【薔薇マークキャンペーン×マガジン9】考えよう、経済のこと。松尾匡さんに聞く「反緊縮」ってなんですか?(その1)社会福祉分野に、大胆な公金支出を

統一地方選が終わり、7月には参院選。そんな「選挙イヤー」の今年、一つの選挙キャンペーンが立ち上がりました。消費税増税に強く反対し、福祉や教育分野への大胆な政府支出を求めるなどの「反緊縮」経済政策を掲げる選挙候補者を、「薔薇マーク」認定して有権者に可視化するという「薔薇マークキャンペーン」。増税回避も、福祉や教育への支出拡大も魅力的な提案ではあるけれど、「財政危機」が声高に叫ばれる中で、本当にそんなことが可能なのでしょうか。キャンペーン呼びかけ人のひとり、経済学者の松尾匡さんに、素朴な疑問をぶつけてみました。

■「元栓」を開いて、世の中を循環するお金の量を増やす

──まず「薔薇マークキャンペーン」について教えてください。

 地方統一選挙と参院選に向けて、現政権の経済政策に対抗できる「反緊縮」の選択肢を作り出すため、今年1月に立ち上げたキャンペーンです。すべての選挙候補者に、下記のような「反緊縮」の経済政策を掲げるよう呼びかけ、賛同してくれた候補者に超党派で「薔薇マーク」を認定しています。それによって、有権者が投票する際の参考にしてもらうのが狙いです。

1. 消費税10%増税は凍結する。
2. 介護・保育・医療などに財政出動、雇用を創出する。
3. 最低賃金を引き上げ、過酷な長時間労働を解消する。
4. 大企業・富裕層への課税を強化、公正な累進課税。
5. 4がまだできない間も、2をすぐ実現するため、国債を発行し、低コストで資金調達できるようにする。
6. 公共インフラの充実を図り、公費による運営を守る。

 4月の統一地方選、および衆院補欠選では、全部で22名の「薔薇マーク」認定候補者が当選しました。参院選でも、3名(5月2日時点)の候補者が「薔薇マーク」認定されています。

──「反緊縮」の経済政策について、もう少し説明していただけますか。

 参議院議員の山本太郎さんらと鼎談させていただいたとき(『僕にもできた! 国会議員』収録)、山本さんは、緊縮は「ドケチ」、反緊縮は「ケチケチしてるんじゃねぇ」という考え方だと一言で表現されていました。なかなか的を射ていると思います。
 薔薇マークキャンペーンでは、下の図のようにお金を「水」にたとえて説明しています。水道の元栓を絞り、世の中に循環するお金の量そのものの量を少なくするのが「緊縮」。それでは社会全体に潤いがなくなり、みんな枯れてしまうから、元栓を開いて世の中を循環する水の量を増やす、つまり公的支出の額を拡大するというのが「反緊縮」です。薔薇マークキャンペーンでは、とりわけ医療や教育、子育てなど人々の生活に密着した分野への支出を集中的に増やすべきだと主張しています。

──これまでの日本の経済政策は「緊縮」だったのですか?

 1980年代に、内閣総理大臣の諮問機関である臨時行政調査会の答申を受けて、行政の無駄を削減し、なるべく公的支出を減らすことで財政危機を打開するという「臨調行革路線」が始まりました。そこからバブル期などの例外を除き、基本的にはずっと「緊縮」路線が続いてきたといえます。
 たとえば、1996年からの橋本龍太郎内閣が、消費税の引き上げ、健康保険料の本人負担の引き上げなどの「社会保障構造改革」といった緊縮路線を進めました。しかし、そうして政府が支出を減らせば、つまり水道の元栓を閉めてしまえば、世の中にお金が回らなくなって不景気になる。事実、橋本改革の後の98年には、北海道拓殖銀行や日本長期信用銀行の破綻に象徴されるひどい不況が訪れ、そこから日本は本格的なデフレ不況に突入していくことになります。完全失業者数は跳ね上がり、翌99年には300万人を突破、97年の水準まで戻すには実に2015年まで待たなければなりませんでした。
 さらに徹底した緊縮路線を取ったのが2001年からの小泉政権です。「小さな政府」をスローガンに、郵政民営化をはじめ政府の財産である公共財を民間に売り下げ、公的支出も徹底的に削減を進めていった。「骨太の方針」「聖域なき財政改革」といった言葉の下で、公共事業はどんどん削減され、それに伴って地方都市の衰退が進んでいきました。雇用状況もさらに悪化し、安定した職に就けない若者が大勢生まれたことが、今の「ロスジェネ問題」につながっていく。人口の多い「団塊ジュニア」層が就職できなかったことで出生率が下がり、日本の未来に大きな傷跡を残したのです。
 そのように、水道の元栓を閉めてしまうと、世の中にお金が循環しなくなり、社会全体に潤いがなくなってギスギスしてくるし、人々の生活も追いつめられていく。元栓を開くことでお金の循環をスムーズにし、そういう状況を変えていこうというのが、私たちの掲げる「反緊縮」です。これは近年、欧米左派の間で急速に広がっている考え方でもあります。

■アベノミクスとはどう違う?

──安倍政権の経済政策「アベノミクス」でも、「第一の矢」として「金融緩和」(※1)が掲げられ、積極的な「財政出動」(※2)も謳われていますが、これは薔薇マークキャンペーンの提言とも一部重なりませんか。

※1金融緩和…日本銀行が景気底上げのため、国債買い上げなどによって通貨の市場への供給量を増やすこと
※2財政出動…国のお金を公共事業などに投資することで需要を喚起し、GDP(国内総生産)や消費の拡大を図ること

 私は今のデフレ不況脱却のために、「金融緩和」自体は絶対に必要だと思っていますし、アベノミクスのもとで、ある程度それは進んだと考えています。ただ、そこには実は、十分な財政出動が伴っていませんでした。財政出動がなければ、いくら日銀がお金を出しても一般の人々の間には回りません。
 旗印のとおりの積極的な財政出動が行われていたのは、2012年に成立した第二次安倍政権の初めの1年くらい。それ以降は、むしろ財政出動は抑制される方向にあります(下図参照)。安倍政権の経済政策というのは、最初の1年を除き基本的には「緊縮」であって、薔薇マークキャンペーンが掲げている「反緊縮」とはまったく異なるというのが私の考えです。

(図)実質政府支出の合計と実質GDP 作成:松尾匡

 ただ、その政権最初の1年に、金融緩和と財政出動が進んだことによって、GDPが一気に増えて雇用も改善したことは事実です。それによって、「民主党政権とは我々は違う」「安倍政権で経済はよくなった」ということを国民にうまく印象づけた。そのイメージを、野党がいまだ覆せずにいるのが現状だと思います。
 とはいえ、その最初の1年の財政出動についても、中身は旧来型のハコ物公共事業がほとんど。そこも私たちの提言とは大きくかけ離れています。もちろん、老朽化したインフラの再整備や、津波の危険が大きい場所に堤防を建設するなど、必要な公共工事もあるし、そこには潤沢に資金を投入するべきだと思いますが、それだけでは不十分です。

──ハコ物大型公共事業ではなく、社会福祉や介護、医療、保育、教育、防災などの分野に大胆に財政出動すべき、というのが薔薇マークキャンペーンの主張ですね。

 まず、そうした分野の現場が、低賃金や過重労働によって非常に疲弊し、崩壊寸前だという現状があります。介護士、保育士などの給与の低さ、教員や介護・医療従事者の労働環境の過酷さなどは、多くの人の知るところですよね。もちろん、そうした分野に支えられている庶民の生活そのものも疲弊しきっている。そういう現状を考えれば、人々の生活に密着したこうした分野への公的支出拡大は、待ったなしでやるべきことだと思います。
 また、同じ額のお金を公共事業に使うより、医療や子育て支援、介護などに回したほうが、雇用者所得は上がることが計測されています。「人の暮らし」という観点からの経済波及効果がより大きいのです。
 そしてもう一つ、社会の中のさまざまなニーズに対してどう労働力を配分していくかという問題があります。急速な高齢化が進む現状を思えば、当然ながら医療や介護分野、あるいはそれに関連する機材を製造する業界などに労働力を多く配分する必要が出てきますよね。
 ところがもし今、同じ公的支出の拡大でも、介護や医療に資金を投入するのでなく大型公共事業への投資を進めたとすると、建設などの分野でどんどん人が雇われていくことになります。その後に高齢化がさらに進行して、介護や医療の分野にもっと人手が必要だということになったときに、一度ある分野で雇用された人を、別の分野に移動させるというのはなかなか大変です。そう考えると、スムーズな労働配分を可能にするために、これから労働力が大量に必要になるであろう医療や介護分野に公的資金を投入して、雇用を集中的に拡大していく必要がある。そうすれば、そうした分野でのノウハウの蓄積や技術の革新も促されます。そのように、この国の将来像を睨んで今の政策を考えなくてはならないと思うのです。

■「消費税を上げる」とはどういうことか

──「消費税の10%増税は凍結する」というのも、薔薇マークキャンペーンの提言の一つです。「社会福祉の充実」を求める点では共通しながらも、そのために「消費税は増税して再配分機能を強化すべき」という、経済学者の井手英策さんのような主張もありますが、これについてはどう反論されますか。

 まず直近の問題として、どんな指標を見ても、今の日本の景気が崩れつつあるのは間違いないといえます。その状況で消費税の引き上げをやれば、不況に突入するのは確実でしょう。むしろ景気対策として、下げたほうがいいくらいだと思います。
 それからもちろん、消費税が不公平な税であるというのは言うまでもないことです。単によくいわれるように「逆進性がある」ばかりでなく、会社の経費にかかった消費税は控除されますから、大きな会社を支配する人たちは、飲み食いも保養も車も飛行機も、実際は私用なのに社用扱いにして会社もちで利用して消費税を払いません。でも零細下請け事業者は、元請けに値切られて、消費税増税分を転嫁できずに自分でかぶってしまうという現状があります。
 そしてもう一つ、そもそも消費税という税がもつ経済的な効果は、「消費を減らすこと」。言い方を変えれば、消費に対する罰金のようなものなんです。
 税金というのは、そうした「罰金」効果を通じて、先ほどお話しした社会全体の労働配分を調整する機能を持ちます。たとえば法人税を上げれば、企業が設備投資を減らすことになるので、機械や工場をつくるのにかかわる部門の労働が減ることになる。その分の労働は公的支出を増やした先の部門に配分される、という具合です。
 つまり、消費税を上げるということは、消費を一般的に減らす、そして生活に密着した消費財を生産・流通させている部門の労働を減らすという選択をするということなんです。もちろん、それでいいという判断もあるのでしょうが、経済というものが本来人々の生活のためにあるということを考えれば、その「生活」に一番近い部門の労働を罰金をかけて減らすというのは、経済のあり方としてあまりいいとは言えないのではないかと思います。
 そもそも、公的支出先とその波及先で必要になる労働が失業者などの非就業者から確保できる間は、他の部門の労働を抑制して労働力を確保する必要がありませんので、新たに税金をかけずに公的支出だけを増やしても問題ありません。そして、雇用が進んでいよいよ失業者が尽きたときには、もうこれ以上労働力人口は増えないので、機械や工場を増やしても張り付ける労働者がおらず意味がないということになりますから、設備投資を減らすような税金をかけて、機械や工場をつくるのにかかわる労働を減らせばよい。あるいは贅沢品需要を減らすような税金をかけて、贅沢品の生産にかかわる労働を減らすのもいいと思います。つまり、消費税増税はむしろ一番後回しでよくて、法人税を増税したり、累進所得の累進性を強化したりと、薔薇マークキャンペーンで提言しているように、大企業・富裕層への課税強化が優先されるべきだと思います。

→その2に続く

松尾匡 (まつお ただす) 立命館大学経済学部教授。1964年石川県生まれ。87年、金沢大学経済学部卒業。92年、神戸大学大学院経済学研究科博士後期課程修了。経済学博士。久留米大学経済学部教授を経て2008年より現職。専門は理論経済学。著書に『新しい左翼入門』(講談社現代新書)、『ケインズの逆襲、ハイエクの慧眼』(PHP新書)、『この経済政策が民主主義を救う』(大月書店)ほか、共著に『そろそろ左派は〈経済〉を語ろう』(亜紀書房)ほか多数。