第22回:野田市の心愛さん(10)死亡事件に強い関心(柴田鉄治)

 今月のニュースで最も報道量が多かったのは、千葉県野田市の小学4年、栗原心愛さん(10)が死亡した事件だろう。テレビをつければ朝から晩まで、新聞を開けば朝刊から夕刊まで、少女が父親による「しつけ」と称する暴力で死亡したという事件に、これほど多くの報道がなされた理由は、読者や視聴者の間に「何とかできなかったのか」という思いが極めて強かったからだと思われる。
 というのは、この事件にかかわった外部の人たちは、学校、教育委員会、児童相談所など数多く、それらの人たちにもうちょっと注意力と思いやりの気持ちがあれば、助けられたのに、との思いが残るからだ。
 事件の経過をざっとたどってみると、父親に暴力を振るわれた心愛さんが「先生なんとかなりませんか」と学校に訴えた文章を、野田市教育委員会が父親に半ば脅されて渡してしまったのが、そもそもの間違いだった。
 その後、野田市の児童相談所が、父親の暴力が続いていることを知りながら、心愛さんが父親に書かされた「あの作文は嘘でした」という文章を見せられ、自宅に帰してしまったミスも大きかった。
 父親の暴力を母親もそばで見ていながら止めようとしなかったことなど、不可解な点も多く、警察が両親とも暴行・傷害事件容疑で逮捕して調べているが、波紋はさらに広がっている。
 事件を通じて、児童相談所の人員不足や児童福祉司の負担増などが浮かびあがり、人員増や弁護士を置く案なども検討されている。また、これまで認めてきた「家庭内での懲戒権」をなくし、「体罰の禁止」を法制化しようという動きまで出てきている。
 心愛さん事件が政界まで動かしてしまったようで、それはそれで何の教訓も学ぼうとしないよりは結構なことだが、事件直後の反省だけに終わったら何も残らない。この際、政界任せにせず、メディアなども積極的に改革に参加すべきだろう。

トランプ氏と安倍氏は「嘘つき」も「こだわりの強さ」もそっくり!

 政界に目を転じれば、相変わらず、トランプ米大統領と安倍首相が今月もニュースの主役を務めているようだ。トランプ氏が大統領選に勝利した際、真っ先に駆け付けた安倍氏の努力が実ったのか、それ以来、二人はすっかり意気投合しているが、今月にニュースで驚いたのは、安倍首相がトランプ氏をノーベル平和賞の候補に推薦したことだ。
 トランプ氏がその事実を公表し、安倍氏もそれを受けて「コメントはしない」と言っただけで、否定もしなかった。安倍氏は、本当にトランプ氏がノーベル平和賞にふさわしい人だと思っているのだろうか。
 それとも、ノーベル平和賞と言えば、安倍氏の祖父・岸信介氏の弟、佐藤栄作氏が日本の非核三原則を評価されて受賞したことが思い浮かぶが、その後、沖縄返還に伴う「核の持ち込み」密約が明るみに出て、ノーベル委員会に「史上最悪の選考だった」と言われたことがある。安倍氏はまさか、トランプ氏が受賞すれば、佐藤栄作氏の「罪」が軽くなるとでも考えたのではあるまい。
 恐らく、米国から頼まれて推薦したのだろうが、それにしても対米追従が過ぎるといえよう。
 トランプ氏と安倍氏は、人柄もよく似ている。平気で嘘をつくところもそっくりだ。米国メディアによるとトランプ氏の嘘は8千数百回にのぼるそうだが、安倍氏のほうも「もり・かけ疑惑」で安倍氏の嘘を取り繕うとして官僚が公文書を改ざんしたり、秘書官が「記憶にありません」と言ったりしたケースが数知れず、だ。
 自分の主張を押し通そうとする「こだわり」の強さもよく似ている。トランプ氏はメキシコとの国境に「壁」を築きたいという主張が通りそうもないと知るや「非常事態宣言」を出すとまで言い出し、安倍氏のこだわる「改憲」の主張が与党内の反対で難しくなると、「自衛隊員の募集に6割の自治体が協力を拒否している」と平気で嘘まで持ち出している(実体は9割の自治体が協力している)のだ。
 それなのに、両政権とも低いとはいえ一定の支持率を維持しているところもそっくりだ。

2回目の米朝首脳会談で何が?――朝鮮戦争は終わるのか

 トランプ氏と安倍氏ほどではないが、トランプ氏と北朝鮮の金正恩委員長の間もウマが合うというか、ちょっと似ているところがある。2回目の米朝首脳会談が今月27、28日にベトナムのハノイで開かれるが、何が出てくるか、
 もし、意気投合すれば、北朝鮮が希望する朝鮮戦争の終結宣言が出されるかもしれない。首脳会談が行われるハノイは、ベトナム戦争で米軍の北爆を受けた都市だが、いまやベトナムは米国とも友好関係を結んで繁栄している。朝鮮戦争は、そのベトナム戦争より20年も前の戦争なのだ。
 もし終結宣言がなされ、米朝の国交回復がなされたら何が起こるか。私が期待するのは、北朝鮮の国民が朝鮮戦争の真相を知ることだ。というのは、5年前、北朝鮮を訪ねてピョンヤンの戦争博物館を見学したとき、「朝鮮戦争は南が攻めてきて始まった」とあったからである。
 真相は逆で、北朝鮮の金日成主席がソ連のスターリンの了承を得て南に攻め込んだもので、そのことはソ連の文書でも明らかになっている。もちろん、それによって「戦前の日本」とそっくりないまの北朝鮮が、「戦後の日本」のように変わるかどうかは分からないが、いずれにせよ、戦争が終わることはいいことだろう。

統計不正、日本は国際社会から信用をなくす恐れ

 もう一つ、今月のニュースで厚生労働省の統計不正の問題がある。統計が信用できないとなれば、国際的な信用もがた落ちになることは必然である。ここにも安倍政権の意向を受けてか、あるいは、忖度してか、アベノミクスをよく見せようとする意図が見え隠れしているようだ。
 統計不正問題が明るみに出て、国会でも大問題になったが、「官邸の影響は全くない」と断言した根本厚労相の発言が1日でひっくり返ったのに、根本氏も責任をとって辞任するとは言わないし、安倍首相も「辞めさせない」と言っている。
 そういえば、「もり・かけ疑惑」で安倍首相も麻生財務相も辞任しないし、オリンピック憲章を読んでもいないうえ、池江選手の病状公表に「がっかりした」と言った桜田五輪担当相も、違法献金を受けた片山さつき女性担当相も辞任しない。安倍政権は責任を取らない閣僚のオンパレードだ。

沖縄・県民投票は「反対」が7割超す、だが、政府は無視?

 沖縄県の辺野古基地新設をめぐる県民投票が24日に行われた。最初は、賛成・反対のどちらかに投票してもらう予定だったが、それに反対して参加しない市町村が出てきたため、「どちらでもない」という3択方式に代えて、全県下で投票が行われた。
 即日開票の結果、投票率こそ52%とやや低かったが、賛成11万4933票(19%)、反対43万4273票(72%)、どちらでもない5万2682票(9%)と、反対票が7割を超え、沖縄県民の民意ははっきりと示された。
 ところが、「民意に寄り添う」と言っていたはずの安倍首相は、この投票結果を一顧だにせず、「辺野古の埋め立てを継続する」というのだから驚く。
 もう、ここまでくると、どうしようもない。沖縄県は日本政府の統治下から離れて「独立」するほかあるまい。あるいは、安倍政権を倒して、まともな日本政府に生まれ変るのを待つか。――こんな過激なことは言いたくないのだが……。

今月のシバテツ事件簿
イラン革命から40年

 親米政権だったイランのパーレビ国王が倒され、イスラム教シーア派のホメイニ師が政権を握ったイラン革命から今年の2月で40年経った。テヘランの米国大使館員が人質にとられ、米国とイランの関係がそれ以来決定的に悪くなり、中東情勢の不安定さは現在まで続いている。
 世界的には、このイラン革命による原油価格の高騰が大きなニュースになったが、日本では1973年の第四次中東戦争による第1次石油ショックのほうが影響も大きく、イラン革命による原油価格の高騰は、日本では「第2次石油ショック」と呼ばれている。
 エネルギー政策を中東の原油に頼っていた日本にとって、第1次石油ショックで「狂乱物価」となったり、トイレットペーパーがなくなったり、と大騒ぎとなった。当時の日本政府は、イスラエル贔屓の米国の意向も無視して中東諸国と友好関係を築き、その友好関係は最近まで生きてきたが、安倍首相が中東歴訪でイスラエル寄りの姿勢を見せてからは、ちょっと怪しくなってきている。
 石油ショックは、日本の原子力政策にも大きな影響を与えてきた。私が科学担当の論説委員になったのは78年で、第1次石油ショックと第2次石油ショックとの間だったが、原子力開発に対する国民世論が大きく揺れ動いたことを覚えている。
 エネルギー資源のない日本では、第1次石油ショックで原子力開発への期待が高まり、79年4月の米国スリーマイル島原発事故で賛否が少し接近、79年12月の世論調査では第2次石油ショックの影響で、また原発賛成が跳ね上がったのだ。
 その後は、原発のトラブル続きと86年のチェルノブイリ事故で、反対派が急速に増え、2011年の福島での原発事故で国民世論の原発反対は決定的になった。ところが、国民の意向は原発の再稼働反対が多いのに、政府は再稼働をさせたいと逆方向に動いている。
 これからの日本は、石油にも原発にも頼らない自然エネルギーの開発に全力をあげるべきだと私は考えるのだが、どうだろうか。

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柴田鉄治
しばた てつじ: 1935年生まれ。東京大学理学部卒業後、59年に朝日新聞に入社し、東京本社社会部長、科学部長、論説委員を経て現在は科学ジャーナリスト。大学では地球物理を専攻し、南極観測にもたびたび同行して、「国境のない、武器のない、パスポートの要らない南極」を理想と掲げ、「南極と平和」をテーマにした講演活動も行っている。著書に『科学事件』(岩波新書)、『新聞記者という仕事』、『世界中を「南極」にしよう!』(集英社新書)ほか多数。