今回の「ドイツと語る」では、先月末にドイツ・ベルリンで行われた「ベルリン ピース ダイアローグ」の主催者側である、アンナレーナ・ベアボック外相のオープニング・スピーチを紹介したい。
「ベルリン ピース ダイアローグ」は、政治、学術、シンクタンク、市民運動といった国内各分野の専門家がドイツ連邦外務省に集まり、ヨーロッパならびに世界における非軍事機関の主導による危機防止と紛争処理、平和構築の可能性と限界について議論を行い、新たな解決策を見出そうという会議である。その中心となっているのはドイツ連邦政府に助言するアドバイザリー・ボードだ。同ボードは2017年に連邦政府が決議した指針「危機を防止し、紛争を克服し、平和を創出する」に従って設立された。
ベアボック外相はドイツ緑の党(正式名称は「連合90・緑の党」)の共同党首である。昨年のドイツ連邦議会選挙により、ドイツ社会民主党、緑の党、自由民主党による連立政権樹立の合意文書に署名した。同外相は環境、人権重視の政治家であり、たとえ戦闘がなくなっても、自由と身の安全が脅かされている状態は平和とはいわないとし、3月24日のドイツ連邦議会では、1990年代のユーゴスラビア紛争における性暴力が戦争犯罪として裁かれなかった点を指摘。戦場で性暴力が武器として使われてきたという観点から、21世紀の安全保障政策には「フェミニスト外交」の視点が欠かせないと訴えている(“Das ist kein Gedöns” – Annalena Baerbock liefert sich Streit mit Friedrich Merz | STERN.de)。
ドイツは6月21日にウイーンで始まった核兵器禁止条約の第1回締約国会議にオブザーバーとして参加した。同国は米国の核の傘の下にあるという認識からメルケル前政権は条約を批准しておらず、ショルツ現政権もその方針を引き継いでいる。同会議に出席したベアボック外相はオブザーバー参加の理由として、締約国会議には「建設的に伴走したい」との考えを示した(同じく批准していない日本はオブザーバー参加をしていなかった)。同外相は8月1日に開かれた核拡散防止条約(NPT)再検討会議において、7月に長崎市を訪れて被爆者と交流したことにも触れ、核保有国と非保有国との対話を仲介する必要性を訴えている。そして、ロシアのプーチン大統領が対ウクライナ戦争において核兵器の使用をちらつかせている現在、NPT体制の弱体化で「将来の世代にも危機が迫っている」ことについても言及した。
国際法に反するロシアのウクライナに対する侵攻は、ウクライナ国民を直接攻撃するだけでなく、国際平和秩序にも脅威を与えている。国際法によって守られている平和は、超大国が世界秩序の下で合意された規則や条約に従わない限り、保証されないということだ。「ベルリン ピース ダイアローグ」では戦争だけでなく、気候、開発、法の支配、健康など平和にかかわる幅広い分野でのパネルディスカッションやワークショップも行われた。
以下、ベアボック外相のオープニング・スピーチの概要だが、その内容は北朝鮮の弾道ミサイル発射、中国による台湾へ軍事侵攻危機などに対する日本の立ち位置についても考えさせるものだと思う。なお、現在のドイツ連邦政府の閣僚は男女8人ずつと同数であることも付け加えておきたい。
***
南スーダン北部の小さな村で、ある男性が隣人を槍で襲いました。幸い、被害者は命を取り留めたものの、その地域には裁判所がないため、その男性を訴えることはできませんでした。そこで彼が復讐をすれば、暴力の連鎖が起こり、家族までも巻き込んだ争いが何年も続くことになりかねません。ところが争いは回避されました。ドイツの検事であるザビーネ・アーノルトは、国連平和維持要員として南スーダンの司法当局に助言し、30人のチームを組み、テントのなかで「移動式裁判」を行っていたのです。そこで上述の槍の事件も扱われ、加害者は有罪判決を受け、賠償として数頭の牛を被害者に渡すことになりました。
今日、本会議に出席している人なら誰でも、非軍事的機関、すなわち公正で独立した裁判所が存在し、警察が十分に機能を果たせば、暴力を防止できることを知っているでしょう。
私たちが考える安全保障における2国間の紛争は、ウクライナでの戦争によって新たな焦点が当てられました。わが国の非軍事機関は従来、国内における対立の解消に向けられていたのですが、この戦争においては当該機関の活動が対外的にも求められています。私たちが安全保障を軍事面からのみ考えていては、恒久的な平和をつくり出すことはできないのです。
私たちの危機防止のための取組みは安全についての以下のコンセプトに基づいています。
第一は、路上で撃たれたり、爆弾で殺されたりすることのない、生命の安全です。そのために私たちはウクライナに国民を守るための重火器を供給しています。同時に私たちの非軍事機関は、たとえばニジェールでは国境地域にいる人々をテロリストや組織犯罪から守れるよう警察を訓練することを通して、人々を暴力から守っています。南スーダンにおけるサビーネ・アーノルトの取組みも、(非軍事機関である)裁判所の判決が安全保障に貢献する例といえるでしょう。
第二は、人々が自由に生活できるための安全です。今年、ウクライナにおけるOSCE(Organization for Security and Co-operation in Europe=欧州安全保障協力機構)で働くドイツ人の平和維持要員が私に言いました。「武器で平和を押し付けることはできない。それは長続きしない」と。
そのことを考えたのは、今週、(ウクライナ東部の)ドンバス地方で行われたロシアによる恣意的な住民投票に関するニュースを見たときです。住民はときに武器によって脅されて、住まいや職場を出されて投票所に行かされ、透明の投票箱に投票用紙を入れることになりました。それは自由で公平な選挙とは真逆のものであり、平和とも真逆の、無理強いの平和です。ロシアによる強制的な措置が占領地域で続く限り、市民は自由でも安全でもありません。
ベラルーシの独裁政権に勇気をもって対峙している反体制派の指導者、スヴェトラーナ・チハノフスカヤが、私たちにオンラインで向き合ってくれることをうれしく思います。彼女とベラルーシの多くの人々は誰よりも知っているのです。自由と安全は戦争のない状態以上のものであることを。
第三は、私たちの生活に不可欠な基盤――すなわち私たちの環境と自然を守ることです。パキスタンの豪雨でドイツの面積に等しい国土の3分の1が洪水災害に見舞われたことは、気候変動がいかなる危機をもたらすかを示しています。
2050年までに気候危機によって世界中で2億以上の人々が生まれ故郷を去ることになる(※世界銀行の報告書による懸念)、ということは気候危機がすべての国の安全を脅かすことを意味します。私たちが気候危機という地球上で最大の安全保障上の課題に取り組まなければ、この脅威はパキスタン、エチオピア、チリなどの国々だけでなく、ヨーロッパの国々にも影響を及ぼすのです。
だからこそ気候危機は私たちの危機防止の中心課題になるのです。私たちは気候変動を――自国も国際的なレベルでも――積極的に克服しなければなりません。二酸化炭素の排出量が1t増えるごとに、地球の気温は1.5度、1.7度、2度、3度と上昇していきます。私たちはすでに1.1度~1.2度温暖化しているなかで生きているからです。
私たちの命、自由、そして存在基盤。この人間の安全保障が私たちの国の安全保障戦略の基礎であり、災害支援からNATO計画策定まで国内外の政策の統合を図っていきます。
はっきりしているのは、私たちは連邦政府が設立した非軍事的危機防止と平和構築のためのアドバイザリー・ボードの活動に依拠しているということです。
ひとつのよい例がアフガニスタンにあります。アフガニスタンで何が間違ったのかを検証することを私は支持します。それは誰が責任を負っているのかを突きとめるためではなく、将来の教訓を学ぶためです。体系的な評価は私たちが将来よりよい仕事をすることに寄与するでしょう。皆さんの多くは、長い間、そのような評価をすることを推奨してきました。アドバイザリー・ボードの2人のメンバー、ハンス-ヨアヒム・ギースマンとヴィンフリート・ナハトヴァイが、アフガニスタンへのドイツ連邦軍の派兵について検証する連邦議会の特別委員会に参加していることをうれしく思います。
皆さんが能力と知識を提供し、建設的な批判を寄せ、関わってくださることに感謝いたします。
皆さんがここに集まっていることこそ、「危機防止というものは称賛されるべき」だということの証明です。
皆さんがよき議論をされることを望みます。
***