第115回:地下文化交流大使が東京にやってくる!(松本哉)

 かつて世界はグローバル化の時代で、金持ちたちが何でもかんでも国を越えて金もうけをし始め、貧乏人たちだけが国内に留め置かれている状態だった。ところが、「好き勝手にみんなが金もうけをしまくってれば結果なんとかなるでしょ」という資本主義の大原則がどうも頭打ちになって限界が見えてきた。すると今度は金持ちたちは守りに入り、金を守りつつ金の奪い合いをするようになってきた。ってことで、最近は国家主義が台頭して来ている。ま、どっちにしろ我々貧乏人階級は国内に留め置かれ金もうけの道具にされている状態には変わりはない。我々の状況は大して変わってないということだ。
 さて、そんな状況下、金持ちたちの都合なんか知ったこっちゃねえってことで、こちらも独自に勝手に国境を越えまくって謎の文化圏を形成して来た。海外へ行ってイベントをやったり、日本に大量の人を呼んでみたり…。ここ数年間の交流によって、すでにとんでもない規模のバカなやつらの交流圏が出現しようとしているが、現在、また新たな交流の計画が進行しているので、今回はちょっとそれを紹介してみたい。

地下文化マヌケ大使計画が立案

 その名も大使作戦! そう、要するにコミュニティとコミュニティを繋ぐ海外からの大使を受け入れ、交流の架け橋になってもらおうという前代未聞の計画!
 今すでに、東アジア圏を中心に、各都市で、くだらない金持ち中心の社会に極力巻き込まれないように自分たちのスペースを作っている人たちが無数にいる。その各地の独立文化圏コミュニティの人たちはすでに頻繁に行き来するようになっており、連絡も頻繁だ。もちろんそれは、5年前では考えられないようなことであり、本当に画期的なことだと思う。でも、言葉も違えば国や文化も少し違ったりするので、交流も表面的になりがちでより深いところまでは知り得ないこともあったりする。
 そこで! 考えたのが地下文化交流大使として東京に招き、長期間滞在してもらってコミュニティの一員として迎えてみるのはどうか。そうすれば、お互いの共通点や違うところ、あるいは文化的な理解も進み、それに何よりお互いがより近い存在となってくるんじゃないだろうか。しかも、それが各国の人たちが交互に来てくれるんならこんな楽しいことはない! うーん、これは楽しそう!!
 そこで、早速いろいろと決まりごとや条件などが練られた。まず、あまり短期だと交流にならないので、最短でも二週間以上は滞在してもらうということに。そして、宿泊場所を全て無料で準備する代わりに、一週間に2日程度何か手伝ってもらう。例えばイベントの準備だったり、そのスペース運営の雑務の手伝いだったり。この程度なので、大使は基本的に時間が有り余ってるので、自分のやりたいことをやったり、みんなと遊んだり飲み歩いたり、時には観光に行ったりもできる。かといって、よく知らない人がどんどん大使に申し込んで来て無料宿泊所みたいになってもちょっともったいない。ということで、厳密ではないけど、各地のアンダーグラウンドな独立文化圏とのつがなりがあることも条件の一つにした。そうすれば、コミュニティとコミュニティの繋がりになっていくし、これは重要なこと。あ、あと客人に餓死されたら大変なので、月に米5kgを支給。そして、強制的に各地から東京に呼び寄せるんだったら、親善大使というより参勤交代になっちゃうので、基本的に募集の受け入れ準備だけ常にしておいて、来たい人がいれば自由に来てもらう感じ。大使が空席になってもそれはそれでOKということ。で、参勤交代化を避けるために、できれば相互に大使として行き来できれば最高なので、こっちからも出かけて行きたい。しかし、大使受け入れには結構そのコミュニティの余裕が問われて来たりもするので、まずは他所に求めるよりもこっちでやってどんなもんか試してみるのがいい。そう、場合によっては大げんかになって大失敗に終わるってことだってあるかもしれない。ま、つべこべ考え始めると永久に考えるハメになるので、思いついたら深く考える前にやってみる。そう、これが一番!
 とりあえず、こんな条件をつけて募集を開始! とりあえずその募集要項は公開せず、世界各地にある無数の知り合いのスペースに極秘情報として伝達! いいね、アンダーグラウンドでこっそり秘密計画を伝えてるみたいで! 
 すると!! さすが世界のマヌケ文化圏! あっという間に信頼できる人々による独自の解説や紹介が各国語で勝手に加わって、一挙に各地へ極秘情報が!!!! そして、その情報伝達を開始したその日のうちに、各地のマヌケたちから大喜びで問い合わせが相次ぎ、夜には早くも釜山から立候補の正式表明が! 早い! 早すぎる! すでに各国政府間と同じぐらいのスピード感。これはやばい!
 そんなことで、思いのほか即日決定。初代大使に就任するのは、韓国の釜山からやってくるジュヨンちゃん。釜山では友達が運営している「なゆたカフェ」というビーガンカフェがあり、その運営メンバーの一人だ。ちょうど東京に行きたいと考えてた時にこの大使募集に遭遇して、真っ先に申し込んだとのこと。おお、すごいタイミング。そして、このなゆたカフェのある場所は、「チェミナンボクス(愉快な復讐)」というグループが市場や商店街でたくさんのスペースを開いて、地域で店やってるジイちゃんバアちゃんたちと上手くやりながら、時には社会運動の発信地にもなるようなところ。高円寺の素人の乱とも少し似たスタイルでもあり、元々関係の深いところだった。う〜ん、これは楽しい交流が始まりそうだ!!!

成田空港の到着口で大使到着を待つ高円寺のマヌケの一人、ナオミ氏

マヌケ大使、ついに高円寺に着任!

 さて、そんな経緯で、6月4日、ついに釜山大使が東京に到着! ギャー、本当に来ちゃった。呼ぶだけ呼んで放ったらかして退屈な思いをさせて「東京思ったより面白くないな」なんて思われたら、これは東京のメンツにもかかわる由々しき事態。やいやい、VIP待遇だ、VIP待遇だ! ということで、急遽送迎隊が編成され、成田空港まで車で急行して東京を代表して出迎え。早速、東京へご案内するところだが、ちょっと待て。最初の東京の印象が、キレイな空港と快適な高速道路と徐々に見えてくる高層ビル群、これはよくない! やはり第一印象は重要なので、ちゃんとご案内せねば。「とりあえず、ご飯でも行きましょう」と誘うが、「いや、もう食べてお腹いっぱいだから大丈夫」という大使を押し切り「まあまあ、そう言わずにもう一回食べましょう」と、無理に誘いだす。で、「日本で一番流行のレストランに行こう」と、そのまま車で空港をすぐに出て農村地帯の超古い大衆食堂へ。すると意外と繁盛していて地元の労働者たちが昼からビールとか飲んでおり、釜山大使もつられて生ビールを注文。「いや〜、日本はいいね」だって。よし、おもてなし作戦成功だ!

日本の第一印象はこれだ! よなぐら食堂。なんと超おいしかった!

 ちなみにジュヨン大使、基本的に日本語や英語も少しだけできるけど、ちゃんとコミュニケーションとれるのは、なんと韓国語(釜山弁)のみ。おお、いいね! それ、東北弁オンリーのオッサンが単身異国に乗り込むようなもの。これはいよいよ面白いことになりそうだ!
 こちらとしてはさすがに最初は少し心配。初めは楽しいかも知れないけど、そのうち言葉のストレスが徐々にたまってきたらかわいそうだ。素人の乱ゲストハウス(マヌケ宿泊所)に滞在してもらってるので、そこのスタッフたちで相談して、東京にいる韓国人の友達とか、韓国語が話せる人とかを極力誘って、ストレスと溜めないように努力してみた。ただ、結果的にいうと、そんな我々の苦労も徒労に終わった。ジュヨン大使、予想外に肝が据わってるというか、重鎮感があるというか、まるで動じない様子で、「言葉? 大丈夫、大丈夫」とケロっとしており、ストレス皆無の様子。う〜ん、大物だ! それどころか、こちらが通じないの分かっててひたすら韓国語で話してくるので、思わずなんとなく知ってる韓国語の語彙力が上がってくるぐらい。高円寺のみんなが右往左往して韓国語の辞書を引いてる感じが、これまたなんとも言えなく面白い。
 言語の壁を難なくクリアした大使、あとはのびのびと自由に遊びまわるという本来の大使の役割に徹するだけ。カフェをやっているだけあって料理がすごい上手なので、料理を作るイベントをやったり、絵を書いたりアクセサリーの手作りなどもするので、その展示イベントをやったり、商店街のイベントに参加したり、いろいろやり始めている。そして、すでに一人で高円寺をあちこち飲み歩くようになっており、続々と独自の友達を増やしている。すごい! 近くにある「トリツカレ男」というワインバー(名前はマヌケだけど、結構おしゃれな店!)の店長なども「最近ジュヨンが来てくれるようになって、今まで韓国ってあまり縁がなかったんだけど、始めて生の韓国人と友達になりましたよ〜。韓国語の響きってなんかいいですね〜」と、韓国語のテキストを買って勉強し始めてるとのこと。うーん、これ、普通に文化交流としてすごいいいね〜。

VIP専用の送迎車。成田空港でもみんなが振り返るほどの高級感。右がジュヨン大使

 とりあえず、このジュヨン大使の活躍は目覚ましく(本人はただ遊び歩いてるだけの可能性大)、本当に大使の役割を果たしている。今までは海外に興味がある人だけが外国に関心を持っているような感じもあったけど、大使として完全に高円寺コミュニティーの一員になってしまうと、海外とあまり接点もなかった人たちまで普通に韓国や釜山が身近な存在になってくる。う〜ん、この大使制度、現時点で大成功だ!
 このジュヨン大使が三ヶ月間の任期を終えて離任した後は、上海からの大使が高円寺へ。そのさらに後任は台湾から。そして、釜山からは「大使面白いね、釜山にも来て〜」と連絡があったので、高円寺の周りに聞いてみたところ、ちょうど仕事の合間で数ヶ月ヒマでしょうがない池田さんという人が「私、行きます!」と、高円寺大使として釜山行きが決定し、早速釜山側と調整に入ってるとのこと。いやー、この流れやばい! 俺も大使としてどっかの国に行きたい!!!

 さて、大使作戦、まだ始まったばかりだけど、これみんないろんなところでやり始めて拡大していけば絶対に面白い。国内で東京と大阪の大使交換とかも面白そうだし、小さい町と町でもいいし、なんかいろいろできそう。ちなみに、よく行政で国際交流とか地域活性化などで、莫大な国の資金を使ってその場しのぎみたいな企画とかやったりしてるけど(いい企画もあるけどね)、この大使制度、当然補助金なんてなく、完全に自分たちだけでやってる計画だ。そんな国や公共機関のお偉いさんたちにもぜひ知ってもらいたいぐらいだね〜
 ともかく、大使制度が発動し、いよいよ謎の交流は深まる一方。今後の高円寺にさらに期待!!!!

ヒマを見つけてはみんなでご飯を食べる。ゲストハウスのリビングにて。


ジュヨン大使の手作り品。素人の乱5号店にあるよ〜

(おまけ)

 最後に、現在着任中のジュヨン大使に簡単にインタビューしてみたのでそれを。

——なぜマヌケ大使に応募しましたか?

大使 釜山(プサン)という所で長く生活してきて、もっと冒険と挑戦をしたかった。私は将来、愉快で賢明なおばあさんになりたいので、そのためにはたくさんの経験をすることが重要だと思いました。実は去年、ちょうど東京に行こうかと一人で考えていました。ただその時は松本さんたちとのつながりも深くなく、そのままになっていました。ところが3月ごろ、なゆたカフェの運営メンバーのnaccaという仲間から、今回の話を聞きました。私が思っていた計画と一致していて、これはすごい偶然と機会だと感じました。

——今回は3ヶ月滞在ということですが、期間はどう決めましたか?

大使 年齢制限やビザのことも考え、最も長くいられる方法を探してみたら、やはり最大90日間ビザなしで滞在できるそれがいいという事になりました。旅行以外に海外で滞在して生活するのは初めてです。高円寺で滞在する3ヶ月間の夏が楽しみでした。

——3ヶ月間も釜山のカフェの仕事を休んでも大丈夫ですか?

大使 なゆたカフェは3人のメンバーが一週間に2日ずつ担当する形で運営しています。私がいない間、他の2人のメンバーが3日ずつ担当してやってくれることになりました。メンバーたちが積極的に支持してくれたし、高円寺行きを応援してくれました。ここに来るまで、たくさんの応援や助けてくれたなゆたコミュニティのメンバーたちに感謝しています。

——釜山と高円寺のマヌケはどうですか?

大使 マヌケはどこにもいます。質量保存の法則のように(笑)
 どっちが多いかと強いて言えば高円寺が多いようですね。高円寺は特殊なところだと思います。それぞれの人の魅力と個性が溢れているところで、その凝集力がまたいいと思います。そしてお互いのフィードバックがたくさんありますね。
 もちろん釜山にも妙なマヌケたちがたくさんいます。どこにもそれぞれのマヌケがいると思いますね(笑)

——ありがとうございました。

ジュヨン大使、なんとかBARで料理も!

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松本哉
まつもと はじめ:「素人の乱」5号店店主。1974年東京生まれ。1994年に法政大学入学後、「法政の貧乏くささを守る会」を結成し、学費値上げやキャンパス再開発への反対運動として、キャンパスの一角にコタツを出しての「鍋集会」などのパフォーマンスを展開。2005年、東京・高円寺にリサイクルショップ「素人の乱」をオープン。「おれの自転車を返せデモ」「PSE法反対デモ」「家賃をタダにしろデモ」などの運動を展開してきた。2007年には杉並区議選に出馬した。著書に『貧乏人の逆襲!タダで生きる方法』(筑摩書房)、『貧乏人大反乱』(アスペクト)、『世界マヌケ反乱の手引書:ふざけた場所の作り方』(筑摩書房)編著に『素人の乱』(河出書房新社)。