第18回:沖縄知事選、読売新聞の驚くべき社説(柴田鉄治)

 翁長知事の急逝による沖縄県知事選が9月30日にあり、「辺野古に基地はつくらせない」という翁長知事の遺志を継いだ玉城デニー氏が、「辺野古には触れない」ことを押し通した佐喜眞淳氏に8万票の差をつけて、圧勝した。
 39万票対31万票では一般に「圧勝」とまでは言わないのかもしれないが、なにしろ自民・公明党など与党だけでなく、政府までもがなりふり構わず佐喜眞氏を応援していた状況なのだから、圧勝といっても過言ではあるまい。
 この知事選で、沖縄県民の新たな民意が示されたのだから、メディアは、政府に対して「この新たな民意に応えよ」と迫るのが当然の姿勢だと言えよう。現に、「辺野古ノーの民意聞け」(朝日新聞の社説)「再び『辺野古ノー』の重さ」(毎日新聞の社説)といった論評が各紙に載った。

新知事に、民意より政府の言うことを聞け、と

 ところが、購読者数日本一の新聞、読売新聞の社説は、まったく違った。見出しこそ「普天間の危険性除去を進めよ」とうたっているが、本文では「国との対立をあおるだけでは、県政を率いる重要な役割を果たせまい」との書き出しで、要点をズバリと言えば、新知事に対して「民意より、政府の言うことを聞け」と主張しているのだから驚く。
 読売新聞の社説は、なぜか1日遅れの10月2日付けの紙面に載った(ネット上では1日に公開されていたようだが)。玉城氏の当選が決まったのは早い時間だったし、ほとんどの新聞が翌日の紙面に社説を載せているのに、なぜ1日遅らせたのか。まさか、佐喜真氏の当選を予想していたからではあるまい。
 選挙社説の常道である勝因、敗因の分析にはほとんど触れず、「日本の厳しい安全保障環境を踏まえれば、米軍の抑止力は不可欠だ」とか「辺野古基地の新設が唯一の解決策」とか、政府の主張と同じことを繰り返しているだけだ。いかに読売新聞が安倍政権に近いといっても、これでは「権力の監視役」としてのジャーナリズムとはいえまい。
 これまでにも何度も言われてきたことだが、米国の軍事専門家によれば、沖縄に海兵隊の普天間基地はいらないそうだ。ただ、米軍としては4軍がそろって沖縄にいたいという意向はあるようだから、それなら空軍基地に同居することなどを考えてもよいはずだ。
 そういう厳しい交渉を米国とやろうという首相は日本にいないのか。米国べったりの安倍首相ではとても無理だろう。なにしろ、最近の米メディアの報道によると、日米首脳会談でトランプ大統領から有力支持者のカジノ経営者の日本進出に便宜をと迫られ、カジノ法案を無理やり通したとまで言われているのだから…。
 しかし、米軍基地で何かあっても日本政府が立ち入ることもできない日米地位協定の改定は、急ぐ必要があろう。ドイツやイタリアでは米軍基地に立ち入りすることが認められており、日本だけが属国扱いされているようにもみえるからだ。日米地位協定の改定は、佐喜眞氏も主張していたところであり、政府としても改定を急ぐことに異議もあるまい。
 かつて前の翁長知事が当選したとき、首相や官房長官は新知事との会見を4カ月も放置した。さすがに、今回は当選から12日後に安倍首相と菅官房長長官が玉城新知事と会見したが、安倍首相は「政府の方針を変えるつもりはない」と答えたそうだから、新たに示された沖縄の民意に応えようという気持ちはまったくないようだ。
 それなのに、読売新聞は新知事との会見の記事に「首相、玉城氏に『柔軟路線』」「沖縄の民意に配慮」という見出しをつけている。どこが柔軟路線なのか、どう民意に配慮するのか、何も書かれていないのに……。
 沖縄県民の有志が署名を集め、地方自治法に基づく県民投票を要求し、県議会も県民投票条例を可決した。県民投票は6カ月以内に行われるが、その結果がどう出るか。
 この県民投票に対する読売新聞の10月28日の社説「県民投票は混乱と分断を招く」がまた、驚くべきものだった。こんな県民投票はやるべきではないというのである。どうしてそんなに沖縄の民意を認めたくないのだろう。

ノーベル賞に本庶佑氏、科学関係では21世紀に入って16人目

 10月はノーベル賞の季節である。新聞社やテレビ局の科学取材班は、かなり前からその準備にかかっている。今年は、冒頭の医学・生理学賞で京都大学特別教授、本庶佑氏の受賞が決まった。本庶氏は前々から名前が挙がっていた人で、慌てたメディアはなかったに違いない。
 科学関係のノーベル賞は1900年に始まり、20世紀は100年間、21世紀はまだ18年間なのに、日本人受賞者は20世紀に6人、21世紀に17人(米国に帰化した2人を含む)と、21世紀に入って受賞者が急増している。医学・生理学賞でみると、20世紀は利根川進氏ひとりだったのに、21世紀は山中伸弥氏、大村智氏、大隅良典氏、本庶佑氏と4人目である。
 日本の科学技術、なかでも医学・生理学部門は21世紀に入って急発展したようにみえるが、決してそうではない。NHKの「歴史秘話」特集番組『まぼろしのノーベル賞』で、ウサギの耳にコールタールを塗ってがん(癌)をつくり出した山極勝三郎氏の話がタイミングよく放映されたが、ノーベル賞をもらってもよいような発見をした人は、20世紀にも山極氏だけでなく、北里柴三郎(ペスト菌の発見)、志賀潔(赤痢菌の発見)、鈴木梅太郎(ビタミンの発見)など、大勢いたのである。
 むしろノーベル賞の選考が、戦前より戦後、20世紀より21世紀に、より精密になってきたものと思いたい。

首相の「ウソ」を放置していていいのか?

 自民党の総裁選に勝った安倍首相が異例の3期目に入ったが、安倍首相の腹心の友、加計学園理事長の加計孝太郎氏が10月8日に記者会見して、加計学園疑惑についての説明をした。疑惑とは、愛媛県の文書に2015年2月25日に加計氏と会った安倍氏が「獣医学部の新設はいい話だね」と語った(と、加計学園から県に報告があった)とあるのに、安倍氏は加計氏に会っていないと全否定していることだ。
 加計氏は「安倍首相とは会っていない。加計学園の事務局長が勇み足でウソの報告を県にしたのだ」と説明したが、肝心の事務局長は処分中だと会見には出てこず、安倍首相と会っていないという主張の論拠も「会ったという記録もなければ、記憶もない。愛媛県の文書も見ていない」というものだった。
 つまり今回の会見で、ウソをついているのは安倍首相のほうで、加計学園関係者がそのウソを取り繕おうと必死になっている姿が一層明らかになった。気の毒なのは、ウソをついたと言わされた事務局長だろう。
 安倍首相は、森友学園の疑惑でもいろいろウソをついており、そのウソを取り繕おうと財務省の高級官僚が国会でウソの答弁をしたり、公文書を改ざんしたりしたのである。
 これからも首相を続ける安倍氏のウソを放置していていいのか。少なくとも国会が、加計学園の理事長と事務局長を証人喚問して問いただすことと、先の国会での証人喚問で「捜査中なので」と証言を拒否した佐川・元理財局長を再度、証人喚問して、「捜査は終わったのだ。なぜやったのか」と訊きなおすこと、この二つは実行してもらいたい。

サウジのカショギ記者は「計画的に」殺され、安田純平氏は助かる

 サウジアラビア政府を厳しく批判してきたジャマル・カショギ記者が、トルコの総領事館内で政府の暗殺団によって計画的に殺された。サウジ当局は、よく似た男を外に出して「無事に帰った」と偽装したり、「喧嘩による偶発的な死だ」と発表したり、何とかごまかそうとしたが、トルコのエルドアン大統領の毅然とした対応で「計画的な殺人だ」と断定され、サウジ政府も認めざるを得なかった。ただ、最高権力者のムハンマド皇太子の関与は不明だが…。
 一方、シリアのイスラム過激派の武装集団に囚われていた日本のフリージャーナリスト、安田純平氏は、3年4カ月ぶりに解放され、無事に帰国した。身代金は払っていないと政府は発表しているが、カタール政府がいろいろと交渉にあたってくれたようだ。
 安田氏によると、「虐待状態での拘束」が続いていたそうだから、イスラムの武装集団が人道的だというつもりはまったくないが、政府に批判的な記者を計画的に暗殺してしまう「国家」よりはましだろう。
 そうみてくると「国家とはそもそも何なのか」。国民の命や財産を守るためにあると言われながら、実は違うのではないか。世界中から国家がなくなれば、軍隊も要らなくなり、戦争もなくせるかもしれない。国家について、いろいろと考えさせられた事件だった。

今月のシバテツ事件簿
先の東京オリンピック、閉会式の素晴らしさ

 10月10日が「体育の日」(現在は10月の第二月曜日となっており、今年は8日だったが)になった理由は、1964年の東京オリンピックの開会式が行われた日だからだ。あの日はきれいに晴れ上がり、青空に自衛隊機が描いた五輪のマークが見事だった。
 バレーでの「東洋の魔女」たちの大活躍、マラソンのアベベ選手の強さなど、思い出すことは多いが、私が最も感動したのは、閉会式の「選手入場」の場面だった。国家ごとに整然と行進した開会式とは違って、各国の選手が入り乱れて、手をつないだり、肩車をしたり、世界中が一つの国家になったかのような錯覚を抱かせる素晴らしい演出だった。
 実は、そのオリンピックの翌年、私は第7次南極観測隊に同行して南極に行き、国境もなければ軍事基地もない、各国が科学観測で協力し合う「南極条約」の素晴らしさに感動した。この南極観測に日本も参加しようと提案し、実現させたのは、朝日新聞社会部の私の先輩、矢田喜美雄記者だった。
 矢田記者は、早稲田大学の学生時代、1936年のベルリン・オリンピックに走り高跳びの選手として出場し、5位に入賞した人だ。その縁から東京オリンピックの事務局にも関係し、「閉会式の選手入場行進を国別にするのはやめようと提案したのは私だよ」と、矢田記者から直接聞いた記憶がある。もちろん矢田記者以外にもそういう提案をした人がいたかもしれないが…。
 世界中から戦争をなくすには、世界中が一つの国家になることだ。そうなれば軍隊も要らなくなり、戦争もなくなる。その意味で「世界中を南極にしよう!」と叫び続けている私にとっても、次の東京オリンピックにどんな演出が生まれるか、期待して待ちたい。

柴田鉄治
しばた てつじ: 1935年生まれ。東京大学理学部卒業後、59年に朝日新聞に入社し、東京本社社会部長、科学部長、論説委員を経て現在は科学ジャーナリスト。大学では地球物理を専攻し、南極観測にもたびたび同行して、「国境のない、武器のない、パスポートの要らない南極」を理想と掲げ、「南極と平和」をテーマにした講演活動も行っている。著書に『科学事件』(岩波新書)、『新聞記者という仕事』、『世界中を「南極」にしよう!』(集英社新書)ほか多数。