弁護士として自由に生きる~大手法律事務所、巨大企業、留学、パートナー、そして独立へ~ 講師:永田幸洋氏

弁護士の永田幸洋さんは、学生時代は農学部・農学研究科で霜降り和牛の遺伝子研究をしていたという異色の経歴の持ち主です。友人の影響で司法試験に挑戦、2年あまりの勉強で合格し弁護士に。大手法律事務所に所属してM&A、IPO、スタートアップファイナンスなどコーポレート案件やクロスボーダー案件を手がけたほか、大手企業への出向、アメリカ留学と多様な経験をされました。そして独立した今思うのは「弁護士の仕事の最大の魅力は自由であること、自分も周りの人も幸せにできること」。弁護士として自由に幸せに生きるとは、というテーマでお話しいただきました。[2022年10月1日(土)@渋谷本校]

遺伝子研究から司法試験へ

 私は高校卒業後、京都大学農学部に進学し、遺伝子工学の研究室で霜降り和牛を効率的に生み出すための基礎研究に従事していました。誰も知らない未知の分野に挑む研究は楽しく、日々の実験や勉強にいそしみながら修士課程に進んだのですが、“その先”どうするかで悩みました。理系大学院卒であれば、企業の研究職に進むのが一般的で、私も食品会社や製薬会社への就職を試みたのですが、自分が会社員になって働くというイメージがどうしても持てず、迷いが生じました。
 そんなときたまたま司法試験勉強中の友人の話を聞くうち、法律に興味がわき、弁護士という生き方もあるのかなと思い始めました。いろいろ調べていくうちに伊藤塾を知り、「当塾で勉強すれば、ゼロからでも1、2年で合格できる」というパンフレットの文言にひかれて、司法試験をめざすことを決意しました。当時伊藤塾京都校ではビデオによる授業が行われており、送られてきたビデオCDを研究室で細胞培養しながら見て、一人で勉強するという日々を2年間続け、2度目のチャレンジで合格しました。
 受験勉強というと合格するためだけのものと思われがちですが、私が伊藤塾で学んだことは現在の実務のなかでも確実に生きています。それは知識だけでなく、法律的な物の考え方、文言の解釈の仕方など、弁護士の根幹とも言える能力やセンスです。実務の中では文献や判例がないケースも多く、そんなときでも法律家としてのセンスを発揮して対応していく必要が多々あるわけで、その法律家としての根幹となる能力は受験勉強の中で培われたものと実感しています。皆さんもこんなに勉強してあとあとどれほど役に立つのか、不安に思うこともあろうかと思いますが、必ず役に立つと申し上げておきます。
 それと今勉強中の皆さんにお伝えしたいのは、仲間の大切さです。私は理系だったので、初めは身近に勉強仲間がおらず、行き詰まったときなど一人で悩むこともしばしばでした。励まし合ったり教えあったり、気晴らしに雑談したりという仲間がいれば、モチベーションも上がるし合格にもつながる。苦楽をともにした仲間は、その後も特別な絆で結ばれ、かけがえのない存在になります。私の場合は司法修習で一緒だった仲間と、15年後に共同事務所を運営するという幸運にまで恵まれました。

大手企業法務事務所での新人弁護士生活

 2006年に弁護士となり、企業法務を主に手がける大手のTMI総合法律事務所に入りました。企業法務、中でもM&Aに関する業務は、法律の総合格闘技といわれるほど、会社法、労働法、契約実務、不動産関係、知的財産などあらゆる法律を駆使して行う仕事ですが、 TMI総合法律事務所も大変活気がありました。
 大手事務所に入ってよかったと思うのは、得意とする専門分野を持つ優秀な弁護士が多数いることです。身近に尊敬できる先輩がいることは、なによりの刺激になりますし、自身の専門性を早く見つけてよりスムーズに成長することができます。「一般的な新人研修や専門分野での研修、ベテラン弁護士によるレクチャー、留学制度など、教育研修制度が整っている」「クライアントが多種多様で、自分がやりたい案件をある程度は選べる」「報酬がいい」など、ほかにもメリットは多く、大手事務所への就職は弁護士のキャリアスタートの場としておすすめできます。
 大手事務所での新人弁護士は、一人で案件を遂行することはなく、複数名でプロジェクトを担当し、役割分担をして進めていくのが一般的です。ですからメンバーの一員として与えられた業務に責任を持ってこなすことはもちろん、チームワークも大切です。新人はまず会議のレジュメ作りなど、経験が浅くても出来る初歩的な事務作業を積極的に引き受けることから始め、チームメンバーとしての価値を認めてもらって、徐々にしっかりとした意見が言えるように研鑽を積み重ねていくことが大切です。
 たとえば、M&Aのデューデリジェンス。企業の合併や買収に際して、法務面での問題がないかどうか、契約書、議事録など膨大な書類をチェックするのですが、これを決められた期間内に見落としなくやり遂げるのは、大きな負荷のかかる大変な仕事です。ですが山のような書類を集中的に見ていると、ポイントがつかめてきて実務的な能力が身についてきます。デューデリジェンスは楽な仕事ではありませんが、経験を積むことで企業法務弁護士としての足腰が鍛えられる、新人には格好の業務といえます。
 企業活動の中で起こった不祥事についての調査チームに参加することもあります。不祥事調査は、事実の確定のため多数の関係者にヒアリングすることも多くあります。新人は先輩弁護士がヒアリングするのをそばで聞きながら記録する役割を担うことがありますが、必要なことを聞き出すヒアリングのコツを間近で学ぶいい機会になります。
 2年目に大手証券会社の引受審査部(IPO申請会社の審査)に出向になりました。引受審査それ自体は、証券会社の部員の方のほうが圧倒的に詳しく、知見も持っておられます。そんな状況で若手弁護士に求められるのは、徹底的に関連する法令等を調査した上で、法律の専門家としての知識、解釈の仕方、考え方、ひと言で言えば法の専門家としてのリーガルマインドを存分に発揮することであると思います。
 実際の相談内容としては、会社法や労働基準法等の各種法令に違反するようなことをやってしまった会社が、どのようにその違反状態を是正すべきかについてのご相談が多く、そのようなことは法律には書いていないので、法律の専門家たる弁護士の腕のみせどころです。

留学経験を生かして企業へ出向

 2012年〜14年、アメリカに留学しました。通常業務をしながら英語の勉強をし、ロースクールへの出願書類を作成するなど、準備は大変でしたが、世界各国の弁護士が一同に集まって、ともに切磋琢磨する学生生活はとても新鮮で、楽しいものでした。アメリカの会社法や証券法を学ぶことで、日本の法律への理解も深まりましたし、日本で実務経験を積んだ上で再度学ぶことで、頭の整理も出来ました。
 ロースクールで1年、現地の法律事務所で1年、計2年英語で法律を学ぶとともに、米国の弁護士とともに実際に英語で仕事をして、さらにはカリフォルニア州の弁護士試験に合格したことで、英語で仕事が出来る自信がつきました。また留学中に築いた人間関係、それは外国人ばかりでなく他業種からアメリカに留学、駐在している日本人も含めてのことですが、グローバルな人脈のおかげで仕事の幅も広がり、海外からの仕事の依頼にもつながりました。
 これから先、日本語だけでビジネスをするのは限界があり、企業法務の弁護士にとって英語は必須のスキルと考えておいたほうがよいです。最近の留学の傾向としては、単に語学の習得だけでなく、たとえばシリコンバレーでベンチャーを学ぶなど、目的を明確にしてその後のマーケティングに活用するという傾向も見受けられるところです。
 留学後は事務所でも若手から中堅へと立場が変わり、プロジェクトの管理進行をリードしたり、クライアントとのコミュニケーションにも責任を持つなど、役割の変化とともに、仕事のおもしろみも増しました。
 そんなときに今度は大手自動車メーカーの法務部に出向することになりました。今回は留学の成果を生かして国際法務の仕事に携わりました。ここでは、日本を代表するグローバル企業での業務を通じて、国際法務の実務についての知識経験を深めることができましたし、それに加えて、法務部の方々と机を並べて仕事をすることで、彼らの仕事ぶりや考え方、本音など、弁護士にとってはご依頼者様である企業法務部員の皆様の実態も知ることが出来て、非常によい勉強になりました。
 その後さらに物流会社の国際物流戦略室、事業開発推進室に出向、買収した海外子会社の管理の仕事に従事しました。法務部ではなく、M&Aやベンチャー投資、業務提携を担う第一線のビジネスパーソンと一緒に働くことで、企業のビジネスの現場の実態や本音を知ることが出来ました。ここでの弁護士の役割は、ビジネスパーソンの戦略や考え方、実現したいことを適切なコミュニケーションを通じて理解した上で、それを法的リスクを可能な限り限定した上で実現させることにより、事業を成功に導くところにあります。
 出向を経てパートナー弁護士に昇格、対外的にも自分の名前で仕事をするようになり、自由度が増すとともに、クライアント獲得、売り上げ責任も生じるようになりました。
 そして2022年2月、司法修習同期の友人が設立した伏見総合法律事務所(11月からは賢誠総合法律事務所に名称を変更しました)のパートナー弁護士として独立しました。
 事務所は10年に設立、現在27名の弁護士がおり、来年度は、さらに10名程度増える予定という急成長ぶりで、それは創業パートナーである友人の、人を引きつける人柄によるところが大きい気がしています。弁護士ですので、法律の知識は極めて重要であることはいうまでもありませんが、それに加えて、弁護士はどんな案件でも結局は生身の人間を相手にする仕事。人として信頼してもらえる、好感を持ってもらえる人間的魅力が重要な資質であると感じます。

若い人の活躍が期待できる

 私は独立後も、前の事務所にいたときと同様M&AやIPOといったコーポレート案件を主に取り扱っています。最近は、ITやAIを中心としたスタートアップの支援、具体的には資金調達、ストックオプションの発行など会社法を使う仕事が多くなっています。顧問や社外役員の立場で関与するなど様々な形でサポートをしています。
 こういったスタートアップの経営者は20代、30代の若い方も多く、弁護士も新しいテクノロジーに興味のある同世代が好まれることがあります。どんなに経験豊富であっても「メタバース」と言われてピンとこないベテラン弁護士より、話が通じる若い弁護士のほうが、一緒に仕事をやりやすいという側面もあるように感じます。ITやAIなど新しい分野には、法規制が未整備で固まった法律解釈がないこともあり、若い人ならではの柔軟な発想を生かした活躍が期待できます。
 新しい分野に挑戦しようという意欲的な若い起業家と一緒に仕事が出来るのはとても楽しく、これから弁護士を目指す皆さんにもお勧めの分野です。
 また、英文契約書の作成、海外進出、撤退の支援など国際取引に関する案件も全体の半分近くあります。英語を仕事で使いこなせる弁護士はまだまだ少なく、国際取引が増える今後はさらにニーズは高まっていくものと思われます。もし帰国子女であるとか、英語が得意という方がいらしたら、ぜひ語学力を生かした弁護士として活躍していただきたいと思います。
 独立した今は、どのような依頼者のどのような案件をどれくらいの価格で受けるか、そしてどのような方針で案件遂行するか、すべて自分の責任において自由にできます。好きな人(同僚、スタッフ、クライアントなど)と好きな仕事をして、感謝され、達成感、充実感が味わえる。自分だけでなく周りの人も皆幸せにすることができる。これこそ弁護士という職業の醍醐味だと実感しています。
 弁護士は自由で楽しい職業です。若い人がこれから活躍できる可能性も高い。今日の私の話が、日々の勉強のモチベーションアップにつながれば幸いです。

ながた・ゆきひろ 1978年京都市生まれ。2004年京都大学大学院農学研究科応用生物科学専攻修了。06年TMI総合法律事務所勤務。12年ジョージタウン大学ロースクール卒業、ロサンゼルスのギブソン・ダン・アンド・クラッチャー法律事務所勤務。14年カリフォルニア州弁護士資格取得。22年弁護士法人伏見総合法律事務所東京事務所にパートナーとして参画。主な取扱分野は、国内外のM&A、IPO、スタートアップの支援、顧問業務を中心とした各種企業法務、国際取引、紛争対応等。

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