司法通訳の現状・課題と展望~自分の経験を踏まえて~ 講師:天海浪漫氏

コンビニで建設現場で居酒屋で、働く外国人に出会うことが日常となった日本社会。もし彼らがトラブルに巻き込まれて、法廷に立つことになったらどうなるのでしょう。憲法32条の「裁判を受ける権利」はきちんと保障されるのでしょうか。そこで欠かせないのが日本語と外国語の橋渡しをする「司法通訳」です。現在、日本には公的な司法通訳士の資格がなく、民間の活動に支えられているのが実情です。その問題点、課題について、中国出身で来日30年の天海浪漫さん(一般社団法人・日本司法通訳士連合会代表理事)にお話しいただきました。[2022年12月3日(土)@渋谷本校]

司法通訳の仕事とは

 「司法通訳人」とは、司法に関わる通訳を行う人の総称です。具体的な活動としては警察や検察の取り調べに関わる捜査通訳、弁護士が被疑者や被告人に接見するときに通訳する弁護通訳、裁判所でのやりとりを通訳する法廷通訳などがあります。
 司法通訳人の活動方法としては私選通訳と登録通訳の二通りがあります。私選通訳とは、被疑者、被告人の身内や弁護士など民間から個別に直接依頼されて行う通訳です。一方、登録通訳は検察庁、弁護士会、裁判所の名簿に登録し、そこからの依頼で請け負う仕事です。司法通訳人の9割以上は登録通訳人で、これからお話しすることも登録通訳人についてです。
 現在日本には、司法通訳人に登録するための全国一律の条件や資格はありません。それぞれの裁判所や弁護士会が、独自の決まりを定めてはいるものの、登録そのものは比較的簡単です。ですが登録した人が実際に仕事を得るのは大変です。
 たとえば捜査機関の場合は、検察庁公安部国際担当の事務官が、登録名簿の中から恣意的に選びます。なぜその通訳人が選ばれたかは、わからない。担当の事務官の好みや都合次第だからです。
 法廷通訳も同様です。法廷通訳人は形式的には担当裁判官が法廷で選任しますが、実際にはその前に書記官が決めて、電話で依頼します。書記官は初めての人でなく、かつて頼んだことのある人、顔なじみの人に頼むことが多いので、新規参入はとても難しい。いずれも通訳人の能力や適正などに応じて、公正公平に選ばれたとは言い難いのが実情です。
 弁護士会の場合はどうでしょう。何か事件が起きて逮捕者が出ると、当番弁護士が警察に呼ばれて被疑者に接見します。被疑者が外国人で日本語がわからない場合は、弁護士会は登録名簿の中から、その警察署の近くに住んでいる通訳人に電話します。できるだけ早く来てもらいたいし、交通費も安く抑えられるからです。
 その依頼の電話の呼び出し音はたいてい、3回しか鳴りません。それで出なければ、次の人に電話してしまうので、こちらからすぐに折り返し電話しても、「もう他の人に頼みました」と言われます。ですから仕事を獲得したければ、トイレにも風呂場にも、携帯電話を持ち込まなければなりません。
 その通訳人の能力レベルとは関係なく、たまたま電話がつながった人に仕事が来るなんて、おかしいと思いませんか?
 私が日本司法通訳士連合会を立ち上げたのも、司法通訳選任のシステムがあまりに不平等、不適切、不透明だからです。名簿に登録して2、3年たっても一つのオファーもないということはざらにあります。誰がなぜ選ばれたのわからず、どうみても不適切な人選と思われるケースがあっても、意見を言う場もない。これでは能力のある人材が生かされず、国際化が進む日本の社会にとっても、大きな損失と言わざるを得ません。

司法通訳育成の実情

 司法通訳人のレベル向上のために、どのような取り組みがなされているのでしょう。
 検察庁は数年前から、東京外国語大学と連携して、司法通訳養成講座を開催しています。
 弁護士会は年に一回ほど研修会を開いており、登録していれば誰でも参加できます。ですが、その内容が問題です。例えば数年前の研修でのこと、講師役の弁護士が70秒日本語で話し続け、それを受講生である通訳人に翻訳させました。それでその通訳人のレベルを評価する。70秒も一気にしゃべられたら、どんな人でも翻訳できません。ましてや司法通訳は厳密な正確さが問われるもので、せいぜい20秒が限度です。
 また東京の弁護士会主催の研修会に参加して思ったことですが、講師が一方的に話すだけで、質問させない。一方通行で受講生が意見を言う機会がなく、非民主的だと感じました。
 裁判所がどのような研修を行っているかはよく分かりません。というのも裁判所主催の研修に参加できるのは、裁判所から知らせが来て応募した人だけで、登録者全員に知らせが来るわけではないからです。本来なら全員に告知して、定員に限りがあるなら先着順とか抽選にするなど、公平に選んで欲しい。裁判所からたまたま声がかかった人だけでなく、勉強したい人すべてにその機会が与えられるべきだと思います。

司法通訳の難しさ

 このように現在日本には、司法通訳のスペシャリストを育成するシステムが整っていないので、能力不足の通訳人がいるのも事実です。ですが司法通訳における誤訳の原因には、日本語特有の問題もあります。
 日本語は主語を省略して話すことがよくありますが、外国語、とくに中国語では主語は必須です。日本人同士の会話では、途中でいつの間にか主語が変わっていることがあり、外国語に訳そうとすると混乱します。正確に訳すには、不自然であってもいちいち主語を言ってもらわなければなりません。
 そうした言語のしくみの違いによる誤訳をなくすためには、法曹関係者と通訳人が交流し、お互いの言語の特徴や生活習慣を知ることがとても大切です。しかし現状ではそのような交流の機会はありません。
 また、法律の不備による誤訳もあります。裁判所のルールでは、刑事裁判において外国人の名前はすべてカタカナで表示すると決められていますが、中国では人名は漢字で表記し認識します。中国語の発音を日本語のカタカナで正確に表記するのはほぼ不可能で、中国人には通じません。漢字で書いてくれればすぐ覚えられるのに、カタカナ表記された人名は、ただの記号にしか見えず、頭に入らない。これは誤訳の原因にもなります。

司法通訳人の地位

 司法の現場で司法通訳人はどのように扱われているのでしょう。法曹界では、互いを「先生」と呼び合う風習があって、私もそう呼ばれることもあります。ですがあるとき、ひとりの検事に「アルバイト」と呼ばれました。なんと失礼な……。司法通訳人は、検事、弁護士、裁判官などと同等の専門職です。そのことがまったく理解されず、見下されている。また法曹3者と登録通訳人の関係は業務委託契約で、上司部下の関係でもありません。
 法廷で司法通訳人が座る席も、東京では書記官と並んでいますが、地方では離れ小島のように、ぽつんと別の席が用意されます。その扱いを見ても法廷通訳の存在が軽んじられていると思わざるを得ません。
 私は、私選、登録両方の通訳をやっているので生活できますが、登録通訳には収入の保証がなく、それだけで生計を立てることはできません。司法通訳人が健全な司法の運用に欠かせない専門職として認識され、適正な報酬が保証されることが望まれます。

日本司法通訳士連合会の立ち上げ

 2009年、私たちは司法通訳人の技能と地位向上を目的として「日本司法通訳士連合会」を設立しました。主な活動としては、技能向上のための研修や養成講座の開催、そして技能レベルを客観的に判定するための「司法通訳技能検定」「司法通訳士認定試験」の実施です。
 司法通訳養成講座では、司法通訳人に必要とされる犯罪や刑事手続に関する法的知識、刑事実務上の常識、司法通訳の倫理などを学びます。法律全般ではなく、風営法違反、覚醒剤、不法就労、窃盗、入管法違反など、司法通訳が必要とされることの多い分野で、実際に役に立つ実践的テクニックを教えます。
 このほかにも法廷傍聴や模擬法廷、模擬接見、模擬捜査など、実際の場面を想定しての研修も行っています。
 連合会では創立当初から、司法通訳人の技能レベルに対する客観的で信頼に足りる指標を提供するという目的で、年1回「司法通訳技能検定」を実施しています。レベルは、1級~4級の4段階に分かれ、合格者には技能レベルに応じた認定証を発行しています。
 さらに2019年、日本で初めての民間資格として「司法通訳士」の資格を創設しました。これは当連合会が、その資格者の有する司法通訳としての高い技能と倫理観を保証し、「司法通訳士」と称することを認めるものです。本来であれば国が養成、認定する国家資格であるべきだと思いますが、なかなか実現しそうにないので、私たちが民間資格として先駆けたわけです。
 司法通訳士は裁判官、検察官、弁護士の話をすべて理解し、訳さなければならないので、言語能力のみならず法学検定試験2級相当の法律知識も必要で、ハードルが高く、合格者はまだ少数です。

需要が増す司法通訳

 ご存じのように、近年在留外国人は増加の一途をたどり、1991年には124万人だったものが、2021年には276万人と30年で2倍に増えています。それに伴って通訳が必要な刑事事件は、2014年の2500件から2020年には4500件と、大幅に増えています。在留外国人が増えれば、交通事故や労働事件、離婚など民事系のトラブルや裁判も増えますから、司法通訳の需要は高まり、その重要性も社会に広く認識されつつあります。
 日本も欧米先進国並みに、国家資格としての「司法通訳士」を早急に創設する必要があるのではないでしょうか。その認定試験を作るのは、私たちの経験から言ってもたくさんの人手がかかる大仕事です。たとえば語学力の判定。日本語と外国語、そして筆記とリスニングの両方の試験が必要です。
 私たちが作った認定試験では、リスニング試験のためにネイティブの人、それも男性と女性それぞれに被疑者役になってもらい、弁護士や検事とのやりとりを演じてもらいました。翻訳にはネイティブチェックも欠かせません。ですから一言語に対して5人ほどのスタッフが必要です。
 また外国語と一口に言っても、日本にいる外国人の母語はさまざまで、そのすべてに対応するのは至難の業です。少数言語の場合は、いったん英語などメジャーな言語に訳し、それを介して日本語に訳すなど、さまざまな工夫が必要になります。

アジア系外国人への差別と偏見

 余談になりますが、司法通訳の仕事を通して感じたことをお話ししましょう。
 日本社会の外国人、とくに見た目が日本人と似ている東アジア系の人への偏見、「上から目線」についてです。
 「見た目は日本人なのに、日本語が分からないのか」とバカにされたり、反対に「外国人は弱い立場の人、助けてあげるべき存在」と決めつけられたり、私は来日30年でさまざまな経験をしました。外国人と言っても、日本語が分からず身分も不安定という人もいれば、日本語が達者で自立して生活している人もいるし、いろいろです。国籍で判断するのでなく、同じ社会に住む人として接していただければと思います。
 とくに警察は外国人に対して偏見が強く、差別的な対応が多いと感じています。
 例えば近隣の騒音をめぐって、こんな事件がありました。アパートの下の階に住む日本人男性が、上の階に住む中国人女性の生活騒音がうるさいと抗議したところ口論になり、男性が女性を押すなど手を出したので、女性は台所の包丁で応戦。男性は首に全治3日の切り傷を負いました。その結果、中国人女性は殺人未遂で逮捕、起訴されました。
 もうひとつの騒音トラブル事件では、ある中国人が、近隣の日本人の家からの騒音がうるさいとドアをたたきました。するとその日本人が逆上して、カッターナイフで中国人の首を斬りつけ、全治3ヶ月の重傷を負わせました。その結果どうなったでしょうか。斬りつけた日本人は傷害罪で逮捕され、執行猶予になりました。
 中国人が加害者の場合は全治3日の切り傷で殺人未遂になる一方で、日本人が加害者の場合は全治3ヶ月で執行猶予、おかしいと思いませんか? 国籍に関係なく、公平、平等に見て欲しいと思います。
 私は日本に来て間もなく、日本語もあまりできず法律知識もないうちから司法通訳を始めました。そして2000年に伊藤塾に入塾し憲法を学び、司法通訳の重要性を改めて認識しました。それは日本国憲法32条の裁判を受ける権利を外国人にも保障するために欠かせない仕事だということです。それもただ通訳がいればいいというのでなく、高度な知識、能力と倫理を兼ね備えた専門家が必要です。外国人と共に生きる社会の実現のために、司法通訳という仕事の意義と現状を、知っていただければ幸いです。

あまみ・ろまん 1960年中国内モンゴル生まれ、上海で育つ。92年来日。日本語学校に通いながら、弁護士会通訳に登録、以後裁判所、検察庁通訳にも登録。2009年一般社団法人・日本司法通訳連合会を設立。

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