第40回:ある記者会見で…(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

 7月20日、衆議院議員会館の7号会議室である記者会見が行われると、5日前にメールの通知が届いた。ぼくはこの会見だけは、どうしても出席しようと思っていた。以下のような会見趣旨である。

のりこえねっと報告記者会見開催のご案内
沖縄ヘイトデマ放送『ニュース女子』TOKYO MXが
辛淑玉共同代表に謝罪。

 この日も猛烈な暑さだったけれど、ぼくは出かけた。記者会見場はそれほど広くない会議室だったが、ぼくが着いたときにはもうびっしり。知り合いの出版社のIさんがいて、隣が空いていると合図してくれたので、なんとか座ることができた。
 受け取っていたメールには、次のように書かれていた。

拝啓 時下ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。
 沖縄ヘイトデマ放送「ニュース女子」を昨年1月にTOKYO MXが放送しました。この番組は、多くの市民から強い批判が寄せられ放送直後から市民有志が、TOKYO MX前にて抗議行動が継続され、辛淑玉共同代表は、BPO放送倫理委員会に名誉棄損の申し立てを行いました。
 昨年12月にはBPO放送倫理委員会で重大な放送倫理違反があったと判断。今年3月の放送人権委員会でも「人権侵害」という一番重い勧告をしました。
 これを受けてTOKYO MXは辛淑玉共同代表に7月20日午前、謝罪することになりました。
 その謝罪を受けての報告、さらに「ニュース女子」を直接制作したDHCテレビへの対応についてのご報告を行います。
 関係各位におかれましては是非ご参加、ご出席いただきたくご案内申し上げます。
                                    敬具

 

どんな放送だったのか?

 この件については、若干の説明が必要かもしれない。残念ながらマスメディアでは、それほど大きくは取り上げられなかったからだ。同じテレビ局がしでかした事件というので、各テレビ局はほとんど沈黙を守ったままだった(とぼくは思う)。だから、関心を抱いていた人を除いて、一般にはあまり知られなかった出来事だったのだ。少しだけ説明しよう。

 2017年1月6日、TOKYO MX「ニュース女子」という番組。
 数名の若いきゃぴきゃぴガールたちに、訳知り顔のおっさんたちが“ニュースの真相”を解説してあげる…という、女性蔑視の典型のような番組だと、ぼくは思った。まあ、そんな個人の感想はさておいて、問題だったのは、内容が偏見と悪意に満ちていたことだった。
 取り上げたテーマは沖縄、とくに高江での米軍ヘリパッド建設反対の運動を、ほとんど根拠もなく罵倒しまくった。
 例えば、運動参加者には日当が支給されている、ほとんどが沖縄県外の人ばかり、過激派が浸透している、反対派はまるでテロリスト、果ては中国の工作員が混じっているなどと、確たる証拠も示さず決めつけた。
 ぼくもこの番組を見たけれど、吐き気を催すほど醜悪なものだった。
 日当? ぼくも何回も辺野古や高江を訪れているけれど、すべて自前だし、当然ながらできる限りのカンパをおいてくる。日当を支給しているところがあるならぜひ教えてほしいものだ!
 座り込んでいる人たちは、ほとんどが沖縄現地の方たちで、集会で「県外からお越しの方はおられますか?」と訊ねられて、数名がおずおずと手を挙げる、といった光景が見られるだけだ。現地へ行ってみれば、誰にでも分かることだ。
 ところがこの番組では、レポーターと称する男が「これ以上は危険なので近づけない」と、二見杉田トンネルというところの手前で引き返す場面も写されていた。ぼくは思わず「バカか」と呟いてしまった。
 ぼくはレンタカーで何度も高江へ行ったから、二見杉田トンネルが現地から約40キロも離れた場所にあることを知っている。ここまで反対派が来ているとなると、その数は数十万人にもなってしまうだろう。この男に、まともに取材するつもりなどなかった証拠だ。もっと言えば、もし沖縄の状況に詳しい人が取材に同行していたなら、こんなバカなコメントを許したはずがない。だって、ウソがバレバレなのだから。取材自体がいかにいい加減な代物だったか分かる。
 そしてあろうことか、反対運動の陰の黒幕が市民団体「のりこえねっと」の共同代表である辛淑玉氏であると断定したのである。
 「のりこえねっと」は、ヘイトスピーチやヘイトデモ、人種差別などのレイシズムを乗り越える国際連帯ネットワークを主張する市民団体であり、辛淑玉さんは二十数名いる共同代表のうちのひとりに過ぎない。
 ところが「ニュース女子」は、辛淑玉さんが在日コリアンであることを取り上げて、彼女こそが陰の黒幕だと断じるような放送を行った。たくさんの共同代表の中で、辛淑玉さんを狙い撃ちにしたのだ。まさに国籍差別、人種差別の典型例である。
 沖縄の反対運動に連帯するために「のりこえねっと」は、現状を取材し、ネットや文章で報告してもらうための“特派員”を沖縄へ派遣したいと考えた。そこで一般市民からカンパを募り、集まったお金から5万円を旅費として“特派員”に支給し、レポートを報告してもらうことにしたのだ。
 5万円では、安いチケットと数泊のホテル代でなくなってしまう。足りない分は“特派員”の自腹である。飲み食いや観光に回す分などないことは、一度でも沖縄を訪れたことがある人なら、誰にだって分かるだろう。
 ところが「ニュース女子」は、この5万円をあたかも反対運動参加の“日当”であるかのように放送(報道なんかではない!)したのだ(では、「ニュース女子」のスタッフやレポーターはどれほどのギャラをもらったのかを、明らかにしてほしいものだ)。

凄まじいバッシング

 この放送が、ネット上での辛淑玉さんバッシングに火をつけた。ものすごい悪罵が辛淑玉さんを襲った。それはついに、辛淑玉さんの身の危険に及びかねない事態にまで発展した。
 在日という立場で苦闘してきた人たちが、沖縄で米軍基地を押し付けられ闘わざるを得ない人たちに連帯の意志を表明することは、当たり前の成り行きだと思う。闘う沖縄に向けられたヘイトを、自らの痛みとして受け止めたことが、それほどのバッシングに晒されなければならないことなのか。
 だが、ネット上には読むに堪えない汚語罵声が溢れかえった。作家や評論家、ジャーナリストを僭称するヘイタ―たちも火に油を注いだ。そして、身辺の危険を黙過できなくなるまで追いつめられた辛淑玉さんは、ついに日本を離れドイツに生活の拠点を移さざるを得なくなった。あの、レイプ事件を告発した勇気ある伊藤詩織さんがバッシングの果てに、イギリスに居を移さざるを得なくなったことと同じだ。
 哀しいかな、これが“民主主義国家”を自称する日本という国の現状なのである。

BPOが「重大な倫理違反」と指摘

 しかし、この番組は放送直後から、その偏見とデタラメさを指摘する視聴者の意見が相次いだ。それを受け、BPO(放送倫理・番組向上機構=NHKと民放各社による自主検証機関)の放送倫理検証委員会は審議に入った。
 その結果、2017年5月、BPOはこの番組に対して「重大な放送倫理違反があった」という意見を公表した。これは、極めて重い内容であり「ニュース女子」という番組のこの回の内容をほぼ完全に否定するものであった。
 この番組は化粧品会社DHCが、その子会社DHCテレビジョンに制作させてそのままMXテレビに納入するというもので、それをほとんどノーチェックでオンエアしていたというMXテレビ側の体制も問題になった。
 MX側はなかなか謝罪には応じず、いろいろと弁解を重ね、ずるずると先延ばしにして来たが、1年半以上も過ぎた2018年7月20日になって、ようやく辛淑玉さんに対して謝罪をした。
 その謝罪を受けての記者会見だったのだ。

 MXテレビの伊達寛社長は、都内のホテルで辛淑玉さんらに会い、深々と頭を下げた上で、概ね次のように述べたという。
 「真摯に反省し、社内で策定した再発防止策を推進するとともに、放送によって深く傷つけたことを深く反省し、お詫びいたします」…。
 しかしここには、辛淑玉さん個人への謝罪はあるものの、フェイク放送によって貶められた沖縄県民に対する謝罪は微塵もない。1年以上の時間をかけた謝罪としては、なんとも通り一遍の上滑りした言葉としか受け取れない内容である。
 当然のことながら、辛淑玉さんと「のりこえねっと」は、これに強い不満を表明した。この記者会見にネット中継で参加した沖縄在住の「基地・軍隊を許さない行動する女たちの会」共同代表の高里鈴代さんも、沖縄への謝罪がないことに強い不満と怒りを表明していた。だがMX側は、いまだにこの番組についての「検証番組」を制作するとは言わない。なんとか、謝罪のみで逃げ切ろうとしているとしか思えない。
 辛淑玉さんたちは、番組制作のDHCテレビジョンと、番組の司会を担当してフェイク放送の片棒を担いだ責任を問うとして、長谷川幸洋元東京新聞論説副主幹を名誉棄損の疑いで東京地裁に提訴するとも発表。これからもヘイトとは徹底的に闘う姿勢を明らかにした。
 以上が、この間の説明である。ほんとうは、もっとたくさん書かなければならないのだけれど、とてもこのコラムでは書き切れない。

記者会見で

 会見には、辛淑玉さん本人のほか、金竜介弁護士、神原元弁護士、宇都宮健児弁護士、一橋大名誉教授田中宏氏、東京大学名誉教授上野千鶴子氏、佐高信氏、鈴木邦男氏などが同席、また高里鈴代氏もネット参加。それぞれに思いを語った。

会見の様子

 金・神原両弁護士「今後とも全力で辛淑玉さんを支え続ける」
 宇都宮弁護士「MXの謝罪の今後を監視し続ける。ジャーナリズムが弱者の人権を守るメディアであってほしい」
 田中氏「裁判をするということの辛さは、身に染みてわかっている。辛淑玉さんをひとりにはさせない」
 上野氏「『ニュース女子』というネーミングには、はらわたが煮えくり返る」
 佐高氏「あっちも悪いがこっちもという両論併記がメディアを歪めている。どっちもどっち論のメディアが最悪」
 鈴木氏「愛国心というものを疑え。他者を誹謗するような言説が愛国心であるはずがない」
 そして、辛淑玉さん。
 ぼくは彼女を10年以上前から知っている。一緒に食事したこともある。辛淑玉さんはとても気丈な女性だ。すっくと伸びた背、きちんと相手を見つめる眼差し、論理的で丁寧な話し方。どれをとっても尊敬に値する。
 その辛淑玉さんが、会見で何度か言葉に詰まった。こみ上げる涙で、話を中断せざるを得なかった。それほどに、辛い日々を過ごさざるを得なかったのだろう。それでも、闘う決意には強いものがあった。
 「ドイツでは日本研究所に所属して仕事をしています。だから、日本とドイツを行き来しながら、裁判を起こすことになるでしょう。私は負けません。MXテレビの謝罪は受けたけれど、それを認めたわけではありません。DHCテレビジョンと長谷川幸洋氏には、きちんとけじめをつけてもらわなければなりません…」
 そして辛淑玉さんは、涙声で次のように締めくくった。
 「今回だけは助けてください。支えがなければ闘いきれません」

 ぼくは、辛淑玉さんと「のりこえねっと」の闘いを、強く支持する。

涙ぐみながら話す辛淑玉さん……。
鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。