第88回:ぼくのツイートが炎上?(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

政治家の仕事とは何か?

 数日前、ぼくはあるツイートをした。かなりの反響があった。15日現在で、なんとインプレッションが56万件を超えている(今週は、取材旅行に出るので、この原稿はいつもより早めに書いている)。
 こんなツイートである。

安倍晋三という人はつくづく「冷酷」な男だと思う。千葉はいまだ40万戸以上が停電中。すでに何人かの熱中症によるとみられる死者も出ているという。首相自らが千葉へ赴き対策の先頭に立つべき事態だ。だがそんなことはまるで気にせず内閣改造劇ではしゃいでいる。冷酷と言わずして何という?

 いまもなお、かなりの地域で停電状態は続いているようだし、断水が解消されていない地区もある。関連死者数もすでに二桁になっているという。
 このツイートに関しては、最初は「その通りです」という賛成意見が多かったのだが、やがて「馬鹿を言うな、何も分かっていないアホ」……などという批判ツイートが多くなってきた。もしかして、こういうのを「炎上」というのかしら?
 ぼくへの批判の典型的なのが、次のようなご意見。

東日本大震災のときに、わざわざ福島原発に出かけていって現場をメチャクチャにした菅直人首相の例を知らないのか。少しは過去を勉強しろ。対策は現場に任せておけばいい。首相自ら出ていくなんてありえない。

 こういう意見だが、次第にそれがエスカレートして、ここには書けないようなぼくへの口汚い罵倒が増えてきた。「民主党時代は悪夢だった」という安倍氏の話に喝采するような人たちからすれば、菅直人元首相を叩くのは安全牌なのかもしれない。内容確認なしで適当なことを書き散らしても、拍手をもらえるのだからね。
 しかし、当時、菅元首相が現場をメチャクチャにしたというのは、どういうことだったのか。
 海外の事情を調べてみる。各国の大統領や首相は大きな自然災害やテロの際には、すぐさま現場を訪れ、死者には哀悼の意を示し、傷ついた人を見舞い、現地で奮闘する人たちを激励するという例が多い。それこそが政治指導者の役割であり、首相の仕事だ。
 「混乱を招くから現場には行くな」という意見はどこかおかしい。

当夜、安倍首相は何をしていたか?

 ところが我が安倍首相は、電車が停まり、電気が途絶え、水もなくなった千葉の状況を知りながら、先頭に立って対策を講じていた気配はない。新聞に載っている「首相動静」を調べてみても、災害対策関係者との面談はない。台風直撃の9日夜、午後6時半前には私邸に帰り、その後は来客もなかったと書かれている。
 翌10日だって官邸で会ったのは麻生太郎財務相ほか、北村滋内閣情報官、防衛政策局長、情報本部長などで、災害対策関係者の名前は見えない。しかも、やはり午後7時半ごろには私邸に帰ってしまっている。
 どうも、頭の中は翌11日に予定していた「内閣改造」でいっぱいになり、台風も暴風雨もまるで視野には入っていなかったらしい。面会者に情報関係者が多いのは、内閣改造の候補者調べをしていたからなのか?
 本来なら、不要不急の案件であるはずの「内閣改造」は数日間延期し、事態が落ち着いてからとりかかるのが真っ当な政治家というものだろうが、そんなことは全部、他人任せのお気楽ぶり。
 「やってる感」をアピールするのが得意の安倍首相だから、テレビが被害を伝え始めた時刻に災害対策関係者と会っていたなら、それを公表しないはずがない。「これだけ頑張ってやっていますよ」と大々的にぶち上げるのが大好きなのだから。
 ところが、それがなかった…。
 さすがに今回は、2018年7月5日の夜、あの西日本豪雨の際に「赤坂自民亭」などとふざけた名前を付けて側近たちとドンチャン騒ぎの宴会をしていたようなことはなかったが、災害対策を練っていた気配はない。
 TBS系「報道特集」で、ある被災者が「なにが内閣改造だ、ふざけるんじゃねえ!」と叫んでいたが、それこそが安倍首相の“冷酷な本質”をズバリと突いた叫びだった。

 安倍支持者たちが「菅直人元首相の例」を挙げて、安倍首相は行く必要などなかったというなら、今回の対策遅れをどう弁解するのか。だいたい、大きな災害が予測されるときに設置されるはずの、政府の「非常災害対策本部会議」も開かれなかったではないか。
 この件について記者会見で問われた菅義偉官房長官は、例の人を小馬鹿にしたような口調で「政府は迅速かつ適切に対策を行った」と述べただけ。あの「首相動静」を見たら、よくそんなことが言えると思う。いったいどこが“迅速かつ適切な対策”だったというのか。停電の長期化は解消せず、熱中症での死者まで出しているというのに、まるで反省の弁はない。
 安倍支持者たちはこれについても「東電が悪いのであって、政府はよくやっている」などと言う。さすがは「失敗はすべて他人のせい」という安倍首相の支持者だけのことはある。すべてが実際の現場の責任ならば、政治家など必要ない。
 こんなツイートもあった。

政府はそれぞれの部署で対策を講じている。安倍さんはそれを指揮するだけでいい。専門家に任すべきだ。事態に対処するためにも、内閣改造を早くやるのが当たり前だ。ド素人が口を出すな。

 しかし、それは事実か?
 ド素人が口を出して悪いけれど、関係省庁の対策本部設置は台風被害の数日後だった。とくに、電力事業の所管官庁である経済産業省が、菅原一秀・新大臣を本部長とする停電被害対策本部を設置したのは、なんと4日後の13日だったのだ。
 内閣改造の茶番騒動に紛れて災害対策が遅れたのは、火を見るより明らかではないか。菅官房長官よ、いい加減なことを言うんじゃない!

福島第一原発事故の現場の怒り

 2011年3月の福島原発事故の際、事故現場と東京電力本店などをつないだテレビ会議が行われていた。その内容が『福島原発事故 東電テレビ会議49時間の記録』(福島原発事故記録チーム編、宮崎知己・木村英昭/岩波書店 3000円+税)に残されている。3月12日(事故翌日)から49時間の生々しい記録である。東京電力がひた隠しにしていたものを、朝日新聞が発掘したスクープでもあった。
 これを読むと、東電本店と福島原発側とのやりとりが、かなり意思疎通を欠いていたことがよく分かる。ことに、故・吉田昌郎福島第一原発所長のいら立ちが、手に取るように伝わってくる。「イラ菅」と言われるほどに癇の強い菅直人元首相だが、吉田所長の本店に対する不信感にも、菅氏に劣らぬほどのいら立ちが見てとれるのだ。
 吉田所長は、本店に何度も怒りをぶつけている。本店側の「軽油はあるはずです」という言葉に対しては、こう怒鳴る。
 「あるはずじゃなくて、はずはやめよう、まずは。今日ははずで全部、失敗してきたから、確認しましょう、確認。いいですか」
 分厚い(409ページ)本書中には、こんなやりとりが何度も交わされる様子が詳しく載っている。
 この東電内部の混乱が、菅首相のいら立ちに拍車をかけたのは当然のことだろう。ほとんどまともな情報が上がってこない状況に、東京工業大学出身で原子力にもそれなりの知見を有していたといわれる菅氏が、耐えきれずに現地を訪れようとした心情はよく分かる。
 むろん、国家の最高責任者が現場を訪れれば、多少の混乱は生じるだろう。だがそれが現場を“メチャクチャ”にしたというのは、のちに主に産経新聞や読売新聞が伝えたことに過ぎない。しかも内容は“大混乱”と呼べるほどのものとも思えない。
 3月15日には、菅首相は直接、東電本店に“怒鳴り”込んでいる。

分厚い資料だけれど、凄まじい迫力!

衝撃の「近藤メモ」

 「近藤メモ」というのをご存知だろうか?
 これは菅首相の依頼を受けて、当時の内閣府原子力委員会の近藤駿介委員長が個人的に作成したものだ。近藤氏は「原子力ムラ」の村長格のおエライさんで、原発政策に加担し続けてきた人物だ。そんな近藤氏が作成したのは「このまま新たな水素爆発などが続けば、原発から半径170キロ圏内の人たちはすべて避難せざるを得なくなり、首都圏も含めた東日本は壊滅状態に陥る可能性がある」と示唆した衝撃的なものだった。数千万人が故郷を捨てなければならない事態さえ想定される!
 これは「原子力ムラ」内部の人のシミュレーションだけに、インパクトは大きかった。
 原子力に関して知識があると自負していた菅首相が、このメモに震え上がったのは間違いない。だが、東電や原子力安全・保安院(当時)からはロクな情報が上がってこない。ある意味で菅氏は死を覚悟していたと思う。怒鳴りたくなるのも当然だ。
 菅氏の怒りを増幅させたのが、当時の内閣府原子力安全委員長の班目春樹氏だった。班目氏は「原発の爆発なんて、絶対にありえない」と言い続けていたのだが、その原発が爆発したとの一報に「アチャー!」と言ったまま、頭を抱えてしまった。有名な話だ。
 もう、原子力ムラの連中は信用できない! そう思った菅氏は、ついに東電本店に怒鳴り込んだのだ。
 そのことをとらえて、当時野党だった自民党の安倍晋三氏らは、徹底的に菅氏を批判した。つまり、菅氏が事態を混乱させたというのは、安倍氏らとそれに乗った一部マスメディアの報道によるところが大きい。
 のちに「菅首相が原子炉への海水注入を止めた」という安倍氏のメルマガがデマだったとして揉めたのも、こういう下地があってのことらしい。
 別にぼくは、菅元首相を弁護するつもりなどないが、事実関係はこんなことなのだ。

やはり「冷酷」だった…

 このような状況を辿っていけば、今回の安倍首相の行動は、やはり被災住民に対して「冷酷」だったと言わざるを得ない。それを「菅直人元首相の例」を持ち出して安倍擁護に回る人たちの思慮の浅さ。
 一国の最高責任者である。住民に何かが起きたら、その重要性を推し量り、すぐさま動き出すのが当たり前だろう。その覚悟がないのなら、政治家など辞めたらいい。
 もっとも「責任を取らない責任者」というのが安倍氏の根っからの性格らしいから、彼にそれを望むのは「八百屋で魚を求める」の類いだろう。そういう人がこの国の首相だというのは、心底寂しい。
 マスメディアも、韓国報道に血道をあげている場合じゃない。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。