第3回:不愉快な言葉と言い回し(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

 最近、なんだか不快な言葉や言い回しが増えている気がする。その中でも、ぼくの気分をいちばんザラつかせたのが、官僚たちの国会答弁での慇懃無礼な言い回しだった。

「……してございます」

 なんだこりゃ、いったい? なんで「……しています」「……しております」じゃいけないのだろうか。特にそれが目立ったのは、あの国税庁長官に栄転しちゃった佐川宣寿前財務省理財局長の国会答弁だった。
 「当該の文書は保管してございません」「そのような事象は記憶してございません」「調べましたがすでに破棄してございます」などと連発。
 一部では「佐川のツラにションベン」とまで揶揄された厚顔ぶりだった。なんとも慇懃無礼、絶対に言葉尻をつかませないための、見事なまでの開き直り。しかし、こんな言い回し、みなさんは他のところで聞いたことがありますか? 少なくともぼくは、国会でのやりとりのほかに、こんな妙な言葉遣いには出くわしたことがない。
 ひたすらごまかし続けた答弁の甲斐あってか、堂々の国税庁長官へのご栄転。だが、恒例になっている就任記者会見はいまもって開かれていない。まあ、キツイ質問が飛び出すのは明らかだから、逃げ回りたくなるのも分かる。記者たちも、政府首脳には忖度質問しかしないけれど、官僚にだったらけっこうキツイ質問を浴びせるからなあ(東京新聞の望月衣塑子記者は例外ですが)。
 でも佐川サン、そこまでして出世したいものですかねえ? 
 ついでに言うと、安倍昭恵さんを守り通した殊勲の谷査恵子さんもノンキャリア官僚なのに、在イタリア日本大使館一等書記官に赴任した。これもまたアッキー周辺(つまり安倍官邸)からのご褒美としての大出世であると同時に、ほとぼりを冷ますまで遠くへ行ってもらったとのことらしい。

「……させていただきます」

 これはいまや、驚くほど広く世間に蔓延している言い回し。なにがなんでも「……させていただきます」である。これを聞くと、ぼくはどうも背筋がムズ痒くなって困る。過剰にへりくだり過ぎていていやらしい。だから「させていただきます症候群(シンドローム)」と名付けた…。
 察するに、とにかく丁寧に謙譲語を使えば波風は立たない、と教え込む「接客マニュアル」のせいじゃないかな。
 例えばファミレスに2人で入ると「何名様でしょうか」と聞かれる。「見りゃ分かるだろ」と言いたくなるのをぐっとこらえる。バイト店員さんが悪いわけじゃない。そうしなさいというマニュアルに従っているだけだ。そして注文品を持ってくると「こちらがサラダになります」。なんで「なる」んだ? 「サラダです」じゃダメなの?
 でも、ファミレスの例などはまだ我慢ができる。腹立たしいのもあるんだ。TVニュースを見ていたら、ある会社の若手社員が出てきて「はいっ、この会社で働かせていただいておりますっ!」と声高らかに発言していた。なんだこりゃ? である。かつて労働者は、会社に対し「働いてやっているんだ」との意識を持っていた(と思う)。労働者と会社側は対等な関係なのだ。しかしいまや、立場は圧倒的に会社優位。なんでこんなことになってしまったのだろう。もしかして連合のせいか?(苦笑)
 もっと驚いたのは、これもTVでの「初売り」のニュース。新年福袋をゲットして大満足ふうの女性が「これを買わせていただきました」。えっ? ぼくは思わず耳を疑った。だって客だよ。「お客様は神様です」って言葉はもはや死語になっていたか。
 そのうち、共謀罪を振りかざす警察サマが玄関口に現れて「逮捕させていただきます」なんてブラック・ジョークも現実になるかもしれない。
 そして、前述の官僚たちがこれを使うと、もっと腹立たしいことになる。
 「その書類は探させていただきましたが、すでに廃棄してございます」…やめてくれーっ!

「誤解を招いたのなら撤回させていただく」

 これもまた、いい加減にしろよと言いたくなる言い回し。政治家たちのこの言い訳を、我々は何度聞かされたことだろう。
 「誤解したんじゃない。あなたの発言が間違っているから、ここがおかしいぞと問いつめている」のです。それを「おまえの理解力が足りなくて、オレの発言の意図を正しく汲み取れなかった。それはおまえが悪いのであって、オレの発言自体は間違っていない。だけどいろいろとうるせえから、とりあえず撤回しとく」という開き直りだ。ところがほとんどの場合、これでなんとなく通ってしまう。最近の政治家どもの失言暴言妄言は、ほとんど責任をとらされることなく「誤解だから撤回」で一件落着なのである。
 世も末だなあ…とつくづく思う。

「対案を出せ」

 自民党の議員たちが、何かというと口にする言葉だ。これさえ言えば、ネット右翼の得意な「論破」ということになるらしい。「対案を出せなければ議論は負け」との単純なリクツ。自民党の、特に若手と称される議員たちは、ほんとうにこの「対案を出せ」が好きである。まさにネット右翼。しかし、実は若手ばかりじゃない。
 その筆頭が安倍首相ご本人だ。何かと言えば「民進党は何の対案も示さず、反対ばかりする。だから支持率が上がらないんですよ!」である。さらに「自民党は憲法についても、きちんと『改憲草案』をお示ししている。もしそれに反対ならば、議論の叩き台になる対案を出せばいい」
 まともな言い分に聞こえるかもしれないが、完全に欺瞞だ。
 ぼくは改憲に反対。簡単に言えば「いま憲法を変える必要はない」との立場だ。変える必要のないものに、なぜ「対案」を要求するのか。どうしても「対案を出せ」というのなら「変えないことが対案だ」と答えるしかない。つまり、対案なんか必要ないのだ。
 それを分かっていながら「対案を出せ」というのは、明らかに論理の飛躍である。もしくは批判に対しての「対案を出せ」は、批判逃れのレトリックに過ぎない。それを言いつのって、まるで「相手を論破」したかのように悦に入るのが、安倍首相と彼を熱烈支持する右翼諸士なのだ。ぼくはそういう連中を「対案お化け」もしくは「対案バカ」と呼ぶ。
 政権が批判されるのは当然であって、批判こそが野党のもっとも大きな役目なのだ。批判を受けた政権側は、その批判をテコにして、もっといい案を作ればいい。与野党が逆転すれば、その反対のことが起こる。当たり前のことじゃないか。

「異次元の圧力を」

 ああまたか、と思うしかない。安倍晋三氏の言葉は自身の言葉通り、もはや「異次元の域」に入っている。この人のわけの分からない言葉は、どこまで進化(?)し続けるのだろう。
 最近もまた「人づくり革命」などと言い始めたが、これまで同じような内容のない言葉をどれだけ連発してきたか。「アベノミクス」から始まって「TPP早期締結」「異次元の金融緩和」「一億総活躍社会」「女性が輝く社会」「中国包囲網」……。これらの空疎なスローガンのうち、実現できたものなど一つでもあったか!?
 しかも今度は北朝鮮への「異次元の圧力」、それが昂じて「北朝鮮が日本へ弾道ミサイルを発射」「これまでにない深刻かつ重大な脅威」などとまるで開戦前夜のような煽動ぶり。えっ、北朝鮮が日本へミサイルを発射した?
 「言葉が軽すぎる」と、いくらこの人を批判してみても「馬の耳に念仏」にもなりゃしない。

「仮定の質問には答えられない」

 安倍首相の大番頭の菅官房長官や、閣僚たちの言葉遣いも異様だ。会見で何かを突っ込まれても「仮定の質問にはお答えできない」の一点張り。
 そもそも政治家とは、将来の展望や未来の出来事にどう対処するかを問われる仕事ではないか。「もし、こういうことが起きたらどうするのか」と問われて「仮定の質問には答えられない」と逃げるしか答えようがないのなら、さっさと政治家など廃業するがいい。
 ことに、菅官房長官の東京新聞望月記者への返答は、はぐらかしと言い逃れに終始、まったくヒドイの一語に尽きる。しかも、それでも飽き足らず、安倍官邸は東京新聞に対して「記者が不適切な質問をした」として抗議文を送りつけた。こんな内容である。
 すでに各メディアが報じていた「加計学園の獣医学部新設に関し、大学設置・学校法人審議会が認可を保留した」という事実に望月記者が言及、その上でこの件に関して質問した。だがそれは、まだ政府が正式に公表したものではなかったから「未確定の事実や単なる推測に基づく質疑は、国民の誤解を招くことにもなるので、断じて容認できない」と、安倍官邸が東京新聞に抗議したというのだ。
 しかし、実は他社の記者が「各社がすでに報じていたのであり、なぜ東京新聞記者だけが厳しく注意されるのか」と菅氏に質問していたという事実がある。要するに、鋭い質問を繰り返す東京新聞記者を安倍官邸が狙い撃ちで黙らせようとしただけのこと。まさに報道の自由への弾圧である。

 言葉が死にかけている、とくに政治の言葉が。
 言葉を殺す政治には、民主主義も未来も期待できない。

鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。