森永卓郎さん×井上智洋さん(その1)株価は上がってもデフレ脱却ができないわけ

 近年、加速度的にテクノロジーの進歩が進み、2030年には汎用人工知能開発の目処がたち、第4次産業革命が起きる、との専門家の見立てがあります。人間と同じような知的なふるまいをするAIが登場するのも時間の問題です。そうなった時、雇用はどうなる? 私たちの生活はどうなる? 経済システムの構造はどのように変化する? とさまざまな疑問や不安が渦巻きます。近未来は、あらゆる人々が豊かで平和に暮らすことのできるユートピア社会なのか、それとも一部の資本家とAIに支配される超格差で不平等なディストピア社会になるのか?
 マクロ経済の専門家であり、AIと未来社会に関する著書のある森永卓郎さんと井上智洋さんに、アベノミクス6年目の現状の把握から、近い将来に起こるべく大きな社会転換に備え、納税者で有権者である「市民」が知っておくべき問題や考えておきたい課題について、わかりやすく語っていただきました。3回に分けてお届けします。

年収の中央値が300万円時代、アベノミクスの評価は?

井上 森永さんが『年収300万円時代を生き抜く経済学』(光文社)で、年収300万円時代がやってくると予言していたのが、今や現実になってきましたね。

森永 今、所得階級別に見ると、200万円台と300万円台の人たちの数がちょうど同じぐらいで、ボリュームゾーンの中央値が300万円です。あの本を出版したのは2003年ですが当時は、「森永は(年収300万円時代と言って)恐怖をあおって、本を売ろうとしている。そんなことが日本に起こるわけない」とみんな言ってました。

編集部 それが15年経って、その通りになってしまったわけですね。森永さんの「予言」というか「予測」は、本当によく当たるので、今回も将来の展望について、おおいに語っていただきたいところです。
 さてまずは、安倍政権下の経済政策であるアベノミクスについてですが、今年で6年目に入りました。首相は1月4日の年頭記者会見で、デフレ脱却に全力を挙げる考えを重ねて強調しましたが、安倍政権のここまでの経済政策の評価は、どうでしょうか? 日本経済は上向きになったと言われていますが。

森永 アベノミクスの三本の矢である、金融緩和、財政出動、成長戦略のうち、効果を発揮したのは、99.9%金融緩和政策によるものです。前の白川方明総裁の時には、民主党政権末期までの7〜8年、全く資金供給を増やさずにやってきました。リーマンショックの後、欧米が一気に金融緩和政策に出た中で、日本だけがそれをやらなかった。その結果、円が足りずに円が高くなるという当たり前のことが起こり、1ドル70円台の超円高になり日本経済が失速したという構図です。
 政権交代後に安倍さんが黒田東彦さんを日銀総裁にして、資金供給を2年かけてじわじわと2倍に増やす金融緩和政策をやった。今まで全くやらなかった日銀が動いた効果はすごく大きくて、為替もすぐ100円台になり、株価もすぐに2倍になって、労働市場も劇的に改善した。大学で学生の就職状況を見ていると、この5年間は地獄から天国です。5年前は、うちの大学でも企業を100社訪問しても1社も内定をとれないという人が何人もいましたが、昨年は夏休み前で、私のゼミは全員内定決まってましたね。

井上 森永先生のゼミだからというのもあるかもしれません。うちのところは少々苦戦していました。

森永 ただ、デフレ脱却はできていないんですよ。なぜ、デフレ脱却ができていないかというと、井上先生のご著書『ヘリコプターマネー』(日本経済新聞出版社)にも書いてありますけど、(貨幣量)のパイは大きくなったものの、いわゆる庶民の家計や中小企業、そして地方にはお金が回っていない。増えたパイは、ごく一部の大企業とくごく一部の富裕層が独占しているからなんです。庶民にお金を回せば、絶対にデフレからは脱却できるんですが、それをどうやるかということなんです。

お金はどのようにまわっているか

井上 アベノミクスの評価については、森永先生がおっしゃったことと重なりますが、金融緩和の効果がかなりあったというのは、賛成です。しかし家計にはお金が流れていかなかった。なぜそういうことになってしまったのか。ここでちょっと経済の専門用語を使ってざっくりと説明をしておくと、「貨幣量」には、2種類あります。マネタリーベース(日本銀行が供給するお金の量)とマネーストック(市中に出回るお金の量)です。
 まず民間銀行は日本銀行の当座預金にお金を蓄えています。金融緩和をすると、民間銀行の日本銀行に持っている当座預金に、お金がどんどん積み上がりマネタリーベースは増えますが、民間銀行が企業に貸し出しをしないと、お金は世の中に流れていきません。すなわちマネーストックが増えません。ここに一つお金の目詰まりがあります。さらに企業が内部留保という形でお金を抱え込むことで、またお金が目詰まりを起こしています。企業にあるお金は、本当は賃金という形で庶民の家計のほうに流れないといけないのですが、賃金は上がっていませんから、お金がまわらないのです。
 そこで従来の経路を変えて、新たにお金を流通させる経路をつくらないといけません。一番いいのは、家計に対して政府が直接お金を給付するというような形です。そこで私は「ヘリコプターマネー」が必要だと言っているんです。

編集部 「ヘリコプターマネー」では、家計に直接お金が配給されるのでしょうか?

井上 そうです。政府や中央銀行のような公的機関が、空からヘリコプターでお金を降らせるかのように、貨幣を市中に配給するイメージです。例えば、日銀が一万円札を発行してそれを国民全員に配るようなイメージですね。あくまでもイメージで、実際に現金である必要はありませんが。
 一方で消費税率を5%から8%に切り上げたというのは、言ってみれば逆ヘリコプターマネーです。ヘリコプターマネーのやり方として、給付するやり方もありますが、減税でもいいわけです。減税と金融緩和をセットにする方法は効果があると思いますが、今は増税と金融緩和がセットになっている。消費税率を引き上げた後に、せめて財政支出のほうを増やしていればよかったんですが、年金に対する支出は増えている一方、それ以外のところはむしろ減っていたりもする。そんな状況なので、マネーストックも増えない(正確には増大率が低い)、庶民にお金が行かない、消費需要が増えない、それでは物価も上がらないでしょう。
 今、人手不足なので、少し賃金が上がってそれにつれて物価も上がってくる可能性というのはあると思いますが、就職活動を諦めちゃって長年働いていなかった人とか、ずっと家庭にいた主婦の人とか、そういう人たちがまだまだ労働市場に出てくる可能性というのはあるので、本格的に賃金上昇するのはまだ先の話になるかもしれません。今の人手不足状態は、企業にとっては苦しいかもしれませんけれども、持続的にインフレ率が2%を超えるまでは、金融緩和と財政支出の増大、もしくは減税というものを続けないと、デフレからの脱却はかなり難しいだろうと思っています。

財政再建化の必要をあおって消費増税?

編集部 しかしこんな状況なのに、2019年10月には、消費税率10%に切り上げると言ってますね。教育無償化と財政再建化をその使い道に当てるとのことですが。

森永 今までの歴史を見ると、消費税率を上げた部分というのは、ほぼ全て法人税減税などの富裕層及び大企業の減税に回っています。財政再建にも社会保障にも一切使われていません。

編集部 えっ!そうなんですか?

森永 これはもう、幾ら言ってもほとんど理解してもらえないんですが、私は日本の財政は、先進国の中では世界一健全だと思っています。例えば、北朝鮮からミサイルが飛んできた時も、為替市場で何が起こったかと言うと、円高になったわけです。なぜ、円高になるか。世界中の投資家が日本の国債を買ったからです。戦争の危機のときに、財政破綻している国の国債を世界の投資家が買うかといったら、そんなことはあり得ません。また、今の日本が何で世界一金利が低いのか。それも財政破綻していたらあり得ないことです。実際に財政破綻したギリシャは、国債金利が40%を超えたことがあります。
 世界の投資家の間では、日本の財政は健全だということはみんなわかっているのに、日本国民だけが、日本の財政はとてつもない借金を抱えていて、財政破綻状態にある。消費税を上げないと財政が破滅するって信じこんでいるんです。

編集部 昨年12月の朝日新聞と東大・谷口将紀研究室の共同調査の世論調査では、消費増税分の使い道について、政治家(衆議院議員)の84%は教育無償化をあげ、有権者は67%が財政再建を望むという結果が出ていました。

森永 マスコミが煽るからでしょう。もうこれは一種の新興宗教並みの洗脳です。日経新聞でも、何か危機が起きると、世界の投資家は安全通貨の円と安全資産の日本国債を買うと書いておきながら、財政は破綻しているなどと書く。それじゃあ、矛盾しているだろうっていう話です。

井上 私は「市場は正直」という言葉をよく使っていますが、結局、市場が国債を買っていますからね。市場参加者は、ほとんど誰も本気で財政破綻するなどと思っていないということです。

消費税のからくり

森永 消費税を上げても一切懐が痛まないのは、勝ち組と言われる人たちですね。そこが、庶民もわかっていないところなんですが、お金持ちは消費税を全く払ってないんです。私の知っているお金持ちで自分の会社を持っていない人は1人もいません。全員、会社を持っていて、クルーザーに乗るのも、車に乗るのも、ゴルフに行くのも、銀座のバーで飲むのも、全部会社の経費にします。会社が納めるべき消費税から広告宣伝費、厚生費、接待交際費も含め経費分は仕入控除にしますから、消費税なんか1円も払わないわけです。彼らがわずかに負担しなきゃいけないのは法人税なんです。だから、法人税を下げろと圧力をかける。一方、消費税は上がったところで痛くもかゆくもないから、消費税で増税をという構造になっているんですね。
 お金持ちは、目先の自分の利益だけ考えているからそうなるんですが、本当は彼らの商売相手も最終的には庶民なんですよ。だから、庶民をどんどん追い詰めて庶民の所得をなくしていったら、彼らの商売もいずれだめになるというのが、何でわからないのかなと思います。

井上 日本の経済学者の主流には、消費増税賛成な人が結構多いんですよね。森永先生や私は、むしろ少数派です。もう4〜5年も前になりますが、そうそうたる日本の経済学者たちが、増税せよという提言に名を連ねていました。それを見て、絶望的な気持ちになりましたよ。(笑)

森永 なぜ、増税賛成派の学者がはびこっているかというと、学者が政府にこびを売ると、例えば何とか審議会の委員とかというポストが回ってくるわけですよ。今はだいぶ制約は緩くなってきたんですけれども、私がまだシンクタンクにいたころは、例えば国勢調査の個票データとか家計調査の個票データって、政府寄りの人しか使えなかったんです。そうすると、無能な学者でも、誰も使ったことのないデータを使って計量分析するから、研究論文の成果が出るんです。誰も使っていないんだから、新しい研究成果が出るんですよ。学会でも一定の評価が得られる。そういうのを積み重ねてどんどん御用学者になっていく。それから役所の関連団体の理事長など、学者も天下りができますね。個室がついて、秘書がついて、交際費がついて、海外旅行がつく。ちょっとぽんぽんと「渡り」をすると、そのたびに大きな退職金がもらえるという、もう高級官僚と全く一緒の世界がそこにはある。しかしね、あなたたちは何のために学者になったんですか、と問いたいですよ。

とんでもなく不公平な税負担

森永 私が許しがたく思っているのは、日本の今の税制が、とんでもなく不公平になっていることです。日本の場合は、社会保険料も実は税金とほとんど一緒です。年収500万円ぐらいのサラリーマンの場合は、地方税、住民税が10%、所得税も10%なんです。社会保険料は、厚生年金、健康保険、雇用保険等々で、15%ぐらい払っている。そうすると、35%は税金と社会保険料にもっていかれます。しかし例えばお金持ちの場合は、所得源は株式の売買益と配当なので、不労所得の税率は住民税と社会保険料も含めて20%です。何百億円という所得がある人の税率が20%で、一般のサラリーマンが35%も払う。とてつもなく不公平だと思うんです。

井上 お金持ちの人たちがどんな風に節税をしているかについて、全然詳しくありませんでしたが、森永先生のご著書『雇用破壊』(角川新書)を読んで、いろいろ知りました。お金持ちは、それなりに税金をいっぱい払っているというイメージを持っていました。多分普通の人もそう思っているでしょうね。

森永 普通の一般の人は、お金持ちとの接点を持っていないですからね。お金持ちの共通点は、誰一人働いていないということなんですよ。私は、働かずにカネを稼ぐ人、カネにカネを稼がせる人たちを「ハゲタカ」と呼んでいます。

井上 昔流で言うと、資産家ということでしょうか?

森永 資産家だったらまだいいんですけど、今の新興のお金持ちの稼ぎ方は、ざっくり言うと「博打と詐欺と泥棒」なんですよ。例えば、すかいらーくがMBO(マネジメント・バイアウト/企業買収の一形態。経営陣による株式の買い取り)で上場を廃止したということになっているんですけど、あの時すかいらーくを傘下に入れたアメリカの投資会社がやったのは、すかいらーくを1回非上場にして、その間に再上場させて数千億円はもうけてましたね。東芝メモリも同じ目に遭いましたね。3兆円ぐらいの価値はあると言われていたのに、結局、1兆9,000億円で買われてしまった。

井上 投資家が買い叩いたということですか。

森永 そうです。そもそも、東芝の経営を傾けたのは、ウエスチングハウスという原子力企業でババをつかまされたから会社が傾いたのであって、立ち直るときに、また火事場泥棒でもっていかれた。「ハゲタカ」たちは、そんなことばっかりやってるんですよ。
 そういう人たちが、とてつもない所得を得ている一方で、税金はほとんど払っていない。額に汗して働いて稼いだ勤労所得は低い税率で、あぶく銭は高い税率でというのが、本来の税制の姿だと思うんですが、今は真逆になっています。

編集部 相続税についても、森永さんは以前よりその不公平さを指摘されていますね。

森永 財源がないというなら、何で相続税に手をつけないんだか、私は全然わからないんですけど、今、2,700兆円の純資産が、不動産も含めると日本にはあるんですよ。30年で世代が入れかわると仮定すると、1年間に平均して90兆円の遺産が出ているはずなんです。例えばここに50%課税すると45兆入ってくるんですよ。ところが、今、実際の相続税収って1兆何千億円しかないんですね。何故ならそれは、資産を持っている人にはかなりの優遇がなされているからなのです。
 例えば自宅の不動産は、330平方メートル(約100坪)までなら「小規模宅地などの特例」として相続評価のときに、80%の減額があります。東京の新宿あたりで100坪だと、坪3,000万として30億。そんなのを、ぼーんと8割も減額する必要は、全くないと思うんですが。相続税については、「特例」という名のそういった仕掛けが無数にあるんですよ。

(その2)につづきます

(構成/塚田壽子 写真/マガジン9編集部)

井上智洋(いのうえ・ともひろ)駒澤大学経済学部准教授、早稲田大学非常勤講師、慶應義塾大学SFC研究所上席研究員、総務省AIネットワーク化検討会議構成員。慶応義塾大学環境情報学部卒業、早稲田大学大学院経済学研究科博士課程単位修得退学などを経て現職。博士(経済学)。専門はマクロ経済学、貨幣経済理論、成長理論。著書に『人工知能と経済の未来』、『ヘリコプターマネー』、『人工超知能—生命と機械の間にあるもの—』など。

森永卓郎(もりなが・たくろう)獨協大学経済学部教授、経済アナリスト。東京大学経済学部卒業、日本専売公社、経済企画庁、UFJ総合研究所などを経て現職。テレビやラジオ、雑誌、講演でも活躍中。主な著書に『年収崩壊』『年収防衛』『雇用破壊』『庶民は知らないアベノリスクの真実』など多数。50年間集めてきたコレクション約10万点を展示する「B宝館」を所沢にオープンさせ話題に。