第275回:岸田文雄氏、政治リーダーの資質(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

異様な言葉

 ついに「処理汚染水」の海洋放出が始まった。
 政府のやり方はとても無責任だと思う。
 政府と東京電力はこれまで「地元関係者の理解を得ないで、いかなる処分も行わない」と言ってきた。これは、政府が国民と交わした「重大な約束」である。どんなことがあっても、それを反故にしてはいけない。約束と信頼とは、政治におけるもっとも大切な事柄である。だが、岸田首相は、あっさりとその約束を踏みにじった。
 岸田首相は「処理汚染水の海洋放出」について、次のように言っていた(TBS「報道特集」8月26日)。

約束は、現時点では果たされていないが、破られたとは考えていない、こうした声をいただきました…。

 さすがにぼくも、この発言にはぶっ飛んだ。こんな言葉が、日本国のリーダーの口から出てくるは思いもしなかった。ほとんど日本語としても成立していない。無内容な官僚が書いた文章を、いつも抑揚もなく読むだけの岸田首相だが、それにしたって、これはひどい、ひどすぎる。
 責任を取りたくないためか、「…こうした声をいただきました…」と、他人に下駄を預けている。腹が立つより、呆れてしまう。
 また、同じ「報道特集」では、西村康稔経産相の言葉も紹介していた。

今の段階では、約束を、私の立場で申し上げれば、果たし終わったわけではなくて、守り続けている状況…

 なんじゃ、これ? アホらしくてコメントする気にもならないが、「どうしても放出したいのなら、せめて“約束を果たし終わってから”にすればいいじゃないか」と突っ込まれたら、西村さんはどう答えるつもりなのだろう?
 これらが、悲しいかなこの国のリーダーの言葉なのである。
 政治的リーダーとは、国家運営の責任を持ち、国民をきちんと納得させながら、様々な施策を行っていくものと、ぼくは理解しているのだが、こんな言葉を発する人をリーダーと認めることができようか。
 もうひとつ呆れたのが、野村哲郎農林水産大臣である。この人も一応は大臣なのだから、日本のリーダーのひとりには違いないのだが、あまりのいい加減さに声も出ない。
 処理汚染水の放出に抗議しての中国の日本産水産物の禁輸措置に対して、8月25日の記者会見で「たいへん驚いた。まったく想定していなかった」と、あっけらかんと述べてしまったのだ。
 しかしこれは、野村農水相だけのことだろうか。岸田内閣の右往左往ぶりを見ていると、政府自体がこれほどの中国側の態度硬化を予測できていなかったように見える。つまり、政府が政治的リーダーシップを失っていたのではないか。

福島、沖縄の地で

 岸田首相のリーダーシップを疑わざるを得ない言動は、様々な場面で頻出する。最近の例では、福島を訪れた際のことだ。
 アメリカから帰国してすぐのことだから、疲れていたというのは理解できる。しかし、20日にせっかく福島を訪れながら、東電幹部らと面会し、汚染除去装置ALPSの視察などをしただけで東京へトンボ返りしてしまった。
 多分、この福島行ではもっとも大切であったはずの「地元漁業者たちと面会して意見を聞く」ということはせずに、そっけなく帰京した。ぼくはほとほと、この人の酷薄さ、薄情さ、冷酷さを感じたのだ。
 もっとも困っている人たちには会わず、意見も聞かず、ただ「行ってきました」という行為だけのパフォ-マンス。そこに人間の体温は感じられない。現地の漁業者たちが「首相、誠意ない」(毎日新聞21日)と怒るのも当然だろう。

 同じことを沖縄でもやっている。
 8月25日、岸田首相は沖縄を訪問した。そこでやったことといえば、まず沖縄で開催中のバスケットボールW杯の試合観戦。翌26日には、焼失後の復元工事中の首里城を視察。そして、観光業者たちとの車座集会…。
 別にそれらのことに文句を言うつもりはない。だが、せっかく那覇市まで脚を運びながら、なぜ玉城デニー沖縄県知事とは会おうともしなかったのか。なぜ安保関連の場所を訪れなかったのか。沖縄で最大の政治的焦点になっている辺野古基地工事現場を、せめて上空からヘリで視察するくらいのことを、なぜしなかったのか。那覇からヘリを飛ばせば15分足らずで辺野古上空に到達する。
 時間がなかった、などとは言わせない。最初から、岸田首相には、そんな気は毛頭なかったのだ。
 それにしても、ぼくは岸田首相という人はつくづく「愚かな宰相」だと思う。せっかく政治の焦点である場所を訪れながら、かえって批判を浴びるような行動をする。
 どんなに批判を受けようが、福島へ行ったら現地の漁業者の意見を聞けばいいし、沖縄へ行ったら主張が対立する玉城知事に会って、意見を交わせばいいと思う。岸田首相の得意のセリフ「聴く力」を、たとえパフォーマンスでもいいから、なぜ演じて見せようとしないのか。不思議だ。
 いかに無内容でも、せめて「やってる感」を国民に見せるために行動するくらいの演技力は、政治家として必要なのではないか。
 岸田首相の懐刀と言われているのが木原誠二官房副長官であることは、ジャーナリストたちの一致した見方である。しかし、例の「文春砲」の直撃を受けて、さすがの知恵袋も空っぽになってしまったのか。
 政治的演出家としては、木原氏はもはや失格である。

無責任体質

 マイナンバーカードに至っては、岸田首相のリーダーシップは無きに等しい。
 ひたすら突っ走るだけの河野太郎デジタル相にすべてを押し付け、岸田首相は「総点検を命じた」などと言うだけ。これだけの疑問が続出し、医療現場や自治体窓口からの悲鳴が届いているにもかかわらず「総点検を命じた」だけで、どんな対策をとるのかには触れない。
 毎日新聞(8月28日夕刊)「特集ワイド」で、経済学者の金子勝さんが、こんなふうに怒っていた。

本質はヒューマンエラーではなく、国内産業の衰退
深刻、マイナ敗戦
無責任国家のなれの果て

 (略)金子さんはミスの件数よりも、ヒューマンエラーを強調する岸田政権の姿勢に対して怒り心頭だ。それは、人為的なミスを防げないマイナカードのシステムそのものを問題視するからだ。金子さんはこの問題をクレジットカードに置き換えて説明する。
 「例えば、インターネットで買い物してカード決済する場合、番号や名前の入力を間違えたらエラーが出ますよね。一方、間違えてもそのまま登録できてしまうマイナカードって、システム自体に問題があるとは思いませんか? なのに岸田政権はトラブルの責任を入力した自治体職員やカード利用者に押しつけています」(略)
 「マイナ問題で誰か辞めた人はいましたか? 首相や河野太郎デジタル相、富士通の社長もトップのままです。混乱を招いたと謝罪はしますが、誰も責任を取りたくないから失敗を認めないのです」(略)
 「自らの失敗を認めることになるので、岸田さんは保険証廃止の撤回は絶対しないと思う。批判をかわそうと資格確認書をどんどん発行し、ほとぼりが冷めるのを待つのでしょう。結果的に、日本のデジタル化はますます遅れるのです」(略)
 「マイナ問題は、この国の無責任体質のなれの果てです。図らずも、それが浮き彫りになったということです」
(葛西大博)

 金子さんの言うように、この国の無責任体質は、来るところまで来た感がある。それをもっとも象徴しているのが、岸田文雄首相なのだろう。
 この国のリーダーの資質が問われている。

朝貢外交

 まるで何をやっているのかわけの分からない岸田首相だが、その彼がただひとつ躍起になるのは、バイデン米大統領への朝貢外交である。
 国民には何も知らせずに、「新型迎撃ミサイルの日米共同開発」などを、唐突に決めてきてしまう。これは迎撃困難といわれる「極超音速兵器」への対処能力を向上させようというもの。一歩ずつ、アメリカの対中強硬政策に組み込まれていく。
 その見返りなのかどうかは定かではないが、バイデン氏は「日本の『処理水放出』は科学的であり、米国としては納得している」とお墨付きを与えた。
 さらに、政府与党は「殺傷可能兵器の輸出」を認める方向で動き出した。ここにも岸田氏の意向が見える。
 日本がともかくも守ってきた「武器輸出3原則」を根底から否定するものであるにもかかわらず、あっさりと、これもお得意の「閣議決定」で済ましてしまうのか。ますます危ない場所へ脚を踏み入れていく。
 この人は、ずうーっと東の彼方を見てばかりいるようだ。
 おーい、自分の国のことも考えてくれよう…と心の内で呟いてみる。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。