行政・立法・司法の三権を経験して 講師:山本庸幸氏

法律を制定し改廃する立法権、国会が制定した法律や予算に基づいて実際の行政を行う行政権、争いごとや犯罪を法に基づいて裁く司法権。国家権力をこの三つに分ける三権分立は、日本の政治制度の根幹をなす仕組みです。その全ての現場を経験された山本庸幸弁護士に、それぞれの職場でのエピソード、46年間の公務員生活を通して得た人生のヒントをお話しいただきました。[2024年7月25日@渋谷本校]

イランへの禁輸措置にどう対処するか 行政の現場で

 私は1973年、京都大学法学部を卒業し、通商産業省(現在の経済産業省)に入省しました。当時の通産省は、俗に「通常残業省」と言われるほど残業が多いブラックな職場で、午前2時、3時に帰ることができれば早い方、職場で朝を迎えることもしばしばでした。しかも超過勤務手当はなし。それでも当時の官僚たちは、日本をより良い国にしようという夢やプライドを持って、いわば「坂の上の雲」を目指して頑張っていました。
 私がその通産省の輸出課にいた1979年、在イラン米国大使館人質事件が起こりました。イラン革命の最中、テヘランのアメリカ大使館が革命派の学生らに占拠され、大使館員が人質となった事件です。これに対して当時のカーター大統領は経済制裁措置として、各国に対してイランへの包括的禁輸措置を求めました。
 ところが、日本の外国為替及び外国自貿易管理法の目的には「外国為替、外国貿易その他の対外取引が自由に行われることを基本とし、対外取引に対し必要最小限の管理または調整を行うことにより、対外取引の正常な発展をはかる」とあります。アメリカが要求する包括的禁輸措置はこれに反するのではないか、という問題が生じました。
 そこで私が考え付いた解決策は、次のようなものでした。「この要請をしてきているアメリカは、日本の最大かつ需要な貿易相手国であるから、その要請を断るとなれば、将来アメリカ側からどんなしっぺ返しを受けるか、一連の貿易摩擦問題の経緯を見れば明らかである。それに対してイランへの輸出は額も少ない上、今回の全面禁輸は全ての主要国が行うものだから、我が国だけが突出するわけでなく、この事件が収まればもとの貿易関係に戻るものと考えられる」と。名前をつけるとすれば、ブーメラン論と比較衡量論のあわせ技です。
 これは難題に直面した時のひらめきから生まれたアイデアですが、今日のロシアに対する制裁にもこれと同じ論法が生かされています。時代や状況が変わっても、引き継がれていくものだなぁと、感慨深く思い出します。

新しい法律を作る効果 立法の現場で

 続いて1999年からは内閣法制局で政府提案の法律案審査に携わりました。その頃、窃盗犯罪が急増し、それに反比例して検挙率が激減するという事態が起こりました。数字で言えば平成10年(1998年)の窃盗認知件数は179万、検挙率は33.4%、ところが4年後の平成14年(2002年)には窃盗認知件数は238万件、対して検挙率は17%という有様。その背景には外国人によるピッキングやサムターン回しなどの特殊な開錠テクニックを使った窃盗の急増がありました。
 これに対してどのような法律を作って対処すべきか。強盗罪には予備罪があります。強盗をする前提であれば、たとえおもちゃであっても手錠やピストルを持っていれば強盗予備罪で逮捕することができますが、窃盗にはそうした予備罪がない。しかし急増している窃盗は特殊な開錠用具を使ったものである。ならば、その特殊な開錠用具を持っているだけで罪に問える法律を作ったらどうか、ということで「特殊開錠用具所持禁止法」を作りました。
 この法律が施行された翌年、2004年には、1000人以上がこの法律を根拠に逮捕され、それ以降の窃盗件数は激減しました。一つの法律でこれだけ世の中が変わるのだということを実感しました。

一票の格差訴訟 司法の現場で

 2013年からの最高裁判所判事の経験の中で印象深かったのは、いわゆる「一票の格差訴訟」です。平成25年(2013年)の参議院議員通常選挙の選挙区間の最大格差は4.77倍であり、これは投票価値の平等に反するなどとして選挙無効訴訟が提起されました。
 これに対する大法廷の多数意見は、「違憲の問題が生じる程度の著しい不平等状態にあった」と認定したものの、「本件選挙までの約9ヶ月の間に、検討の方針や工程を示しつつその見直しの検討が行われてきているのであるから、国会の裁量権の限界を超えるものということはできない」として、原告の上告を棄却しました。
 それにしても4.77倍は酷すぎる。国会が見直そうとしているのだからいいではないかという多数意見に、私は納得できませんでした。そこで次のような反対意見を書きました。
 「憲法は、代表民主制に支えられた国民主権の原理を宣明していることから、一票の価値の平等は唯一かつ絶対的な基準と考えるべきである。もっとも人口の急激な移動や技術的理由などの区割りの都合によっては、ある程度の一票の価値の較差が生ずるのはやむを得ないと考えるが、それでもその場合に許容されるのは、せいぜい2割程度の較差に止まるべきであり、これ以上の一票の価値の較差が生ずるような選挙制度は法の下の平等の規定に反し、違憲かつ無効であると考える」。
 まず違憲かつ無効であるとはっきり宣明する。その上で、実際の混乱を避けるために次のような提案をしました。
 「選挙無効の判決の効力は将来に向かってのみ発生するものとし、かつ、一票の価値が0.8を下回る選挙区から選出された議員は、全てその身分を失うものと解すべきである。それ以外の選挙区から選出された議員については、選挙は無効になるものの、議員の身分は継続し、引き続きその任期終了までは参議院議員であり続けることができる。このように解することにより、参議院はその機能を停止せずに活動することができる」。
 この意見に賛成してくれる人はいませんでした。けれど誰かが何か言わなくては何も変わらない。こういう理屈も必要だったと、今でも思っています。

 このようにして、結果的に私は46年間の公務員生活の中で、行政、立法(法律案の作成)、司法の三権を全て経験したことになります。振り返って、どの部署でもどんな役職にあっても倦まず弛まず誠心誠意の努力をし、自分の考えを持って上司におもねらず、首尾一貫した態度で臨むことが肝要であると感じています。
 これからの時代、AIなど新しい技術が出てくるとは思いますが、人間のひらめきに勝るものはありません。道は無限にあります。皆さんも難しいなどと簡単に諦めないで、独創的な知恵を駆使して、日本の未来のために活躍してください。

やまもと・つねゆき 弁護士。1973年、京都大学法学部卒業後、通商産業省入省。1999年~2010年、内閣法制局第四部長から第一部長までを歴任。2011年に内閣法制局長官。2013年、最高裁判所判事。2020年にアンダーソン・毛利・友常法律事務所入所。同年11月に旭日大綬章受章。主な著書に『元内閣法制局長官・元最高裁判所判事 回想録』(弘文堂)、『実務 立法演習』(商事法務)、『要説 不正競争防止法 第4版』(発明協会)がある。

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