第61回:猫の話(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

 このコラム、毎回めんどうな政治の話題などが、けっこう多い。書いている本人がウンザリすることもあるのだから、読んでくださる人たちも鬱陶しいかもしれない。政治がひどすぎるのだから、ついそんな話になってしまう。国会が始まって、また頭にくることが多い毎日が始まった。
 しかし今回は、ちょっと話題を変えようと思う。
 猫の話だ。

悲しい知らせ…

 仙台に住んでいる次女から、悲しいメールが届いた。可愛がっていた子猫が死んでしまったという便りだった…。
 次女は猫が大好きで、嬉しいことに彼女の夫も猫好きだった。転勤で仙台に引っ越したとき、マンション探しの条件は「猫が飼える部屋」ということだった。そしてようやく見つけた。
 ふたりは、休日を猫探しにあてた。そして、捨て猫の保護センターに通って、生まれてまだ2カ月ほどの可愛いクロトラの子猫と巡り会ったのだ。もうふたりともメロメロ、その溺愛ぶりといったら…。
 ぼくのふるさと秋田へ次女夫婦が旅した時に飲んだ日本酒がとても美味しかったので、その酒の名前を仔猫につけたという。それが「刈穂(かりほ)」くんだった。
 ふたりの生活は、刈穂くん中心。とにかく刈穂くん自慢のメールが、毎日のようにカミさんに届く。カミさんもすっかり刈穂くんファン。

 この正月、次女が里帰りして来た。夫は千葉の実家へ、次女も自分の実家へと別々。片時も刈穂くんと離れていたくない娘は、我が家へ刈穂くんを連れてきた。1週間ほど我が家にいたので、ぼくら夫婦も、刈穂くんと遊ぶのが嬉しくて仕方なかった。
 1週間が過ぎて、娘が刈穂くんと一緒に帰っていってしまうと、ぼくら夫婦もちょっとしたペットロス気分。

 でもまあ、我が家には半野良猫のドットとナゴがいる。この2匹、絶対に家の中に入って来てくれない。無理に家の中に連れ込むと、出してくれー、にゃあにゃあと大騒ぎする。だから家の中では飼えないのが少しさびしいけれど、それなりに可愛い。

 さて、刈穂くん、我が家に里帰りしていた時に、少しおなかを壊したようなので心配していたけれど、「自宅に戻ったらすっかり元気になった」というメールが来た。ところが、そのほんの数日後、娘から「刈穂くんが死んじゃったの…」という切ないメールが届いちゃったのだ。
 保護される前の野良のころに、難病に感染していたらしいとのこと。それが今になって出てきてしまった。食欲がないな、と心配して獣医に連れて行ったのだが、手の施しようがなかったという。
 次女夫婦、そうとうに落ち込んでいるようだ。ぼくらだって悲しい。たった1週間とはいえ、この家で一緒に遊んだ刈穂くんだもの…。
 ペットと一緒に暮らすのはステキだけれど、先にいなくなられてしまうと辛い。ことに、あんなまだ1歳にも満たない可愛い盛りで死なれたら、ほんとうに淋しい。

娘の肩に乗って遊んでいる刈穂くん、可愛かったなあ…。

美猫薄命

 実は、我が家の「猫歴」はそうとう古い。
 いちばん初めは、ロックという白猫だった。ぼくらが新婚で、小さな借家で暮らし始めた矢先、玄関先でミイミイ泣いている小さな“生き物”をカミさんが発見した。それがロックだった。
 正式名称は「ホワイトロック・S・ヨネザード3世」という(笑)。
 実はそのころ、ときどき我が家に餌をねだりに来る可愛い野良猫が2匹いた。借家だったし、共働きの若い夫婦だったぼくらは、猫を飼うことなどできなかったが、この野良はけっこうなついてくれたので、気ままに可愛がったりしていたのだ。
 大好きな「ヨネザード物語」(ますむらひろしさん)にちなんで、この野良は2匹とも「ひでよし」と呼んでいた。どっちが来ても「ひでよし」なのだから、ぼくらもいい加減だ。
 しかし、玄関先で見つけた“生き物”は、まだ目もよく開いていない生まれたての猫だった。捨てるなんて考えられない。家で飼うことを、大家さんに頼み込んで了解してもらったのだった。
 これが、本当に可愛かったんだよ。
 毛は一点の曇りもない真っ白。やっと目が開くと、なんと金目銀目。いわゆる両目の色が違う「オッドアイ」である。片目は青みがかった銀色、もう片目は少し茶色っぽい金色。いやあ、美しい猫だったなあ。牡だったけれど、もう性別なんか超越した美しさだった。
 そこで、名前はホワイトロック(これはカミさんが大好きだったというTVドラマ「コンバット」から取ったと言っていたが、実際は「ホワイトルーク」が正しい。カミさん、間違えて憶えていたらしい)。そして、鈴木からS、さらにぼくら夫婦にとっては「ヨネザード物語」にちなんだ3匹目の猫だからヨネザード3世。で、正式名は「ホワイトロック・S・ヨネザード3世」というわけだ。カッコいいだろ!?
 もっとも、こんな長い名前で呼ぶわけにはいかないから、通称ロック。次女たちの刈穂くんと同じで、ぼくら夫婦はロックを溺愛したのだ。家に帰ると、カミさんへ声をかけるより先に「ロックは?」。
 カミさんだって、猫ミルクやら子猫用の哺乳瓶やらと、ぼくをほったらかしてロックにかかり切り。
 ところが、まったく母乳を知らない人工保育の猫は弱い。この子も1年足らずで死んでしまった。それに、オッドアイの猫も体質的にはあまり丈夫ではないらしい……。

これも刈穂くん、耳が大きいのが特徴でした。こんなに元気だったのに……。

ある日、子連れの猫が現れた…

 その後も我が家では、数十年間で何匹かの猫を飼ったけれど、みんな野良出身。その中でいちばん長生きした猫(にゃもう)で12年ほどだったかな。最後の猫が死んでしまった時、カミさんと「もう、生き物を飼うのはやめよう。さびしくなるから」と決めたのだった。
 ところが、妙な縁もある。

 今から16年ほど前のこと。なんだか貧相な、どう見ても野良に違いない猫が、庭先にいた。あまりに痩せていたので気の毒に思い、ミルクやお魚をあげた。それに味を占めたらしいこの野良は、毎日のように庭に現れるようになったのだ。
 猫餌を買ってきて、庭で食べさせた。寒い日など、家に入れてあげようとしてみたが、根っからの野良らしく、絶対にぼくらには捕まらない。手を出すと、フーッと威嚇する。そのくせ、毎日現れて餌をねだるのだ。クロトラの牝だった。ぼくらは「梅干しばあさん」のウメと名付けた。
 ウメは数カ月間、毎日やって来ていたのだが、ある日、ふっと姿を消した。あんなに痩せっぽっちの野良だったから、きっとどこかで死んじゃったんだろう、可愛そうに…などと思っていたある日の朝、庭先でにゃあ…と声がする。あっ、ウメがまた現れたな。そう思って庭の戸を開けたら、まあ、なんということでしょう(「ビフォア&アフター」か?)。
 ウメの後ろに、3匹の子猫がくっついていたのだ!
 これらが、可愛らしくミュウミュウ鳴いている。ウメ、どっかで子どもを産んだんだ。梅干しばあさんだと思っていたのに、まだ子どもが産めるほど若かったんだな、失礼しました!
 ぼくもカミさんも大慌て。さっそく餌を買いに走った。そしてしばらく…。どこで暮らしているのか分からないが、毎朝4匹揃って庭にやってくる。猫ミルクも買い、カリカリの餌も買ってくるのがぼくらの日課になった。
 クロトラが2匹(尻尾が長いのと、カギ尻尾と)、三毛が1匹。毎日来るのだから名前も必要。そこで、ジェーピー、ドット、コム…と名付けた。カッコよくてすばしっこいのがクロトラ長尻尾のコム、甘えんぼなのが三毛のジェーピー。いちばんボーっとしているのがカギ尻尾のドット。兄弟でもよく見ていると性格が違う。

ドットだけが残った

 痩せ野良のウメだったが、母性本能はとても強かった。3匹の子猫にぼくらが手を出すと、フーッと牙をむく。一度なんぞ、ぼくは右手の甲を思いっきり引っかかれたのだ。餌をもらいに来るくせに、なんとも恩知らず。庭で餌を食べるのを見ているだけの、ぼくらは半飼い主。

 2006年、ぼくは会社を辞めた。住んでいる家がかなりガタがきていて、もう改築のころ合いだった。退職金の半分以上をつぎ込んで改築した。ところがそこで困ったのが、4匹の猫の処遇。
 建築会社の職人さんがいい人たちで「毎日、餌と水をあげてやるよ」と言ってくれた。ぼくらは近所に仮住まい(ここではとても猫など飼えない)したので、毎日見に通った。そしてできるだけ、猫の面倒も見た。
 だけど、やっぱり難しかったな。
 次第に猫は寄りつかなくなった。やはり建築現場の大きな音は、猫には脅威だったのだろう。ところがなぜか、ドットだけは、ガンガンいう金槌の音のもめげず、2日に1回ほどは顔を出す。そして餌を食べてから、ゆっくりとどこかへ姿を消す。
 「コイツ、そうとう鈍感なんだな」とぼくが言うと、カミさんが否定した。
 「そうじゃないの。ドットはいちばんおっとりしていて、野良では生きて行けそうもないと、ウメちゃんが思ったのよ。そこで『ここは餌がもらえるから、あなたはここで暮らしなさい。私たちはほかのところを見つけるからね』といって、ドットを私たちに預けていったの、きっと」
 ンなことないよ、と言えばカミさんのご機嫌を損ねるから「なるほどね」と、ぼくは納得のふり。
 というわけで、ドットだけが今も我が家の庭で半野良暮らし。むろん、去勢手術もしたし、毎年の予防注射も済ませている。ドット、今も親の言いつけを守っているつもりなのか、家の中には入ってこない。つかまえて部屋に入れても、10秒もすれば「出してくれーにゃああにゃあ!」と鳴きまくる。どんなに外が暑くても寒くても、家の中よりも自由がいいらしい。
 仕方なく、小さな犬小屋を飼ってきて庭の隅に置き、猫小屋にした。
 それが2006年のことだから、ドットはもう13歳を超えた。行きつけの獣医さんによれば、野良で10年以上生きるなんて奇跡的だというのだが、そのドットも最近はかなりヨタヨタ。いつまでぼくらを楽しませてくれるか、ちょっと心配ではある。

いつの間にかもう1匹

 もう1匹がやって来たのは、2010年ごろだったか。
 最近、やけに餌の減り具合が早いなあ…なんて思っていたら、いつの間にか、別の猫(三毛の牝)がパクパク。それも、毎日やって来るようになった。だから、これにもナゴって名をつけ、ともかくふん捕まえて獣医さんへ。避妊手術をすませて、正式に(?)我が家の半野良猫と認定してやった。
 名前はもちろん、沖縄の名護から取った。
 頑張って基地撤退まで生きていろよ、というわけだ。その名の通り、ナゴは独立心(警戒心)旺盛で、やっぱり家の中には絶対に入ってこようとしない。反抗、OKである! 今でも頭をなでられるのも嫌がるんだから、反抗心も徹底している。上等だ、負けんじゃねえぞ!!

 おっとりしたドットと、反抗的なナゴ、いいコンビである。だからか、2匹は仲がいい。今朝も2匹、猫小屋の中、ピッタリ寄り添って寝ている。

ドットとナゴは、猫小屋でぬくぬくしています!

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。