第38回:河井元法相夫妻、選挙で巨額のカネばらまき逮捕(柴田鉄治)

第38回:河井元法相夫妻、選挙で巨額のカネばらまき逮捕(柴田鉄治)

 河井元法相夫妻が選挙違反、それも自民党から特別に出た1億5000万円という巨額のカネを、地元の市町村議らに領収書も出さずにばらまいた疑いで、東京地検特捜部に逮捕された。河井夫妻は、自民党から抜けるだけで、議員も辞めないと言っているようだが、問題は安倍首相の任命責任だ。
 安倍首相は何が起こっても責任を取らない人だが、法相といえば、検事総長に対する指揮権があるとされ、かつて与党幹事長の逮捕を阻止したことさえあったポジションだ。それでも任命責任は取らないのか。
 河井夫妻も、秘書の選挙違反だけでも連座制の規定があるというのに、ご本人たちまで選挙違反で検察庁に逮捕されるというのは大ごとだ。本来なら議員も辞任して、反省の姿勢を示すところだろう。
 それを、安倍首相がこんなことで責任を感じる人ではないのをいいことに、自民党から抜けるだけで済まそうとしているみたいだ。あるいは「検察庁は安倍政権に甘い」と期待しているのかもしれない。
 安倍政権の「無責任体制」は、「もり・かけ疑惑」に始まって、「桜を見る会」疑惑、黒川弘務東京高検検事長の定年延長と賭け麻雀による辞任と続き、ついにここまで広がってしまったようである。

憲法軽視の安倍政権に司法は鉄槌を!

 憲法53条は、衆参いずれかの総議員の4分の1以上の要求があれば、内閣は国会を召集しなければならないと定めている。それなのに、安倍政権は2017年6月、森友学園・加計学園をめぐる問題を審議するため野党が臨時国会開会の要求を出したのに3カ月も応じず、9月にようやく開会するも冒頭で衆院解散を表明した。こんな憲法軽視を放置していてよいのか。
 司法が鉄槌を下してもいいケースだが、6月10日、「違憲と評価される余地はある」としながらも、原告となった国会議員らの賠償請求を却下するという生ぬるい判決を言い渡した。
 折角、内閣側の「高度の政治性を有するため、司法権は及ばない」という主張を退けたのだから、もっと厳しい判決を期待したかった。これでは、安倍内閣は平気で憲法軽視を続けるだろう。

「南北共同宣言」から20年、いま北朝鮮は?

 韓国の金大中大統領と北朝鮮の金正日国防委員長が、北朝鮮の首都ピョンヤンで会談し、南北朝鮮が平和裏に統一を目指して協議することに合意した南北共同宣言に調印してから、6月15日でちょうど20年が経った。
 あのときは、ベルリンの壁が崩れ、ソ連が崩壊し…という動きからの流れで、平和への機運が盛り上がった時期ではあったが、それにしても、その後の朝鮮半島の現状はどうなっているのか。
 北朝鮮は、脱北者たちが作成して風船に着けて飛ばしたビラに腹を立て、韓国が建てた南北共同連絡事務所ビルを爆破してしまった。どんなことが書かれたビラか分からないが、それにしてももったいないことをしたものだ。ビラにはビラで返すことはできなかったのか。
 私がジャーナリスト集団の一員として北朝鮮を訪問したのは、いまから7年前のことになるが、あのときも帰国後、金正恩委員長は後見役だった義理の叔父に死刑判決を出し、即処刑ということをやって見せてびっくりさせられた。
 何をやらかすか分からない国だが、その北朝鮮と米国の両首脳が「意気投合」しているように見えるのは不思議な話だ。理由はともあれ、対立が深まるよりはずっといい。戦争になるくらいなら、意気投合を続けてほしいと思う。

今月のシバテツ事件簿
「沖縄慰霊の日」から75年、なぜあの日で戦争をやめられなかったのか
 アジア太平洋戦争において、日本の国土での住民を巻き込んだ唯一の地上戦であった沖縄戦が終わってから、今年で75年になる。住民20万人が死亡し、「味方」のはずの日本軍の兵士から渡された手りゅう弾で自殺を強いられた人もいたという苦痛は想像を超えている。
 それにしても、沖縄での組織的戦闘が終わった時点で、日本はなぜ、戦争を終わらせることができなかったのか。地上戦の悲劇をこれ以上広げないという名目は、無条件降伏への最後の機会になったのではないか。
 もし、あそこで戦争が終わっていたなら、ヒロシマ・ナガサキもなければ、ソ連の参戦もなく、膨大なシベリア抑留の悲劇もなかったのである。「戦争は始めるのは簡単でもやめるのが難しい」と言われるが、その通りだ。
 もちろん、沖縄住民にとっては沖縄戦の前にやめてほしかったと思うだろう。いままた日本政府は、国土の0.7%の面積しかない沖縄に米軍基地の70%が集中している「沖縄の苦難の状況」を平気で見過ごしている。75回目の「慰霊の日」に何とかできないものかとあらためて思う。
柴田鉄治
しばた てつじ: 1935年生まれ。東京大学理学部卒業後、59年に朝日新聞に入社し、東京本社社会部長、科学部長、論説委員を経て現在は科学ジャーナリスト。大学では地球物理を専攻し、南極観測にもたびたび同行して、「国境のない、武器のない、パスポートの要らない南極」を理想と掲げ、「南極と平和」をテーマにした講演活動も行っている。著書に『科学事件』(岩波新書)、『新聞記者という仕事』、『世界中を「南極」にしよう!』(集英社新書)ほか多数。