第7回:憲法の鍛え方田の返し方(牧内麻衣)

2011年の東日本大震災と原発事故はいまだ解決の糸口も見出せない状態ですが、記憶の風化がどんどん進んでいます。悲惨な原発事故を経験した俳人で高校教員の中村晋さんは、原発事故後、福島の高校生たちと俳句を通じて語り合い、「命そのものの尊さ」を実感できる社会を取り戻そうとしています。そんな中村さんの俳句から、もう一度震災と原発事故をみつめ直し、今の社会について考える短期連載です。

俳句と憲法

ウネラ 中村さんの句集『むずかしい平凡』を初めて開いた時、とても印象に残った句があります。

憲法の鍛え方田の返し方

 私にはとてもしっくりきました。口ずさみやすいリズムでもある気がします。昨今の憲法をめぐる状況を中村さんはどう見ていますか。

中村 この句は、震災のあと数年たってからできた句だったと記憶しています。今もそうですが当時も「改憲」のことが話題になっていて、戦後の民主主義が危ぶまれている状態でした。私は教職公務員なので、職業上、憲法擁護義務がありますが、それだけでなく、やはり憲法に記されている精神を、私たち市民がどう日常の生活に生かしていくかも、重要なことだと考えています。だって、国民は主権者ですからね。主権者自身が憲法のこと、その憲法のどこが問題なのかを主体的に考えていく必要があると思います。「改憲」の是非はともかく、まずは国民が主権者として憲法をよく読んで、自分の日常生活と比べながら自分の頭で考えるべきなんじゃないかな。
 もちろん、政治家や批評家、学者がいろいろ語るのは大事なことです。でも、主権者がそれを自らの問題としてとらえていく姿勢がないと、どんないい憲法でも、また憲法が改正されても、宝の持ち腐れになってしまうんじゃないか。その辺の思いが「憲法の鍛え方」という言葉になったのだと思います。

ウネラ 納得です。

中村 じゃあ、それと「田の返し方」がどう関係するのか。冬の間にすっかり堅くなった田を春になって耕す「田返し」の作業は、なかなかの重労働です。憲法を考えるのって、それくらいの肉体労働なのではないか、と訴えたかったのかな。頭だけで、小手先で考えるもんじゃないんだと、そう言いたかったのではないでしょうか。
 憲法がないがしろにされる、というより、憲法をないがしろにしているのは誰なんだろう、ということ。あるいは「憲法改正」の中身うんぬんより、そういうことをあれこれ言いつのっている生白い知識人の軽薄な言動に辟易していたのかもしれません。おまえさん、一度、農作業やってみなよ、こういうふうに働いている人たち、土とともに暮らしている人たちの視点からもう少しものを考えてみろよと、そんなふうに問題を投げかけたかった句です。
 それにしても憲法の文章って、奥が深いです。憲法第23条「学問の自由は、これを保障する。」これって、五・七・五の俳句形式ですよね。俳句と憲法との関係はけっこう深いのかも。

ウネラ 俳人のリズム感、肌感覚ですね。次の句もはっとした作品です。

八月や屋根も柱もない国家

中村 なるほど。

ウネラ 「これはまさに今のことでは?」と錯覚しました。こんな状態が10年以上ずっと続いているような気がします。

中村 これは、震災の年の8月にできた句です。「俺たちは経済活動の犠牲になっている」と憤ったあの高校生ではないですが、私たちはあのとき自分たちが「棄民」であると実感しました。国家は、いざとなると国民を守らないのだなと。「屋根も柱もない」とは、こういうふうに簡単に「棄民」にされるこの国ってなんなんだ、という憤りですね。
 ただ、この句、理屈っぽくて、意図が見え見えなので評判はそんなによくないです。評価してくれたのは、長野在住のフランス人俳句作家マブソン青眼さんくらいかな。こういうストレートな句は、案外海外の方に喜んで読んでもらえるかもしれませんね。俳句が海外に出ていくには、翻訳の問題がかなりむずかしいと思いますが、こういう句は翻訳しやすいかもしれません。

ウネラ 中村さんの海外デビューに期待です!

中村 そういえば、こんな句も作りましたよ。

疣蛙(いぼがえる)棄民を拒む面構え

ウネラ 「面構え」にインパクトがありますね。

中村 これは反骨の句です。棄民にされようが私たちは生きていくしかないですから。
また、ちょうどそのころ、井伏鱒二さんの「黒い雨」を読み返したところでした。名作中の名作ですよね。その中で、一人の兵隊がこんなふうにつぶやく場面がありました。「わしらは、国家のない国に生まれたかったのう」。このセリフは、国家とは何なのかとしみじみ考えさせられるものでした。そういういろんなものが混じり合ってこんな句になったのではなかったかと思います。

蠅と人間

ウネラ 中村さんの俳句には蠅がよく登場します。

人類に被曝史蠅に蠅叩き

中村 この句からどんなメッセージを受け取るかは読む人にお任せします。句自体は、「人類にはたしかに被曝史があるなあ。そして、蠅に対しては蠅叩きというものがあるなあ」としか言っていないので。

ウネラ この句についてあれこれ考えているうち、私には蠅が人類よりはるかに尊い存在に思えてきたんです。蠅叩きを振りかざしている人類の愚かさを思いますね。

中村 「蠅」という季語には思い入れがあります。福島で生活し、自分自身が被曝者になったとき、私たちは「棄民」なんだと絶望的な気分になったのを覚えています。自分たちはもう被曝した福島に閉じ込められたんだ、という気持ちでした。
 そんなとき家の中に一匹蠅が飛んでいて、うるさいなあなどと思いながら、窓を開けて逃がしてやったんですね。するとそのとき、窓の外は放射線があふれているけれど、蠅は大丈夫なのかな、などと私は不覚にも蠅のことを心配しちゃったんです。その途端、蠅に親近感を覚えてしまったんです。なんだか、同じ仲間意識を持ってしまった感じですね。そして、そのときこんな句ができました。

被曝者であること蠅を逃がすこと

ウネラ 『むずかしい平凡』において蠅の存在感は圧倒的です。

中村 「蠅」って好かれる生きものじゃないですよね。でも、自分が「被曝者」という弱者になってみると、「蠅」の存在は私の中でものすごく大きなものになりました。この感覚は、大事にしたいなあと思っています。

人間よ万緑をどう除染する

ウネラ 掲句は私たち(おそらく作者自身も)全員に問いを突き付ける作品です。私の考えは「できない」です。でも、それだけでは次の世代にあまりに無責任です。中村さんはどのようにお考えでしょうか。

中村 以前、原発関連の仕事をされていたある避難者と何気なくお話をしたことがありました。その方はこんなことをおっしゃいました。「私たちは平気で『除染』なんていう言葉を使うけれど、実際には『除染』などできないんですよ。放射性物質そのものを取り除くことはできないんです。今私たちがいう『除染』とは、その場から、別の場所に移動させるだけの『移染』にすぎないんです。『除染』といってそれでよしではないということは、知っておいていいですよ」。この言葉はとても印象に残っていて、以来、「除染」という言葉そのものをよく吟味して使わないといけないなと思った記憶があります。

ウネラ 言葉の使い方は非常に重要ですね。汚染水を処理水と呼ぶことなども同様だと思います。言葉ひとつで、物事の真偽がごまかされたり、実態が隠されてしまったりするおそれがありますね。

中村 さて、この句の問いへの答えですが、そもそも「除染」そのものが不可能なことなのですから、答えは「NO」です。仮に「移染」であったとしても「NO」。むしろこの句の問いは、「これから私たちはどう生きていけばいい?」ということなのかもしれません。
 これは私も含めてみなさんに改めて問いかけたいところです。「NO」の答えだけでは当然次世代に責任を押し付けてしまう。やはり、じゃあどう生きていくべきなの、未来に責任を押し付けないためにはどうすればいいの、と問いの形を変えていく必要があるでしょうね。そうすればその中から具体的になにかの行動が生まれてくるのでは、と考えます。
 例えば、ウネラさんが都会から福島に生活の拠点を移したことも、その答えの一つなのではないでしょうか。そういうことを深く考え、学んでいけば、少しずつかもしれないけれど、それが行動や社会の変化に現れるのではないかと期待しています。

だれにでも尊厳

ウネラ 常々私は個人の尊厳が蹂躙されることに非常な危機感を持っているのですが、それに関連して心打たれた中村さんの句を紹介します。

フクシマにひばりだれにでも尊厳

中村 私がよく行く散歩コースに広々とした草地があって、春になると、とくに天気のいい日にはひばりが明るく鳴いているんです。震災の年はひばりの声を聴いた覚えはありませんが、この句は翌年あたりの作品だったかもしれませんね。「フクシマ」という、人間の尊厳が踏みにじられているような場所で、高々と、そして朗々と声をあげているひばりの存在に胸を打たれてこんな句になったんじゃないでしょうか。

ウネラ ひばりがとてもやさしく感じます。この句に詠まれている「だれにでも尊厳」があるのは本来当たり前のことだと思うのですが、個人の尊厳よりも集団が重んじられる風潮が強まっていると感じるこの頃です。

中村 私はいつも生徒たちに、憲法第13条の前の部分「すべて国民は、個人として尊重される。」と話しています。確かに集団が重んじられる風潮はあるかもしれませんが、そこから個人の尊厳を守るのが憲法ですから、そういう風潮によって個人の尊厳が踏みにじられているとしたら、それは「憲法違反」です。確かに個人と集団の問題はむずかしいけれど、私は、とにかく憲法第13条を大事にしたいと思っています。

ウネラ 本当にそうですね。

中村 ところで、みなさんの目に福島の人たちはどう映っているのでしょうか。あんなにひどい目に遭ったのに、よく声も上げずに耐えていられるものだ、と思う方々も多いようです。けれど福島にも、言うべきことは言い、おかしいことはおかしいと声を上げる方々は少なからず存在します。むしろ、なぜそうした方々のことが報道等で取り上げられないのか不思議なくらいです。大きな拡声器でがなり立てる声は聞こえるけれど、ひばりの声は聞こえない、あるいは聞こえていても取り上げないのが今のメディアだとしたら、悲しいものがありますね。

ウネラ その点は私も福島に移り住み痛感しているところです。

中村 ノーベル文学賞作家スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチさんが来日し、福島の被災地を回った後に東京で講演した際、「福島の感想は」と聞かれて「日本には抵抗の文化がない」とおっしゃったそうですね。私は、アレクシエーヴィチさんの著作に強い感銘を覚えたものですが、さすがにその言葉にはちょっと違和感を覚えました。
 ヨーロッパに比べれば抵抗の文化は強くはないかもしれないけれど、それが「ない」と言い切るのは、どんなものだろうと思いました。私の知る人でも抵抗をする方は何人もいますし、私自身も微力ながらこんな句を作っているわけですから。私はアレクシエーヴィチさんにこう言いたいです。「私はあなたの本を何冊か読みましたけれど、あなたも福島の俳句をぜひ読んでみてくださいよ」と。

ウネラ 中村さんのような違和感を抱いている方も少なくないと思います。

敗戦日

ウネラ 『むずかしい平凡』には「敗戦日」を詠んだ句も複数収録されています。その中で私が惹かれたのがこの作品です。日常の動作に、体感的に共鳴できたのかもしれません。

敗戦日血が滲むほど歯を磨く

中村 この句は、俳句を作り始めてすぐのころの作品ですね。この句を、同僚の方に見せたら、「中村さん、若いけど歯茎大丈夫ですか?」と心配されました(笑)。
 私が俳句を始めたのは1995年で、この年は1月に阪神淡路大震災があり、また3月には地下鉄サリン事件がありました。世の中が騒然とした時代で、振り返ると、バブル崩壊後、日本社会が大きく変わっていくその序章だったのだなと思います。なんとなく日本の社会の在り方に違和感があって、なんだかおかしいなあ、今のこのやり方では先がないだろうなとの感覚を持っていました。
 「敗戦日」という言葉をあえて使ったのもそんな気持ちからでした。当時私は20代の後半でしたけれど、8月15日を「終戦日」と呼ぶのは、欺瞞だと思っていました。今もそう思います。これは大学で中国文学を学んだ影響もあります。中国の視点からすれば、どう考えても日本は侵略者であり、加害者であるわけです。日本に勝利したことが、今の中国の建国のアイデンティティになっているわけで、その視点からすれば間違いなく日本は敗戦国です。朝鮮半島から見てもそうでしょうし、台湾や東南アジア、それからアメリカから見ても敗戦国です。戦争の記憶というとき、私はこの視点を忘れたくないなと思います。沖縄、広島、長崎のことだけでなく、侵略者であり加害者であった日本のことも記憶していくことは大事なんじゃないでしょうか。そもそも「日本国憲法」も、戦争をしないことを宣言しているわけですから、この「敗戦」が新しい日本の国づくりの、拠りどころになっているんじゃないかと思います。
 「血が滲む」とは、被害も加害もみんなひっくるめての「血」のニュアンスです。「歯を磨く」という日常生活の中に、ふと戦争の記憶を見る思いがあったのですね。

ウネラ 戦争の記憶の風化も進んでいますね。

中村 2年前に病気で亡くなった私の父親は、兄たちをみな戦争で亡くしていました。戦闘で亡くなったのではなく、南方戦線での戦病死だったようです。栄養失調、餓死でしょうね。父はその兄たちと年を隔てて生まれた末っ子だったので戦争に行かずに済み、そのおかげで、私もこうして存在しているんですね。父はつい最近まで、戦争で亡くなった兄たちの遺族年金を受け取っていたようです。
 戦争の記憶が薄れていくのは確かに抗いがたいことなのかもしれませんが、それでもこの遺族年金のように、今もなお戦後が続いているのも確かなことだと思います。「憲法の鍛え方」ではありませんが、私たち自身も「戦争の記憶の鍛え方」を工夫する必要があるのかもしれません。
 かく言う私も戦争を知らない世代です。歴史をしっかり学んで、俳句の中で「反戦」「非戦」「不戦」の句を作っていきたいと思っています。生徒たちにもそういう句に挑戦してもらいたいですね。

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中村晋(なかむら・すすむ):1967年生まれ。俳人、福島県立高校教諭。1995年より独学で俳句を作り始め、2005年からは故・金子兜太に師事。2005年福島県文学賞俳句部門正賞、2009年海程新人賞、2013年海程会賞受賞。2011年の東日本大震災・原発事故以降は、勤務する高校の授業にも俳句を取り入れ、生徒たちと作句を通じ命や社会のあり方について考え続けている。著書に第一句集『むずかしい平凡』(BONEKO BOOKS/2019年)、『福島から問う教育と命』(岩波ブックレット/大森直樹氏と共著、2013年)など。

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ウネリウネラ
元朝日新聞記者の牧内昇平(まきうち・しょうへい=ウネリ)と、そのパートナーで元同新聞記者の牧内麻衣(まきうち・まい=ウネラ)による、物書きユニット。ウネリは1981年東京都生まれ。2006年から朝日新聞記者として主に労働・経済・社会保障の取材を行う。2020年6月に同社を退職し、現在は福島市を拠点に取材活動中。著書に『過労死』、『「れいわ現象」の正体』(共にポプラ社)。ウネラは1983年山形県生まれ。現在は福島市で主に編集者として活動。著書にエッセイ集『らくがき』(ウネリと共著、2021年)、ZINE『通信UNERIUNERA』(2021年~)、担当書籍に櫻井淳司著『非暴力非まじめ 包んで問わぬあたたかさ vol.1』(2022年)など(いずれもウネリウネラBOOKS)。個人サイト「ウネリウネラ」。【イラスト/ウネラ】