竹信三恵子さんに聞いた(その2):コロナ禍を経て、改めて「公共サービス」とは何かを考えよう

コロナ危機が進行中の今、私たちの生活に直結した「行政サービス」を担う公務についても、注視していく必要があります。公民連携や公務の外部委託化への流れが、小泉政権以降ますます強まっています。しかし経済合理化の面だけで「公務」を考えて良いのでしょうか? そもそも「公務」とは何なのでしょうか? 公務労働についても詳しい竹信三恵子さんに日本国憲法の視点からも、お話をうかがいました。マガ9創刊15周年記念インタビューシリーズです。

「公務」とは何か?

――前回、コロナ禍の影響による労働や生活相談を受ける中で、多くの女性たちが困難な状況におかれていることがわかり、そのなかでもシングルマザーへの打撃がとりわけ大きかったというお話をお聞きしました。
 そこには男女の賃金差別の問題や、背景にある日本社会の「家父長制」も関係していて、根深い問題だと改めてわかりました。しかし、低賃金によって、個人が自立をし、尊厳を保った生活が送れない現状を「女性の問題」で括ってしまうのではなく、賃金格差があることが社会全体の「構造的な人権問題である」という捉え方をして、問うていくことが重要だとのご指摘でした。

竹信 たとえば、非正規労働者にも男性が増えています。今回、貧困問題に取り組む団体が「新型コロナ災害緊急アクション」というネットワークを立ち上げました。感染防止のため、大規模な相談場所をつくるのは危ないので、かかってきたSOS電話に対応して当事者のところへ個別に駆けつけて相談に乗る仕組みで対応しています。私も7月の初めにその支援活動に同行して、電話をかけてきた人たちのところへ出かけました。昼過ぎから同行したのですが、いずれも派遣の男性でした。それも30〜40代のばりばり元気な人たちからのSOS電話がひっきりなしで、相模大野から川崎、東京都心と神奈川から東京を横断し、終わったのは夜9時過ぎでした。
 いずれも派遣の仕事がコロナで切られ、所持金が100円とか60円とかになってしまったというのですが、なかには役所の窓口に行くと、財政削減で職員の数が絞られ続けてきたせいで、相談者数が多くて対応しきれず、夕方までに終わりそうもないからと、民間の手弁当のネットワークにすぎない、その「災害緊急アクション」の電話番号を教えられたという人もいました。

――こういう時こそ公共サービスの出番なのに……と思うのですが。しかし実際は、自治体のコロナ関係の相談業務が昨年に比べ何倍にも増えて、相談員が足りなくてパンク寸前だと聞きます。とりあえずは他部署からの職員を応援にあててなんとかしのいでいるようですが、それもここまでコロナが長引くと、いろいろと問題が出てきそうです。

竹信 自治体で働くベテランのケースワーカーが言っていましたが、2013年に障害者自立支援法が出来たのを契機に、自立支援や福祉サービス業務を民間会社やNPOに委託する流れが定着してしまったというのです。それが続くと、民間にノウハウが移ってしまい、職員の間に専門的なノウハウがなくなって、役所がガバナンスをきかせることが難しくなりつつあるという人もいます。

――今回のコロナ禍や豪雨災害で明らかになったように、住民の生命や生活を守る基礎自治体における公務の重要性は増していると思います。保健所で受ける電話の応対一つとってみてもそうです。電話がとにかく繋がらない、という声も聞きましたが、配置されている人員がまず少なすぎました。しかし、行政サービスはできる限りアウトソーシングして人件費を削減することが、自治体の目指すべき方向であるかのように言われていることが不安です。

竹信 公務と民間の違いが理解されていないんですね。「公務というのはお金にはならないけれど、基本的人権を守るために必要だから、みんなで税金を出し合って国や自治体にやってもらおう」という共通の社会的合意ができていないのです。

――日本ではいつから、これほど公務がないがしろにされるようになってしまったのでしょう。今回のコロナ禍でも「公務員は失業しないし、どうせ役所で新聞読んでるだけでしょ」などという声を聞きました。

竹信 ほんと異様ですよね。日本社会の根幹に関わる根深い問題だと思います。
 公共サービスの役割や、民間との違いについてきちんと教えられないできているし、公務員の中にもそれを意識できなくなっている人がいます。その結果、民間にやらせればいい、を口実に財政を削減してしまい、必要な経費も人件費も出なくなって公共サービスが劣化する。十分なサービスには税金が必要、という原則も浸透しておらず、仮に増税があっても生活に必要なサービスに回らない。
 その挙句に、「コロナで急に失業して役所の窓口に相談しに行ったけど、適切な対応をしてもらえなかった。役所なんかいらない、税金なんか払っても無駄」となる。悪循環です。

――財政のスリム化というと、住民のウケもいいんですよね。選挙ではそれを公約に掲げ、議員や首長が当選したりもする。国も自治体も公務員の人件費削減をして税金を節約することがいいみたいに思われていて、住民もそれに共感しているところがありますね。

竹信 公務にお金を使うことを、日本の納税者ってすごくいやがるんです。首長は人気取りのために足下の公務員の労働条件を切り下げる。だけどそのために住民サービスがひどくなっているんだということに気づいて欲しい。
 人が減らされると、現場は「やったふり」でごまかすしかない。すると今度は「公僕のくせに」とかバッシングされる。しかし予算を切り詰めておいて仕事だけはきっちりやれというのは、無理な話ですよ。

――公共サービスの要は人であるはずなのに、相談業務など住民と直接対面するのが、正職員でなく人材派遣会社のスタッフや、非正規職員やパートだったりする。その多くが女性で、フルタイムで働いても年収300万円未満。公的な仕事にもかかわらず、自立して生活できない給与設定になっていることが、大きな問題ではないでしょうか。

竹信 ここでも「女性の安全ネットは夫と家庭」論が働いているんです。そうやって税金を節約して、男性世帯主である納税者に貢献しているというのが言い訳になっている。

失敗したはずのサッチャリズムが生きている

竹信 小泉構造改革で、財政削減を行え、という指令が出たのですが、福祉や教育などにかかる経費ははほとんど人件費で、しかもナショナルミニマム(国が国民に対して保障する最低水準)なのでその受益者が多く、そこを削ればバサッと財政を削れて「やった感」が出る。ということで、なんと、人権にかかわる基本的な公共サービスである社会保障と教育を削ってしまったのです。それでもこの分野のサービスは不可欠ですから、それまでの一人当たりの人件費で2人とか3人とかを雇えるように制度を変え、低賃金の非正規で穴埋めをしていったのです。しかも、先ほども言ったように、「女性は夫に食べさせてもらえる」の偏見が強い社会なので、保育士など女性の多い住民ケアにかかわる公務分野は、しわよせを受けやすい。非正規公務員の75%が女性、という現実は、そんなところから来ているのです。

――どこの自治体も例えば福祉職などの専門職を正規職員として採用しない傾向にありますよね。保健所とか福祉事務所など、本来は行政サービスの要になる部門すら外部化しようとしている流れには、歯止めをかけなければいけないと切に思います。

竹信 大学で学生たちに「日本は資格をとっても報いられるとは限らない社会。資格のある専門職は非正規が多いんだからね」というとみんな驚きます。これは間違ったジェネラリスト礼賛主義といいますか、2、3年でいろいろな部署を回って全体を把握した人が指導的立場について現場の専門職を管理するという考え方で、しかもそういう人たちだけを正規職員として残し、後は非正規にしてしまうということが、この間進められてきたのです。
 これは、英国のサッチャリズムで行われたことだそうです。船の舵取りをする人とこぎ手を分けるといって、こぎ手は低待遇の不安定労働者や民間委託にしてしまうわけです。企画立案や、決済などの権力的業務に携わる正職員が舵取りをして、非正規職員がこぎ手として現場の手足となって働く。これは働く人たちを分断するというやり方で、英国ではうまくいかなかったとされてます。だって、ボートをこいだ人が舵取りに昇進するのでなく、最初から舵取りと漕ぎ手を分けてしまうわけですから。ボートが動くメカニズムを知らない人が舵取りなんか出来るわけありませんよね、でも、現場を知らないほうが無理なことでも「やれ」と言えたりするので、「漕ぐ人」たちに過酷なことを要求するのが平気になり、管理はしやすいんでしょうけどね。

――これは自治体だけでなく、国の方針そのものなのでしょうか。

竹信 まず国でしょう。とにかく財政削減して、人々の生活に関連することにお金を使いたくない、生活関連に予算を割くのは無駄という発想です。やっぱり竹中・小泉構造改革あたりから、そういうサッチャリズム型傾向が強くなりましたね。自治体は、国の予算編成に対応するしかないので、そういう方向に流れてしまう。

――いちどは民主党への政権交代がありましたが、その時も変わらなかった…。

竹信 せっかく政権交代したのに、民主党でも、おまじないのように財政削減、規制緩和こそがいいこと、と思っている人がけっこういましたから。公共サービスは私たちの暮らしと生命を支えるものだと言うことを、もう一度、共有し直すことが不可欠ですし、削減してはいけない財政とは何か、人の生命や健康にかかわる労働時間規制のように、緩和してはいけない規制とは何かをしっかり考えないといけないですよね。憲法9条や25条、24条、27条などが目指した「戦争による国権の拡張ではなく、人がまともに生きられることを基本とする人権の保障」を原則とする社会の実現を、根底にすえなければいけないということですよね。

――まだ現在進行中ではありますが、コロナ禍を経た今こそ、憲法が掲げている理念を現実社会できちんと実現するためには、どうするべきか、改めてみんなで考える時だと思います。今日は長時間、ありがとうございました。

(聞き手/塚田ひさこ 構成・写真/マガジン9編集部)

*9月8日に竹信さんの新刊『官製ワーキングプアの女性たち:あなたを支える人たちのリアル』(岩波ブックレット、共著)が刊行されます。

たけのぶ・みえこ:ジャーナリスト。朝日新聞編集委員兼論説委員(労働・ジェンダー担当)、和光大学教授などを経て2019年4月から同大学名誉教授。NPO法人「官製ワーキングプア研究会」理事。記者時代から非正規公務員問題に取り組む。著書に『女性を活用する国、しない国』(岩波ブックレット)、『ルポ賃金差別』(ちくま新書)、『企業ファースト化する日本—虚妄の「働き方改革」を問う』(岩波書店)など労働経済に関する著書多数。