第172回:人間には2種類ある……(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

今年の夏は……

 よく「人間には2種類ある。〇〇な人と✕✕な人と」なんて言い方をする。だいたいはあまり当てにならない喩えでしかないけれど、ひとつだけ、ぼくもなるほどなあと思う言い方がある。
 「いずれ良くなると考える人と、また悪いことが来ると考える人」
 たとえば冬が終わりかけていると「ああ、もうすぐ厳寒の冬が終わるなあ」と思う人と「イヤだなあ、また酷暑の夏が来る」と思う人。どちらにしても、いずれ夏が来ることに変わりはないけれど、受け取り方がまるで違う。あなたはどちら?
 でも今年は、ほとんどの人が「今年ほどイヤな夏になりそうな年もないな」と感じているのではないか。わりと楽観主義のぼくでさえ、そう思っている。

「3罰」推奨の恫喝大臣

 むろん、ぼくなんかとは比べ物にならないほど「近未来」に悩んでいる人は多い。とくに居酒屋など飲食店の人たちのダメージは深刻だろう。テレビニュースを見ていたら、ある焼き鳥店のご主人が「どうすれば、政府はこんなひどいイジメを考え付けるんでしょう」と怒りを語っていた。
 西村康稔経済再生担当相が打ち出した脅迫じみたコロナ対策のことだ。
 ほんとうに、なぜ菅政権はこれほどまでに飲食店を目の敵にするのか。これでは「3密」どころか「3罰」だ。

 ① グルメサイトで「密告」を奨励
 ② 酒類の卸売り業者に、要請に応じない飲食店との取引を中止するよう「依頼」
 ③ 金融機関に対して、融資先の飲食店への要請・命令の遵守等の働きかけを「依頼」

 7月8日、こんなことを、記者会見で西村大臣が、図表を使って説明したのだ。なんだかとても素晴らしい名案を思いついたような得意顔だった。ぼくは、ほんとうにイヤ~な気分になった。
 もはやこれは、中小飲食店への“死刑宣告”に等しいじゃないか。居酒屋が酒を断たれたらどうすればいいんだ。しかも酒ばかりではなく、営業資金をカタにとって脅しにかかるという悪辣さ。西村が“恫喝大臣”といわれるゆえんだ。
 大批判が巻き起こるのは当然だった。
 するとさっそく、加藤官房長官は「金融機関への要請はしない。西村大臣は気をつけてほしい」と、政府はまるで関知していないような顔で、西村大臣に責任をおっかぶせてトンズラを決め込んだ。さらに菅首相も翌9日、「西村大臣の発言は承知していない」などと逃げの一手の無責任。
 だけどねえ、金融機関を動かすなんてことを、一大臣が独断で決められるわけがない。単なる思いつきではなく、菅首相や財務省とは協議していたはずだ。そうでないなら、事前に詳細な図表を用意していたことの説明がつかない。
 実際、国税庁酒税課から酒類業中央団体連絡協議会というところへ「酒類の取引停止についての『依頼』」という文書が出されていたのだ。政府が関知していない文書を、勝手に国税庁の一部門が出すわけがない。あの「赤木ファイル」を思い起こせば分かるだろう。最近の官僚は、政府の顔を見なければ動かない。「依頼」とは言っているが、国税庁のお達しだ。断れば、税務署の査察という恐ろしい手が待っている。
 「金融機関からの圧力の要請」も同じことだ。官邸と財務省が承知していなければ、西村大臣個人が出せるわけがない。政府ぐるみで「飲食店イジメ」をやっているのだ。それが炎上したので、慌てて撤回という茶番劇。

居酒屋を生贄に

 ではなぜ、政府がそんな理不尽なイジメをやるのか?
 コロナ禍でのオリンピック強行に、国民はいまだに納得していない。開催の瀬戸際の現在でも、国民の意識は「最低でも無観客」が圧倒的多数を占める。国民の本音は「中止」なのだが、もはや菅とバッハのゴリ押しを止められそうもないのだから、それならせめて「無観客」で、ということだろう。
 そこで政府が打った手が、誰かを生贄(いけにえ)にする戦法。それがこの「飲食店イジメ」だ。弱いものを標的にして、他のみんなの溜飲を下げさせる。人間にとって最低の卑しいやり方だ。
 つまり、こんな屁リクツだ。
 「政府としては、有観客での東京オリンピックを成功させたい。しかし、感染者増加に伴って、ついに4度目の緊急事態宣言を出さざるを得なくなった。酒類を提供する居酒屋などで感染が増えていることも原因と思われる。無観客にせざるを得ない原因のひとつは居酒屋にあるのだ。したがって、そういう類の店の営業自粛を進めることでクラスター等を防ぎたい」
 コロナ感染拡大の原因を居酒屋に押しつけて、政府自らの責任回避を図ろうという、まことに卑劣な策略である。
 百歩譲って感染原因のひとつが飲食店にあるとしても、営業自粛を要請するならば、それに見合った補償が先決であるはずだ。緊急事態宣言の期間は、無条件で飲食店(酒類卸店も含む)へ休業補償をする。それも、事後ではなく事前に支給する。
 そんな手当のシステム構築もせずに、ひたすら「イジメ」としか思えぬバカ政策ばかりを押し付ける。押し付けられるほうはたまったもんじゃない。

西村康稔氏という人

 西村大臣というのは高圧的な人物だ。
 ツイートでも大炎上したが、当初は「融資を制限するという意味で言ったのではない。感染防止策の徹底を考えてもらえれば……」などと、言い訳にもならないモグモグ発言でごまかし、謝罪すらしなかった。
 オレのどこが悪いのか、との開き直り。やっと謝罪・撤回したのは、発言から4日も経った11日だった。遅いよ、バカ者! 「酒類販売卸業者への依頼」は13日になってようやく政府が取り消したが、すでに時遅しである。

 発言炎上の真っ最中の7月10日に、西村氏はどこで何をしていたか?
 彼の姿はなぜか、地元の神戸市にあった。翌11日に兵庫県知事選の応援に立つ、という名目だった。さすがに地元では「私の発言で皆さまにはご迷惑をおかけした。コロナを抑えたいという一心から出た言葉でした」と釈明したという。
 傲岸不遜を絵に描いたような人柄の西村氏が、大問題の最中に、普段は顔を出すこともない知事選の応援にやって来たのは、炎上逃れだったと地元では言われている。このSNS時代に、東京にいなければ炎上を回避できると考えていたなら、それは単なるおバカさんでしかない。
 ま、ついでだから触れておくけれど、丸川珠代五輪担当相も、同じ日、神戸にやって来て斎藤元彦候補(無所属だがむろん自民党)の応援演説をしている。オリンピックがもう泥沼状態なのに、それを投げ出して神戸へ知事選応援なんかやっている場合か。
 オリンピックを、担当大臣が捨てちゃったのかね。
 菅政権、メチャクチャである。

 「ワクチン接種でオリンピックはうまくいくと考えている人」と「そんなことで成功するわけがないと考える人」……。
 世の中に、そんな2種類の人がいるとは到底思えない。
 もしいるとしても多分、1000対1にもならないだろうよ。
 
 

浮き世のことなんか知らないよ……と、我が家の半野良猫ナゴは、庭の草むらの小さなベンチでのんびりしています

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。