第28回:諸悪の根源は「官邸」にあり(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

 出た!「首相案件」

 朝日新聞(4月8日付)によれば「三つの疑惑 政権直撃」だという。

1 森友文書改ざん 指示系統は? 佐川前長官 証言拒否
2 イラク日報 誰が隠蔽 陸自中枢 関与か焦点
3 是正勧告の改憲否定 端緒は過労自殺、都合良く公表か

 連日報道されているから、多くの人が知っていることだろうけれど、財務省、防衛省、厚労省の3つの疑惑が安倍政権を揺るがしているというのだ。
 安倍官邸はそれでも何とかごまかそうと必死だ。しかし、自民党内部からも「このままでは党がもたない」と、かなり悲鳴に近い嘆きが上がっている。一部では「泥船からネズミが逃げ始めた」という声もある。むろん、泥船化しているのは安倍官邸だ。
 そこへ朝日新聞のスクープ(10日)が追い撃ち。一面にデカデカと「安倍案件」!
 さらに同じ日、東京新聞もぶち上げた。この2紙の一面、タイトルだけでもインパクトがある。

◎朝日新聞
  面会記録に「首相案件」
  加計巡り首相秘書官
  愛媛県文書に記載

 
◎東京新聞
  内閣府が戦略特区提案
  加計側に「官邸から聞いている」
  獣医学部新設 申請前に幹部面会
  「加計ありき」鮮明に 

 どう考えたって、安倍首相、もう終わりだろう。沈みかかった泥船に、とうとうデカイ穴が開いてしまった。いくら水を掻きだしたところで、沈没は免れまい。
 このスクープで、疑惑の大元は「内閣府」、つまり「安倍官邸」であることが浮き彫りになった。諸悪の根源は「安倍官邸」にあったわけだ。もう言い逃れはできまい。

 イラク日報問題では、あの“懐かしの稲田朋美氏”の顔が、またしてもテレビ画面に登場してきて、ぼくをギョッとさせる。勘弁してほしい。
 NHKニュースでさえ、連日の国会周辺の「アベ辞めろデモ」を伝え始めたし、安倍広報紙と呼ばれている産経新聞や夕刊フジも、なんだか奥歯にモノが挟まったようではあるけれど、安倍批判ともとれる記事を掲載した。
 いったんは佐川宣寿元財務省理財局長の「訴追の恐れがあるのでお答えは控えさせていただく」答弁で、なんとか疑惑国会を逃げ切れるかと思ったらしい安倍首相だが、そうは問屋が卸さなかった。まあ出てくるわ出てくるわ、ウソと隠蔽と改竄の年末でもないのに特別大バーゲン。

 問題は外務省にもあった。4月5日、首都圏の米軍横田基地に、突然オスプレイが飛来。それについて、実は外務省は3月16日に米軍から連絡を受けていたのだが、河野太郎外相は「米軍側から、調整が済むまで配備は公表しないように要請されていた」と衆院外務委員会で平然と明かした。
 この報道に、ぼくはのけぞった。
 沖縄では墜落までしているオスプレイの危険性は、これまでも多くの指摘を受けている。それが東京の人口超密集地の上を、5機もそろって飛んできたのだ。むろん、事前に知らせれば住民の大きな反対運動が起きただろう。外務省・河野外相、ひいては安倍官邸はそれを危惧したのだろうが、住民無視もここまでくればリッパである。
 皮肉を言えば、これまで他人事だと思っていた沖縄の苦しみを東京都民にも知らせてくれるという効果をもたらした配備でもあったわけだ。
 それにしても、河野太郎氏って、あんな程度の小者だったのか。反原発の持論はぴたりと封印してしまったし、かつて繰り広げていた外務省批判など、いまやどこ吹く風。人間、あんなふうには変節したくないものだとつくづく思う。親父(河野洋平氏)は泣いているかもしれないぞ。

主要官庁が総崩れ

 8日の朝日新聞は、ポイントを3つに絞っていたけれど、これは「官僚問題」ということができるだろう。1は財務省、2が防衛省、3が厚生労働省というわけだ。
 しかし国土交通省だって、森友の国有地売却に関してはかなりの関与が疑われている。とすれば、4に国交省も挙げておかなければならない。
 そして5が、オスプレイ配備で情報隠しをしていた外務省ということになろう。

 さらに、忘れてはならないのが文部科学省だ。名古屋市の公立中学校の前文科省事務次官の前川喜平氏の特別授業への介入。これは相当深刻な問題だ。戦前の軍国教育への反省から、国家が教育現場へ介入することは強く戒められてきたはずだ。その戒めを、政治家の圧力があったせいか、いとも簡単に官僚が破ってしまったのだ。ひとつ崩れると、ガラガラと瓦礫の山になる。
 ところが教育への介入は、文科省だけではなかったのだ。
 北海道ニセコ町のニセコ高校で「ニセコでエネルギーと環境を考える」という講演が行われた際、講演者の北海道大学大学院の山形定助教(環境工学)に対し、講演資料を点検した経済産業省北海道経済産業局の幹部からクレームがついたのだ。
 クレーマーは経産局資源エネルギー環境部の八木雅浩部長ら。クレーム内容は「福島原発事故の写真が印象操作ではないか、原発コストが本当に安いのかという部分は別の見方もあるはず」などということだったという。まるっきり、原発推進派の言いがかりそのものだ。山形助教は、原発事故写真はそのまま使い、コストについては予定通り話し、一応は自然エネルギーのリスクにも触れてバランスを取ったという。ともかく経産省からのクレームを撥ねつけたわけだ。
 この介入も目に余る。だいたい、講演前に内容をチェックするということからして越権行為だし、まるで戦前の事前検閲と同じことではないか。これについては、八木部長は「圧力をかけて内容を変えてほしいという意図はなかった」(朝日新聞6日)と話したというが、これを圧力と感じないほうがおかしい。
 こうやって見てくると、財務省、防衛省、厚生労働省、国土交通省、外務省、文部科学省、経済産業省…と、主要官庁が軒並みおかしくなっているのがよく分かる。日本という国を支えている大黒柱であるはずの主要官庁が、いまやガタガタと総崩れ状態になっているといっていい。

「内閣人事局」が官僚の死命を制した

 なぜこんなことになったのか。
 その大きな原因は、安倍官邸が高級官僚たちの人事権を一手に握ってしまった「内閣人事局」の設置にある、というのが多くのジャーナリストたちの指摘だ。
 これは、2008年の福田康夫内閣で成立した「国家公務員制度改革基本法」に基づくものだが、なかなかすんなりと設置には至らず、紆余曲折を経て、ようやく2014年に安倍内閣の下で新設された。そして、担当の公務員制度改革担当大臣には、なんとあの稲田朋美氏が就任した。
 現在も掲げられている「内閣人事局」の看板のなんとも凄まじい字は、稲田氏の揮毫(!)なのである。同じようにヒドイのは、河野太郎氏が書いた「G20サミット事務局」の篆書(てんしょ)と自称する文字も同様だ。確かに、見ているほうが恥ずかしくなるような字である。政治家は、省庁や事務局の看板は書かないほうがいいと思うよ。ずっと後世まで「恥」が残るのだから。
 それはさておき、この「内閣人事局」の初代局長は、加藤勝信氏(現厚労相)、二代目は萩生田光一氏、そして現在は杉田和博氏。いずれも安倍首相の側近中の側近といわれる人物ばかりだ。官僚人事が完全に安倍官邸の意のままになってしまった、という指摘があてはまるわけだ。
 ぼくは、官僚が政治の方向を左右するような「官僚政治」をいいと思うわけではない。政治家が、きちんと未来の地図を描き、それに従って官僚たちが具体的な方策を立てる、という形が望ましいとは思う。だが、現在はそんな姿とはほど遠い。
 安倍一強が官僚人事を完全掌握したために、出世を望む官僚たちは官邸の意向に逆らうことがまったくできなくなってしまった。「政治主導」といえばカッコいいけれど、むしろ「プチ独裁」の様相なのだ。

「内閣人事局」を解体せよ!

 人事局を独立した機関につくり替える必要がある。それは、「内閣人事局」から「内閣」を取り外し、独立機関としての「公務員人事局」でなければならない。
 例えば、第三者委員会のように、弁護士や学者、研究者など、法律や組織論、政策等に詳しい人たちで構成し、政治家からは一定の距離を置き、政治介入を許さないような「人事局」を作ることが早急に必要なのではないか。そうしない限り、上だけを見る“ヒラメ役人”ばかりが増えるだろう。
 それは、前述したような官僚たちの劣化を見れば明らかだ。主要官庁の高級官僚たちが、ガン首揃えて安倍官邸の顔色をうかがっている、見るも無残な現状だ。しかし、よく考えてみれば、諸悪の根源は「安倍官邸」だ。行政のすべての場面に政治圧力をかけることができるのだから。

 この国が危ないと、ぼくは本気で思う。
 安倍首相が主導した外交もアベノミクスも労働政策も社会保障も改憲論も原発再稼働も、みんなガタが来ているではないか。
 そろそろ国のかたちをつくり直さなければならない時期に来ていると、真剣に思う。

ぼくの新聞記事の切り抜きファイル。左が朝日新聞、右が東京新聞、スクープです
鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。