第160回:おいおい、本気かよ!(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

 ブラックジョークばかりの世の中になったか。それともぼくの頭がおかしくなったのか。4月1日(エイプリルフール)ならいざ知らず、最近のニュースには「おいおい、本気かよ!」的冗談みたいなものが多すぎる。

1. ウチワ会食

 兵庫県の井戸敏三知事が、会食中はウチワで口元を隠しましょうという「ウチワ会食」の呼びかけをした。4月9日の記者会見での発言だ。
 それを聞いたとき、むろん他愛のないジョークで、コロナ禍でギスギスした雰囲気を和らげよう、という意味なのだろうと、ぼくは思った。ところがこれが大まじめなのだから驚いた。なんとそのために32万本のウチワを発注、神戸、尼崎、西宮、芦屋にある1万6千店の飲食店に配るという。
 「おいおい、本気かよ!」
 平安時代の貴族たちが「おーほっほほ、麿(まろ)は満足でごじゃる」などと、扇子で口元を隠しながら話すのを、昔の映画で見たことがあるけれど、まさかそれが現代に甦るとは思わなかったなあ。だけど、ウチワで口元を隠しながら話しても、唾の飛沫は脇からどんどん飛ぶだろう。どう考えたって、ウチワじゃ防げまい。
 32万本のウチワにいくらのカネがかかるか知らないが、もう少しまともなことにカネを使うべきじゃないかと、ぼくは思う。「マスク会食」ってやつも、そうとうおかしな要請だと思うけれど、この「ウチワ会食」に至っては、冗談にもなるまい。

2. 子ども庁

 菅首相は、間近に迫った衆院選の目玉政策のひとつとして、「子ども庁」を創設する方向だという。まあ、菅首相得意の「組織いじり」に過ぎない。この人、何かといえば「官庁の縦割り主義を打破して政策の一元化を図る」などと言って組織をいじくりまわし、名目だけの大臣を作り出す。
 コロナに関しては、担当は西村康稔経済再生相、ワクチン担当に河野太郎行政改革担当相、それに田村憲久厚労相も絡む。何が政策の一元化だ。ただやたらと「担当」を増やしてゴチャゴチャにしているだけではないか。
 また内閣特命相として男女共同参画担当なのが、橋本聖子氏から代わった丸川珠代氏。しかしこんな名目だけの担当大臣が、いったい何をしたか? 要するに、女性大臣が少ないから適当に作っただけ。これが菅首相得意の「組織いじり」の実態だ。
 「子ども庁」に関していえば、例えば幼稚園は文科省、保育園は厚労省、認定こども園は内閣府の担当となっているが、それを「こども庁」に一元化して、政策の執行を円滑化するのだという。まあ、それはそれで結構だ。しかし、なぜ新官庁を作らなければならないのか。そんなふうに管轄が分かれているならば、それを文科省(厚労省でもいいが)に束ねさせればいいではないか。新たな官庁を作るのは、また新たな予算と人員と、そして利権を生むだけの結果に終わるだろう。
 しかもここからが「おいおい、本気かよ!」なのである。
 衆院選に間に合わせるために、早々に「こども庁創設協議会」というようなものを自民党内に設置するという。そのトップを聞いてぼくは腰を抜かした。なんと、二階俊博自民党幹事長が協議会の座長になる。おいおい、本気かよ!
 二階氏は御年82歳であらせられる。後期高齢者(ぼくもうそうだが)が、「子ども庁」に口を挟む余地なんかないだろうよ。
 ぼくはこの「子ども庁」なるものにそもそも反対だけれど、一歩譲って創設するとしたって、男でも女でも、もっと若い人材はいないのか、と思う。二階氏が出てくると、またもやあの悪名高かった「GoToトラベル」のように、何か利権が絡んでいるのではないかと邪推したくもなってしまうのである。

3. 汚染水放出・その1

 これこそ最大級の、「おいおい、本気かよ!」である。
 福島第一原発事故で発生した汚染水の処理が大きな問題になっている。それに関し、菅首相は、処理済み汚染水の海洋放出を決めた。むろん、漁業関係者は絶対反対の立場を崩していない。7日に首相と会った岸宏全漁連会長は、会談直後に記者団に対し「絶対反対」を何度も繰り返した。現地福島の人たちの反対も根強い。にもかかわらず、13日、菅政権は強引にも海洋放出を決めた。
 ALPSという放射性物質除去装置があり、これによりトリチウム(三重水素)以外の放射性物質は取り除けるというのだが、実際は処理後にもかなりの放射性物質が混じっている。その量は定かではないが、混入は東電も認めている。
 トリチウムは残念ながらALPSでは除去できない。つまり処理水とは言いながら、汚染度は低減されるが完全除去ではないのだ。その「汚染処理水」は、これまで海洋放出できず、原発敷地内のタンクに溜めて保管してきた。そのタンクが、2023年3月ごろには満杯となることから、もはや保管は限界だとして政府は海洋放出に踏み切ったわけだ。
 これに対し、例えば原子力市民委員会(民間研究者たちの組織)は、「海洋放出以外の現実的代替案はある」として、モルタル固化案や大型タンク案などを提案している。さらに、原子力市民委員会座長の大島堅一氏はこんなツイートをしていた。

ALPS処理水の置き場について、政府の審議会で拡張の可能性について検討するよう意見が出たあと、政府は地権者への打診を一切行っていませんでした。行政文書開示請求の際、資源エネ庁は該当箇所を黒塗りにしていましたが、環境省は黒塗りしていなかったので、このことがわかりました。

 つまり、資源エネ庁は隠そうとして黒塗りしたが、環境省はそこまで気が回らなかった。そのため、現状の保管タンク設置場所以外にも土地を探すべきという意見を聞かぬふりして、土地の地権者に打診すらしていなかったということがバレてしまった。その上で、タンク設置場所が満杯だから海洋放出するというのだ。
 はっきり言おう。原発周辺には、汚染で住めなくなった土地、耕せなくなった広大な土地がある。この先、数十年(もしくは数百年)にわたって放棄しなければならない土地だ。そこの地権者と話し合って、タンク設置用の土地を取得することは可能なはずだ。ところが政府と東電は、その交渉すらしていないという。事故が終わっていないことの象徴のように見えるタンクをさっさと片付けてしまいたい、そのための海洋放出だ。
 「おいおい、本気かよ!」

4. 汚染水放出・その2

 さらに、「おいおい、本気かよ!」の怪しげなリクツがある。放出水の放射性物質の濃度を「薄める」というのだ。それ、おかしいだろう!
 海洋放出すれば、海水によって必然的に濃度は薄まる。それなのに、放出前に海水で薄めて流すという。海水で薄めて海へ流す? なんで薄める必要があるのか。いくら薄めたって放射性物質の放出絶対量は変わらない。薄めることによって「基準値以下ですから放出しても大丈夫」と言いたいだけだろうが、薄めようがそのままだろうが、放射性物質の放出絶対量は同じ。同じように海を汚染する。
 「塩分摂りすぎだから、薄めて摂取すれば大丈夫ってリクツと同じだ」とぼくがツイートしたら、待ってましたとばかり「同じ量でも薄めて、何日間かで塩分を摂れば大丈夫に決まっている」などという反論がけっこう来た。ものすごくおかしい。ぼくは何日間にも分けて、などと言っていない。
 人間の場合は、何日にも分けて摂取すれば、排泄物や汗になって少しずつ排出される。したがって体の中にはある程度しか残らない。だが、海はどこへ排出できるというのか。海にはそれ以上の排出先などないのだから累積していくしかない。いくら広いと言っても、海にも限りがある。海は汚れる……。
 「おいおい、本気かよ!」 である。

5. ワクチン

 究極の「おいおい、本気かよ!」は、誰が何と言おうが「東京オリンピック」だろう。先週もこのコラムで東京オリンピックの問題点についてはさんざん指摘したから、今回は繰り返さない。
 ただ、これだけは言っておく。危ないぞ! と。
 河野太郎ワクチン担当相は、まるで大殊勲を挙げた武将のように「ワクチンは確保できる“見込み”だ」とドヤ顔で繰り返す。あくまで“見込み”に過ぎないのだが、各マスメディアは一斉に「12日から全国でワクチン接種が始まりました。高齢者から始まりましたが、該当者は全国で約3600万人です」と大きく報道した。まるで、今すぐにでも3600万人の高齢者(ぼくもそうだ)に接種が開始されるような報道ぶりだ。
 その一番手として取り上げられたのが、東京・八王子市だ。ところがよく見ると、八王子市の高齢者は約15万人。それに対し、供給されたワクチンはたった1950人分。あとはいつになることやら。
 12日の接種は、全国でたったの1139回に過ぎなかった……(呆)。
 河野ワクチン相によれば「6月いっぱいには、全高齢者に摂取できると“思う”」そうだ。ここでも、思う、だよ。“見込み”と“思う”では、確実なことは分からない。
 なんとしてでもオリンピック開催を強行したい菅政権にとって、7月に始まるオリンピック前(6月中)にはなんとかコロナを落ち着かせたい、そのためにはワクチン接種しか手段がない。
 だが、それはあくまで河野大臣の(というより菅首相の)希望的観測であって、ワクチンの準備が完了しているわけではないのだ。一般市民の接種に関しては、今年中(2021年)に終えられる可能性はほとんどないという。そんな中でオリンピックが開催されれば、どうなるか?
 ついに「まん延防止等重点措置」という妙なお触れが出た。なんで「緊急事態宣言」ではなく、こんな中途半端な措置をとるのかぼくにはよく分からないが、ともかく東京を含めてかなり切迫した状況になっているのは間違いない。そこへ、最低でも数万人といわれる選手・関係者・報道陣が来日する。まだ、一般人はまったくワクチン接種していない「ワクチン後進国ニッポン」へやって来る。何が起きるか、想像するだに恐ろしい。
 これこそ、究極の、「おいおい、本気かよ!」

6. その他

 他にも、「おいおい、本気かよ!」案件 はいっぱいある。面倒臭いからひとまとめだ。

◎「まん延防止等重点措置」ってヘン。東京の三鷹駅周辺では「脱北」という言葉が流行っているという。三鷹駅の北口は武蔵野市だが北口は三鷹市。三鷹市は重点措置には指定されていないが武蔵野市は指定区域。つまり、北口では飲食店が8時までだが、南口は9時まで営業が可能。そこで、北口から南口へ客が流れてくる。これを「脱北」と呼んでいるそうな。笑い話みたいだが、北口飲食店は頭を抱えている。この指定、まさに「おいおい、本気かよ!」である。

◎神奈川県相模原市の19人殺害現場「津久井やまゆり園」で、東京パラリンピックの聖火を採火するという企画、ぼくはさすがに耳を疑った。えっ、あの惨劇の場所でお祭りの火を採るって、それこそ、「おいおい、本気かよ!」だ。遺族たちは神奈川県と相模原市に中止を要請したという。まさに、遺族の心の傷に塩を塗り込むような行為だと思う。この企画をしたパラ関係者たちの意識を疑う。

◎12日付のニューヨークタイムズ紙は「感染が収まらずワクチン接種も進んでいない東京での五輪開催は最悪のタイミングであり、一大感染イベントになりかねない」として再考すべきだと強調する記事を掲載した。ついに海外からも、「おいおい、本気かよ!」と疑問をつきつけられたわけだ。でもさ、それを報じる日本のメディア各紙各局は、どう思っているんだろうね。

◎これも五輪ネタだが、大阪では聖火リレーが公道ではなく万博記念公園で、無観客でひっそりと行われている。有名人たちがニコニコと凍った笑顔を作りながら公園内をクルクル回っている。あの笑顔、いったい誰に向けたものか。痛々しい。感染者がついに1000人を超えた大阪で、しかも無観客の公園での白々しいリレー。吉村知事に、「おいおい、本気かよ! そんなことやってる場合じゃないだろう!」を謹んで捧げよう。

◎DHCという化粧品会社がある。ここの吉田嘉明会長という人物が凄まじい。もうツイッターなどでも炎上しているし、NHKでも取り上げられ、東京新聞の「こちら特報部」でも徹底批判されているから内容はご存知の方も多かろうが、そこら辺のネット右翼諸士も尻尾をまいて逃げそうな極端なヘイトコメントを連発している。すでにコリアン系が日本の中枢を牛耳っている、毎日ものすごい数の帰化人が誕生している……などと自社のサイトに書き込んでいる。「おいおい、本気かよ!」の見本みたいなものだけれど、吉田氏の場合、どうも本気も本気らしいから始末に悪い。

 まったく溜息しか出てこない。しかし、いま真剣にぼくらが「おいおい、本気かよ!」をつきつけなければならないのは、菅自民党政権に対してだろう。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。