第8回:自ら口を手でふさいだドイツの選手たち~国境や人種、言葉の壁を越えて多くの人々がスポーツの素晴らしさを享受できるために~(芳地隆之)

 11月23日、サッカーワールドカップ・カタール大会のE組一次リーグ予選、日本vsドイツの前のチーム撮影時、ドイツのイレブンは右手で口を覆った。

 ドイツをはじめ、イングランド、ウェールズ、ベルギー、オランダ、スイス、デンマークは、今大会においてキャプテンが多様性や差別撤廃を訴える「One Love」と書かれたキャプテンマークを着用しようとしていた。ところが、国際サッカー連盟(FIFA)は、その行為が「スポーツの場に政治を持ち込む」ことになるとし、「着用すればイエローカードや退場などの制裁がありうる」と通達した。それを受けて7チームが連名で「選手に警告を受けるリスクを負わせることはできない」と着用を断念したことを受けて、ドイツ選手は「私たちは黙らされた」とFIFAへの抗議の意思を表明したのである。
 開催国カタールでは同性愛を違法として7年以下の懲役刑などの罰則を科すというLGBTQに対する差別があるほか、国内の競技場建設現場で数多くの外国人労働者が死亡している。本件についてドイツ・メディアはワールドカップ開催以前から取り上げており、開催後も批判のトーンを高めていたが、FIFAは開催国に忖度したのだろう。
しかし、「One Love」はドイツ代表の記者会見の場で示されることになる。

 同国の大手総合スーパーReweが今回のFIFAの判断を不服として、ドイツサッカー連盟(DFA)とのスポンサー契約を6カ月前倒して終了させた。同社のトップであるLionel Souqueは早期打ち切りの理由について「FIFAの恥ずべき行為は多様性を重視する企業のトップとして、フットボールファンとして、絶対に認められない」と述べた(Fußball-WM 2022: Pressekonferenzen der Nationalelf künftig vor One-Love-Symbol | ZEIT ONLINE. 25. November 2022)。記者会見場の背景にあるスポンサー企業のロゴが貼られるバックボードの「Rewe」のあったところに虹色のマークが貼られたのである。
 ドイツの首相、オラフ・ショルツはドイツ代表の態度を賞賛した。「われわれの選手たちが開かれた社会のために明確な態度を示してくれたことは喜ばしい」
 こうした動きを受けて、FIFAは決勝トーナメントに入る前に、虹のマークをスタジアムのなかで使用することをカタール政府に許可するように促し、それが認められることになった。ウェールズ・サッカー連盟は、11月24日の対イラン戦で虹のマークの入った帽子と旗の持ち込みを許可された。同連盟は「ワールドカップ開催国すべてが統一されたルールに従うべきである」と声明を発表している。相手のイラン選手は一次リーグ初戦となるイングランドとの試合前に国歌が流された際、歌おうとはしなかった。今年9月、髪を覆う布ヒジャブの着用をめぐり逮捕されたマフサ・アミニさんが後に急死した事件をめぐって、イランでは政府に対する抗議行動が広がっている。選手の態度は国内デモへの連帯の意思表示といわれている。

 虹のマークが認められる3日前の11月21日、日本サッカー協会(JFA)の田嶋幸三会長は、ワールドカップ・カタール大会の出場チームで同性愛者などへの差別撲滅を訴える動きが活発化していることについて「今この段階でフットボール以外のことを話題にするのは好ましくない。(日本は)あくまでサッカーに集中する。他のチームも同じであってほしい」との見解を示した。しかし、JFAの理念・ビジョン・バリューの「フェア」の項目には「オープンかつ誠実な姿勢で公正を貫くこと」として次のように記されている。
 「スポーツは、国境や人種、言葉の壁を越えて多くの人々がその素晴らしさを享受できるもの。その前提となるのが、ルールを守ることであり、正々堂々と戦うことであり、偏見や差別のないオープンな心を持つこと、そして、不正や社会悪を許さない正しい心を持つことです」

 田嶋会長の発言は、スポーツの前提である「偏見や差別のないオープンな心を持つこと」は横において、「今はサッカーに集中すべき」に等しい。
 先の日本vsコスタリカ戦の開始前、コスタリカの選手は片膝を立てる人種差別反対のアピールを行なった。そのとき、ある日本選手はピッチで興奮しながら観客を両手で煽っていた。
 五輪をはじめスポーツの世界大会は年々その規模を拡大している。それに伴い放送権料も増加の一途をたどり、このままでは限られた富裕層の娯楽として、世界の人々にとって遠い存在になってしまう。ボールと原っぱがあれば誰でもできるサッカーというスポーツが自己否定するようなものである。高額な報酬をもらっている選手にとっても、お金のある国の王様や世界のセレブの前でのみプレーすることは本望ではないはずだ。
 スポーツを取り戻す。「One Love」をその一歩と位置づけたい。
 ちなみに虹色は7色が世界共通ではない。日本や韓国は7色だが、ドイツや中国は5色、ロシアやインドネシアは4色だという。アフリカの一部では8色、南アジアでは2色のところもある。虹色からして多様なのである。

以下、ドイツサッカー連盟の公式インスタグラムより。
画像に重ねて書かれたドイツ語の意味は「腕章がなくともわれわれの姿勢は変わらない」。

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