『ガザとは何か~パレスチナを知るための緊急講義』(岡真理著/大和書房)

 昨年10月7日、イスラム組織ハマスによる越境攻撃に端を発したイスラエルによるガザへの報復攻撃が始まって半年。ガザの死者は3万3千人を超え、破壊された住宅数は7万棟以上、地区面積の62%に達した。保育器が使えず息絶えようとしている新生児、血だらけの子どもを抱えて走る男性、天を仰ぎ慟哭する女性……。この世の地獄のような光景は、いったいいつまで続くのか。
 それにしても「10・7」は衝撃的だった。音楽祭を楽しんでいた多くのイスラエル市民が拉致、殺害され、ネット上には残虐な映像が溢れた。“ハマスのテロ”に全世界が震撼した。
 「また始まったのか、あそこは民族や宗教が複雑に絡み合っていて、ずっと揉めているからね」「何千年にも渡るアラブ人とユダヤ人の運命的な争い」「どっちもどっち。憎しみの連鎖、報復の連鎖は終わらない」。そんな諦めとも無関心ともつかない呟きが、大方の日本人の反応だったと思う。
 だがイスラエルの攻撃は瞬く間に「報復」の程度を超えた。政府高官がハマスを「ヒューマンアニマルズ(人畜)」と呼び絶滅を宣言、空から陸からの攻撃は狂気じみてきた。あまりの激しさに世の中の雰囲気は変わってきたが、テレビのニュース解説のフリップは「ハマス対イスラエル」と、スポーツの対戦のような図式で示されたし、「良識」あるコメンテーターらは「先に手を出したハマスの蛮行は許されないけれど、イスラエルはやり過ぎ」と、話の頭に「ハマスのテロ」をまず言い訳のように置いて、イスラエルをたしなめるといった口調だった。
 一体何が起きているのか。本当に“どっちもどっち”なのだろうか。喧嘩両成敗的に語られることに違和感を感じていた時にYouTubeでたまたま見つけたのが、アラブ文学研究者岡真理さんの、10月20日に京都大学で行われた「緊急学習会 ガザとは何か」だった。
 岡さんはキッパリと言った。「今起きていることはジェノサイドです……イスラエルという国家は、入植者による植民地国家であり、パレスチナ人に対するアパルトヘイト国家です……ハマースの奇襲攻撃は占領軍であるイスラエルに対する抵抗として、国際法上認められている抵抗権の行使です」
 あまりの熱弁に圧倒され、2時間近くパソコン画面に釘付けになった。出かける予定があったのに、すっかり忘れて引き込まれた。岡さんの訴えは、一刻の猶予もないというほど切羽詰まっていて、魂を激しく揺さぶられられた。
 その講演と数日後、早稲田大学で行われた「ガザを知る緊急セミナー 人間の恥としての」をもとに編集、再構成されたのが本書である。
 著書の中で岡さんがまず、語気を強めて糾弾するのは、パレスチナ問題を「暴力の連鎖」「憎しみの連鎖」という言葉に落とし込むマスメディアの報道姿勢だ。ことの本質は何か、問題の根源は何か、その根本に立ち返って報道することなく、“どっちもどっち”と傍観する。イスラエルによる占領支配という歴史的文脈を捨象して、“中立的立場”に立つことで、ジェノサイドに加担している。紛れもない政治問題を「人道問題」にすり替えている、と。その結果「10月7日とそれ以降の出来事の全てが『ハマスによるテロ』に還元されて、出来事の根源にある問題を問わない構図が出来上がっている」とも。
 半年経って、イスラエルの暴虐が誰の目にも明らかになって、メディアの報道も国際世論も変わってはきたけれど、それでも一部には「イスラエルを批判するのは反ユダヤ主義」という声が根強い。
 その根底には「ホロコーストを生き延びたユダヤ人がようやく手に入れた祖国だから」という「腫れ物」に触るような遠慮があるのではないか。だがそれは「離散と帰還」というシオニズム神話に過ぎないことを、本書で知った。
 すなわちイスラエル建国とは「ヨーロッパのユダヤ人が、パレスチナというアラブ人がもともと住まうアジアの土地にヨーロッパ人である自分達の国をつくる、つまり当時のヨーロッパ人が持つアラブ人、ムスリム人、アジア人などに対するレイシズムと、ヨーロッパ人、西洋白人が軍事力の行使によって、彼らの土地に自分達の国を持つのは当然だとする植民地の精神」が具現化したもの、と岡さんは喝破する。
 そして「イスラエルは、パレスチナに対するありとあらゆる暴力を自分たちがユダヤ人であること、ホロコーストの犠牲者であることを持って正当化して、自分達に対する批判の一切合切を『反ユダヤ主義』だと主張してきました」「問題の根源は入植者による植民地主義です。問われているのは植民地主義的侵略の歴史(アメリカ合衆国、カナダ、オーストラリア、そして日本の満州国)にどう向き合うかということ、まさに日本人の問題でもあるのです」と続ける。

 岡さんの講演の後の質疑応答では、「戦況の行方」とか「国連は、アメリカは日本は何をすべき?」といったよくある質問でなく、「今私たち一人ひとりにできることは?」という声が相次いだ。歴史の傍観者でいることを許さない気迫のこもった講演を、本書とともに視聴して欲しい(文中の講演以外に、デモクラシータイムス「池田香代子の世界を変える100人の働き人96人目・岡真理さん」もおすすめ)。

(田端薫)

*記事を読んで「いいな」と思ったら、ぜひカンパをお願いします!