テレビのコメンテーターとしてもおなじみの弁護士・三輪記子さん。自身のYouTubeチャンネルでは、多彩なゲストを迎えてさまざまな社会問題をわかりやすく伝えてくれています。その来歴とともに、ここまでの歩みの中で見えてきたこと、そして「憲法YouTuber」としての活動に込めた思いをお話しいただきました。[10月26日@渋谷本校]
弁護士、コメンテーター、YouTuberとして
私は1976年10月、京都の生まれです。外交官になりたくて95年に東京大学文科一類に入学しましたが、すぐに挫折。卒業後、法科大学院を経て2009年に司法試験に合格し、翌年弁護士登録しました。ただ、就職氷河期でなかなか就職先がなく、なんとかある弁護士事務所で「ノキ弁(事務所に間借りして個人で働く弁護士)」として働いた後、12年に独立。その翌年、雑誌のグラビアに出たことが弁護士会や周囲の弁護士からの批判を集め、一時は懲戒請求一歩手前まで行きました。
でも、それをきっかけに、13年秋ごろからテレビ番組のコメンテーターの仕事をいただくようになります。最初は全然うまく話せなかったし、何のためにテレビに出ているのかもよく分かりませんでした。でも、番組でコメントを求められて答えるためには、自分が言いたいことを即座に言語化しなくてはなりません。その都度真剣に考え、話すうちに、自分のやりたいこと、進むべき道が少しずつ見えてきたような気がしました。
たとえば、法曹として学んできた「自由」や「平等」という概念をきちんと多くの人に伝えて、実現させていきたい。一人でそれをやるのは手に余るかもしれないけれど、その一歩として、なかなか視聴者には届きにくい、理解されにくいようなニュースを深掘りして、分かりやすく伝えることならできるんじゃないか、それが自分の役割なんじゃないかと感じるようになりました。
また、テレビに出始めてしばらく経ったころ、現在の夫である作家の樋口毅宏と出会い、15年に第一子を出産しました。私はそのころ仕事の関係で京都を離れられなかったので、夫が東京から京都へ引っ越してきてくれたんですね。でも、結果として夫がイベントなどの仕事を断ることが増えてしまい、自分が彼の仕事の機会を奪っている気がして、とても辛かったです。
それで17年に東京に転居し、21年に現在の「三輪記子の法律事務所」を立ち上げました。22年には第二子を出産、同じ年に「弁護士三輪記子のYouTubeチャンネル」を立ち上げて、ゲストとともにさまざまな社会問題についてトークする「憲法YouTuber」としての活動を続けています。
体験したことが、すべて今につながっている
ここまで「何年に何をして……」という話をしてきたのは、人はどうしても生まれた時代、何歳のときに何を経験したかに影響を受けると思うからです。
たとえば、私が高校3年生のときに阪神・淡路大震災が起こったのですが、周囲には受験生だったにもかかわらず京都から神戸までボランティアに行った友達もいました。それなのに、私は自分のことで精一杯で何もできないと感じたことをはっきりと覚えています。そういう経験が、今の自分と非常に強くつながっている。そのように、世代に関係なく、どんな状況を体験したか、そのときに何を思ったかが、すべて今につながっているのではないでしょうか。
また、自分の経験だけではなく、過去の出来事やニュースを振り返っていくと、今社会で問題とされていることの多くは、実はずっと以前から問題として存在していた、世の中がそのことに気付いていなかっただけだということが分かってきます。
たとえば、最近大きな注目を集めている選択的夫婦別姓の問題についても、1996年には法制審議会が選択的夫婦別姓を含む民法改正案の答申を出していました。最近になって急に制度を求める声が出てきたのではなく、今から28年前の時点でもう法案までできていたにもかかわらず、まだ改正が実現していないというのが実情なんですね。
また、2022年7月の安倍元首相殺害事件の後、旧統一協会の問題が大きくクローズアップされましたが、これについても実際には「被害対策弁護団」の弁護士さんなどが以前からずっと警鐘を鳴らし続けていました。
さらに、最近になって注目されたジャニーズ性被害問題、同性婚をめぐる違憲訴訟、宝塚歌劇団での劇団員死亡問題などを見ても、どれも今突然起こった問題ではなく、ずっと前から存在していて、ただあまり注目されていなかっただけだといえます。ということは、現時点では世の中にあまり知られていなくても、すでに芽が出てきている問題というものもたくさんあるんだろうと思うのです。
もちろん世の中すべての問題を一人でフォローすることはできないけれど、少しでも「おかしいな」と感じたことは、きちんと「おかしい」と伝えていきたい。「憲法YouTuber」としての活動を続けているのには、そんな思いもあります。チャンネルを立ち上げてから2年の間に、再審法、リプロダクティブヘルス&ライツ、生活保護基準引き下げ、犯罪被害者支援、LGBT理解増進法、国籍法、特殊詐欺、長時間労働問題、入管法、それから朝ドラ『虎に翼』についてなど、本当にさまざまな話題を取り上げてきました。継続することが力になると思うので、今後も地道に積み上げていきたいと思っています。
人権と経済的合理性
こうした活動を続ける中で、法律を専門に学んだわけではない人には理解されづらい、伝えるのが難しいと感じることがいくつかあります。
一つが「推定無罪の原則」です。いくら容疑者であっても、逮捕されても、刑事裁判で有罪判決が確定するまでは「無罪」として扱わなくてはならない。これは、法律の世界では当然とされていることですが、一般的にはなかなか理解されづらい、難しい考え方だと思います。
推定無罪の原則に立てば、逮捕されたからといって犯人扱い、犯罪者扱いしてはならないわけですが、一般的には「逮捕された=悪い人だ」と考える人が多い。だからこそ、逮捕報道というものが求められてしまうともいえますね。
でも、世の中が「この人は悪い人だ」「有罪に決まってる」という流れを作ってしまうと、司法もそれに乗っかってしまう可能性があります。先日無罪が確定した「袴田事件」も、もともとはそうした面があったのではないでしょうか。結果として逮捕から無罪判決まで58年もかかってしまったわけですが、その過ちに司法だけではなく世の中全体も加担していたんだということを、私たちはしっかりと認識したほうがいい。そして法曹関係者だけではなく、もっと多くの人が、推定無罪の原則を理解していくべきだと思っています。
次に「自分も罪を犯してしまう可能性がある」ということ。「自分は常に正しい」とまでは言わなくても、「自分は悪いことなんて絶対にしない」と思っている人が多いように感じます。何かの犯罪が増えているとなったときに「厳罰化すればいい」と考える人が多いのは、そうした理由からではないでしょうか。
でも、厳罰化をしても、そのときの人々の気持ちは収まるかもしれませんが、それが社会の安全に本当に寄与するのかは分かりません。厳罰化が唯一の正解ではないんじゃないかと、私は司法の現場の片隅にいるからこそ感じるし、もっとみんなで考えてみるべきことだと思います。
そして三つ目は、「人権は経済的合理性と比較するべきものではなく、人権尊重こそ大前提である」ということ。この二つを並べたときに、なぜか「経済的合理性が優先される」と考える人が少なくないように感じることがあるのです。
たとえば今年、旧優生保護法によって不妊手術を強制された被害者の方たちへの補償法案が成立しました。それについても、「被害者1人につき1500万円も補償金を払って、国家財政は大丈夫か」なんていう話が出てきています。
でも、お金と人権とを比べるのがそもそもおかしいですよね。侵害された人権を回復する術はないから、仕方なくお金で補償しているに過ぎないはずです。ましてや、経済的な合理性が追いつかないから人権を損ねてもいい、補償が十分でなくてもいい、なんていう考え方は絶対にしてはいけない。人権と経済的な利益を天秤にかけようとするような議論に対しては、ちょっと立ち止まってみるべきだと思うのです。
憲法を学ぶ意味
今、私が「憲法YouTuber」として活動するのは、私自身が憲法を学んだことで多くのことを知ることができた、自分がすごく変わったと感じているからでもあります。
司法試験の前、短い期間でしたが伊藤塾に通っていたとき、伊藤塾長からこんな言葉をお聞きしました。「権利は目に見えるものではありません。でも、その目に見えないものを目に見えるようにするのが法律家の仕事です」。まさに、憲法を学んで「目に見えないものが目に見えるようになった」ことで私も、世界の、社会の見え方が変わったと思うのです。
たとえば、先ほども話に出た旧優生保護法。この法律は、障害のある人への不妊手術を本人の承諾なしに行っていいとするなど、非常に問題の大きい法律でした。でも実は、この法律が戦後すぐに成立したとき、当時の国会は全会一致で法案を通しているんです。つまり、国会議員が全員で、とんでもない人権侵害を引き起こしたわけですね。
そういうことを知っていれば、「多数派だって間違えるんだ」「多数派か少数派かなんてことには何の意味もない」ということが分かる。そうすれば、自分が少数派になったときも、簡単には多数派になびかないでいられる。「少数派でもいいんだ」と、自分の考え方に自信を持っていられるのではないでしょうか。
あるいは、憲法を学ぶことで、「自由」についても深く考えることができる。みんなが自分の自由について、そして他者の自由についてももっと深く考えられるようになれば、もしかしたら社会は今とはちょっと違うものになるんじゃないでしょうか。
もちろん「今の社会で、憲法なんて何の役に立つんだ」という人もいるでしょう。でも、憲法があるから私たちは今、まがりなりにも民主主義の社会に生きていられるんだと思います。もし憲法がなかったら、表現の自由も保障されず、言いたいことも言えない、今よりもっと前近代的な独裁国家になってしまっているかもしれません。
そうならないために、一人でできることは限られているかもしれないけれど、小さなことからコツコツと取り組んでいきたいと考えています。
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みわ・ふさこ 弁護士、憲法YouTuber。1976年10月24日生まれ。京都府出身。東京大学法学部を卒業後、司法浪人を経て立命館大学法科大学院に入学。2009年に司法試験合格、2010年12月弁護士登録。2021年3月に「三輪記子の法律事務所」を開設。テレビ番組のコメンテーターとしても活躍中。
※弁護士三輪記子のYouTubeチャンネル https://www.youtube.com/@MiwaFusako_B