【寄稿】屋久島から、オスプレイ墜落に寄せて(星川淳)

(c) Futa Hoshikawa

鹿児島県の屋久島沖で米空軍CV22オスプレイが墜落してから1週間が経ちます。屋久島在住で、脱原発、環境保護など市民活動に幅広く関わる作家・翻訳家の星川淳さんに寄稿していただきました。

 11月29日午後2時40分ごろ、屋久島東岸の沖合に米空軍の輸送機オスプレイCV22が墜落した。屋久島は周囲約100kmのかなり大きな島で、私の自宅は、墜落現場に近い屋久島空港から車で30分ほど南西へ離れており、夕方4時台に知人からの電話で墜落のニュースを聞くまで事故のことは知らなかった。ただ、ヘリコプターっぽい音がするので、登山の遭難者救助かと空を探したところ、その直後に知人からの電話が鳴ったのを覚えている。すでに島南部まで捜索の輪を広げていたのだろう。

 琉球弧の軍事要塞化が進むにつれ、日本本土と沖縄を結ぶルート沿いの屋久島でも、自衛隊か米軍と思われる飛行機やヘリコプターを目にしたり、その爆音を耳にしたりする頻度が増している印象はあった。いまのところ遠くを通過するだけで、いつもの静けさを破られるのが気になる程度だが、十数年前、ジェット戦闘機が凄まじい轟音とともに、わが家の上を低空飛行していったときは肝を冷やした。ランドマークの美しい屋久島を見て、冷やかしたくなるのかもしれない。噂に聞く、四国の山奥をかすめる米軍オレンジルート沿いの住民は、つねにこういう恐怖にさらされているのだろうし、基地が密集する沖縄ではこれが日常茶飯事なのだ。

 そんなわけで、墜落を聞いて二重に「やはり」と思った。一つは、上記のとおり往来が増えれば事故も起こるという点。もう一つは、欠陥機の指摘が絶えないオスプレイが「また落ちたか」という憤りに似た気持ちだ。そうこうするうちに、夜7時のNHKニュースが、珍しく冒頭にこの件を取り上げた。まずは事故の瞬間を目撃した島民が、「上下逆さになり、左のエンジンあたりから火を噴いて、プロペラが後ろに吹っ飛んで墜落した」と証言。続いて、防衛副大臣が「米側からはパイロットが最後まで制御していたと聞いているから“不時着水”」だと、2016年の沖縄・名護市東岸オスプレイ墜落時と同じ苦しい言い逃れを試みた。しかし、島民証言のあとではあまりにも見え透いて、翌日には米軍自身が「墜落」と認め、日本政府もそれに従った。

 それはそれとして、乗員の一人が救助されたものの死亡と伝えられるばかりで(最新状況は文末に付記)、残りの乗員は安否がわからず、機体も見つからないとの報道に胸が痛んだ。地元の漁師も捜索に協力しているとのニュースに接する中、たまたま遠出していた息子(一本釣り漁師)から連絡が入り、朝には島へ戻って捜索に加わるとのこと。息子の話では、初日は機体の残骸を引き揚げた漁師もいたが、2日目からは乗員の捜索だけに絞ってほしいと指示が変わったようだ。この変更は、後述の被ばくリスクと関係があったのかもしれない。

 その後は仕事の合間にニュースやネット記事を追うだけだったところ、12月3日になって、墜落を間近で目撃し、捜索にも協力している別の漁師から、放射性物質が心配だとFacebookに書き込みがあった。関連リンクを探すと、木原防衛大臣が11月30日の臨時記者会見でオスプレイのエンジンや点火装置に放射性物質のクリプトンが使われていることを明らかにし、2016年に米軍オスプレイMV22が名護市東岸に墜落したときの沖縄紙による報道写真では、現場を仕切る米軍関係者は原発事故でおなじみの白い防護服を着ているではないか。ヘリコプターのローター・ブレード系統にストロンチウム90や劣化ウランが使用される例は聞いたことがあったが、オスプレイに関しては思い至らなかった。

 今回の墜落機に放射性物質が使われているかどうか、もし使われている場合、どの程度のリスクが伴うのか、現時点でははっきりしない。ただ、事故を受けて防衛省から地元へ協力要請がなされる際、放射性物質に触れる可能性を伝達しなかった点は大きな問題だと思う。木原防衛相が認めるとおりクリプトンが使われているとすれば、自衛隊のオスプレイでも事故時対応に放射線被曝への注意喚起が行なわれるべきで、今回は少なくとも初動の数日間、駆り出された漁師たちは何も知らされないまま、機体の残骸を引き揚げ、船に積んで港まで運び、さらに地元自治体が用意した場所に保管していた。心配するのは当然だし、漁協として防衛省と米軍に遺憾の意を表明したほうが、今後のためになるかもしれない。

 初動といえば、事故当時者である米軍の動きが異常に遅かったと感じるのは私だけだろうか。2004年に米軍ヘリCH-53Dが沖縄国際大学に墜落したときも、上述名護市東岸のときも、米軍はたちまち現場を仕切り、規制線を引いて、日本側には警察もメディアも近づかせない念の入れようだった。それに比べ、今回は数日経って2隻のゴムボートが遠慮がちに登場するまで米軍の姿が見えなかった。艦船も航空機も腐るほど保有し、日米地位協定ではこうした事故時、日本側が手を出す余地はないはずなのに、なぜ今回は海上保安庁や自衛隊、地元漁師たちに任せきりだったのか、理由がわからない。今回に限って、ただちに日米で特別な申し合わせでもしたのかもしれないが、日本国民は知らされていない。

 もう一つ違和感を抱いたのは、事故原因が解明され再発防止策が取られるまでオスプレイの飛行中止を求めた沖縄県知事の公式要請にもかかわらず、沖縄で飛行が続いたばかりか、その沖縄から屋久島の事故現場にわざわざオスプレイを飛来させた米軍の姿勢だ。おそらく、米国内でこのような対処はありえないだろう。沖縄島北部・名護市の辺野古新基地建設問題がこじれる一方、琉球弧の軍事要塞化が進むにつれて、米軍/米国も、その配下にあるとしか思えない防衛省/日本政府も、住民の神経を逆なでするような強面(こわもて)ぶりが目立つ。「軍事」はすべてに優先するのだと言わんばかりに、民意や地方自治さえも無視して専横を押し通すさまは、20世紀半ばの戦時体制を彷彿とさせる。少なくとも戦争放棄の平和憲法を擁する日本国内に関する限り、軍部の独走が招いた悲惨な敗戦の反省を忘れることは許されない。しかし、軍事最優先の新たな独走は、都市部から遠く離れた僻地や離島ほど露骨なのだ。

 今回の墜落現場からは、天気が良ければ隣の種子島が指呼の距離に見える。そして、種子島の北半を占める西之表(にしのおもて)市西岸沖合の馬毛島(まげしま)では、いままさに日米共用の自衛隊基地建設計画が強行され、絶滅のおそれのある地域個体群マゲシカを含む特有の生態系が壊滅しつつある。本稿では馬毛島の問題に立ち入らないが、私はそれを正面から取り上げた月刊『世界』(岩波書店)2021年3月号への寄稿「不戦の琉球弧へのイマジン」で、鹿児島から台湾に連なる島々の空域が「特攻の空」であったことにも触れた。亡父が海軍特攻隊の教官秘書を務めていた関係で(生前、踏み込んで話を聞けなかったことが悔やまれる)、特攻については目につく資料類を読んできたが、40年ほど前に屋久島へ住み着いて以来、仕事の空路出張などを重ねるうちに、「この空を特攻隊員たちが決死の想いで飛んだ」という事実を強く意識するようになったのだ。私は、世界情勢への洞察力を備えた隊員ほど、最期の瞬間「天皇陛下万歳」ではなく、「若者が二度とこんな死に方をしなくていい世界」を願って散ったと考える。その空を、いままたオスプレイが飛んでは尊い命が失われ、もっと多くの命を奪う戦争への地ならしが進む。「特攻の空」をけっして再現してはならない!

 オスプレイは開発当初から構造的欠陥が指摘され、「未亡人製造機」とあだ名されるほど事故が多いことはよく知られている。ヘリコプターよりブレードの回転面積が狭いために、エンジンが止まってもブレードの自然回転による滑空ができず、固定翼機より翼の面積が小さいために、同じくエンジンが止まると自重を支えながら滑空することができない。つまり、エンジンに不調をきたせばただちに墜落の危険が迫り、米軍兵士も本心では乗りたくないという。それを陸上自衛隊では次々と買い足して、現在14機を保有する。

 この2年だけでも、米本国カリフォルニア州南部(昨年6月)とオーストラリア北部(今年8月)、それに今回の屋久島沖と、死者を出す深刻な墜落事故は3件。加えて、中央メディアでは報道されないかもしれないが、琉球弧の島々への不具合による緊急着陸はしょっちゅうだ(上述の構造的理由で、少しでもエンジンに不調を感じたら墜落より緊急着陸を選ぶせいかもしれない)。「安全・有用」という金科玉条は「不時着水」と同じくらい空しく響く。墜落原因の徹底解明を求めながら、乗員と飛行ルート上の人びとを守るために、そのかんオスプレイの使用は禁止すべきだと強く思う。

※本稿執筆時点で、搭乗していた8人のうち、墜落現場近くの海中から合わせて6人の遺体が発見され、そのうち3人が回収済み。機体の残骸についても、地元自治体の施設に保管されていたものは、米軍に引き渡された。未発見・未回収の方々を含め、亡くなった乗員のご冥福を祈る。なお、米側は初動の目立たなさとは打って変わって、12月3日から空母カール・ビンソンを捜索に投入したとも報じられている

ほしかわ・じゅん 作家・翻訳家、1952年東京生まれ。82年より屋久島に在住。自給自足的な有機農業を手がける半農半著のかたわら、脱原発、環境保護など市民活動に幅広く関わる。国際環境NGOグリーンピースジャパン事務局長(2005〜2010)、市民活動助成基金(一般社団法人)アクト・ビヨンド・トラスト代表理事(2011~)を歴任。著訳書のテーマは40年近いキャリアの中で、精神世界、環境思想、持続可能な社会、先住民文化、平和、人権、民主主義と多岐にわたる。著書に『魂の民主主義』(築地書館)、『タマサイ』(南方新社)、訳書にB・ジョハンセン他『アメリカ建国とイロコイ民主制』(みすず書房)、P・アンダーウッド『一万年の旅路』(翔泳社)、監訳にA・ヤブロコフ他『調査報告 チェルノブイリ被害の全貌』(岩波書店)など多数。

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