第6回:植田百枚水をこぼさぬ水の星~「東北」その2~(牧内麻衣)

東日本大震災と原発事故から11年が過ぎた福島。今も課題は山積していますが、世の中の関心が薄れ、記憶の風化が進んでいることは否めません。悲惨な原発事故を経験した俳人で高校教員の中村晋さんは、事故後から現在に至るまで、福島の高校生たちと俳句を通じて語り合い、「命そのものの尊さ」を実感できる社会を取り戻そうとしています。そんな中村さんの句を取り上げ、お話を伺うことで、もう一度震災と原発事故をみつめ直し、今の社会について一緒に考えていく短期連載です。

林檎売り

中村 前回、自分はネイティブ東北人ではないというお話をしました。「東北」をキーワードに、作者から東北(山形県)生まれ・東北育ちのウネラさんに聞いてみたい句を挙げたいのですが、どうでしょうか。

ウネラ がんばってお答えしてみます。

中村 まずは次の句です。

灯と林檎灯と林檎灯と林檎売り

ウネラ 実はこの作品は全く東北とはかけ離れたイメージを持って読んでいました。むしろどちらかというと都市、といっても現代というよりは明治~昭和初期の、「都会の場末」のような舞台を想像していました。とても幻想的で、あまり意味などを追求せずに声に出して読んではいろいろと夢想しています。「灯」というのも、「ガス灯」とか「ランプ」と言ったレトロな灯が浮かんで。
 「林檎売り」というのが私にはピンと来なかったんです。実家には「林檎」の木もあって、林檎というのはあまり買いに行ったり誰かが売りに来たりするものという印象がなかったんですよね。今考えると贅沢です。もうその木は切っちゃいましたけど。

中村 これは福島市の「フルーツライン」(※)にあるりんご農家での一光景を詠んだ句です。採ったりんごを小屋のようなところで販売しているんですね。この「灯」の奥に、東北の暗闇を感じてもらえればうれしいです。でも、「場末のような感じ」も、なるほどと思います。ある方には、井上陽水の歌(「氷の世界」)を思い出したと言われたこともありました。自分の見た光景から離れて、読む人の中でイメージが自由に育つのって面白いですね。また、東北の人のほうが、かえって東北を感じないというところも面白いと思いました。

ウネラ なるほど。あのあたりの「灯」は確かに、かえって闇を想起させるようなところがありますね。

※福島市の西側の、吾妻連峰の麓を走る道路沿いやその周辺道路沿いを指す。多くの果樹園が点在し、さくらんぼ、桃、梨、ぶどう、りんごなどの果物畑が広がっている。果物狩りや直売が盛ん

雪と東北

中村 次に、この句はどんなふうに読まれたでしょうか。

雪に刺さって雪映すのみカーブミラー

ウネラ これは「THE 東北」と感じる句です。ただ、やっぱり「自分ではこういう表現はできないな」というのが実感です。雪を直視できないとでもいうのでしょうか。
 今はどうかわからないですけど、子どもの頃、雪が積もり過ぎて、朝家の敷地から車を出せないということはよくあったし、車のドアも凍るのでやかんでお湯をかけたりしていましたね。出かける(敷地から道路に出る)ために、その何時間も前から除雪作業をします。呑気な子の私は、除雪機の音で起きるんです。酷い時はその(除雪の)間にも道に雪が積もっていってしまいます。
 極寒なのに、雪掻きをした人は汗だくです。母の車なんかは何度も側溝に落ちてそのたびにいろんな人に救助されていましたね(苦笑)。これは山形の内陸あるあるですけど、大雪かつ地吹雪の時なんか、方向が全くわからなくなって、職場に向かっているつもりが気づいたら自宅に戻ってきてしまっていたなんていう話もあるほどです。
 雪が嫌だ嫌だと言いながら、雪についてはついぐだぐだ語ってしまいますね(苦笑)。

中村 もはや、私からは一言の説明もいらないですね。この句もまた、妻子が自主避難していたとき、山形で見た光景です。よく見る光景でしたね。でもあるとき、なんだか妙に哲学的なカーブミラーに見えたんです。「刺さって」という語でそれを出そうとしたつもりです。 ウネラさんの雪への思いを刺激できたようなのでうれしい限りです。
 ただ、自主避難は自主避難で、こういう雪との戦いもあるので、妻子は大変だったと思います。福島県内で言えば、浜通りから会津地方に避難された方々は、冬に苦しめられたと聞きます。ですから、この句は単に東北を詠んだ句ともいえず、私にとっては自主避難生活の一コマでもあります。

ウネラ 私からすると福島市はやはり雪は少ないです。福島市内では雪掻きのことを「雪掃き」というのにも表れている通り。うちの実家のほうでは(雪掻きを)「雪投げ」と言いますし、会津地方の雪深いところでは「雪掘り」というと聞きました。

雪解けの福島市内から見える吾妻小富士(撮影:ウネリウネラ)

三月十一日

中村 ではこの句はどうでしょう。

物置けば物音三月十一日

ウネラ 多くの人たちに読んでほしい句と切に願う作品です。ただ、この句を「東北」というテーマで括ることには躊躇いがあります。私は「非当事者は口を塞げ」という言説に明確に反対ですが、それでも「物置けば物音」という感覚は被災当事者(特にいわゆる被災三県)の方独特のものでもあると強く思います。その線引きというか一種の「わきまえ」みたいなものを持ちつつ、この感覚は全人類が共有すべきもの、自分事として想像を働かせるべきことだと確信します。それゆえに「東北」的、で済ますべきではない句かなと考えます。

中村 3月11日という、東北に住む者にとっては特別な一日の一面を詠んだ句です。自分でもなんでこんな句ができたのかよくわかりません。とくに東北というものを意識したわけではないのですが、東北以外の人たちにも届くだろうか、届いてほしいなあという思いはあります。「音」の存在って、やはり「命」の証明なんじゃないかな、なんてことも考えてしまいます。また、「物置けば」の「物」がどんな「物」か、みなさんに自由に感じてほしいなとも思います。

ウネラ ああ、それはとても大事な気がしますね。想像しなくてはならないことだというか。同じ体験を共有していない者こそが、その物事を考えたり感じたりするという営みが重要なのではないかと思います。

水をこぼさない星

中村 もう一つ行きましょう。この句はどのように感じられましたか。

植田百枚水をこぼさぬ水の星

ウネラ これも大好きな句なんです。と、中村さんと俳句についてやり取りしていると、結局私は東北の原風景を愛しているのではないかとも思ってしまいますね。「愛憎」ですね。こんなにも美しく東北を描写してくれる作品に、感動を覚えました。「水の星」は地球でしょうか。そうだとすると「こぼしまくってしまっているんじゃないか」というひねくれも、社会に対しては感じています。その「社会」にもちろん自分も属しているわけですが。

中村 「こぼしまくっている」という指摘、その通り。汚染処理水とか、有機水銀とか。
 ただ、この句を作った時は、まあ、そういうこともあるこの星ではあるけれど、なんとか良い環境は残したいものだな、という思いのほうが強かったです。そういう点では、私は楽観的なのかもしれません。
 これもやはり、週末に自主避難している妻子のもとに移動する際に見た光景です。はるかに飯豊連峰と朝日連峰を置き、そこを源流にして引かれて張られた田水がきれいに揃って光っている景は見事でした。植田の水がどれも緊張感をもっているんですね。これは東北の美しさだなあと強く感じました。こういう感覚をみんなが養っていけば、戦争だとか原発事故だとかそういうものはなくなるんじゃないかな、などと、そんな願望を抱いたものでした。甘い幻想かもしれませんけれどね。でも、東北のこういう光景って、やっぱりいいんだなあ。
 ただ、こう思うのは、私自身がネイティブな東北人ではないからかもしれません。実際には、東北にもいろんな「ムラ」的なものも多いでしょうし、がんじがらめの人間関係もあるでしょうから。それがない私は、ただ美化しているだけなのかも、とウネラさんとやり取りしながら思いました。

柿を干すということ

ウネラ ここで一句、生徒さんの句を紹介させてください。私は干し柿があまり好きではないのですが(苦笑)、子ども時代はいつもうちに干されていたものです。その「干し柿」について、震災後こんなふうに詠まれています。

フクシマに柿干す祖母をまた黙認  髙橋洋平

中村 「干し柿」は大好きですよ。食べることも好きだし、干されている景色もきれいです。福島県伊達地方は「あんぽ柿」の産地で有名です。震災前は私も、柿だけ購入して、自分で干し柿を作っていました。ただ、原発事故でその楽しみもなくなりました。柿はセシウムを吸収しやすく、また干すことで濃度が高まるんですよね。当時、干し柿を食べるのは厳禁でした。でも、この句のおばあちゃんは、そんなこと言われても柿を干さずにはいられないのでしょう。それを複雑な気持ちで見ている作者。それがよく伝わります。
 この句は世代によって、原発事故の受け止め方が異なっていて、それによって分断が生じるという問題をあらわにしている句ですね。世代だけでなく、夫婦同士でもあったでしょうし、友人同士でもあっただろうし。あの事故と汚染のことをどう受け止めるかということは、リトマス試験紙のようなもので、一度言葉にしたとたん、もうそれで色分けされてしまいますから。みんなそういうことをはっきり口に出していうということを怖がっていたと思いますね。
 私は、この原発の問題は、命の問題であり、また人権の問題だと考えていたので、できるだけ言えることは言うようにしていました。しかし、その一方、分断を生みかねない件については慎重に言葉を選んでいました。
 大人でさえそういう状態だったので、高校生はなおさらでしょう。そういう分断を生むようなことを口に出して言うことはあまりなかったと思います。個人的に私に語ってくれることはあったかもしれませんでしたが、とても小さな声でしたね。ですから、そういうことが仮にあったとしても、なかなか表に出ないですよね。個人的なことだから私も外に出せなかった。しかし、この句ではそれが表に出てきています。その点で、この生徒の作品は貴重だと思います。

ウネラ 原発事故後にこの内容を俳句で表現するには、勇気が要ったのではないかと思います。

中村 彼がこの句を作って持ってきたとき、「ばあちゃんが、干し柿作るので困っているんですよね」とちょっと困惑気味の様子だったような気がしますね。ちょっと個人的すぎる句なので、「こんなの俳句になるのかな」と恥ずかしがっている印象でした。
 最初は、句としても少し煮え切らない感じでした。そこで、いろいろ質問して、干し柿はセシウムが残るので、おばあさんに作るのをやめてほしいと思っているけれど、生活の一部となっている干し柿づくりをおばあさんはやめられない、それを黙認するしかないんだ、ということを確認しました。そこまで引き出して最終的にこの句になったんじゃないかな。日常的な光景ですけれど、その光景の中に心の葛藤がよく表現されていますよね。
 でも、こういうのってなかなか言葉にしづらいものです。作品化することでおばあさんを傷つけてしまいかねない。ですから、ふつうは胸にしまって語らない。でも、そういうのが句になると、力を持つんですよね。

ウネラ 原発事故によって、誰もが背負わされてしまったという葛藤の重さが、ストレートに伝わってくると感じました。大人ももちろんですが、子どもたちも複雑な思いを抱えていたのでしょうね。

中村 生徒のことで言えば、こんな話もあったかな。生徒自身は被曝のことを心配しているけれど、親はなんとも思っていなくて、全然心配してくれないとか、その逆に、心配し過ぎる親を鬱陶しく思ったり、あるいは避難して福島を離れるほかの生徒を羨んだり。でも、それはそんなに大きな声では語られなかったですね。
 『わかな十五歳 中学生の瞳に映った3・11』という本にはそういう若い人の心情が切ないほどの筆致で描かれています。著者のわかなさんだって、渦中で相当苦しみながら声を上げ続けてきたんだと思います。けれど、そのことが大きく語られたり取り上げられたりするのは、震災後十年近く経てからのことです。ほんとうに大事なことはなかなか語られない。無意識的に忘れていたり、意識的にシャットアウトしたり。

2011年11月福島市で(撮影:中村晋)

今だから言えることを拾い上げる

ウネラ 自分だったら、と想像してみても、なかなか本心を口には出せなかっただろうなと思ってしまいます。

中村 ただ、今だったらまだ間に合うかも、とも思います。今だから言えるということ。そういうことを拾いあげることも大事な仕事かもしれません。でも、当時の高校生はもう卒業してしまっているので、どうしたらいいかな。
 とにかく、原発事故が起き、土地が汚染され、普通の日常が奪われるということは、それに伴って、人と人との関係にも見えない亀裂が生じ、心が蝕まれてしまうということなんですね。原発というか、核というものは、本質的に、人間を非人間的な存在に変えてしまう性質を備えているんじゃないでしょうか。
 「フクシマに柿干す祖母をまた黙認」には、人間的ないたわりを持ちつつ、しかしそのことが本当にいいことなのかどうか、逡巡する心がありますよね。やさしい句ですけれど、同時に核の持つ怖ろしさを感じさせる一句じゃないかなと私は思います。

中村さんの句集『むずかしい平凡』はウネリウネラBOOKSより通販でお求めいただけます。

 


中村晋(なかむら・すすむ):1967年生まれ。俳人、福島県立高校教諭。1995年より独学で俳句を作り始め、2005年からは故・金子兜太に師事。2005年福島県文学賞俳句部門正賞、2009年海程新人賞、2013年海程会賞受賞。2011年の東日本大震災・原発事故以降は、勤務する高校の授業にも俳句を取り入れ、生徒たちと作句を通じ命や社会のあり方について考え続けている。著書に第一句集『むずかしい平凡』(BONEKO BOOKS/2019年)、『福島から問う教育と命』(岩波ブックレット/大森直樹氏と共著、2013年)など。

*記事を読んで「いいな」と思ったら、ぜひカンパをお願いします!

       

ウネリウネラ
元朝日新聞記者の牧内昇平(まきうち・しょうへい=ウネリ)と、そのパートナーで元同新聞記者の牧内麻衣(まきうち・まい=ウネラ)による、物書きユニット。ウネリは1981年東京都生まれ。2006年から朝日新聞記者として主に労働・経済・社会保障の取材を行う。2020年6月に同社を退職し、現在は福島市を拠点に取材活動中。著書に『過労死』、『「れいわ現象」の正体』(共にポプラ社)。ウネラは1983年山形県生まれ。現在は福島市で主に編集者として活動。著書にエッセイ集『らくがき』(ウネリと共著、2021年)、ZINE『通信UNERIUNERA』(2021年~)、担当書籍に櫻井淳司著『非暴力非まじめ 包んで問わぬあたたかさ vol.1』(2022年)など(いずれもウネリウネラBOOKS)。個人サイト「ウネリウネラ」。【イラスト/ウネラ】