企業法務とは? 具体的業務と求められる資質 講師:葉玉匡美氏

葉玉匡美さんは、日本経済新聞「2008年に活躍した弁護士ランキング」企業法務部門1位に選ばれるなど大変著名な弁護士ですが、学生のころはさしたる夢や希望もなく、司法試験に挑戦して検事になったのも「成り行き」だったのだとか。その後、さまざまな経験を積むなかで、企業法務という活躍の場を得て十数年。毎日エキサイティングな案件に携わることが出来て、仕事が楽しくてたまらないとおっしゃいます。そんな葉玉さんに企業法務とは何か、求められる資質など、企業活動における法律という「道具」の使い方をお話しいただきました。[2022年9月10日(土)@渋谷本校]

スタートは暴力団相手の検事から

 私は東大法学部に進学しましたが、法律の勉強はまったくと言っていいほどせず、授業に出るのは年に7回の試験の時だけ、麻雀と演劇に明け暮れる学生時代を送りました。そんな私でしたが3年生の時に片思いしていた女性の気を惹こうという邪念から、司法試験に挑戦することを決意、2年間の猛勉強の末5年生で合格しました。
 それでもさしたる目標もなく、司法研修を受けるうち、検事の仕事もおもしろそうかな、と思うようになり、ある検事のかたからお誘いを受けて、いわばなりゆきで検事になりました。
 福岡地方検察庁に勤務することになり、「おまえはからだも声も態度もでかいから、やくざに対抗出来るだろう」と、おもに暴力団がらみの恐喝、殺人事件など、暴力係検事を担当しました。そのなかで力を入れたのは、暴力団の資金源になっている闇金融事件でした。すると今度は「おまえは細かい金の計算も出来そうだから」と、特捜部の応援にかり出されることになりました。そして贈収賄、企業犯罪、選挙違反など企業法務に関わる経済事件を多く担当しました。
 その流れで「企業犯罪にも強そうだ」ということで、今度は法務省民事局に異動になりました。法務省民事局は、法律の立案作業を行う部署で、既存の法律を一部変える改正作業などが多いのですが、私が入った平成13年(2001年)当時は、株券電子化など商法が大きく変わる転換期にあり、新しい法律をいちから作るというクリエイティブな仕事に携わることが出来ました。「社債、株式等の振替に関する法律」「電子記録債権法」などの立法は、白紙に絵を描くようなおもしろさがありました。また民事局渉外担当として、国際機関における商法、会社法に関する条約交渉などに携わる経験もさせてもらいました。
 実際に会社法を作るときには、経団連や中小企業連合会などの経営者団体、税理士、会計士の団体、学者など、企業法務を巡るさまざまな立場の人の意見を聞き、どこに、どんな要望、問題があるのかを探り、対立する意見を調整し、すりあわせて妥協案を提示し、条文にまとめ上げていきます。最後は政治家の了承を取り付ける交渉も必要です。これはなかなかおもしろい仕事だと思うようになりました。
 このようなさまざまな経験を経て、企業法務に関わる弁護士になると方向を決め、当時全国で5番目くらいの規模であったTMI法律事務所に、パートナーとして入所しました。

企業活動は〈人・もの・お金〉から成る

 TMIは企業法務を中心に扱う事務所で、株主総会対応はじめ経営権争い、従業員の過労死事件、偽装事件、公取法違反の調査など、会社を経営する上で起こる問題の解決に当たっています。また企業活動のための資金調達、企業買収に関わることもあります。
 さらには社外取締役、社外監査役など、企業の中に入って企業の経営の一端を担う仕事もします。つまりは法律という武器を使って企業の困りごとを解決する、それが企業法務の仕事です。
 商売を始めるのに何が必要かと言えば、まずは人ですね。仲間を集めてそれぞれの役割を決める。そうやって人が集まればトラブルが生じることもありますから、それを法的にきちんと対処する必要があります。
 人の次に必要になるのは、もの、サービスです。例えば居酒屋であれば酒や食材という「もの」を仕入れ、それを料理人が料理して付加価値をつけその「サービス」を提供する。そして人、もの・サービスを動かすために必要なのは、お金です。お金は企業活動の血液ともいわれるほど重要ですから、資金調達の方法をアドバイスする専門家が求められます。
 このように企業活動するための人、もの、金にまつわる困りごとを解決し、うまくいくようにアドバイスするのが、企業法務の仕事です。
 私には、小さな家族経営の会社から大企業まで100社ほどのお客さんがいます。事業内容や規模は違っても、押さえるべき法的ルールには共通の部分があり、同じようなクオリティでサービスすることが大事と、心がけています。

知見と経験が求められる、起業資金へのアドバイス

 起業する場合の選択肢としては、「個人でやる」のと「株式会社・合同会社を設立する」の二通りがあります。それぞれ手間やコストも異なりますし、個人事業であれば所得税、会社であれば法人税と、適用される税法も違います。どちらが有利かはケースバイケースなので、お客さんの事情に合わせて知恵を出すのが、私たち弁護士の腕の見せ所です。
 とはいえ大きな商売をやるには、やはり株式会社を設立することになります。税務上のメリットだけでなく、お金集めもしやすいからです。
 株式会社を設立するためには、相当のお金が必要です。それには金銭消費貸借契約という民法上の契約に基づいて、知り合いや銀行から借りる方法と、株式を発行し、それを買ってくれる株主を募集して資金を集める方法があります。そのどちらを選ぶのがいいかは、貸してくれる側の事情によります。貸す側がどのような目的、狙いで、出資しようとしているのか、それを聞いて回って、貸し付けにするか株を買ってもらうかを提案します。
 簡単に説明するとこういうことなのですが、「株を買ってもらう」といっても実際にはもっと複雑です。例えば新規上場を目指すスタートアップ企業の場合、最初の出資者には普通株を取得してもらう。そして事業が軌道に乗って有望視され始めると、新たに出資を申し出る人が現れます。この段階での出資者の狙いは一様ではありません。「経営には関心がないので議決権はいらない、そのかわり分配当を上澄みして欲しい」とか「いずれ上場して株価が値上がりするのを期待している」とか、その人が何を求めて出資しようとしているのか、そのニーズに応じて権利の内容が異なる「種類株」を発行します。そうすることでより多くの資金を集めることが出来るからです。
 このように、一口に株式を発行して資金を集めると言っても、出資者のニーズも多様な方法があり、どのように優先順位をつけて組み合わせ、契約まで持っていくか、担当する弁護士には専門的な知見と経験が求められます。

株主総会の対応は熾烈な知恵比べ

 株式会社は株主、取締役、従業員の3者で成り立っており、それらの間の関係を整理するのも企業法務の仕事です。
 その一つが株主と取締役の関係を規律する株主総会の指導です。株主総会では、役員の選出、配当額の決定など重要な決定が行われるわけですが、会社法に則って粛々と執り行われるようアドバイスします。
 株主総会で起きる問題としては、「大株主と取締役が対立して、役員の解任要求が出される」「非上場会社で、大株主であった父親が亡くなり、相続をきっかけとして経営権争いが起きる」「上場企業で議決権行使に関心の高いファンドが、会社提案に対して否決要求を出す」など、さまざまあります。
 その場合は、たくさん株を持っている機関投資家と交渉し、会社側の提案に賛成してくれるよう説得したり、委任状を集めて議案が通るよう働きかけたりします。
 株主総会対応は会社側、株主側どちらに立っても熾烈な知恵比べで、法律上の知識だけでなく、議決権を持っている人をいかに説得してこちら側につかせるかという交渉術、人心掌握術が問われます。また過去の判例も少ないので、前例に頼らない思い切った策を講じる大胆さ、創造性も必要です。
 人を巡る問題としては、経営者と従業員の関係もあります。経営者に対しては、労働基準法・労働組合法・労働関係調整法のほか、労働契約法など法律をきちんと守ってもらうようアドバイスします。 
 もの・サービスに関して言えば、事業の内容を把握して、必要な許認可を取るアドバイスをしたり、仕入れや販売に伴う契約書の確認をしたりします。また、取引上のルール違反、たとえば自動車部品メーカーが性能をごまかして納品していたといったような場合には、第三者委員会を立ち上げて事実関係の調査をしたり、お客さんに対しては損害賠償するなどの仕事を担当します。
 偽装、カルテルなど不正が行われたときの調査では、企業法務弁護士が重要な役割を果たします。こうしたケースでは検事時代の経験も生かすことができています。

企業法務はエキサイティングでクリエイティブ

 もう一つ大きな仕事としてはM&A(合併買収)があります。M&Aのほとんどは交渉で進めます。方法として、事業を買うのか、会社ごと株を買うのか、どのような方法が税務上得か、法的リスクが少ないのかなどを調査するデューデリジェンスを担当します。
 会社を買うとは、人・金・ものをまるごと買うわけで、高度な専門性を要する責任重大な仕事ですので、弁護士報酬も1件数千万から億単位の売り上げになります。
 このほかにも非上場会社の相続対策も頼まれます。オーナーである親が亡くなった後、相続争いが生じて経営が立ちゆかなくなることがないよう、相続人の間で配分を決めておく。そしてさまざまな税金対策、アイデアを駆使して、次世代にスムーズにバトンタッチできるよう、アドバイスします。

 以上、お話ししたように企業法務とは、さまざまな主張の人がたくさんいるなかで、それぞれの意図をくみながら、設計図を描いて交渉し、解決の道筋をつける仕事です。エキサイティングな案件に携わることが出来る、とてもダイナミックでクリエイティブな仕事です。お金儲けのことばかり考えているわけでなく、さまざまな人間の気持ちに寄り添った解決策を提案することでみんなに喜んでもらえる、人間関係の機微にふれる仕事だと自負しています。

はだま・まさみ 東京大学法学部卒。1993年4月検事に任官。2001年4月法務省民事局付検事として会社法・社債等振替法の立案を担当する。2007年4月TMI総合法律事務所にパートナーとして参画。上智大学大学院法学研究科教授、東京大学大学院法学政治学研究科客員教授などを歴任。『新・会社法100問』(編著、ダイヤモンド社)など著書・論文多数。

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