第104回:香港の地域コミュニティ再生事業vs高円寺北中通り商店街の長老たち(松本哉)

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 近年、来日外国人はうなぎ上りに増えているとのこと。高円寺もここ数年は本当に外国人を多く見かけるようになった。高円寺の北中通り商店街にも、我らが「マヌケ宿泊所(Manuke Guesthouse)」があることもあり、多くの海外からの人が訪れる。と、なって来ると、もはや日本に住む人々との激突は免れない。といってももちろんケンカじゃなくて交流の方ね。

香港16人衆の登場

 …というわけで、今回やってきたのが大量の香港人。香港で地域コミュニティの再生事業をやっている若者たちのグループで、総勢16人。これはにぎやかだ。香港は言わずと知れた巨大経済都市で、しかも土地が少ないため開発とジェントリフィケーション(こぎれい化)が半端じゃない大都市だ。日本も地域社会なんてどんどんなくなって来ていて、孤独な個人が国や会社に直属しているような感じになっているけど、香港はそれがもっと極端な感じ。そんな中で、香港の古き良き地域の文化や建物などを守りながら地域社会を残していこうという事業だ。
 今回来た人たちは、「藍屋(Blue House)」というプロジェクトをやってる人たちが中心で、100年ほど前に建てられたような古いビルをリフォームして、昔からその地域にいるようなおじいちゃんおばあちゃんなど元々の住民たちと活動している。もちろん老人だけじゃなく、近所のチビッコ達や、そんな地域コミュニティに入って何かやってみたい若者たちも参加して、いろんなことをやっている。例えばその藍屋の一階にはいろんなお店があり、上の階には昔からの住民も住んでるし、若者のアートやものづくりなどのオフィスもある。その地域の昔の写真や資料などの展示スペースもあった。建物も少し改築していて、今まで独立していた三棟ある建物にたくさんの渡り廊下をつけ、入居者などが移動するときにいろんな人にすれ違って挨拶をしてしまうような構造になっている。

改装前の藍屋。これは貫禄がある!

 ちょっと余談だけどこの藍屋、なぜ青なのかがまた面白い。まあ普通に青く塗られた建物なんだけど、昔は普通の地味な色だった。この藍屋計画が始まる前、政府が古い建物をちょっとはキレイに見せるために塗装をしたりしていたんだけど、そのとき偶然青い塗料がたくさん余っていたので青くなっちゃった。なぜかというと、中華文化圏では青は死後の世界のイメージがある色のため、あまり人気がなく、青ペンキも余ってたらしい。青くなった後は、近所の老人たちからも「縁起でもないねえ」とあまり評判は良くなかったという。確かに日本でも線香の箱とか葬式で出てくる弁当の包み紙、葬儀屋のホームページの色なんかで青系をよく見る気がする…。なるほど、やっぱり死後の世界だったのか!
 さて、そんな香港グループ、実はその中心メンバーの一人とは数年前から知り合いで、自分も1~2度、この藍屋にも訪れたことはあった。そして、その東京案内人として選ばれたのが、元高円寺住民で現在は実家の福岡でくすぶっている江上賢一郎氏。この江上くんは写真を撮る人で、海外、特に近年はアジア圏を中心にオルタナティブスペースや独立文化圏をウロチョロして、撮影をしたり文章を書いたりしている人で。江上くんもこの香港人とは知り合いだ。そんな関係もあり、今回東京での滞在先に選んでくれたのが、我らが北中通り商店街のマヌケ宿泊所。
 そんなことで大挙して訪れ、いきなり商店街が広東語で埋め尽くされ、賑やかなんてもんじゃない。これはなんだか景気がいいね~。ともかく1週間足らずの滞在期間でいろんなところを回りたいということで、東京近辺のいろんな独立空間やアートスペース、博物館、展示、ライブ、いろんなものを見て回っていた。しかし、そこは大東京。なかなかディープな地域交流のあるところはそこまで多くはない。うーん、せっかく東京まで来てくれたからには何か地域と触れ合う機会も作らねば。江上くんと相談し、せっかく高円寺の北中通り商店街にいるんだったらと、この連載でもおなじみの商店街の重鎮たちとの交流イベントを企画した。
 そこで、北中通りの元会長の店「藪そば」にて大宴会が行われることになった。開発のめまぐるしい香港では藪そばのように50年ぐらいやってる店なんかも珍しくなって来ているので、これはちょうどいいに違いない! ということで、商店会長や役員の人たちにも声をかけて、ささやかなとんでもない宴会は開催されたのだ!

藪そば店内にてすし詰め状態に。左端は斉藤会長

北中通りに激震! 謎の新型電球で大パニックに

 まず先に、今の商店街の状況を軽く解説しておこう。商店街の最大の関心事は何と言っても新しくできた街灯だ。最近20~30年ぶりに建て替えてLED化したんだけど、長老たちはなんのことやらよくわかってない人も多く、「謎の新型電球で電気代が安くなるらしい。どういうことなんだ!」と大パニックになり、ともかくみんなで商店街で餅つきをやって祝うというイベントが行われたのも記憶に新しい。その時は、白い紙に黒と朱色の墨で「祝LED 餅つき大会」と書かれた張り紙が商店街中に張り出され、ほぼ原住民の村に初めて電気が通ったみたいな様相だった。
 で、謎の新型街灯ができて町をあげての祝賀ムードになったのはいいんだけど、その平和も長くは続かなかった。先日、商店街の街灯につけるのぼり旗を設置する作業があり、同じく役員の古本酒場の店主と一緒に街灯にハシゴをかけて作業をしていた時、その元会長の藪さん(85)が鬼の形相で現れて「おい、どけ。俺にちょっと登らせろ!」と、ハシゴに登り始めた。登りながら藪さん、「いつも向かいの斉藤さん(現会長の電気屋さん)の方が先につくんだよこの街灯。いつも夕方うちの方が暗くて向こうばかり明るくて、こんちきしょう…」と、ブツブツ言いながらハシゴをよじ登り始める。どうやら、夕方になって暗くなって来るときに自動で点灯するセンサーがどうも気に入らないらしい。商店街の人も「藪さん危ないよ」「死んじゃうよ!」と声をかけるが、「うるせえ! 平気なんだよ、これぐれえ」と、全く人の話など聞かず、このままあの世まで行っちゃうんじゃないかってぐらい、とんでもない高さまでハシゴを登っていく。で、何をするかと思えば、黒いガムテープを小さく切り、明るさを測るセンサーに半分ぐらいそれを貼る。下から見ていると、よろけながら作業してる藪さんがいつ落ちて来るかとヒヤヒヤしてハシゴを支えてるが、なんとか無事に作業を終え、満足げに降りて来る。「これでこっちの方が先に反応するから、先に電気がつくな。そらみろ、どうだってんだい!」みたいなことを言いながら、勝ち誇ったように蕎麦屋に引き上げて行った。どうも、どっちの街灯が先について明るくなるかの熾烈な戦いがあるようだ。なんとか、同時につくようなシステムにしてくれないもんかね~。いやー、それより生きて帰って来てよかった!

商店街で日本語のわからない香港人相手にひたすら日本語で話し続ける藪さん。通訳なし

ゴングは鳴った! 藪そば大宴会開始!

 さて、そんな問題が渦巻き、ローカル過ぎる話題しかない北中通り商店街と香港人たちの交流会。宴会が始まるやいなや、続々と現れて来る面々。
 まず長老側の筆頭としては新型電球のセンサー問題で渦中の現会長の斉藤電気さん。彼はモロに学生運動世代で、労働運動を経て個人店を営むようになった根っからの左派で若者たちへの理解もあるが、酔っぱらうと説教くさくなるという典型的な感じだ。そして、対する期待の新人として最近商店街の執行部入りしたのが不動産屋さん(といっても会長と同世代の団塊世代)で、「僕は根っからの保守だ」と豪語し、酔っ払うと自民党や高度成長期の日本の素晴らしさを語り出す、これまた典型的な人。という感じなので、たまにこの二人がバトルになることもあるが、そんなイデオロギーですまないのが商店街という地域社会で、結局みんなで仲良くやらないとしょうがないというのがまた面白いところ。そして、藪さんは遊びと金と女にしか興味ないという完全な戦後闇市世代。そんな商店街の長老たちが続々と登場し、やぶそば自慢の蕎麦や天ぷらなどの料理や酒が振舞われ、カオスな大宴会が開始!
 最初の方は自己紹介に始まり、お互いのいろんな興味から「香港の家賃の制度はどうなってるの?」とか「高円寺にはどうしてこんなに商店街や個人商店が多いのか」などの質問をし合って、世代も土地も違う面白い交流が行われた。お互い地域に関して興味があることもあり、すごい有意義だった。そしてどんどん打ち解けて来ると、いつものパターンでどうでもいい話になってきて、藪さんが若い頃にどっちが商店街の真ん中を歩くかでチンピラと死闘になった話とか、くだらない話が始まったり、香港人が広東語を教え始めたり、バカ話などで楽しくなって来る。いやー、これはいい交流会だ!

恐怖! 開戦寸前の商店街飲み会!

 ただ、北中通り重鎮たちの飲み会で懸念されることがひとつある。そう、ちょくちょく酔っ払って大ゲンカになること。誰々が商品券配り間違えたとか、やれ福引で身内が旅行券当てたとか、それこそ自民党がどうのこうのとか、些細なことで怒鳴りあいになり、殺せ殺せの大騒動に発展することもある(翌日はケロッとして元の関係に戻ってる)。う~ん、せっかく香港から地域コミュニティを見学に来てくれてるのに、80代と70代とかで取っ組み合いのケンカなんかになったらどうしようと、これまたヒヤヒヤして来る。酒が入って来るとみんな自分勝手なことも言い出すので、危険性はより高まって来る。いや~、そろそろそのタイムに入って来たか!?

みんなで記念撮影。なんとかBARにて

 しかし、香港の過度の資本主義による競争社会と、中国政府による管理社会化の二重の圧力で大変な社会という、絶妙な社会状況の混迷具合がそれを救った! 
 斉藤さんは、やっぱり資本主義の乱開発は民衆にとって良くないなどと語り、「そうそう」と香港人たちとわかり合っている。不動産屋さんは、中国政府の圧力はやはり大変だよ、と語り「ウンウン」とまた香港人たちとわかり合う。一方、藪さんは「香港の女の子はかわいいねえ」とご満悦でどんどん無料の酒が出て来る。みんな別々の話してたけど、重鎮たちもみんな機嫌よくなって来た。いや~、よかったよかった。最後は会長が「商店街のみんなで香港に行こう!」なんて言い出し、めでたく散会。いや~、危ないところだった。

みんなで香港に行こう!

 北中通り商店街には40店舗前後しかなく、みんなが顔見知りにならざるを得ない規模。しかもうまいことに長老クラスの店舗もあれば若手の店舗もあり、うまい具合に混在してる。訪れる外国人も多いけど、単なる観光客って感じじゃなく、海外各地からくる人たちが普通に地元の人と飲んだり話したり交流できる機会も多い。近所の若いやつらだってよく現れる。しかも、行政が仕組んだ地域交流とかじゃなくて、商店の営みの集まりとして自然発生的にこんなことになっている。果たして他にこんな商店街があるんだろうか。身内が言うのもなんだけど、北中通り商店街はかなり珍しいことになってるので、北中通り商店街の行く末は目が離せない!
 しかし、よく考えてみると、香港の老人たちも北中通り同様いろんな人がいるはずだし、その混沌の中で色々やりくりしているのは同じ状況に違いない。うーん、香港カオス老人コミュニティも見てみたい! 世界各地にもそんな地域コミュニティは実はたくさんあるはずだ。これまで若い人たちとの交流が多かったけど、重鎮クラスの社会では、みんな自分の地域からはなかなか出ないし、言葉もローカル言語オンリー。各部族の長老クラス同士の交流なんて一体どんなことになるんだろう…。
 うーん、これは本当に商店街の人たちで香港に行ってみたくなって来た!!!

去年、藍屋に行った時に記念に買ったコースター。昔、藍屋の床に敷き詰められていたタイルのレプリカ。
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松本哉
まつもと はじめ:「素人の乱」5号店店主。1974年東京生まれ。1994年に法政大学入学後、「法政の貧乏くささを守る会」を結成し、学費値上げやキャンパス再開発への反対運動として、キャンパスの一角にコタツを出しての「鍋集会」などのパフォーマンスを展開。2005年、東京・高円寺にリサイクルショップ「素人の乱」をオープン。「おれの自転車を返せデモ」「PSE法反対デモ」「家賃をタダにしろデモ」などの運動を展開してきた。2007年には杉並区議選に出馬した。著書に『貧乏人の逆襲!タダで生きる方法』(筑摩書房)、『貧乏人大反乱』(アスペクト)、『世界マヌケ反乱の手引書:ふざけた場所の作り方』(筑摩書房)編著に『素人の乱』(河出書房新社)。