第37回:検察庁人事と安倍政権(柴田鉄治)

 今月の話題は、検察庁の人事をめぐる安倍政権の相次ぐスキャンダルだった。検察庁といえば、起訴権限をほぼ独占する準司法官庁といってもいい。ときには首相まで訴追することもあり得る権限を持つ。伊藤栄樹元検事総長の「巨悪は眠らせない」という言葉が有名だ。
 したがって、ときの政権が検察庁の人事に介入することは、慎まなければならないことなのに、安倍政権は、それを平気でやってのけた。まず「政権寄り」の黒川弘務・東京高検検事長を次の検事総長にするべく、定年延長を閣議決定した。検察庁法で定年は検事総長65歳、検事63歳と決まっており、閣議決定することではないのに、やってのけたのだ。
 法律で決まっていることを閣議決定でひっくり返すのは安倍政権の特技で、戦後一貫して憲法違反だとされてきた「集団的自衛権の行使」を閣議決定で容認したのも、安倍政権だった。
 今回の閣議決定も当然ながら国会で野党から追及された末、なんと、検察庁法の改正案を提出したのだ。それには、政府が認めた場合には3年間の定年延長ができるという特例が記されており、国民の間から反対意見が沸き上がった。
 折から、コロナ禍でデモができないため、ネットで「#検察庁法改正案に抗議します」というツイートが広がり、その数は史上空前の700万件にも及んだ。それに、検事総長ОBや弁護士会などからの反対意見書も続出されて、政府は改正案成立を断念せざるをえないところまで追い込まれた。
 検察庁法改正案の見送りをスクープしたのは、5月18日の読売新聞の1面トップ記事だったので、安倍政権べったりだった読売新聞まで「安倍離れ」をしたかと期待を抱かせたが、その後の展開をみると、どうもそこまではいかなかったようだ。
 問題の人、黒川氏は、コロナ禍で集会自粛の中、産経新聞の記者や朝日新聞の元記者らと賭け麻雀に興じていたことを週刊文春に報じられ、辞表を提出した。黒川氏自身のスキャンダルで辞表提出という筋書きは安倍政権の責任問題に発展しないようにと仕組まれたもので、発案者は「安倍官邸」ではないかというウワサも渦巻いている。
 この状況で、なお責任を取らず、延命を図る安倍政権とは、いったい何なのだろうか。

憲法を平気で破る安倍首相にとって「憲法記念日」とは?

 今年も5月3日の憲法記念日を迎えた。戦後、一貫して違憲だとされてきた集団的自衛権の行使を閣議決定で引っくり返して容認し、日本を「戦争のできる国」にした安倍首相にとって、憲法記念日とはどんな日なのだろうか。
 憲法99条で首相にも課せられた「憲法を守る義務」なんてどこ吹く風。コロナ禍を天祐に、「憲法改正を」「緊急事態条項を憲法に盛り込もう」というのだから驚く。
 振り返ってみれば、森友学園事件も加計学園事件も、「桜を見る会」もすべて、ウソと証言拒否と公文書改ざんと、違法行為を続けてきた安倍政権。それを訴追すべき検察庁の人事まで「私物化」してやりたい放題。これでは、憲法の精神も三権分立も法治国家も、何もかも落第の三流国家だろう。
 日本は、いつからこんな国になったのか。唯一の救いは、どこの世論調査でも、安倍政権のもとでの憲法改定には反対意見が圧倒的に多いことだ。

青森県六ヶ所村の再処理工場にゴーサインとは

 エネルギー資源のない日本は、原子力開発にどれほど夢を託したか、それは、1955年の新聞週間の標語に、「新聞は世界平和の原子力」というのが選ばれたことでも明らかだろう。
 それが、福島原発事故で大失敗だと分かったはずなのに、まだ改めようとしない。青森県六ヶ所村にある日本原燃再処理工場の運転再開に、原子力規制委員会がまたまたゴーサインを出したのには驚いた。
 六ヶ所村の再処理工場は、原発の使用済み燃料から、まだ使えるプルトニウムやウランを取り出して再利用する「核燃料サイクル」と呼ばれる装置で、「夢の原子炉」とも呼ばれる高速増殖炉の燃料にも使うためのものだった。
 ところが、高速増殖炉の建設は行き詰まって廃炉となり、再処理工場の建設費も当初の予定の4倍にもあたる2兆9000億円にも膨れ上がる始末。それでもまだやろうとするのだから、もう民需のためではなかろう。
 恐らく、秘かにささやかれている「潜在的な核開発力の保持のため」としか思えない。そんな余裕は、いまの日本にあるはずがないのに……。

香港の「一国二制度」が危うい?

 香港の「一国二制度」が危機に直面している。中国共産党が香港に導入しようとしている国家安全法制だ。全国人民代表大会で提案された。
 香港の「一国二制度」は、もともと中国が国際社会に約束してきたものだ。それを、中国政府が自ら崩すとは、本来、おかしな話なのである。
 「一国二制度」を心配する声は、以前からあった。しかし、私は、心配していなかった。というのは、いまや中国は米中二大国時代と言われるほどに急成長している。国が豊かになれば、言論の自由も広がる、つまり、「中国の香港化」が進むだろうと想像していたからだ。
 それがどうしたことだろう。だが、まだ諦めるのは早い。それを跳ね返す香港の民衆の力に、期待したい。

今月のシバテツ事件簿
コロナといえば、本来は太陽の最も外側の超高温の希ガスのこと

 コロナといえば、トヨタの小型自動車のことを思い出すと先月は書いた。しかし、もっと本来の意味からいえば、「コロナ」とは太陽の最も外側の、100万℃にも及ぶ超高温の希ガスのことを指す。普段は目に見えないが、見えるときがある。皆既日食のときだ。
 私が初めて皆既日食と出会ったのは、いまから57年前、1963年7月21日の網走日食だった。海の向こうの水平線から、突然、にゅうっと姿を現した「黄金の角」のような欠けた太陽の日の出。
 やがて、水平線上に姿を現した三日月状の太陽が、みるみる痩せ細って、一点を残すダイヤモンド・リングへ。そして、周囲は夜に代わり、空には星が輝く。空の真ん中に、真黒な太陽が……。その周りに輝くコロナの美しさといったら、表す言葉もないほどだ。
 ざっと2分間ほど、またダイヤモンド・リングを経て、昼間に戻った。そのドラマの壮大なことといったら……。
 その感動が忘れられず、私は定年退職直前から「皆既日食の追っかけ」を始めた。網走から始まって、2012年のオーストラリアのケアンズ日食まで、のべ12回追いかけて、10回は晴れたのだから、日食の神様には嫌われてはいなかったのだろう。
 ハワイとモンゴルと、当然晴れると思ったところが曇ったのは意外だったが、あとはみんな晴れたのだから、いうことはない。

柴田鉄治
しばた てつじ: 1935年生まれ。東京大学理学部卒業後、59年に朝日新聞に入社し、東京本社社会部長、科学部長、論説委員を経て現在は科学ジャーナリスト。大学では地球物理を専攻し、南極観測にもたびたび同行して、「国境のない、武器のない、パスポートの要らない南極」を理想と掲げ、「南極と平和」をテーマにした講演活動も行っている。著書に『科学事件』(岩波新書)、『新聞記者という仕事』、『世界中を「南極」にしよう!』(集英社新書)ほか多数。