レイシャル・プロファイリングの現状と課題~「人種差別的な職務質問をやめさせよう!訴訟」ケースを中心に~ 講師:宮下 萌 氏

「見た目が外国人風」というだけで、犯罪者であるかのように疑われ、街中でいきなり警察官に職務質問されたり身分証明書の提示を求められたりする「レイシャル・プロファイリング」が問題になっています。警察官という公権力からの差別が、いかに苦痛や恐怖、悔しさをもたらすか、いかに人間の尊厳を損なうものか──「人種差別的な職務質問をやめさせよう!訴訟」弁護団のお一人、宮下萌弁護士にお話しいただきました。[9月14日@渋谷本校]

公権力による人種差別

 レイシャル・プロファイリングとは、人種や、肌の色、国籍、民族的出自などに基づき捜査対象を選別する手法のことです。「外国人」又は「外国人風の見た目である」ということを理由とし、その人を「犯罪者」または「犯罪者予備軍」として扱う、公権力による人種差別に他なりません。
 この問題は以前からあったのですが、可視化されたのは2021年のこと。東京駅構内で「ドレッドヘアの人は薬物を持っていることが多い」という理由で、ミックスの男性が職務質問されたという内容の動画がSNSに公開されたのがきっかけでした。私もこの動画を見て、市民を「守る」はずの警察官から白昼堂々公共の場で犯罪者と疑われ、尊厳を傷つけられることがあるなんてと、衝撃を受けました。
 さらに同年12月には在日アメリカ大使館が「日本でレイシャル・プロファイリング事案が発生している」という警告をツイートしました。大使館がこうしたアラートを出すというのは、異例なことで、これを契機にレイシャル・プロファイリングが社会問題として認知されるようになりました。
 これを機に、オンライン上での署名活動も始まりました。
 この署名活動では、警察庁または国家公安委員会に対して、レイシャル・プロファイリングを防止するための具体的なガイドラインを策定し公開することを求めています。具体的には、警察職員に対して、当事者の話を聞くことを含めた人種差別に関する定期的な必修研修の実施などです。
 また2022年1月、東京弁護士会は、レイシャル・プロファイリング問題を解決するためには、まず実態を明らかにする必要があると考え、「外国にルーツを持つ人に対する職務質問(レイシャル・プロファイリング)に関するアンケート調査」を実施しました。
 対象は日本に住む外国にルーツを持つ人で、調査はウェブを通じて行い、有効回答数は2094名でした。その結果の一部をご紹介します。
「過去5年くらいの間に職務質問を受けた人」は62.9%、そのうち「2〜5回程度ある」人は50.4%、「6〜9回程度」は10.8%、「10回以上」は11.5%と、合計72.7%の人が複数回に渡り職務質問を受けていたことがわかりました。
 「過去5年くらいの間に職務質問を受けた人」のうち、70.3%の人が「警察官の質問、態度で気分を悪くした経験がある」と回答。また「なぜ警察官が職務質問してきたと思うか」という問いに対しては、「外見から外国ルーツと判断されたから」が約90%、「見た目が外国人風ということ以外、(不審事由として)思い当たることはなかった」と認識していた人は76.9%いました。
 職務質問された回数を民族的ルーツで見てみると、一番多かったのは中南米の83.5%。ついでアフリカ、中東となっています。
 アンケートの最後に設けた自由記載欄には「警察官の職務質問を『差別的』と感じた」という声が一定数ありました。また、「外国籍だとわかった途端に態度が変わった」という声や、反対に「日本国籍を持っているとわかったら丁寧になった」など、「国籍」によって警察官の態度が変わったことを指摘する声も目立ちました。
 「何か不審事由があったからでなく、ただ単に見た目が外国ルーツだから声をかけられたのだと思う」、「警察官がタメ口など失礼な態度で不愉快だった」、「威圧的で怖かった」、「職務質問に応じることは任意であるはずなのに、それを否定された」、「在留カードの提示を求められた」、「長時間にわたって、質問のきっかけになった出来事とは関係ないことを聞かれた」、「見た目だけで薬を持っているのではと疑われ、ズボンまで脱がされた、侮辱的で差別的」、「日本で生まれ育ったのに、外国人は国に帰れなどヘイトスピーチを言われた」、「警察官を見るたびに怯える生活は辛い」などの声が多数寄せられ、問題の深刻さを痛感しました。
 今回の調査は住民台帳に基づいた厳密なものではなく回答数も限られたものではありますが、相当数の方が警察官から非常に不当な扱いを受けた経験があるという事実を、私たちは重く受け止めるべきではないでしょうか。

現場における警察官の実態

 一方、警察はレイシャル・プロファイリングについて、どのように認識しているのでしょうか。一例をあげますと、愛知県警は若手警察官向けの現場対応マニュアルに「外国人は入管法、薬物事犯、銃刀法などなんでもあり!!」「一見して外国人と判明し、日本語を話さないものは……必ず何らかの不法行為があるとの堅い信念を持ち徹底した追及、所持品検査を行う」と記述していたことが明らかになっています。
 また警察官向けの情報誌『警察公論』に掲載された職務技能指導員が展開したノウハウについての記事には「不良外国人」との言葉が幾度となく用いられており、外国人を「治安維持のための監視の対象」として見ているのではという疑問を生じさせる内容になっています。
 ニュースメディア「ハフポスト」の日本版」が、レイシャル・プロファイリングの問題を積極的に取り上げています(特集ページ)。その中の元警察官へのインタビュー記事には「外国人に対しては積極的に職務質問をし在留カードの提示を求めるという差別的な職質の方針が存在していた」、「外国人への職務質問を推奨する取締り月間、強化月間があった」、「外国人を見かけたらすぐに在留カードを確認するよう、幹部から指示されていた」、「工場が多い地域の警察署に配属されたときは、外国人がバールを持って襲撃してくるという事態を想定した訓練を受けた」、「ベテラン警察官の中には『ガイジン』『あいつら』など、相手を他者化するような差別的呼称で呼ぶ人がいた」、「警察は数字主義の世界。検挙のノルマを課されていてその数字を上げるため、オーバーステイや自転車の盗難などを狙って職務質問する。今月はノルマが足りないから、外国人への職質を積極的にやるようにと指示されることもあった」といったレイシャル・プロファイリングの実態を裏付けるような証言が、多数紹介されています。
 またハフポスト日本版が全国47都道府県警察を対象に行った調査では「警察官による人種差別を防ぐためのガイドラインを策定している警察」はゼロ、「人種差別防止のため外国ルーツの当事者を講師として招いた講演会を行なっているか」を尋ねたところ「行なっている」と答えた警察はありませんでした。

STOPレイシャル・プロファイリング訴訟

 今年1月に提訴された「人種差別的な職務質問をやめさせよう!訴訟」は、警察による職務質問におけるレイシャル・プロファイリングの運用が違憲、違法であることを、真正面から問う公共訴訟です。3人の原告と私たち弁護団は、国や都道府県に対して「レイシャル・プロファイリングによる差別的な職務質問についての国家賠償」、「運用についての違法確認」、「是正についての国の指揮監督義務の確認」の3点を請求しています
 3人の原告のプロフィールと体験談をお話しします。パキスタン生まれのゼインさんは8歳の時に来日、13歳の時日本国籍を取得しました。日本国籍者なので在留カードは持っていないし、日常的にパスポートを持ち歩くこともありません。それにもかかわらず「外国人風」という外見を理由に度々職務質問を受け、在留カードやパスポートの提示、所持品検査を求められました。その度にまるで犯罪者のように扱われ、嫌な思いをしたと語っています。
 2人目のシェルトンさんはアフリカ系アメリカ人で、「永住者」の在留資格を持っています。
 2021年4月、自宅からバイクで出かけたところ、何らの交通違反もしていないのに2人組の警察官に呼び止められ、在留カードの提示を求められ、何の仕事をしているのかなど、運転とは関係のないことを質問されました。
 髪型をドレッドヘアにしているシェルトンさんは、この時だけでなく、10年の間に16〜17回職務質問されていますが、それが「外国人であること」を理由にした差別的扱いだったことは明らかです。
 3人目は南太平洋諸島出身のマシューさん。「永住者」の在留資格を持っています。2021年、マシューさんが自家用車を運転していると、交差点ですれ違ったパトーカーがUターンしてサイレンを鳴らして追いかけてきて停止を指示しました。警察官曰く「交通違反の疑いがあったわけではないが、この辺りで外国の方が運転しているのは珍しいから呼び止めた」。マシューさんは来日以来、自宅や職場のそばの路上や駅など公共の場で、大小合わせて100回近く職務質問を受けてきました。自分が経験したことは氷山の一角だとして、自分のためだけでなくレイシャル・プロファイリングに苦しむ全ての人のために原告になることを決意してくださいました。
 原告の3人の方のお話を伺っただけでも、いかに警察官という公権力からの差別が、苦痛や恐怖、悔しさをもたらすか、いかに人間の尊厳を損なうものか、そして、いかに変えなければならない問題なのかが分かるかと思います。
 本来は市民の安全を「守る」はずの警察官が、「外国人」又は「外国人風の見た目である」ということを理由とし、何も怪しいことをしていないのにその人を「監視」の対象とする──このような社会を許して良いのでしょうか?
 三権の一つである「司法」、つまり裁判を通して「レイシャル・プロファイリングという問題があり、是正の必要がある」というメッセージを伝えることは、非常に大きなインパクトがあり、「社会を変え、世の中を動かす」ということに繋がると信じています。

司法を通じて社会を変える

 そもそも論になりますが、日本には差別の問題、とりわけ人種差別に関しての法整備がほとんど進んでいません。人種差別そのものを違法とする、禁止とする法律が存在しないのです。2016年にできたヘイトスピーチ解消法はあくまで理念法ですし、法務省の人権擁護局も独立性、専門性が担保された人権機関とは言えません。
 大前提として人種差別を禁止する法律や国内人権機関を整備しない限り、レイシャル・プロファイリングをなくすことは難しいと思います。
 私が東京弁護士会を通じてレイシャル・プロファイリングの実態調査をやろうと思い立ったのは、ヘイトスピーチに比べてレイシャル・プロファイリングの社会的認知度が低いのではと気づいたからです。どんな問題も実態が可視化されなければ、なかったことにされてしまいます。実態を統計で数量的に、また当事者へのインタビューなどで質的に可視化するために、アンケートなど社会調査を実施し、それを司法に生かすことができれば──。社会調査と司法をコラボさせて社会を動かすことが、私の弁護士としての課題になりました。
 法律家でなくても、社会を変えるためにできることはたくさんあります。問題を知ること、そして伝えること。裁判を傍聴することもできますし、クラウドファンディングなど寄付をすることで支援するのも有効です。一緒に差別を許さない社会を作って行きましょう。

みやした・もえ 東京弁護士会/弁護士法人戸野·田並·小佐田法律事務所東京オフィス。ヘイトスピーチや人種差別とテクノロジー、レイシャル・プロファイリング等に関する活動を行っている。主な編著に『レイシャル・プロファイリング 警察による人種差別を問う』(大月書店、2023年)『テクノロジーと差別 ネットヘイトから「AIによる差別」まで』(解放出版社、2022年)、共著に『AIプロファイリングの法律問題 AI時代の個人情報・プライバシー』(商事法務、2023年)など。

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