第31回:何があっても責任をとらない安倍首相とは?(柴田鉄治)

 今月の論点も、またもやそれまでと同じように、「何があっても責任をとらない安倍首相」の話になる。
 安倍政権は、今月、憲政史上最長の政権となったことが大きく報じられ、本来ならそれを祝福する報道があふれるところであるはずなのに、「それにもかかわらず」の接続詞とともに、不祥事を報じる報道が続いている。
 なかでも最もひどかったのは、国費で開かれていた「桜を見る会」に安倍首相の後援会の会員を大勢招待していた「事件」である。それを事件と呼ぶ理由は、いろいろとある。まず、これまでの不祥事には、官僚や側近が首相の意向を勝手に「忖度」してやったことだ、と言い訳できるものもあったのに対して、この「桜を見る会」の場合は、その前夜に首相が一流ホテルで後援会員と会食までしていたのだから、首相が「知らなかった」とは言えないだろう。
 招かれた後援会員は誰なのか。その経費はどうなっているのか。国会で追及され、野党が資料請求をしたその日に、出席者名簿をシュレッダーにかけて廃棄してしまったというのだから、ひどい話だ。

国費の「桜を見る会」に後援会員を大勢招く。新閣僚の不祥事も

 「桜を見る会」には、安倍首相だけでなく、昭恵夫人のお声がかりで招かれた人もいた。昭恵夫人は「もり・かけ疑惑」の際に、とくに「私人」だとして閣議決定までされたのだから、それも大問題だ。
 安倍首相は「桜を見る会」は来年からやめるというだけで、責任は取ろうとしない。そもそも国費で開く会に後援会員を招くなんて、一国の首相のやることか?
 その安倍首相が内閣を改造し、新閣僚を任命したとたんに、経済産業大臣と法務大臣の不祥事が明るみに出て辞任した。それだけでも総辞職ものだが、安倍首相は「任命責任は私にある」と言いながら、言うだけで何もしない。
 さらに、もう一人、もっと辞めなければならなかった新閣僚がいる。萩生田文科大臣だ。萩生田氏は、2020年から始まる大学入学共通テストで活用される予定だった英語の民間試験について「身の丈に合わせて頑張って」と発言。これが「貧乏人は身の程を知れ、ということか」と反発を受けて、謝罪しただけでは済まず、民間試験も中止になった。
 それだけでも辞任ものだが、もともと萩生田氏は、首相の友人が理事長を務める加計学園に獣医学部を新設する問題で、首相側近の官房副長官として「首相の意向だ」という発言を記録した文書が文科省から出てきたのに、「記憶にありません」と嘘をついた人なのである。教育を担当する文科相には全くふさわしくない人だ。

側近のやったことを野党に向ける、人間的にも許せない安倍首相のヤジ!

 さらに、安倍首相が人格的にも許せないのは、国会で萩生田氏の発言を記録した文科省の文書について質問している野党議員に向かって「あなたが作ったのでは」とヤジを飛ばしたことだ。
 閣僚席からヤジを飛ばす首相なんて、それだけでも珍しいのに、側近のやったことを野党のやったことにする卑劣なヤジには、言葉もない。いや、政治家としてより「人間として許せない」と思った。
 安倍首相が人間としてだけでなく、政治家として「困ったものだ」と思うところは他にも少なくないが、なかでも問題なのは「軍事が好きなこと」だ。まさか戦争まで好きなわけではあるまいが、戦後一貫して憲法違反とされてきた集団的自衛権の行使を合憲として米国の戦争に自衛隊を送り出す道を開き、日本の防衛費まで5兆円以上に増やして「軍事大国」にしたのである。
 そのうえ、今度は武器見本市が開かれた。米国から武器を「爆買い」させられている状況で、米国が開くならまだ不思議はないが、買う方の日本がやることではない。日本が武器を世界に売る国に、つまり「死の商人」には絶対になってほしくないものだ。

マラソンを札幌で。オリンピック精神に反するのでは?

 話は変わるが、来年の東京オリンピックの華、マラソン競技が札幌開催となった。小池都知事も「納得はしないが、反対もしない」と言っているので、そうなりそうだが、今回のIOC会長のやり方は、強引すぎるだけでなく、オリンピック精神にも反するのではないだろうか。
 現在の世界は「国家」がのさばっているが、オリンピック精神の最も素敵なところは、国家の存在をなるべく小さくしようとするところにある。したがって、開催地も国家ではなく、都市が名乗りをあげるシステムを採用している。
 東京と札幌はざっと1000キロ離れている。米国のテレビ界の要望で真夏に決め、東京の真夏は暑すぎると札幌に移し、「同じ国内だからいいではないか」というのは、あまりにもオリンピック精神に反するのではないか。
 意見が割れたときは、IOCに決定権があるというのは、その通りかもしれない。しかし、今回の場合は、意見が割れる前に独断的にIОCが決めて、押しつけてきたものだ。
 こんなことを繰り返していたら、しだいにオリンピック熱も冷めてくるかもしれない。IOCにも、言うべきことは言うべきだろう。

日韓の対立、米国の意向に従った韓国、無視した日本

 海外に目を向けると、日韓の対立はますます激しくなり、日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)を破棄すると韓国から通告があった。これに対して、米国から「待った」の要請があったのに、日本はこれを無視したのに対して、韓国は破棄寸前に米国の要請を受け入れて破棄を停止した。
 韓国は日本の対韓輸出制限に対する措置としてGSOMIAの破棄を通告したので、米国の要請を受け入れた韓国と無視した日本の差が、際立ってしまった。
 安倍首相の「韓国嫌い」にも困ったものだが、これを機会に日韓の対立が修復へ向かうなら結構なことだ。

香港のデモ、どうなる「一国二制度」?

 海外のニュースでは、もう一つ、香港のデモが心配だ。「一国二制度」の香港の特異性が生かされるのか、中国に飲み込まれてしまうのか、当分、香港のデモから目を離せない。
 大騒ぎの中で、香港の政府が打ち出した「覆面禁止法」に対して、香港の高裁にあたる司法が、基本法違反だと毅然とした決定を出した勇気には、敬意を表したい。そして、日本の司法も見習うべきだと言いたい。
 それにしても、遠くから目を光らせている習近平主席の中国軍が、黒シャツ・短パン姿で、「ボランティア」としてデモ隊が築いた障害物撤去に参加したというニュースには、驚いた。

今月のシバテツ事件簿
ベルリンの壁、崩壊から30年

 第2次世界大戦の終戦直後から東・西対決の象徴ともいうべき存在だったベルリンの壁が崩壊してから、30年になる。私も、その直後に欧州に取材に行ったついでに、壊されたベルリンの壁を見に行った。
 大勢の市民たちが壊された台座の上に登って大騒ぎしていたが、私も一緒に台座に登ってみた。壊れてみれば、ただの台座で、これが東・西を分けていたなんて、とても思えない。
 ただ、ベルリンの壁の崩壊からソ連の解体と続き、世界中が平和になるかと思ったら、そうでもなかった。あれから20余年が経ち、2013年9月、私はジャーナリスト集団の一員として、北朝鮮を訪れた。
 その時、私たちの相手をしてくれた北朝鮮の政府の要人に、私は真っ先に手をあげて訊いてみた。「ドイツは東・西が合併しましたが、朝鮮半島は合併しませんか」と。
 すると、その要人の答えは、「あれは吸収合併でしょ。いま朝鮮が南・北合併すると、吸収合併になるからダメです」というではないか。北朝鮮の政府の役人が、吸収合併になることを認識しており、それを言葉にしたことにはちょっと驚いた。
 そこで、次の質問が口から出かかったが、やめてしまった。その質問とは「メルケル首相は東ドイツの出身です。もし、金正恩主席が大統領になるなら合併しますか」。何と答えるか、訊いてみたらよかった。

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柴田鉄治
しばた てつじ: 1935年生まれ。東京大学理学部卒業後、59年に朝日新聞に入社し、東京本社社会部長、科学部長、論説委員を経て現在は科学ジャーナリスト。大学では地球物理を専攻し、南極観測にもたびたび同行して、「国境のない、武器のない、パスポートの要らない南極」を理想と掲げ、「南極と平和」をテーマにした講演活動も行っている。著書に『科学事件』(岩波新書)、『新聞記者という仕事』、『世界中を「南極」にしよう!』(集英社新書)ほか多数。