第132回:能登半島地震に思うこと(想田和弘)

 元日に発生した能登半島地震で起きた被害の甚大さが、徐々に明らかになりつつある。

 石川県によれば、1月8日午前の時点で161人の方が亡くなり、今なお103人の方々の安否が不明である。

 地震から1週間以上経過した今でも、多くの地域で停電や断水が続き、水の確保すら難しいようだ。したがって自宅や避難所でトイレも使えない場合があり、感染症の恐れが広がっているという。深刻なのは、多くの道路が土砂崩れや亀裂などで通行できなくなり、救援物資や人員が届きにくい状況が続いていることである。当然、食糧やガソリンも底をついてきている。

損壊しても放置されたままの道路

 現地に入った防災システム研究所所長の山村武彦氏がテレビ取材(どの局かは不明)に応えている映像が、ネット上で出回っていた。それを目にして、衝撃を受けた。

 「道路の損壊がいろんなものを妨げているんですね。私もいろいろ災害現場を回ってますけど、5日経って、これほどの段差とか亀裂とか、そういうものがまったく放置されているというのは、初めて見た気がしますね。怒りのようなものが湧いてきます」

 要は普通なら迅速に行われる道路の補修が、おそろしく遅れているというのである。いったい何が遅れを生じさせているのだろうか。

 そう思っていたら、こんなツイート(※)を目にした。

「自分は東海地方の土建業の会社の仕事に関わってますが、熊本の時も西日本豪雨の時も即日呼ばれたのに今回は一切声がかからないので、当時より予算ケチってるのではと業界では囁かれてます…」
https://x.com/yuudragons/status/1744027890344415238?s=20

「岩手・熊本・広島と派遣されてきましたが、確かに今までの災害の中では一番被害地域が限定的で被災人口も最小なので、それだからかなあとは思うのですが、今までで一番近い被害地域なのでそこで呼ばれないのは残念ですね
正月休みでしたが一応2日からは派遣できる準備してたのですが結局声はかかりませんでした」
https://x.com/yuudragons/status/1744031176795513105?s=20

 また、「空飛ぶ搜索医療団“ARROWS”」の医師・稲葉基高氏はTBSテレビ「報道特集」の取材に対し、「珠洲と輪島は完全に孤立しているので、普通であればもっと支援が人員も物資もどんどん来るというのが今までのパターンだったけど、今回は待てども、待てども、物資も人も入ってこない。ここであるもので、限られたリソースでやるしかない」とコメントしている。

 被災地は、孤立無援の状態にあるのである。

※イーロン・マスクに勝手に名前を「X」に変えられて何だか面白くないので、僕は抵抗の意味も込めて当面「ツイート」「ツイッター」と呼び続けています。

「被災地へ行くな」

 そんななか永田町では、びっくりするような動きがあった。

 自民、公明、立憲、維新、共産、国民民主の6党が5日の党首会談で、国会議員による能登半島地震の被災地視察について、当面自粛することを申し合わせたのである(れいわと社民は会合に呼ばれていなかったそうだ)。自粛を提起した維新は「救助活動や支援物資輸送の妨げになるのを避けるため」と理由を説明し、岸田文雄首相は「自分自身も見合わせている」と応じたという。

 まるで被災地へ行かないことこそが「大人がすべき冷静な対応」のような口ぶりだが、首相や大臣、国会議員が現地を見ずに、どうやって被災地の状況を把握し、適切な対応が取れるというのだろう? 救助活動や輸送の邪魔にならない方法など、いくらでもあるだろうに。というより、それを工夫することこそが、政治家の仕事だろう。何もしないことの言い訳にしか僕には聞こえず、耳を疑った。

 この「被災地へ行くな」のコールは、ボランティアやジャーナリストにまで拡大した。NGOに帯同していち早く現地入りしたジャーナリストの津田大介氏は、ネット上でバッシングにあい、釈明文を出さざるをえなくなった。ジャーナリストが現場に入って報じなければ、誰が現場の状況を報じるというのか。

 それだけではない。れいわ新選組の山本太郎代表がNGOと連携しながら現地入りした様子をツイッターで報告すると、大バッシングが巻き起こった。

 山本氏は災害が起きるたびに現地で支援活動をしている、いわば支援のプロのような人である。同時に国会議員でもあり、その見聞や報告は政府を動かす力を持っている。彼のような人まで現地入りすべきでないというのであれば、誰も入れなくなって被災地を見捨てるしかなくなる。

 実際、彼が能登町や珠洲市で2日間視察しまとめた提言は、私たち主権者も政治家もみんなが読むべきものである。どれも具体的で実行可能なものばかりである。

 6与野党が揃いも揃って被災地入りをしないと申し合わせ、首相さえも現地入りしないと決めたことは、考えれば考えるほど、絶望的な話だと思う。常識的に考えて信じられない愚挙であり、政治の底が抜けた感がある。仕事をする気がないなら、国会議員なんてやめてしまったらどうだろうか。

遅れた初動

 朝日新聞によると、防衛省内からは「初動を甘く見た」との声が漏れているという。実際、自衛隊の投入は依然として限定的なものにとどまっている。派遣された部隊の規模は約1千人から始まって、7日には約5900人に増員したというが、東日本大震災では発生の翌日に約10万人に、熊本地震では2日後には約2万5千人へと増員したことを考えれば、あまりに規模が小さい。地形や状況などが異なるので、一概に比べるわけにもいかないが、岸田政権のやる気のなさを物語っているのではないだろうか。

危険な志賀原発

 なんにせよ、東日本大震災以来、志賀原発が再稼働できずに停止中であったことは、とりあえずは不幸中の幸いであった。同原発では今回の地震で外部電源が一部喪失するなど、さまざまなトラブルが報告されているが、もし2機の原発が稼働中であったなら、どんな大惨事になっていたかわからない。

 というのも、以前本欄でも紹介した森重晴雄氏によると、同原発は今回の地震で震度7(最大加速度2826ガル)を記録した地点から約20キロしか離れておらず、直下型大規模地震が襲来した可能性が高いという。北陸電力は、今回志賀原発は399.3ガルの揺れを記録したと発表しているが、森重氏は「僅か20キロ離れると1/7以下の399.3ガルになるでしょうか」と疑問を呈している。

 ちなみに北陸電力のサイトによれば、志賀原発の基準地震動は1000ガルである。百歩譲って、志賀原発内では399.3ガルだったという北陸電力の発表を信じるとしても、わずか20キロしか離れていない地点で、基準の倍以上の揺れがあったという事実に、背筋が寒くなる。

 もし今回の地震で志賀原発が福島のような過酷事故を起こしていたら、いったいどうなっていただろうか。道路が寸断されているので、外からの救援の物資や人が届きにくいだけでなく、原発周辺から避難することも困難であったであろう。

 想像するだけで恐ろしい。志賀原発でもいちおう「避難計画」は作られているのだろうが、そんなものは絵空事であることが改めてよくわかる。

「活断層はない」の誤謬

 実はこの志賀原発、原子力規制委員会が「原発敷地内に活断層はない」と判断したことを受け、再稼働への機運が高まっていた。去年3月の「北國新聞」の報道が、その様子を伝えている。地元経済界が望むように再稼働していたら、非常に危なかったと思う。

 そもそも本当に志賀原発敷地内に活断層はなかったのか。そして、敷地内にないなら安全と言えるのか。原子力規制委員会の判断の妥当性についても、厳しい検証が必要であろう。

 政府の地震調査委員会によると、今回の地震は東西に約150キロにのびる活断層がずれ動いて起きた可能性があるという。東大名誉教授の平田直委員長によると、「知られている活断層ではない」という。

 「日刊ゲンダイ」の記事は、立命館大環太平洋文明研究センター特任教授の高橋学氏のコメントを紹介している。

「震源の活断層が未知だったと聞いても驚きはありませんでした。政府は活断層の数を2000以上と公表していますが、それらは地表から容易に見つけられる調査で誰が見ても活断層と言えるものです。実際には、無名の断層も含めれば、少なく見積もっても3万以上の活断層が日本列島に存在すると推測しています」

 平田氏や高橋氏の話から推論すれば、「原発の敷地内に活断層はない」などと断言すること自体、科学的に不可能なことである。ならば原子力規制委員会は、判断を撤回すべきであろう。

地震国日本に原発は「無理」

 ちなみに今度の地震で壊滅的な打撃を受けた珠洲市では、原発を建てようという計画が1975年から立ち上がっていた。しかし強い反対運動や電力需要の変化もあり、2003年に凍結された。珠洲市に原発が建てられていたら、今頃いったいどうなっていたかわからない。

 いずれにせよ、能登半島地震は、世界でも有数の地震国日本で原発を稼働させることが、あまりにも危険で無謀なことであることを、改めて思い出させてくれたように思う。

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想田和弘
想田和弘(そうだ かずひろ): 映画作家。1970年、栃木県足利市生まれ。東京大学文学部卒業。スクール・オブ・ビジュアル・アーツ卒業。93年からニューヨーク在住。BGM等を排した、自ら「観察映画」と呼ぶドキュメンタリーの方法を提唱・実践。監督作品に『選挙』『精神』『Peace』『演劇1』『演劇2』『選挙2』『牡蠣工場』『港町』『ザ・ビッグハウス』などがあり、海外映画祭などで受賞多数。最新作『精神0』はベルリン国際映画祭でエキュメニカル賞受賞。著書に『なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか』『観察する男』『熱狂なきファシズム』など多数。