岸本聡子さんに聞いた:ヨーロッパで起きている、新しい市民参加型の政治や経済とは?

マガジン9で連載コラム「ヨーロッパ・希望のポリティックスレポート」を執筆いただいているベルギー在住の岸本聡子さん。夏休みに日本に帰国されたタイミングで、今年行われたヨーロッパでの選挙のこと、中高生による気候変動ストライキ、そして日本でも参考にしたい各地での希望を感じる動きについてお話をうかがいました。

いま、ヨーロッパで何が起きているのか

――岸本さんは、マガジン9の連載コラムを通じて、水道民営化の問題やヨーロッパの地方自治や地域政党の動きなどを伝えてくださっています。あらためて簡単に自己紹介をお願いできますか?

岸本 はい。私はベルギーに住んでいて、オランダ・アムステルダムに拠点をもつ「トランスナショナル研究所(TNI)」に研究員として所属して15年ほどになります。TNIは市民のためのシンクタンクですが、ここで水道民営化に対抗する支援や研究などを行ってきました。公営水道を「民営化」ではなくて、どう「民主化」して良くしていくことができるのか――水道の問題は私にとっての原点でもあり、民主主義、自治、人権といった問題を象徴するものだと思っています。
 いま、日本でも世界でも、いろいろなことが市場や経済、効率性といったものを原理に動いています。私は、それが拡大していくことに危機感をもっています。公共サービス、医療や福祉、住宅など、地域に暮らす市民にとって大切なものまで、すべて市場原理に任せていいのでしょうか。そういう問題が、あちこちで起きていると思うのです。

――今日は、そうした流れに対抗するようなヨーロッパでの市民の動きについてお聞きして、私たちの参考にしたいと思っています。まず、コラムでも言及されていますが、今年実施されたEU議会や各国での選挙は、極右政党と環境政党が同時に伸びたことが印象的だったそうですね。

岸本 良くも悪くもEU議会の安定性を支えてきた中道右派や中道左派の政党が、今回は初めて過半数割れしました。そして、もうひとつの特徴として緑の党(※)が伸びたんです。緑の党は50議席から67議席にまで増えました。
 緑の党が伸びたことは嬉しいのですが、ヨーロッパ各国の極右勢力が伸びてきているので政治の不安定化は避けられないと思います。ファシズムや極右の「反移民」、「反EU」といった単純なメッセージに対抗できるような魅力的なオルタナティブを、左派が示せていないことへの危機感も強くあります。

※緑の党:環境保護、反原発、反戦、女性の権利擁護などを掲げた政党。1970年代、オーストラリアで結成され、ヨーロッパにも広まった

中高生が政治のアジェンダを変えた

――緑の党が伸びるきっかけを作ったのは若い人たちの動きですか?

岸本 そうです。きっかけはスウェーデンに住むグレタ・トゥーンベリという16歳の少女がひとりで始めたアクションでした。毎週金曜日、彼女は学校に行かずにスウェーデン議会前に座って気候変動への対策を訴えました。それがSNSなどを通じて、ヨーロッパをはじめとする世界中の若者が起こす「気候変動のためのストライキ」(#FridaysForFuture#ClimateStrike)につながったのです。日本でも若い人たちがアクションを起こしていますよね。

(Climaxi.beのフェイスブックページから)

 私が住むベルギーでは、木曜日に気候のためのストライキが行われています。グレタに賛同した女子高生たちがリーダーシップをとり、大きな運動に発展しました。私の息子も参加していましたが、いままでデモに参加したことのない子たちにも広がって、何万人という規模になっているんですよ。日曜日には、大人も一緒に参加するデモが何回か行われています。

――日本でも、国連気候行動サミットでのグレタの演説は話題になりました。そうした中高生の動きが選挙にも影響したということですか。

岸本 いまヨーロッパでは、難民問題が大きな選挙の争点になっています。とくに極右政党はそれを利用して力をつけています。しかし、若い人たちは「私たちにとっての脅威は移民でも難民でもなく、むしろ気候危機である」と訴えているんです。
 緊急に対策をとらなければ2030年には文明が成り立たなくなると言われていて、そのことに本当に切実な危機感をもっている。若い人たちの声を代弁する形で、科学者たちが主張を裏付けるような提言書を出すなどの動きにもつながりました。こうして選挙の争点を変えるくらいの力になったのです。
 彼女たちの行動力は政治にも影響を及ぼしています。しかし、それを脅威と感じる人たちもいて、露骨な嫌がらせやSNSでの誹謗中傷攻撃も絶えません。ベルギーでは、環境大臣が「中高生たちの背後に操っている人がいる」と発言したために、抗議を受けて辞職に追い込まれました。
 運動が広がった背景にはソーシャルメディアの影響もありますが、学校に行かないストライキという手段が、学校でも家庭でも議論を起こすきっかけになったことも大きいのではないでしょうか。

民衆のための政治、エリートのための政治

――日本では、まだそこまで気候変動の問題は政治的な影響を及ぼしてはいないように感じます。今年の参院選挙では、れいわ新選組の山本太郎さんが格差を解消するための経済政策を争点にして、それを若い人たちが支持しました。環境と同様、格差も非常に切迫した問題。「ポピュリズム」だと批判する人もいますが、あれだけ多くの人が真剣にスピーチを聞き、その内容に心を動かされた人たちが投票した。日本では、ここ最近はなかった動きだったと思います。

岸本 格差の問題が切実なのは、ヨーロッパの状況とも重なります。非正規雇用や最低賃金の問題があって、当たり前の生活がままならなくなっていますよね。普通の労働者が政治課題から置き去りにされ、一方で一部の富裕層がますます富を増やしている。もう階級闘争のようになってきていると感じます。
 れいわ新選組がポピュリズムと呼ばれるのは、悪いレッテルを貼ろうとする体制側の戦略なのでしょうが、いまあるのは「民衆のための政治」と「エリートのための政治」という構図だと思います。「エリート」というのは、既得権益を握る側、グローバル資本主義、投資家や富裕層と言い換えてもいい。それがヨーロッパでは非常に明確になっています。
 保育や介護などの本当に必要な仕事がどんどん低賃金化して、不公平な所得分配で普通の人の生活が沈下しているのは、日本もヨーロッパも同じ。そのなかで、山本太郎さんみたいな人が出てきて地盤沈下を止めようとするのは当然ですよね。

――スペインのバルセロナ市では、「民衆のための政治」を目指す地域政党の動きがあるんですよね。

岸本 前にコラムでも紹介しましたが、「バルセロナ・コモンズ」という、市民運動から生まれた地域政党があります。そこに所属するアダ・コラールという女性が、4年前にバルセロナの市長に選ばれました。そして今年の選挙(2019年5月)でも、彼女が再び市長に選ばれたんです。アダは住宅問題の活動家です。
 ヨーロッパでは、2008年の世界金融危機の影響で緊縮財政が続いていますが、その影響を大きく受けたのが一般市民でした。バルセロナは観光都市なので、住宅をもっている大家さんは普通の人に住宅として貸すよりも、民泊として観光客に貸すほうが儲かる。そこで、建物の改修などをすることで家賃を2万円くらいあげて住民を追い出すということがあちこちで起きたんです。
 経済危機の影響で仕事を失って、ローンを払えなくなった人もたくさんいます。アダは、そうやって住宅から強制的に立ち退かされる人たちの権利を守る運動をやっていたリーダーです。

――そういう人が市長に選ばれるところがすごい。その市民運動が支持された背景にはどんなことがあったのでしょうか?

岸本 スペインでも、経済危機の影響を受けて緊縮財政が進みました。緊縮財政というのは新自由主義とほとんど同義。基本的には、政府の支出を減らして民間に任せて、公的セクターを小さくして節約することです。
 じゃあ、何を切り詰めていくのかといえば、教育、社会保障、年金、自治体サービス、賃金など普通の人にとって大事なことばかり。それが、この10年くらいEU全体で続いていて非常に危機的な状況。そこで、市民から反緊縮の動きが起きています。

写真:BComu Global‏ @BComuGlobal Twitter
アダ・コラールの市長再選を喜ぶバルセロナ市民

――なるほど。

岸本 バルセロナ・コモンズは、これまでの政党や労働組合などの既存組織と一線を画して誕生した政党です。既存の組織に頼ることなく活動家や市民、研究者などが集まって市民プラットフォームをつくり、候補者を出しました。そこに共通する価値観は、シンプルにいうと社会的な権利を守ること。
 バルセロナでは水道は民間コンセッション、電気は完全に民営化されているのですが、バルセロナ・コモンズは、すべての人に水、電気、住宅を保障することは社会的な権利だという考え方をもっています。

ボトムアップ型政党の評価が問われた選挙

――ボトムアップでつくられた地域政党から市議会に多数の議員を出し、市長にまでなるなんて、すごい成功例です。

岸本 そうですよね。バルセロナ・コモンズは、2015年の選挙で40議席中11議席をとって、少数ですけど第一党になりました。そして4年間、彼らの信念にもとづいて自治体の運営を行ったわけです。
 彼らがこの4年間にやったのは、いままで民間委託してきたサービス、保育園とか女性支援施設とかをひとつずつ検討して、アウトソースではなくインソースしていく作業でした。それから、民間住宅を少しずつ買い取って公営住宅にすることにも取り組みました。
 水道に関しては、前政権のときに巨大合弁企業と35年契約を結んでしまっていたので、公営に戻したいのですが難しい状況です。再公営化は契約が切れるときに行われることがほとんど。途中で解約すると違約金などがかかってしまうからです。

――そして、その結果が問われる選挙が今年あったんですね。

岸本 はい。今回は少し複雑な状況でした。バルセロナのあるカタルーニャ地方はスペインからの独立運動が歴史的にあるのですが、スペイン政府がそれを激しく弾圧したため独立運動に拍車がかかりました。選挙で独立のメッセージを強く掲げた左派政党が、バルセロナ・コモンズと同数の10議席を獲得したんです。イギリスでもEU離脱は政治の大きな争点ですが、こうしたナショナリズムが争点になってしまうと、ほかの社会的な問題がかすんでしまいます。
 それでも、結果的には、社会的権利の擁護を掲げるバルセロナ・コモンズも10議席を獲得して、アダを再び市長として選出したんです。バルセロナ・コモンズは、政党運営の仕方も新しくて、どこと連立するかも党員によるオンライン投票で決めます。アダを代表にするかどうかもあらかじめ党員によるオンライン投票で決めていました。議員というのは代弁者に過ぎなくて、主体はその議員を支えているメンバー、つまり市民だという考え方なんです。

フランスの水道公社と市民参加型予算

岸本 フランス・パリ市にも、ぜひ紹介したい事例があります。パリでは25年間の水道民営化を経て、2010年に再公営化を果たしました。パリはフランスの首都で、ヴェオリアやスエズといった巨大水企業の本拠地でもあるので、水道再公営化の象徴的な例として挙げられることが多いですよね。
 パリでは公営の水道公社として設立された「オー・ド・パリ」が、民間企業から水道事業を引き継ぐことでコスト削減に成功しました。さらに、公社が運営することで、公益という観点から100年以上の長いスケールでパリの水道供給を考えて運営できるようになりました。私は、これこそが目先の利益を追求する民間企業との大きな違いだと感じています。
 たとえば、オー・ド・パリでは水源を守る活動も行っているんです。そのために、近隣農家と提携して農薬を使わない農業への転換も推進しています。パリの公共水道運営が世界から注目されている理由は、ただ単に経済的な効率性があがったということだけではなく、社会正義と環境保全の信念を貫く姿勢にあります。
 それから、パリ市内にはあちこちに給水スタンドが設置されていて、炭酸水でも給水ができるんですよ。

――マイボトルに炭酸水を汲むことができるんですか! パリらしいですね。

岸本 これはパリ市の参加型予算によって実現したものです。「参加型予算」というのは、1990年代から主にブラジルなどで導入されてきました。簡単に言うと、市民が提案したプロジェクトに公共投資予算の一部がつく仕組みです。
 たとえばパリ市全体の予算は約1兆円ですが、そのうちの18%が公園、道路、公共施設などを改善していく公共投資の予算です。さらにそのうちの5%に関しては市民参加型予算として、市民が希望するプロジェクトを提案して、オンライン投票で上位になったものに予算がつくようになっています。

――ということは、どれくらいの金額が市民参加型予算につくのでしょうか?

岸本 たとえば2015年は約99億円でした。それだけの規模のお金の使い道を市民が決めることができるんです。先ほどの給水スタンドも市民からの希望をうけて、水道公社が設置したもの。参加型予算のような政策に、さらに水道公社のような公的企業が結び付くことで、住民参加の政治がさらに可視化されることになります。
 ベルギーの私が住んでいる地域でも、小さい規模ですが参加型予算が導入されています。市民参加の仕組みがあることで意識も変わる。そして、それがちゃんと形になるとやる気になります。こういう参加型予算の仕組みを日本でも町や区とかのレベルで広げていったら、すごく面白いんじゃないでしょうか。

――市民参加型予算、すごくいい制度ですね。日本の自治体でも取り入れている事例があるのか調べてみたいと思います。

地域の公共調達を通じた格差解消のチャレンジ

岸本 最後に紹介したいのは、イギリスのいくつかの都市で実践されている「コミュニティ・ウェルス・ビルディング」というプログラムです。直訳すると、「コミュニティの富を積み上げていく」という意味ですね。

公的機関、協同組合、非営利企業、地方自治体、周辺コミュニティの間で地域資源が循環する(図:岸本さん提供)

 図の左上にあるのが、市役所、大学、美術館、図書館、病院といった公的機関です。こうした公的機関が公共調達をしますよね。たとえば市庁舎のカフェテリアサービスだったら、2億円くらいの予算がつくかもしれない。ほかにも清掃とか太陽光パネルの設置とか、さまざまな公共調達があります。
 このプログラムで大事なのは、その調達先を決める入札の仕組みなのですが、今までだと入札で最も価格が安いところに決めていたのを、積極的に地域の協同組合、地域のソーシャルビジネス企業などにお願いする形に変えていく。さらに行政がこうした協同組合をつくるのを支援することで、地域住民の雇用の場も生まれます。

――地域に住む多くの人が利益を得ることができる仕組みですね。

岸本 こうした経済の仕組みは「インクルーシブ・エコノミー(包摂的経済)」とも呼ばれています。イギリス北西部ランカシャーにあるプレストンという12万人の都市では、このプログラムを始める前の平均寿命が、住む地域によって66歳~82歳と10年以上も違いました。これは所得によって住む地域が異なり、健康状態や医療へのアクセスに大きな差があることを示しています。イギリスで広く起きていることです。
 プレストンでは3人にひとりの子どもが貧困家庭というような状況だったのですが、緊縮財政によって社会福祉の予算が削られていったので、行政はサポートしたくてもできない状況がありました。そこで、自治体、大学、警察、病院といった12の組織を指定して、地域からの公共調達に取り組んだのです。小さい都市ですが、それでも公共調達は総額およそ年1500億円という規模です。東京のひとつの区だったらもっと大きい額になるはずですね。

――それによって、どういう変化が起きたのですか?

岸本 2011年から取り組みが始まったのですが、数年の間に成果を上げて、生活を保障できるだけの職が新たに約4000人分も創出されました。2018年に民間企業によるイギリス42都市を対象とした調査がありましたが、プレストンは雇用(賃金)、健康、収入、スキル、交通、環境といった指標をもとに、「もっとも急速に改善を達成した都市」の1位に選ばれました。また、「住みやすい・働きやすい都市」のカテゴリーでも、15位のロンドンを抑えて14位になっています(※)。

※Good growth for cities2018/PwC.

 このプログラムの仕組みは、地域の資源を地域に還元して格差を解消するという、言ってみれば非常に当たり前のことなんですけど、それが新自由主義、緊縮財政が続くもとでは実現できなかった。いま、イギリスのいくつかの自治体でも、このプログラムを取り入れて、地域の経済発展を通じて格差や不平等解決に取り組もうとしています。新しいチャレンジが始まっているんです。

――日本でも行政サービスを官民連携で行う事業がどんどん進んでいる状況です。しかし、厳しい状況のなかでも、若者や市民が立ち上がって社会の仕組みを変えていこうとしているヨーロッパの事例は参考になりました。とくに、これからは地域にそのチャンスがあるのだという希望も感じます。
 また、連載コラムでも新しい情報を共有してください。今日はどうもありがとうございました。

(聞き手/塚田ひさこ、構成・写真(提供をのぞく)/中村未絵)

(右)岸本聡子さん、(左)聞き手の塚田ひさこ

岸本聡子(きしもと・さとこ)環境NGO A SEED JAPANを経て、2003年よりオランダ、アムステルダムを拠点とする「トランスナショナル研究所」(TNI)に所属。経済的公正プログラム、オルタナティブ公共政策プロジェクトの研究員。水(道)の商品化、私営化に対抗し、公営水道サービスの改革と民主化のための政策研究、キャンペーン、支援活動をする。近年は公共サービスの再公営化の調査、アドボカシー活動に力を入れる。マガジン9にて「ヨーロッパ・希望のポリティックスレポート」を不定期連載中。

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