜群の発信力で、国会を面白くしてくれるに違いない存在の誕生に、思わず松井市長に感謝したくなってしまうほどだ。とにかく、国会への注目を爆上がりさせることが、権力の暴走を止める手段のひとつである。

 そしてもう一人、私が期待を寄せるのは天畠大輔さん。

 この連載の第576回でも紹介したが、天畠さんは14歳の頃の医療ミスで重度の障害を持つようになった当事者であり、研究者。私は彼の『声に出せないあ・か・さ・た・な 世界にたった一つのコミュニケーション』という本を読み、もう大ファンになったのだが、最初に会ったのは10年近く前の院内集会。そこで見た「あかさたな話法」に度肝を抜かれた。

 介助者が、言葉の欠片をひとつひとつ拾うように繰り返す「あかさたな」に、身体を動かすことで答えて文章を紡ぐ。その祈りのような表現方法は、荘厳な光景だった。同時に、伝えたいというコミュニケーションの奥深さに、心が震える思いがした。「コミュ力」なんかを気にして、「プレゼン」とか「相手をその気にさせる話し方」とか、そんな小手先の技ばかりが溢れるこの国で、天畠さんのあかさたな話法は、もっとも美しいコミュニケーション方法に思えたのだ。

 また、彼の魅力はなんといってもその「明るさ」である。見ているだけで元気になる。そして感嘆するのは、彼の言葉を読み取る介助者の技術。天畠さんと介助者の姿を見ることで、どれほどの人が介助という仕事の奥深さを知るだろう。そんな天畠さんが国会議員になることは、必ずや、この国の介助・介護の仕事の質や待遇も高めていくと思うのだ。ちなみに彼は、立候補しただけで政権放送のルールも変えた。すでに仕事をしているところが素晴らしい。

 そして、山本太郎氏。強力な味方を得た彼は、与党による「黄金の3年間」の暴走を必ず止めてくれるはずだ。

 さて、そんな8人中、女性は3人。また、8人中、24時間介助が必要な重度障害者が3人。今後の日本のさらなる高齢化を考えると、決して不自然な割合ではないはずだ。山本太郎氏は舩後さんを「寝たきり界のトップランナー」と言うが、3人とも、ある意味でそれぞれの世界のトップランナー揃いである。それぞれコミュニケーション方法が違うことも興味深い。舩後さんは文字盤を目で読み、木村さんは口での会話。天畠さんは「あかさたな話法」。コミュニケーションの多様性が、すでにここにある。

 もしあなたがある日、話すことができなくなったらどうするだろう。
 思いを伝えられないだけでなく、痛みや空腹や暑さ寒さも伝えられなかったとしたら、少なくない人が絶望するのではないだろうか。

 しかし、その先には、私たちが今まで考えもしなかったやり方でのコミュニケーションの世界が広がっている。ちなみに文字盤を使う人の場合、「文字盤で、親しい人と誰かの悪口を言えるようになったら元気になる」という話を聞いたことがある。

 痛みや空腹を伝えるだけではなく、文字盤で愚痴を言ったり弱音を吐いたり、ちょっとした「悪口」なんかを言えるようになるとどんどん「その人らしさ」を取り戻して元気になっていくのだという。

 その上、文字盤は読み取れる人が限られているので、悪口を言われている人が隣にいてもバレない。はたからは、ただ寝たきりで動けないように見えていても、実は親しい人といたずら心たっぷりに、吹き出しそうになりながらその場にいる誰かについて語っている、なんてこともよくあるのだ。

 かように、文字盤の世界だけでもこれだけ深い。こういうことを知ると、「なんだ、発語できなくても、愚痴は言えるし推しの話とかできるんだ」と、ちょっと意識が変わってこないだろうか。

 様々な「障害」をもった人たちとの出会いは、私にその中でどうやって生きていくかという「文化」を教えてくれた。これは私の世界を本当に豊かにしてくれている。

 さて、そんなれいわ新選組だが、たった一人が立ち上げた政党で、3年で8人の国会議員を生み出すというのは、けっこう歴史的なことではないだろうか。

 私はこんな「スピード感」が重要だと思う。

 このまま行けば、次の選挙は3年後。その間、どれほど政治は暴走し、増税などで庶民が苦しめられるだろう。しかも岸田首相は憲法改正について、「できるだけ早く発議」と述べている。与党にとっての「黄金の3年間」、私には不安しかない。そして3年後、私は50歳。ということは、多くのロスジェネが50代に突入するということだ。非正規や低賃金、不安定雇用という問題を抱えたまま。

 私自身、反貧困の運動をしながら、現状を変えられずに16年経ち、事態はさらに悪化していることに危機感を持っている。だからこそ、危機感とスピード感が重要だと思っている。本当に、ロスジェネには時間がない。

 今回の選挙では、「滅亡の危機」と言われた社民党は無事残り、福島みずほさんも当選となってほっと胸を撫で下ろした。

 そして選挙翌日には、「新杉並区長」となった岸本聡子さんが自転車で颯爽と杉並区役所に登場。新しい時代の幕開けを感じさせた。

 参院選、全体を見ると散々な結果としか言いようがないが、これから何ができるか、今、ワクワクしながら考えているところだ。

*記事を読んで「いいな」と思ったら、ぜひカンパをお願いします!

       

雨宮処凛
あまみや・かりん:作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。06年より格差・貧困問題に取り組む。07年に出版した『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版/ちくま文庫)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。近著に『死なないノウハウ 独り身の「金欠」から「散骨」まで』(光文社新書)、『学校では教えてくれない生活保護』(河出書房新社)、『祝祭の陰で 2020-2021 コロナ禍と五輪の列島を歩く』(岩波書店)。反貧困ネットワーク世話人。「週刊金曜日」編集委員。