令和書籍、自由社、育鵬社…… 歴史教科書、どうなってるの? 平井美津子さんに聞いてみた

今年は4年に一度の、中学校教科書の検定・採択の年。学齢期の子どもの親でもなければ(あっても?)、学校教科書を手に取ったり、その内容に触れたりする機会はなかなかないかもしれません。でも実は今、特に歴史や公民に、とんでもない教科書が登場し、文部科学省の検定も通ってしまっているのをご存じでしょうか。
どの教科書にどんな記述があるのか、その何が問題なのか。歴史教科書の内容について、以前「この人に聞きたい」にも登場いただいた、中学校社会科教員の平井美津子さんに詳しく解説いただきました。

※こちらの記事もぜひあわせてお読みください。
【寄稿】中学校新教科書で戦争と平和・憲法の学びはどうなる? (石山久男)https://maga9.jp/240626-4/

「検定意見の数が減った」のはなぜか

 まず、今回の教科書検定全体の大きな特徴の一つとして、「検定意見の数が減った」ことを挙げておきたいと思います。
 教科書検定では、教科書会社が作成した見本を文部科学省の教科書調査官が2年がかりでチェックして、問題があると感じたところに「検定意見」を付けていきます。意見が付いたところは、基本的には修正しないと検定に通りません。
 この「検定意見」の数が、前回(2020年)の検定では全教科・全社の教科書をあわせて4775件あったのが、今回は4312件と、463件も少なくなっています。「最初から間違いが少ない、いい教科書になったんかな?」と思ってしまいそうですが、そうではありません。
 なぜなら、教科書検定は単なる「間違い探し」ではないからです。2014年に、領土問題、歴史問題など、近現代史において「政府の統一的な見解」がある場合はそれに基づいて記述するように、という項目(政府見解条項といいます)が検定基準に加わりました。その「見解」に沿っていない書き方をすると検定意見が付けられてしまうということで、教科書会社は最初から検定意見が付かないよう細心の注意を払っているんですね。領土問題について、ある出版社の担当者の「どんなチェックが入るかはだいたい見通しが付いているから、あえて地雷を踏むような書き方はしない」という発言も報道されていました。

 実際、領土問題についてはどの教科書会社もほとんど同じ、金太郎飴のような記述になっていると言っていいと思います。「尖閣諸島は日本固有の領土」、「竹島は韓国に不法占拠されている」……。また、菅内閣のときに「従軍慰安婦」「強制連行」という言葉が、教科書で使うのに「適切ではない」と閣議決定されたことを受けて、「従軍慰安婦」「強制連行」という言葉も使われなくなっています。「子どもたちにこんなことを教えよう」という思いよりも、「検定意見が付かないよう無難な表現に」ということのほうが優先される状況になっているんですね。

危険な3社の歴史教科書とは?

 その中で、今回は主に歴史教科書についてお話をするわけですが、この歴史というのは全教科の中でもっとも教科書の種類──つまり、教科書を出している会社が多い教科です。今回の検定では9社の歴史教科書が通りましたが、たとえば国語や理科は4社ですし、音楽のように2社のみの教科もあることを考えると、いかに歴史が注目されているかが分かると思います。やはり、歴史は子どもたちの歴史観や国家観に直接的に影響を与えるということで、若い世代に「国への誇り」「愛国心」などを植え付けたい人たちが参入してくるんですね。2番目に数が多いのが道徳の教科書(7社)というのも、そういうことだと思います。「愛国心」そのものは決して悪いものだとは言えませんが、独りよがりの独善的な認識を植え付けるものであってはいけません。
 さて、私も参加する、よりよい教科書や教育を求める市民団体「子どもと教科書全国ネット21」では、その9社のうち3社、自由社、育鵬社、令和書籍の教科書が、歴史修正主義に基づく「危険な教科書」だと考えています。
 自由社と育鵬社の教科書は、もともとは同じグループから生まれてきたものです。始まりは1996年の教科書検定で、すべての中学校教科書に日本軍「慰安婦」についての記述がなされるようになったこと。これに反対する当時の自民党若手議員──安倍晋三さんや高市早苗さんがその中にいました──たちが翌年、「日本の前途と歴史教育を考える議員の会(発足当初は「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」)」という議員連盟を作ります。続いて、これに呼応するかのように、保守系の研究者などによる「新しい歴史教科書をつくる会(以下つくる会)」が発足。さらに同じ時期に、政治団体の「日本会議」も正式に設立されます。
 この3つの団体が産経新聞などの右派メディアとタッグを組んで、従来の教科書に対し「反日史観」「自虐史観」だという攻撃を繰り広げます。そして「自分たちで新しい教科書をつくる」と、2001年から歴史と公民の教科書を出版、検定にも合格しました。これが今の自由社の教科書ということになります(当初は扶桑社から出版)。
 ただ、この教科書はあまりにも復古主義的で、現代の歴史学研究の成果からは大きくずれていたために、採択する自治体や学校はほとんどありませんでした。そこで「これでは自分たちの主張が子どもたちに伝わらない、もっとソフトな路線を狙うべきだ」ということで、「つくる会」内部で分裂が起きます。そうして「つくる会」を飛び出した人たちは2006年に「日本教育再生機構」という団体を立ち上げ、今度は育鵬社から教科書を出版するようになりました。

 たしかにこの育鵬社の教科書は、自由社や後で述べる令和書籍の教科書ほど露骨な主張は書かれていません。そのためか検定合格後、自由社の教科書とは違ってシェアをぐんぐん伸ばしていくことになりました。
 それが顕著になったのが、2015年に安倍政権が教育委員会制度を変えて、地方自治体の首長が教育委員や教育長を選ぶことができるようになってからです。自治体の教科書の採択に権限を持つのは教育委員会ですから、歴史修正主義的な考えを持った首長が自分に思想信条の近い人物を教育委員や教育長に選べば、教科書採択に影響力を及ぼすことができる。私の地元である大阪でも、大阪市、河内長野市、東大阪市など日本維新の会系の首長がいる自治体で、次々に育鵬社の教科書が採択される事態になりました。

近隣諸国への偏見を助長する教科書

 ただ、「子どもと教科書ネット」を含め危機感を抱いた人たちが広く反対運動を展開したこともあり、前回の教科書採択(2020年)の際には、育鵬社の教科書は採択数を大きく減らしました。そこに今回、令和書籍という、3冊目の歴史修正主義の教科書が参入してきたわけです。
 この令和書籍の教科書は、実はこれまでにも4回検定に申請して4回落ちています。そのときと内容がそれほど変わったわけでもなく、今回も検定意見がなんと106箇所も付きました(下記参照)。続いて多い自由社でも65箇所、東京書籍が60箇所ですから、異常に多い。この時点で「そもそも、なんで合格したんやろ?」と思わずにいられません。

各社の歴史教科書の修正箇所数

出版社 訂正数
令和 106
自由社 65
育鵬社 39
東京書籍 60
帝国書院 37
日文 32
教育出版・学び舎 27
山川 16

 令和書籍は一応出版社の体裁を取っていますが、実際には社長である作家の竹田恒泰さんの個人商店と言っていいと思います。巻末にある執筆者名を見ても、普通は歴史の教科書なら歴史学を専門とする大学教授などが参加されているのですが、令和書籍の場合はそれがない。竹田さんご自身と、あとは大学生や大学院生と一緒に作ったそうです。アカデミズムの権威が必要というわけではありませんが、竹田さんも歴史学者ではないし、「専門家ではない人たちだけで書いた教科書って、どうなん?」とまず思ってしまいます。
 そして、テレビで見たことのある方も多いと思いますが、竹田さんという方は「明治天皇の玄孫」を自称していて、あちこちで「日本国憲法は駄目だ、大日本帝国憲法と教育勅語こそが日本人の背骨を作った素晴らしいものだ」という考え方を披露しています。『笑えるほどたちが悪い韓国の話』なんていう著書があることからも分かるように、民族差別を助長する発言も繰り返してきました。
 中国、韓国、共和国(北朝鮮)を非常に「悪い国」として印象づけようとする。これは後でも触れますが、自由社、育鵬社の教科書にも共通する特徴です。これから平和で民主的な国を作っていくべき子どもたちに、近隣諸国への差別意識や偏見を植え付けるような、そんな教科書を手渡すことは絶対にしたくないと思うのです。

令和書籍の教科書、どこが問題?

 ではまず令和書籍から、具体的な特徴や記述を見ていきましょう。

「歴史」ではなく「国史」。明らかに事実ではないことが書かれている

 令和書籍の教科書は、正確には「歴史」ではありません。表紙に「国史」とあります。普通、中学の歴史の授業はホモ=サピエンスの登場など「人類の誕生」から始まるんですが、そういう世界史的な観点がなくて、あくまで「国の歴史」なんですね。そして、最初に出てくるのは『古事記』にあるさまざまな「神話」。イザナギ、イザナミ、そして神武天皇が……というものです。
 私は社会科の授業で生徒たちに「神武天皇がいたのは2600年前らしいけど、そのころって何時代か知ってる?」という話をします。子どもたち「縄文時代」って答えます。「それってどんな時代? 身分制度とかあった?」「ない」「身分がないのに天皇なんているはずないよね?」という話になる。そんなふうに、明らかに事実ではないと分かることを子どもたちに「歴史」として教えていいんでしょうか。
 もちろん、従来の歴史教科書でも神話を取り上げることはありますが、その場合は本文とは別扱いの「コラム」にすることがほとんど。それを本文で扱うということは、子どもたちにこれは実際にあった「歴史」だ、と教えることになってしまいます。

通常の「歴史」では扱わない特殊な事象にページが割かれている

 最初のほうにどーんと大きく掲載されているのが、歴代天皇の系図。その後の本文にも、私も名前をよく知らない、通常の歴史の授業では絶対に取り上げないような天皇の名前がたくさん出てきます。竹田さんにとっては、歴史とは「天皇が作るもの」なのでしょう。
 さらに、日露戦争のときの「戦艦三笠」やアジア太平洋戦争のときの「戦艦大和」の写真も、それぞれ1ページまるまる掲載。「このページを使って授業をしなさい」と言われたら、私は困ると思います。
 全体を通して、本文に書かれているのは竹田さんの妄想としか思えない「物語」のみ。一方、本来歴史の授業で教えなければいけないことは、「一応書いておかないと検定に通らないから」という感じで、注釈のような形で欄外などに書かれている。受験勉強だけの観点から見ても、まったく話にならない教科書だと思います。

戦争を美化する。民衆の苦しみは描かれない

 これも自由社、育鵬社と共通ですが、戦争について書かれていても、そこに「戦争に駆り出されて死んでいった人々」の姿はありません。あるいは、戦地で食べ物もなく餓死・病死していった人たち、家族が死んでしまった人たち、労働力を奪われて貧困に苦しむ人たち、親を失って路頭に迷う孤児たち……そうした民衆の苦しみがまったく描かれていないんですね。
 そして「お国のために勇ましく、自分の命を顧みずに戦った」人たちを華々しく礼賛する。挙げ句の果てには、米軍の飛行機に突っ込んで死んでいった特攻隊員たちを「散華した」と書きます。彼らは行きたくて行ったわけじゃない、ほぼ強制的に、行かざるを得ない状況に追い込まれて死んでいったのに、まるで自らすすんで国のために戦ったかのように、徹底的に美化して描くわけです。

明治天皇をとことん礼賛する

 竹田さんの「高祖父」だという明治天皇は、他社の教科書ではせいぜい「大日本帝国憲法は明治天皇が臣民に授けるという形でつくられた欽定憲法だった」というところで出てくる程度。でも、令和書籍の教科書では徹底して礼賛されます。たとえば、「日本を小国から大国に押し上げた天皇」と題されたコラムでは、こう書かれています。

 明治天皇の時代は、優秀な政治家たちが命をかけて政治に没頭した時代です。明治天皇は能力ある政治家たちを的確に信任激励なさり、その威光は彼らに勇気と力を与えました。明治天皇なくして我が国の近代化はなかったといえます。

 「明治天皇なくして我が国の近代化はなかった」。そんなわけありませんよね。そういえば、「的確に信任激励」とか、妙に難しい言い方をしたがるのも令和書籍の教科書の特徴です。
 また、教育勅語についての文章でも、「偉そうに国民に道徳を命ずる」他の国の帝王とは違い、「天皇自ら(教育勅語に書かれている内容を)実践すると宣言している」世界に類を見ない内容だ、と明治天皇を持ち上げます。そして、そのような教育勅語を、国民は「修身道徳の根本規範として受け入れた」と書くんですね。実際には、受け入れたのではなく無理矢理押しつけられたものだったことは、皆さんご存じだと思います。

「慰安婦」の存在を否定する

 これが、私がこの教科書を許せないと考えている一番の理由です。この一点だけに絞っても、この教科書を子どもたちに手渡すべきではないと思います。
 令和書籍の教科書では日本軍「慰安婦」について、実際に女性たちが「慰安婦」にされた戦時中についての章ではなく、戦後の日韓関係のところで扱っています。しかも、その見出しが「蒸し返された韓国の請求権」。この時点で、「もう片がついたことなのに蒸し返してくる、韓国って嫌な国だよね」と言いたそうな悪意を感じますよね。
 「慰安婦」という女性たちがどのような存在であったかについては、こんなふうに書きます。

日本軍が朝鮮の女性を強制連行した事実はなく、また彼女らは報酬をもらって働いていました。また、日本軍が彼女らを従軍記者や従軍看護婦のように「従軍」させ、戦場を連れまわした事実はありません。彼女らのほとんどが死亡したといった事実もないのです。

 そして、「慰安婦」問題という「事実に反すること」が世界に宣伝され、韓国から謝罪や賠償を請求されるようになったのは、朝日新聞が吉田清治という人物の証言、いわゆる「吉田証言」を載せたせいだとする。さらに、のちに朝日新聞はこの吉田証言が誤りだったとして取り消しました、と続けるのです。
 これだけ読んだら、「慰安婦」はやっぱりお金をもらって働く売春婦だったんだな、朝日新聞が間違ったことを書いたせいで事実と違うことが広まってしまったんだな、と思いそうです。でも、実際は朝日新聞が取り消したのは吉田証言だけで、他の「慰安婦」についての報道は何も取り消していません。さらに「慰安婦」に関しては近年研究が進展し、朝日新聞の記事に頼らなくてもその存在や実態を裏付けるものがたくさんあります。そういった事実を一切無視して、自分たちの都合のいいように問題をすり替えて記述しているわけです。

「近隣諸国条項」に反している令和書籍の教科書

 そもそも、教科書検定には「近隣諸国条項」というものがあります。1980年代、高校の歴史教科書の検定の際に近隣のアジア諸国への日本軍の侵略が「進出」と書き換えられたことに対して近隣諸国から抗議の声が上がり、国際問題化しました。これを受けて、近隣諸国に関わる近現代の戦争などを扱う際には、「国際理解と国際協調の見地から必要な配慮がなされている」ことが求められるようになったんです。
 じゃあ、なんで令和書籍のこの記述が検定で認められたの? と思いませんか。実はその背景には、政府の「ダブルスタンダード」があります。
 日本政府は1993年、「慰安婦」問題への旧日本軍の関与を認め、「おわびと反省」を表明する「河野談話」を出しました。これは今も政府の公式見解とされていて、外務省のホームページにも掲載されています。ところが外務省は近年、外に対してまったく違うことを言っているんですね。
 「元慰安婦の方々が苦労されたことは理解しているけれど、彼女たちが強制的に連行されたということを示す文書はない」と国連で発言し、「慰安婦」にされた少女たちを悼む少女像がある海外の自治体に「慰安婦像は日本を貶めるものだから撤去してください」と要求したりもしている。河野談話とは裏腹に、まったく反省の色を見せていないんです。こういう外務省の、そして政府のダブルスタンダードがあるために、令和書籍の教科書を「近隣諸国条項に反している」という理由で不合格にすることはできなかったんじゃないでしょうか。

 もちろん、教科書の内容を知った韓国政府からはすでに抗議も来ています。何より、現代の国際社会においては、「慰安婦」の問題は歴史問題である以上に人権問題であるとして捉えられています。戦時における、女性に対する最悪の人権侵害だという認識ですね。世界中からその視点で見られているということを、日本政府はもっと自覚すべきだと思います。今のままでは「自分の国が犯した人権侵害に、いまだに正面から向き合えない」「性暴力に対してこんな認識しか持っていない」、そんな国だということを、世界中に宣伝することにしかなりません。
 さらに言うなら、竹田さんはこの教科書を「公立中学で使ってもらうつもりはない、これからの日本を背負って立つエリート男子校で使ってもらいたい」と言っています。この言い方自体がどうかと思いますが、もし本当に男子校でこんな教科書が使われたら、授業の中で「お金を払えば女性の身体を買ってもいいんだ」と教えるようなものじゃないでしょうか。それもとても怖いことだと思います。

自由社、育鵬社も……

 ここまで説明してきた令和書籍の教科書を読んで、自由社の教科書編集者が「うちはあんなに極右じゃない、中道です」と言ったそうですが、もちろんそんなことはありません。自由社と育鵬社、また令和にも共通するいくつかの点についても触れておきたいと思います。
 まず、令和書籍のところで触れた歴代天皇の系図は自由社の教科書にも載っています。神武天皇を初めとする神話が本文の中に載っていて、まるで本当の「歴史」であるかのように扱われているのも同じです。
 また、特徴的なのが日露戦争の扱いです。自由社、育鵬社とも、この戦争を「日本が強大なロシアを打ち破り、世界の列強の仲間入りをした素晴らしい戦争」だったと位置付けています。他の教科書で書かれているように、ここから日本が欧米の帝国主義諸国の一員として、アジア諸国を侵略していくことになるという観点はまったくない。戦費調達のための増税にあえぐ民衆の姿も見えてきません。自由社は、戦地へ送る毛布などを寄付した実業家らがいたことを取り上げ「当時の日本人は日露戦争を『わがこと』のように考え、さまざまな努力や協力を惜しまなかった」と結んでいます。
 それから、関東大震災における朝鮮人虐殺。令和と自由社はそもそも、取り上げてさえいません。育鵬社は書いているだけマシといえるのかもしれませんが、その書き方が問題です。「混乱の中で、朝鮮人や社会主義者が、住民たちの作る自警団などに殺害されるという事件が起きました」。殺戮には警察や軍隊も加わっていたはずですが、そこが免罪されている。そして、「なぜ」殺されたのかも書かれていない。少なくとも、「朝鮮人が井戸に毒を入れている」といった根拠のないデマや流言があったことは絶対に書かないと、なぜ虐殺が起こったのかが分からないですよね。
 沖縄戦についての記述も、3社共通の姿勢が見えます。一言で言えば「沖縄県民かく闘えり」という姿勢。県民はみんなよく戦った、頑張ったという書き方です。戦場で命を落とした学生たちのことは書かれていても、彼ら彼女らが拒絶できない状況で従軍「させられた」ということは出て来ない。「集団自決」についても、「住民たちが自決に追い込まれた」と書いてあるだけで、他社のように軍隊の強制や誘導については触れていません。
 そのように、学問としての歴史学の成果がまったく反映されておらず、「こうあってほしい」という思い込みや押しつけばかりが書かれている、というのが3社に共通の特徴だと思います。戦争は支配者の側から見た書き方ばかりで、それによって苦しむ民衆、あるいは他民族に対する視点がまったく欠落している。「けなげに自ら国のために戦った」民衆しか出て来ないんです。
 そして、戦争で日本が受けた被害は大きく扱うけれど、加害については触れようとしない。大日本帝国憲法や教育勅語を礼賛し、今の憲法はアメリカの「押しつけ」だから変えないといけない、という方向に導こうとする。その先に何があるのかということを、まず考えなくてはならないと思います。
 また、教科書全体としては近年、ジェンダー平等や多様性についての記述が急速に増えてきているのですが、この3社の歴史教科書にはジェンダーの視点が欠落しているということも指摘しておきたいです。歴史上の人物として取り上げられる女性の数が極端に少ないのが実情なんですね。一方で、令和書籍の教科書には女性天皇だけが何人も登場している。この教科書が何を重視しているかをよく表していると思います。

戦争や差別のない未来を作るために

 一般の書籍と違って、教科書は「主たる教材」とされ、ある意味子どもたちに「強制される」ものです。学校で「この教科書を使うのは嫌だ」と拒否することは基本的にはできない。その状況で、こうした戦争を賛美し、排外主義を認めるような教科書の中身が子どもたちに教え込まれるとしたら、本当に恐ろしいと思います。
 私はそもそも国による教科書検定はなくすべきだという考えですが、検定するのであれば少なくとも、政府や出版社の見解ではなく学問の到達点に立ってその記述が妥当かどうかを判断すべきでしょう。「慰安婦」の問題一つとっても、近年はさらに研究が進んで、新しい証拠の文書が見つかったりもしている。それを完全に無視して「強制性はなかった」と主張する3社の教科書は、単なるプロパガンダだと思います。教科書を、自分たちの政治主張を押しつけるための手段としてしか見ていないんじゃないでしょうか。
 各自治体や私立学校がどの教科書を採択するかはまだ分かりませんが、正直なところを言えば、令和書籍の教科書はあまりに極端すぎて、ほとんど採択はされないだろうと予想しています。ただそれだけに他の2社、とりわけ「ソフト」な育鵬社の採択が増える危険性はあるでしょう。
 じゃあ、もし本当に自分の住む地域で、そうした教科書が採択されてしまったらどうするか。採択の期限は8月31日なので、教育委員会議での選定作業はすでに終わっているところが多いかもしれません(終わっていなければ会議の傍聴もできます)。ただ、採択が終わった後からでも「どうしてこの教科書を採択したのかを明らかにせよ」と、選定プロセスについての情報開示請求をすることはできます。
 通常、教育委員会議での議論の際には、選定委員会や調査委員会が先に数冊(私の地域では3冊です)に絞り込み、その中から使用する教科書を選ぶという流れになっています。ところが以前ある自治体で、選定委員からは上がってきていなかった育鵬社の教科書が教育委員会議で突然提案されて、そのまま採択されてしまうということがありました。そうした不透明なプロセスでの選定がないかどうかも、開示請求することで明らかにできるはずです。
 保護者や市民の立場から、教員に「先生、実際に使ってみてどうですか?」と聞いてみるのもいい。「やっぱりこんな教科書は使うべきじゃないと思う」という意見を教育委員会に出し続けたり、信頼できる市議会、区議会議員さんに「この教科書は問題が多いと思うけど、議会で取り上げてもらえませんか」と頼んでみることもできますね。地域のいろんな場所で「教科書、ここの会社のを使うらしいけど大丈夫かな?」と話題にしていくのもいいと思います。さまざまな形で声をあげていくことが、次の検定や採択の結果につながるんです。
 「子どもと教科書全国ネット21」では、教科書検定制度の見直し、特に先に触れた「政府見解条項」の削除を求める運動も展開しています(ちなみにこの条項が検定基準に入れられたときの文科大臣および自民党プロジェクトチームのチーフは、ともに今「裏金」問題が指摘されている下村博文さん、萩生田光一さんでした)。戦争や差別のない、子どもたちが安心して暮らしていける未来に向けて、本当に必要な教科書とはどんな教科書なのか。多くの人に関心を持ち続けてもらいたいと思っています。

(取材・構成/仲藤里美)

平井美津子(ひらい・みつこ) 1960年生まれ。大阪府大阪市出身。立命館大学文学部史学科日本史学専攻卒業。奈良教育大学大学院教育学研究科修士課程修了。大阪府公立中学校教諭、大阪大学・立命館大学非常勤講師。子どもと教科書大阪ネット21事務局長。大阪歴史教育者協議会常任委員。専門は、日本軍「慰安婦」問題、沖縄戦。『「慰安婦」問題を子どもにどう教えるか』(高文研)、『生きづらさに向き合うこども  絆よりゆるやかにつながろう』(日本機関紙出版センター)など著書多数。最新刊は『「近現代史」を子どもにどう教えるか』(高文研、共著)。

*記事を読んで「いいな」と思ったら、ぜひカンパをお願いします!