連載陣に聞く「わたしと憲法」(渡辺一枝さん)

マガジン9創刊20周年を機に、あらためて「憲法」のことを一緒に考えたいと、マガジン9で連載中の執筆陣の皆さまに「わたしと憲法」のテーマでご寄稿いただきました。

わたしと憲法(渡辺一枝)

 朧げな記憶だけれどまだ幼児の頃に母や周囲の大人たちから、「日本は、もう戦争をしない」と国の約束事を決めたのだと教えられた。教えてくれた大人たちの誰もが、戦争で家族や身内を亡くすか、または傷病者にしていた。私も父を亡くしていた。だから大人たちの言葉は、まっすぐに幼い私の心に響いていた。
 学校の社会科の授業で「憲法」を習った時、「日本国民は、」で始まる普段使わない難しい言葉で書かれた前文を読み上げながら、馴染みのない言葉ではあったけれど、高らかに謳われている文章をとても誇らしく感じた。とりわけ「第2章 戦争の放棄 第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」は、これこそ幼い日に心に刻み込んでいた「日本は、もう戦争はしないと決めた」国の約束事だった。
 幼かった日にはもちろんのこと、長じてからも、「日本」という国への帰属意識は殊更に持ち合わせてはいない私だけれど、この約束事を持つ国に生きることに誇りと責任を、今の私は一層強く感じている。

 大きな危機感を持ったのは2003年、小泉政権下でイラク人道復興支援特措法が成立した時だった。「イラクは大量破壊兵器を保持している」ということを理由にアメリカを主体としたイギリス、オーストラリアなど有志連合が軍事介入した侵略戦争に、日本は有志連合の一員として、自衛隊派遣を決め、2004年1月、イラクのサマワに陸上自衛隊が派遣された。
 憲法9条を蔑ろにする政治に我慢がならなかった。友人たちと「戦争への道は歩かない!声をあげよう女の会」を立ち上げた。主だった友人たちが相次いで亡くなって2015年に会としての活動は閉じたが、毎月3日の国会前スタンディングに思いは繋がれている。
 安倍晋三が2度目の政権の座につくと、危機感は一気に激増した。2013年12月6日特定秘密保護法が強行採決された。連日連夜、多くの市民が反対の声をあげて集会を持ち国会を囲んだが、政権は数を頼んで強行採決に及んだ。
 さらに2014年7月1日に集団的自衛権行使容認を閣議決定し、2015年9月19日に安保法制の強行採決に及んだ。法案の段階から、多数の国民市民が抗議集会を開き、また連日国会を囲んで抗議の声をあげ、大多数の憲法学者や内閣法制局長官経験者らが強く反対の声をあげていたが、与党議員らはこの日未明に人間かまくらをつくって議長を取り囲み、採決の手続きもその記録もないまま暴力的手段で強行採決を図ったのだ。この日の事は、忘れられない。安倍政権はこんな手法をとって集団的自衛権を容認して、他国の戦争に日本が介入する道をつけてしまった。
 この「解釈改憲」は明らかに憲法違反であると、2016年の東京を皮切りに全国各地から「安保法制違憲」訴訟が提訴された。ごく幼い日に心に刻みつけた「国の約束事」が破られたことに我慢はならず、私もすぐに原告の一人になった。
 原告になり意見陳述書を書き法廷で陳述してきた。この体験を通して私は、それまで知識として、あるいは言葉として理解していた「日本国憲法」を五臓六腑で「我がこと」として身の内に取り込んだと思っている。だが、第1章「天皇」から第11章「補則」までの103条ある条文の中には、私には納得のいかない消化不良の条文もある。

 憲法を変えること自体は有り得ることだと思っているが、ただしそれには国民の総意が不可欠だ。それなのに「日本国憲法」の文言は変えないまま精神が大きく変えられてしまった今、そしてさらに文言自体を変えようとする動きが強くなっている今、これを言うのは問題発言かもしれないが、私は「第1章」を無くしたらどうだろうか、と夢想する。そもそもが、「国体」とは何か? それは無ければいけないものなのか? が、私自身で答えを見つけたく思っている消化不良の原点なのだ。
 1946年11月3日に公布された「日本国憲法」の前文が、日本国のあり方というか国柄と言えば良いか、あるいは国の根本体制を示しているではないか。「国体」などを言わずとも、これで十分ではないのか?

渡辺一枝(わたなべ・いちえ) ハルピン生まれ。1987年3月まで東京近郊の保育園で保育士として働き、退職後は旧満洲各地に残留邦人を訪ね、またチベット、モンゴルへの旅を重ね作家活動に入る。2011年8月から毎月福島に通い、被災現地と被災者を訪ねている。著書に『自転車いっぱい花かごにして』『時計のない保育園』『王様の耳はロバの耳』『桜を恋う人』『ハルビン回帰行』『チベットを馬で行く』『私と同じ黒い目のひと』『消されゆくチベット』『聞き書き南相馬』『ふくしま 人のものがたり』他多数。写真集『風の馬』『ツァンパで朝食を』『チベット 祈りの色相、暮らしの色彩』、絵本『こぶたがずんずん』(長新太との共著)など。
マガジン9連載:一枝通信 https://maga9.jp/category/ichie/

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