第194回:小さな記事から見えるもの(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

 なんだか、自然が怒っているような気がする。オミクロン株の猛威で世界が震えあがっているところへ、トンガ近辺での大噴火。
 土曜日の夜に、噴火のニュースは知っていたが、まあ、噴火ってよくあることだし…と思って寝てしまった。ところが日曜の朝、起きてみたら「津波警報、すぐに逃げて!」とテレビが大声で警告している。ビックリ仰天だが、幸い日本への影響はそれほどでもなかったようだ。しかし、トンガの状況はまるで分らない。小さな島国、みなさんの無事を祈るばかりだ。
 それにしても、今年の大学受験生は気の毒である。大雪に脅かされ、ナイフでの傷害事件に直面し、さらにはオミクロン株と、そこへ津波警報でまさに四重苦。ただ「めげずにガンバレ!」とエールを送るしかない。

極小記事① ミサイル到達誤認

 話は変わるが、時折、新聞の小さな記事にとても大事なことが書かれていたりする。なんでこんなに小さいのかと、紙面の大きさを決めたキャップの判断力を疑うこともあるが、ぼくは、小さな記事をなるべく大事に読む。
 こんな記事が目についた。毎日新聞(1月15日夕刊)の極小記事である。短いので全文を引用する。

米軍、本土到達と一時誤認
 北朝鮮による日本時間11日のミサイル発射を受け米西海岸の空港運用が短時間停止した問題で、CNNテレビは13日、米軍が一時的にミサイルの本土到着を予想したと報じた。数分後に本土への脅威はないと修正したが、その前に連邦航空局(FAA)が空港からの離陸停止を指示していた。米軍が誤認した原因は不明。【共同】

 これを読んだとき、ぼくはぞっとしたのだ。そして、こんなことが実際に起きていたことに驚いた。
 「米軍が一時的にミサイルの本土到達を予想した」とある。もしそれが事実なら、米軍は当然ながら、反撃準備に入っていたに違いない。つまり、米側も北朝鮮を標的にしたミサイル発射の準備にかかっていたと考えてもおかしくはない。誤認が解けなければ、北朝鮮は米ミサイルに爆撃され、ピョンヤンは破壊されたかもしれない。そして同時に、沖縄や岩国の米軍基地から、北朝鮮へ向けて爆撃機が飛び立っただろう。
 さらに、この記事ではよく分からないのだが、連邦航空局も空港からの離陸停止を指示していたとある。とすれば、全米における航空運輸のすべてを司るFAAもまた誤認していた、ということなのか。
 それならば、国家機関も軍部も誤認していたということになる。すわ、ミサイル攻撃だ、対抗の反撃を! ということになったら、あっという間に世界は破滅する。

米情報機関の劣化

 ウクライナにロシアの工作員が潜入、わざと騒乱を誘発する工作を行って、それを口実にロシア軍が介入するというシナリオがあると、アメリカの情報機関が政府にレクチャーしているという。しかし、あのイラク戦争の際の大量破壊兵器の件や、今回のアフガン撤退時のタリバンの首都掌握のスピードを読み違えるなど、米情報機関の情報収集能力の衰えを指摘する声は多い。
 では、ウクライナ情勢や台湾有事の情報など、どこまで信じていいのか、という疑問が出てくる。情報が違っていれば悲惨なことになる。
 「大量破壊兵器の存在を認めてイラク戦争に突入したことが、私の終生の失敗だった」と述べたのは、最近亡くなった米国初の黒人国務長官パウエル氏だった。誠実で緻密な思考の持ち主と言われたパウエル氏でも、情報機関の恣意的な誤情報に踊らされたのだ。
 これが日本だったらどうか。
 「敵基地攻撃論」を声高に叫ぶ安倍氏や高市氏に引きずられて、岸田首相までうかうかとそれに乗ってしまう可能性はかなり高いと思う。彼らに入る国際情勢に関する日本の情報など、むろんCIAやMI-5、モサドなどに及ぶはずもない。CIAでさえ能力の衰えを指摘されているのだから、いわんや日本においてをや、である。
 彼らに「敵基地攻撃力」などを与えてしまったら、ほんとうにヤバイ。ぼくは本気で危惧するのだ。

極小記事② NHKの字幕捏造

 小さな記事を、もうひとつ。
 こちらは、毎日新聞(16日朝刊)だが、これも短いので全文を。

NHK字幕問題でBPO報告要求
 NHKのBSスペシャル「河瀨直美が見つめた東京五輪」が事実に基づかない不適切な字幕を放送した問題を巡り、放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会は14日、番組の制作過程などについて、NHKに対し文書で報告を求めることを決めた。

 新聞はいまだに「不適切な字幕」などという言葉を使っている。これを「不適切」などという表現はまさに「不適切」だ。明らかに「言ってもいない言葉」を字幕で流したのだから、「捏造」と言うしかないではないか。
 NHKは番組の中で「反五輪デモ」を貶めるためにテロップを捏造した。「国策であるオリンピック」に反対する連中に対しては何をやってもいいとでも思っていたのだろう。つまり、NHKは「国策」には絶対的に従うということだ。まさに政府広報である。そんな放送局に、なぜオレたちがカネを払わなければならないのか、腹が立つ!
 それはともかく、やっとBPOが動いた。まだ、「NHKに報告を求めた」という段階らしいが、その報告がいい加減なものだったら、BPOとしても正式に動かざるを得なくなるだろう。徹底的に審査してほしい問題である。
 SNS上では、昨年暮れ(21年12月26日)の放送直後からかなり話題になっていた件だ。しかし、残念ながら新聞は、NHKが一応の謝罪(とはとても言えた代物ではなかったが)をした1月9日になるまで、ほとんどこの件には触れていなかった。テレビニュースではほぼ完全無視だった(これはぼくが見た範囲内の話で、どこかのテレビが伝えていたなら、教えてください)。
 テレビの腰の引け方は尋常じゃない。何がそんなに怖いのか。いや、もはや現場の若いディレクターたちには「批判的視点」など「それって何?」なのだろう。
 だが、何はともあれ、独立機関であるBPOが、NHKに対し「文書で報告せよ」と通告したのだ。いかにNHKが劣化した報道機関であるとはいえ、BPOを無視するわけにはいかない。何らかの調査と報告は必要となる。
 その際に、大きな調査点として浮かびあがるのは、やはり河瀨直美監督の関与の問題だろう。
 河瀨氏は10日に公表した〈言い訳コメント〉の中で、「本番組においては、私は被取材者の1人ですので、事前に内容を把握することは不可能です」と言っている。
 何とも奇妙な言い訳である。たとえ「事前に内容を把握することは不可能」であっても、何を撮影するのか、何のための撮影か、は把握していなければおかしい。さらに、撮影取材後に(事前にではない)、それがどのようなものであったかを確認することは「可能」だったはずだし、またそうするのが義務だろう。
 河瀨氏もNHKも、これで一件落着、幕引きにしたいのだろうが、そうは問屋が卸さない。直接取材したという島田角栄氏からもきちんとした説明が求められる。NHKからどんな報告がBPOに届くのか、それを見てBPOがどう動くか。これは、NHKという〈国策放送局〉の曲がり角である。

 それにしても、ぼくはこの河瀨直美監督には心底がっかりだ。
 権力との距離感をはかれない人は、権力に近づいてはならない。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。