第77回:埋め立て資材の海上運搬始まる~抵抗する国頭村の人々~(三上智恵)

第77回:埋め立て資材の海上運搬始まる~抵抗する国頭村の人々~

 「翁長知事は、あらゆる手段で新基地建設に反対すると言っていたが、現状は公約違反、言行不一致だ」

 辺野古・高江で体を張って闘ってきた現場のリーダーである山城博治(ヒロジ)さんが、初めて公の場で沖縄県知事を批判した。そして港湾の使用許可を直ちに撤回してほしいと厳しい表情で迫った(11月15日)。

 ついにヒロジさんが、翁長さんの姿勢に疑義を唱えた。それは県内で大きく報じられた。「オール沖縄が内部分裂している」と叩きたい人たちが県内外にうようよしている中で、知事批判は相手の思うつぼだ。百も承知だ。だからこそ、自らの首を絞めることになりかねない不用意な意見は慎もうと、ヒロジさんもこれまで相当、言葉を飲み込んできた場面もあったと思う。それがついに県庁に許可の撤回を求めて乗り込む事態になった。

 今年春から始まっている辺野古の海の埋め立て工事。ゲート前の座り込みで抵抗は粘り強く続けているものの、毎日200台を超えるダンプカーでの搬入が続いている。それでも防衛局は遅れた建設工程の巻き返しを図ろうと、反対運動が展開される陸路とは別に、国頭村の「奥」という北端の港や、「本部」という西海岸の港、いずれも辺野古からは相当距離が離れている二つの港から直接石材を搬出する作戦に出た。奥は、那覇から休まずに車を飛ばしても2時間半かかる。辺野古からでも1時間半、本部港も那覇から1時間半、つまり反対運動の参加者が、辺野古と港の両方に通おうとしても距離的には厳しい場所である。

 問題は、港湾使用申請の目的が「辺野古の埋め立てに使用する石材の搬出」とはっきりしているものを、なぜ沖縄県知事が許可してしまったのかという点だ。辺野古新基地建設は認めないと明快な公約で圧倒的な支持を得て、政府と対峙し、裁判も辞さず、あらゆる抵抗を実践してきた翁長知事だ。なぜあっさり港湾使用の手続きは通したのか。県庁には県民からの苦情の電話が相次いだ。県の幹部は想定以上の反発を受け「不安や疑念を与えたことをお詫びしたい」と述べた。そして県民の反応を読み誤ったことを率直に認めたという。

 県は、不平等な取り扱いを禁じている港湾法の趣旨からも「申請手続きの内容に問題がない限り不許可にするのは難しかった」として県民に理解を求めている。しかし連日体を張って、1台1台建設につながるトラックの搬入を止めている人々の姿を県民は見ている。「許可は仕方がなかった」という県の説明は同調できるものではない。ヒロジさんは、翁長知事が普段よく政府を批判するときに使う言葉を引用しながらこう言った。

 「知事は『なまからど。まきてぃーないびらんど(今からだ、負けてはいけない)』と言ってきたが、このままでは『話くわっちー(話のごちそう)』は知事の方だ。おしゃべりはやめて、(撤回など)やることをやってほしい」

 これに対して翁長知事は別日の会見で

 「公約違反という批判は当然、率直な気持ちとして出てくるのは否めない」と認めたうえで、「県民からの声は私の気持ちと全く一緒だ。私自身、忸怩たるものがある」と応じた。そして港を往来する大量のダンプカーの騒音や粉じんなど、現場の港では新たな環境破壊を招く事態が発生しているという理由から、更新を認めない、または許可の撤回も視野に検討していることを明らかにした。

 反対運動のリーダーと、行政上のリーダー。沖縄では常に2種類のリーダーが必要だった。アメリカ軍の統治という植民地同然の沖縄の戦後史の中で、土地が奪われ、人権も奪われ、黙っていたらさらに苦境を強いられる沖縄の人々を守るために、逮捕・監禁などの米軍の弾圧も覚悟で抵抗運動を率いるリーダー、これは当然なくてはならない存在だった。

 しかし一方で、憲法も適用されない中、県民生活はすべて軍政を強いる米軍の胸三寸で決められてしまう。反対反対と叫んでいても条件交渉はできない。米軍と折り合いをつけていくリーダー、うまく交渉して相手を立てながらも実をとってくる政治力のあるリーダーも不可欠だった。

 そういう意味において、翁長雄志と山城博治という、世代も同じで、たまたま同じ法政大学出身のこの二人のリーダーは、2014年からの島ぐるみの闘いをけん引した沖縄の指導者として共に歴史に名を遺すだろう。それぞれの役割は違う。でも、島が戦場にされ、戦後も復帰後も戦争に使われ続け、県民の生活も命も軽視され続けてきた島の悲哀を自分たちの世代で変えてみせるという覚悟、手腕、人徳に天賦の才、ともに備わっている稀有な存在だ。

 人前でこの二人が握手をし、懇意に語り合うような場面こそ見たことはないが、立場や手法は違えど、お互いの健闘を称えあい、言葉で確認しなくても同じ痛み、同じ志を誰より共有してきたというある種の信頼関係が二人の間に横たわっているのではないかと私は思っている。それだけに、どちらかがもう一方を批判するような形になると、ただただ痛む胸を押さえながら家族の諍いを見守っている子どものような所在なさを感じてしまうのは、私だけではなく、きっと多くの県民もそうなのではないだろうか。

 一方でこうも思う。ヒロジさんは、そんな揺らがない信頼関係が底辺にあるからこそ、県民の不安や疑念など率直な気持ちを伝えるのも自分の役目なのだと判断し、知事に直接意見をしたのかもしれない。沖縄の政治のリーダーと、抵抗する現場のリーダーというのは、時に拮抗し、火花もちらし、しかし簡単に亀裂が入るほど貧弱ではない共有しあう太い根に支えられていて、両輪で県民をけん引していくものなのかもしれない。馴れ合いではなく、相手が軌道を外れたかと予感したらサッとイエローカードを掲げる。結果的に緊張感の中で補完しあう関係でいることが、沖縄県民にとってもっと頼もしいことなのだと解釈することもできる。2カ所の港湾からの石材輸送が本格化する前に、知事が次にどういう手を打つのか。答えはそこに示されるだろう。

 ところで現場は待ったなしである。国頭村奥の漁港が使われる初日、沖縄本島北端に駆け付けられる人は多くはないだろうと予想していたものの、国頭村のお年寄りたちを含む多くの村民が港に馳せ参じていた。辺野古や高江の阻止行動の現場では見たことがない人たちが大勢いた。早朝から心配そうな顔で集まったおばあたち。目に涙をためて防衛局に抗議する姿もあり、その毅然とした態度に胸が熱くなった。

 国頭村は、県都・那覇から最も遠い過疎の地域ではあるが、米軍基地との闘いには歴史がある。安田の実弾射撃演習阻止闘争、安波のハリアーパッド建設阻止闘争、 いずれも住民が粘って止めてきた経験を持っている。簡単にあきらめてはいけないし、結果は出せるのだと信じる強さを持った村民なのだ。メガホンを持った村内に住む農家の男性はこう言った。

 「先の大戦では、自分たちを守ると信じていた軍隊に多くの人が殺されました。この国頭村でもですよ。あんたなんか、よく聞けよ! あんたらが、軍隊が、自衛隊が、県民を守るなんて思ってる人は一人もいないですよ! ここに基地ができるということは真っ先に攻撃されるということでしょう? 広島にも原爆が、長崎にも原爆が落ちました。全部軍事施設があるから狙われたんですよ。何もないこの緑の山にミサイル打ち込む馬鹿はいない」

 山原(やんばる)と呼ばれる山々。多様性豊かな動植物と清流を抱くこの静謐な森は、沖縄戦の年、中北部から逃げてきた避難民と敗残兵十数万人が身を隠そうと山麓にひしめく地獄の森と化した。米軍に包囲されて山を下りられず、食料を奪い合い、栄養失調で餓死者とマラリア死者が続出した。しかし日本軍の敗残兵が一部抵抗を続けているため、米軍は山をめがけて砲弾を浴びせ、山は焼かれ、多くの住民が犠牲になった。

 そんな窮地にあった住民をさらに震え上がらせたのが、敗残兵たちの暴力だった。捕虜になるのはスパイだと言って、米軍の収容地に入った住民が各地で虐殺された。食料を要求したのに拒んだと言っては殺された。このあたりの話は、今製作している次作の沖縄戦のドキュメンタリー映画の中で紹介することになるのだが、私は今まさにそういう証言を直接聞いているので、北部の戦争を知る人たちが軍隊は信じられないのだと叫ぶ気持ちは痛いほどわかる。「皆さんを守るための基地ですよ」という言説に乗っかってもう一度痛い目にあってたまるか。そう思って当然だと思う。

 動画の後半は、今、まさにその貴重な亜熱帯の森を遠慮なく切り崩してサンゴの海を埋めようという狂気の自然破壊が進む国頭の採石場の様子である。空撮で、ここまでえぐり取られた森を見たら、「やんばるを世界自然遺産に」なんて言葉をもう簡単に吐けなくなるだろう。世界自然遺産の認定を求める人たちは、国際組織にタイトルを乞うより前に、まず現状の自然破壊を止めに入るべきだ。

 基地建設を止めたい人々は、辺野古ゲートでトラックを止めるだけではなく積み込んで出発する時点でも止めようと、週に2回、採石場前で抗議行動をしているのだが、仕事を邪魔される運搬業者たちのいら立ちもピークに達していた。一台でも止めたい、数時間でも遅らせてゲート前の負担を減らしたい、必死の思いで抵抗する人たちが行く手を阻む。業者たちもまったくわからない人たちではないが、仕事のノルマがこなせないとなると死活問題だ。

 「だから一緒だよ、みんな基地は反対! 兄さんたちの気持ちもわかる。なんで人が落ち着いて話そうとしているのにケンカ腰で来るわけ? 僕は優しく言ってるでしょう? 僕たちも生活がかかっている。わかるでしょう?」

 そう話す運転手は一瞬強面だが、目上の人に対して精いっぱい丁寧な言い方をしているのも伝わってくる。現代の都会っ子に比べ、沖縄の若者たちは地域のつながり、先輩後輩のつながりをとても大事にしている。どんなに納得できなくても、年上の人に敬意を表する態度までかなぐり捨てることはめったにない。

 仕事をしたい若者と、埋め立てを止めたい高齢者たちが衝突する。同じ県民同士が火花を散らすという、見ていて苦しい場面ではあるが、そんな中にも私は彼らの思いやりの一端を感じる。反目し合いたくなんかないんだ、もっと別の方法でやってくれという叫びを聞く思いがする。

 だから、私はこの場面をリスクも大きいインターネットに上げる。この場面だけ無断で切り取って反対運動を揶揄したり、トラックの運転手たちを悪役にしたり、そういう心無い人たちにこの動画を使われたくない。ダウンロードは絶対にやめてほしい。しかしだからと言って、こんな北部の山の中で起きていることはニュースでは流れない。ここまで理不尽で見過ごせない出来事が、なかったも同然にされてはたまらない。

 大事な沖縄県民の山を削り、子や孫のために豊かなまま先祖が残してくれた海を埋める。それも誰のためなのかわからないことで県民が衝突させられている。こんな残酷な構図を作っておいて、私は知らないとほっかむりして生きている人々に、この動画を見せなければならない。また無意識で加担している人々にも、この動画で見せることで、知ってほしい。これおかしいでしょう? という声を全国各地から上げてもらい、それを大きくしていくこと以外に、わたしには問題解決の道が見えない。

 だから、私はお願いする。動画を悪用しないでください。そしてどっちが悪いとか、自分を安全な丘の上に置いて、謎の上から目線でジャッジするのだけはやめてください。ネットで一場面だけ見て「どっちもどっちだね」なんて愚にもつかないコメントをする人々のために、苦労して撮った動画をタダでお見せしているのではない。この理不尽な状況はどこから生まれ、どうしたら解決できるのか。その構図を読み解いて前に進めるエネルギーを持った多くの良識あるネットユーザーの力を信じて、この凡人の脳では答えが引き出せないからこそ、この映像を共有しながら一緒に考えてくれませんか、と助けを求めているのだ。

 伝えても、伝えても、沖縄の状況を好転させることができない自分の力のなさを認めよう。それでもまだ、私は全国の人々が意図的に沖縄を黙殺しているとは思わない。伝え方が足りないのだ。届け方が甘いのだ。だから、この文章にたどり着いてくれたあなたにありがとうと言いたい。あなたの善意を信じて、祈るように今回も動画と文章を届ける。

三上智恵監督・継続した取材を行うために製作協力金カンパのお願い

 皆さまのご支援により『標的の島 風かたか』を製作することが出来ました。三上智恵監督をはじめ製作者一同、心より御礼申し上げます。
 『標的の島 風かたか』の完成につき、エンドロール及びHPへの掲載での製作協力金カンパの募集は終了させていただきます。ただ、今後も沖縄・先島諸島の継続した取材を行うために、製作協力金については、引き続きご協力をお願いします。取材費確保のため、皆様のお力を貸してください。
 次回作については、すでに撮影を継続しつつ準備に入っています。引き続きみなさまからの応援を得ながら制作にあたり、今回と同様に次回作のエンドロールへの掲載などを行うようにしていきたいと考えております。しかし完成時期の目処につきましても詳細はまだ決まっておりませんので、お名前掲載の確約は今の時点では出来ないことをあらかじめご了承下さい。

■振込先
郵便振替口座:00190-4-673027
加入者名:沖縄記録映画製作を応援する会

◎銀行からの振込の場合は、
銀行名:ゆうちょ銀行
金融機関コード:9900
店番 :019
預金種目:当座
店名:〇一九 店(ゼロイチキユウ店)
口座番号:0673027
加入者名:沖縄記録映画製作を応援する会

◎詳しくは、こちらをご確認下さい。

三上 智恵
三上智恵(みかみ・ちえ): ジャーナリスト、映画監督/東京生まれ。大学卒業後の1987年、毎日放送にアナウンサーとして入社。95年、琉球朝日放送(QAB)の開局と共に沖縄に移り住む。夕方のローカルワイドニュース「ステーションQ」のメインキャスターを務めながら、「海にすわる〜沖縄・辺野古 反基地600日の闘い」「1945〜島は戦場だった オキナワ365日」「英霊か犬死か〜沖縄から問う靖国裁判」など多数の番組を制作。2010年には、女性放送者懇談会 放送ウーマン賞を受賞。初監督映画『標的の村~国に訴えられた沖縄・高江の住民たち~』は、ギャラクシー賞テレビ部門優秀賞、キネマ旬報文化映画部門1位、山形国際ドキュメンタリー映画祭監督協会賞・市民賞ダブル受賞など17の賞を獲得。現在も全国での自主上映会が続く。15年には辺野古新基地建設に反対する人々の闘いを追った映画『戦場ぬ止み』を公開。ジャーナリスト、映画監督として活動するほか、沖縄国際大学で非常勤講師として沖縄民俗学を講じる。『戦場ぬ止み 辺野古・高江からの祈り』(大月書店)を上梓。 (プロフィール写真/吉崎貴幸)