かっこいい! スクリーンを見つめながらの2時間近く、ひたすらずーっとそう思っていた気がする。
韓国では昨年12月、ユン・ソンニョル大統領(当時)が、「反国家勢力」から国を守るためとして、突如「非常戒厳(戒厳令)」の宣布を発表した。しかし、国会が解除要求決議を採択したことで、非常戒厳はわずか6時間ほどで解除。その後、ユン氏は内乱罪で逮捕・起訴され、翌年4月に弾劾訴追によって失職(7月に再逮捕)、さらに8月にはユン氏の妻、つまり前大統領夫人であるキム・ゴンヒ氏も収賄などの容疑で逮捕される──という衝撃的なニュースが続いた。
本作は、その「前夜」──非常戒厳宣布に至る背景となった、政権による苛烈なメディア弾圧と、それに抵抗するジャーナリストたちの闘いを克明に記録したドキュメンタリーだ。
監督のキム・ヨンジン氏は、韓国のネットニュースメディア「ニュース打破(タパ)」の代表(当時、現在は現場記者に復帰しているそう)。ニュース打破は2012年、当時のイ・ミョンバク政権によるメディア弾圧で失職した大手メディアの記者たちが集まって立ち上げた調査報道メディアで、企業広告に頼らず市民からの支援で運営されている。政権によるメディアへの介入の実態と、大手メディアがその片棒を担いでいた事実を追及したドキュメンタリー映画『共犯者たち』(2017年、チェ・スンホ監督)は、本欄でも紹介した。
ニュース打破とユン氏との因縁は、ユン氏の大統領就任よりも以前にさかのぼる。ムン・ジェイン政権下の2019年、検察総長候補者に指名されたユン氏の不正疑惑を、ニュース打破がスクープ。その後も厳しい追及を続けるニュース打破に対して、22年の大統領選挙で当選して大統領となったユン氏は、驚くような「反撃」に出る。大統領選の際、ニュース打破が「フェイクニュース」を流してユン氏を不利に追い込んだと主張。「死刑にも値する、反逆罪だ」と激しく責め立て、代表を務めていたキム氏らを名誉毀損罪で訴える。さらには検察を動かし、ニュース打破の本部ビル、そして記者2人の自宅への家宅捜索にまで踏み切るのである。
ほとんど異様とも思えるような、なりふり構わぬ激しい弾圧。それでも記者たちは一歩も退かずぶれず、目の前で起きていることをカメラに収め続けていく。ユン氏の不正の証拠となる録音テープを入手した記者たちのやりとり、会見での発言の矛盾を突き、「ちゃんと答えてください」と詰め寄る記者を退けて立ち去るユン氏の後ろ姿、家宅捜索が入った朝、検察に「先に子どもを学校に送りに行かせてくれ」と頼む記者の表情……スクリーンに映し出される一つひとつの場面に、ドラマかと見まがうほどの緊迫感が漂う。
「ジャーナリズム」をそのまま体現しているかのような記者たちの姿。でも、「かっこいい」のは、彼らだけではない。ニュース打破のビルへの捜査が入る朝、入り口で抗議のプラカードを掲げて立つ支援者たち(ニュース打破には現時点で、約6万人の支援者がいるという)。そして、追いつめられたユン氏によって「非常戒厳」が出された夜、それに抵抗するために国会前に駆けつけた大勢の市民たち。民主主義を、そして自分たちの日常を守り、取り戻すために行動する人たちの姿が、なんとも力強く、かっこいい。
でも、この物語がフィクションではない以上、見ている側も「かっこいい」だけでは終われない。では、日本の私たちは? 民主主義を守るための「不断の努力」を、どのくらい行使できているだろう。見た人の多くが、そう顧みずにはいられないと思う。
(西村リユ)
*