マガジン9創刊20周年を機に、あらためて「憲法」のことを一緒に考えたいと、マガジン9で連載中の執筆陣の皆さまに「わたしと憲法」のテーマでご寄稿いただきました。
トランプ返り咲きで激変した「9条」を巡る前提条件 日本が選ぶべき第三の道(想田和弘)
2005年3月1日に「マガジン9条」として始まった「マガジン9」も、今年で20周年だそうだ。「自民党を中心に改憲への動きが活発化する中」、このサイトは立ち上げられた。
思えば、戦後を通じて改憲への動きは常に活発化しているというか、活発化していない時期はほぼないのではないかとさえ感じられる。
しかし今年に入ってから、憲法第9条についての議論をするための前提条件そのものが、大きく変わった。
第二次トランプ政権の誕生である。
ドナルド・トランプは、米国を「国際法に支配された国連中心の世界秩序」のリーダーとは考えていない。むしろ国際法や慣例などに縛られず、強大な軍事力と経済力を背景に、米国や自分の利益のためにやりたい放題したいと考えている。
グリーンランドやカナダの併合を何度も口にしているのも、いわゆる同盟国に高関税をかけるのも、その証左である。不動産を購入するような軽さと気楽さで、米国がガザを取得し、パレスチナ人は隣国に移らせるなどと言い放ったのも、同様である。
こうした発言や行動は、国際法や慣例とは相容れぬものであり、これまでの米国大統領であれば、ありえなかったものである。そういう意味では、トランプの大統領就任を境に、米国はまったく別の国に変化してしまったと言えるだろう。
では、トランプのアメリカにとって、国際法などの代わりに何が行動の基準になるのかといえば、「力」である。
つまり「弱肉強食」である。
身も蓋もないが、そうとしか言いようがない。
強い者が勝つ。強い者は弱い者を征服・搾取してもよい。そういう価値観であり、行動基準である。
米国は、いわば帝国主義の時代に逆戻りしたのである。
そうなると、日本の主流の政治家たちが繰り返し呪文のごとく唱えてきた「日米同盟を基軸にして」という言葉の効力も、根本から見直さなくてはならなくなる。
その理由は明白であろう。
日米同盟は、米国やトランプの利益にかなううちは保持されるだろうが、利益に反するような状況になれば、トランプはいとも簡単に同盟を破棄ないし無効化する可能性が高い。それは2月末に行われた、ウクライナのゼレンスキー大統領との首脳会談で起きた惨劇を見れば、一目瞭然である。
戦後の日本が採用してきた外交・安全保障戦略の要諦は、「米国に従うこと」と要約できる。従ってさえいれば、在日米軍と核の傘に守られる。それが日本の生存戦略であり、方程式だった。
しかし、それはもはや通用しなくなったと言えるのではないだうか。
もちろん、私たちはこれまでの方程式にすがって、どんなに虐められ搾取されてもトコトン従順にへつらい、自分に雷が落ちぬことを願いながらビクビクして暮らすこともできるだろう。
だが、僕はそういうのは嫌だなあと思う。
だからといって、米国に頼らずとも、在日米軍が撤退しても自力で国が守れるように軍備を増強し、ついでに核を持つべきだ、などとはまったく思わない。
力だけが支配する世界では、力が強い方が勝つ。日本がそういう競争に乗り出しても勝てるとは思えないし、一時的に勝てたとしても、いつかは負けるのが物事の道理だからである。
それにロシアの侵略に対して「専守防衛」を実行したウクライナの状況を見れば、武力に武力で応じることが、必ずしも国を守ることにはつながらず、下手をすると街や村をめちゃくちゃに破壊された上に、領土も失う結果になりうることが明らかである。
ではどうするのがいいかといえば、軍備増強への道とは、全く逆の方向へ歩むことを改めて提案したい。
つまり米国の政治学者・故ジーン・シャープらが提唱した、戦略としての「非暴力抵抗」の研究と訓練である。そのことについては、本サイトのコラムでも何度か書いたので、詳しくはそちらを参照してほしい。
非暴力主義をうたった日本国憲法第9条は、度重なる解釈改憲によって骨抜きにされ、この国では自衛隊や日米安保条約、集団的自衛権さえも容認されるにいたった。
それはなぜかと言えば、他国から侵略された際に、私たちが取れる方法は2つしかないと信じられているからである。つまり、武力で応戦するか、屈服するか、である。
しかし非暴力抵抗は、応戦でも屈服でもない、第三の道の存在を示している。シャープの理論は、セルビアのオトポール運動や、リトアニアの独立運動などの指針となり、その成功に大きく寄与した。それは机上の空論ではなく、実践可能な戦略なのである。
日本国憲法を持つ私たちは、第三の道こそを研究し訓練すべきであろう。
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想田和弘(そうだ・かずひろ) 映画作家。1970年、栃木県足利市生まれ。東京大学文学部卒業。スクール・オブ・ビジュアル・アーツ卒業。BGM等を排した、自ら「観察映画」と呼ぶドキュメンタリーの方法を提唱・実践。これまで『選挙』『精神』『Peace』『牡蠣工場』『港町』『精神0』『五香宮の猫』など、11本の長編ドキュメンタリー映画作品を発表、国内外の映画賞を多数受賞してきた。2021年、27年間住んだ米国ニューヨークから岡山県瀬戸内市牛窓へ移住。『観察する男』(ミシマ社)、『なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか』(講談社現代新書)、『猫様』(ホーム社)など著書も多数。
マガジン9連載:映画作家・想田和弘の観察する日々 https://maga9.jp/category/soda/