【今こそ読みたい 厳選!マガ9アーカイブス】山口智美さんインタビュー:日本会議などの右派が、こだわる「家」のかたち。彼らの目指す「日本」とは?(2016年7月13日公開記事)

2005年3月にスタートした「マガジン9」。たくさんの人に支えられ、こつこつ週1回の更新を続けているうちに、今年でなんと15周年を迎えました。
この15年間、コラムやインタビュー、対談などの記事を通じて、本当にさまざまな方たちのお話をうかがうことができました。その蓄積をただ眠らせておくのはもったいない! というわけで、過去の「マガジン9」掲載記事の中から、スタッフが厳選した「今だからこそ読みたい」コンテンツを再掲していきます。掲載当時とは状況などが変わっているところもありますが、今の状況との共通点に気づかされたり、新たな視点が見えてきたりすることも。未読の方も再読の方も、改めて、ぜひ読んでみてください。
※記事の内容、プロフィールなどは公開当時のものです。このシリーズは不定期で更新していきます。

2週間ほど前のニュースですが、選択的夫婦別姓制度の導入を求める請願に関する愛媛県議会の委員会審査で、請願に反対する自民党県議が「安易な選択的夫婦別姓は犯罪が増えるのではないか」と発言、請願は賛成少数で不採択となった、との報道に言葉を失いました。根拠もまったく示されておらず、偏見に満ちた──というよりは偏見のみでできた意味不明の発言としか言いようがありませんが、選択的夫婦別姓をめぐって、このレベルのめちゃくちゃな「反対意見」が繰り返し語られてきたのも事実です。
選択的夫婦別姓制度導入の問題については、マガ9でもたびたび取り上げてきました。誰かに別姓を強要しようというのではなく、別姓にしたい、夫婦どちらもが生まれ持った姓で生きたいという人にその選択を可能にしようというだけのことが、なぜここまで強硬に反対されるのか。そこには、「家族」のあり方を特定の「あるべき形」に押し込めようとする動きが見え隠れします。
「憲法24条を考える」シリーズの一つとして掲載した、文化人類学者の山口智美さんへのインタビューでは、選択的夫婦別姓に強く反対する「日本会議」などのいわゆる右派が、なぜそれほど「家族の形」にこだわるのか、その理由をお聞きしています。一時期に比べて声を聞かなくなった「24条改憲」ですが、改憲には至らなかったとしても、多様な家族や個人のあり方を否定するような動きには、しっかりと反対していきたいと思います。
その他、夫婦別姓に関する下記の記事もあわせてぜひ、お読みください。また、「憲法24条を考える」シリーズのバックナンバーはこちらにあります。

2016年7月13日UP
山口智美さんインタビュー
日本会議などの右派が、こだわる「家」のかたち。彼らの目指す「日本」とは?

「日本国憲法はGHQの陰謀」と思い込む右派が、現24条を頑なに否定する

――「家族の助け合い」「縦の関係」を強化しようとする、この24条の自民党改憲草案。右派がこうした改憲にこだわるのは、どうしてなのでしょうか?

山口 日本会議や、その系統の右派の人たちが集会などでよく口にする主張としては、「行き過ぎた個人主義が蔓延しており、修正が必要だ」という表現がありますね。
「戦後の、GHQによる一連の改革は、日本がアメリカに二度と逆らわないようにするための「陰謀」であり、『個』が大事だと洗脳されて、みんなが個人、個人、とばかり言うようになった」というのが彼らの考え。
「その結果、みんながわがままになって少子化が進むし、家族の崩壊が起こるしで、日本は大変なことになっている」と主張しています。
 そして、「そうなった原因はすべて『個人主義』を広めた日本国憲法にあるのだ!」という言い方を、よくしています。

――え? GHQの政策が崩壊させたのは、「軍国主義の日本」だったはずでは? 社会や、家族の間でも「個人」を尊重しよう、と示した日本国憲法は、民主主義社会として当然だと思ってきましたが……。

山口  右派はそれを「日本や、日本の伝統的な家族を崩壊させた」と言うんです。どうもその人たちが守りたい「伝統的な日本の家族」というのは、戦前の封建的な「家制度の家族」のようです。

――同じ「家族」という言葉でも、現代一般の「家族」とは全然違う、女性の立場などまったくなかった時代の家族ですよね?
 そうした「家制度的家族」、つまりは「家族の中に序列のある制度」を、天皇制を戴く国の雛形にした、戦前の日本の国家観に近いものを、日本会議などの改憲派は持っているということでしょうか?

山口 そうですね。日本会議などの右派にとっては何より大切なのが「国家」で、それを支えるベースは(戦前型の)「家族」である、という考え方が一般的です。そして「家族が崩壊したら国家が崩壊する。勝手な結婚や離婚が増えて、日本の家族は既に崩壊の危機にある」という危機感を抱いており、それを煽って24条をはじめとした憲法改正に結びつけたいのだと思います。
 もうひとつ、危機感を煽るネタになっているのは少子化です。少子化でますます日本はダメになる、と。だから家族を強化して子どもを産ませよう、とも。

――女性の立場からすれば、結婚の自由が失われたり、家族の助け合いの義務化で個人が縛られることが、今より子どもを産んだり、結婚が増えたりすることにつながるとは到底思えないのですが……。これを考えた人たちって、いったいどういう女性観を持っているのでしょうか?

山口 右派と一言で言っても多様ですし、たとえば日本会議一つをとっても、さまざまな団体が一緒になっているところなので、かかわっている人たちみんながそれなりに納得できるような項目で、改憲運動の目標をまとめるのでしょう。それが前回挙げた改憲の優先事項3つ、「9条、緊急事態条項、24条」なのです。
 特に24条にかかわる「家族」については、日本会議に入っている団体や宗教は、おおむね古い価値観で一致しているんですね。国家観を支えるものとしての「家族の価値」「性別役割」を重視し、「結婚は法律に則ってするのがいい」とかですね、それこそ縦のラインで「お墓を守るべき、家を守るべき」と。なので、この問題では非常に一致しやすいのだと思います。
 そうした右派のいう「あるべき女性観」というのは、「家に従い子どもを産んで育て、介護もして、家庭を守る、専業主婦が一番」というものでした。でも右派のリーダーでもある櫻井よしこさんや長谷川三千子さんなどは働く女性ですし、右派の運動にかかわりながら働いている女性もたくさんいます。右派で活動する男性の妻も、働いている例は多いです。今どき、妻も働かないと家計も大変ですからね。さらに女性の役割は右派の運動の中で非常に重要ですし、たとえば日本会議を支える数多くの宗教団体の中で活発に動いているのも女性たちです。なので実際には右派も、あからさまに男尊女卑的なことは言いづらい状況ではあります。でも、 あくまで 「妻の主な役割は家庭にある」という原則も残っていると思います。

安倍政権を支える右派の考えと「女性の活躍」の大きな矛盾

――せっかく長い間かけて育児や介護の社会化が進んできたのに、逆戻りさせようというのでしょうか?

山口 そもそも右派は「育児や介護の社会化」などには反対してきました。彼らから見れば「女性が本来の役割を放棄しているぞ!」ということですからね。
 また、保育園や老人保健施設を作り、運営するのには多大なコストがかかります。この高齢化の中で政府は予算を減らすために介護や保育を家庭内でやってほしいというのが本音。それも、自民党が改憲草案に「家族の助け合い義務」を書き込んだ理由だと思います。

――でも一方で安倍政権は「女性の活躍」を打ち出しています。

山口 今の安倍政権が打ち出す「女性の活躍」はいわば、「女性が家にいたのでは労働力にならないので外で働いてくれ」というもの。女性は家庭で家事や保育、介護を、という今までの右派の方針とは矛盾しますね。また、女性のあり方という点でも、いまひとつ右派には納得のいかないものだと思うんです。「専業主婦の価値を認めない」と言っているも同然の政策なのですから。右派側からはときどき「あまり行き過ぎるのはどうか」というような声も出ています。
 とはいえ、安倍総理も元々は保守的な価値観を持っている方なので、女性の活躍と言いつつも「3年間抱っこし放題」なんてわけのわからないことも言ってみたり。現政権のいう「女性の活躍」はあくまでも家庭内での役割を果たした上で、外でも「活躍」しろという性質のもので、これでは多くの女性たちはスーパーウーマンにならないといけません。根本的に無理があると思います。

――安倍総理と右派の関係、気になりますが……。

山口 安倍総理は、政治家としてのキャリアの最初から、日本会議を始めとする右派組織にサポートされてきた人なので、絶対にその意向を無視できないはずです。実際に、日本会議系の改憲運動団体、「美しい日本の憲法をつくる国民の会」のイベントには、ビデオメッセージを寄せるなどして賛同を示し、同じ方向への改憲を志向している首相だと、運動を進める人たちからの信望も厚いようです。また、右派系の議員団体「神道政治連盟国会議員懇談会」や、「創生『日本』」などでも自ら会長に就くなど、右派的な考えに基く政策の実現に、積極的に関わっていると思います。
 また、安倍内閣の閣僚として起用された山谷えり子元国家公安委員長は、「男女共同参画反対」に長くかかわってきた人。「男女共同参画は、フェミニストによる陰謀だ」、というのが当時の「バックラッシュ」を行っていた右派がよく言っていた主張です。「フェミニストは日本人を雌雄同体のカタツムリ化して、日本を滅亡させる陰謀の下に動いている」などとまで言っていたわけです。今でも時々、右派論者がこの懐かしの「カタツムリ説」を出してくるときがありますよ(笑)。
 あと、「男らしさ、女らしさ」にも強いこだわりがありますね。女性がどんなに活躍しても「女らしさ」をキープしなくてはならないと、思っている。「女らしさ」や、性別役割にこだわりがあるんです。

――男女共同参画に対する「バックラッシュ」が今の右派運動に与えた影響は大きいと言われていますね。

山口 右派が「バックラッシュ」活動を草の根から立ち上げて、各地で男女共同参画条例を始めとした男女共同参画政策や、男女混合名簿や性教育などの教育実践に反対した。その中でひとつの大きな成功例だったのが、山口県宇部市の男女共同参画推進条例です。各地で男女共同参画の条例ができていくのに危機感を抱いた右派が、それに抵抗して宇部市の条例に盛り込んだのが、「男らしさ女らしさを一方的に否定することなく」、という言葉と、「専業主婦を否定することなく」という言葉。彼らが基本的な価値観とするそれらの言葉を、反対しづらい表現で書き入れることで、本来の「男女共同参画」からは後退させた、という成果を出して地方から運動を押し上げたのです。
 宇部での成果は、国や他の地方の男女共同参画政策への影響も与えました。男女共同参画への「バックラッシュ」が地域での今の日本会議などの運動の広がりに果たした役割は大きかったですね。

「国の認める形の家族」以外は生きにくい社会になってしまう?

――最近の自民党は、LGBTに妙に歩み寄っているようにも見えますが。

山口 日本会議の中心と言われる、「旧・生長の家」からの分派の系統の人たちは、LGBTについては少なくとも今までは特に強いこだわりは示してこなかったように思います。彼らがこだわってきたのはそれより「リプロ」(=リプロダクティブヘルス&ライツ。女性が性や生殖の自己決定権を持つこと)。それに反対し、とくに中絶に対して厳しい規制を設けるべきと主張してきました。
 一方、同じ右派の中でも「家庭連合」(旧・統一教会)系統は同性婚反対に強いこだわりがあります。また、政権のブレーンと言われ、教育再生実行会議 や、法務省法制審議会民法(相続関係)部会の委員をつとめる麗澤大学教授、八木秀次氏も、同性婚や同性パートナーシップ制度反対論を積極的に発表し続けています。なので、LGBTに関しては、右派の中でも温度差はありました。
 ただ、今自民党が割と前向きに打ち出している LGBT政策は、「婚姻」などの制度改革に踏み込まず、差別禁止のための法律や制度づくりも志向せず、ただの啓発事業にとどめるといったものですね。 それに対しては、日本会議などは今のところは比較的静観しているように見えます。しかしながら、「婚姻」「家族」などの制度には絶対に踏み込ませないというスタンスだろうと思います。
 現行の憲法24条には、「婚姻は『両性の』合意のみによって…」と書かれています。それは同性同士の結婚にも適用すると解釈することはできるとする見方もある一方、その部分が同姓婚の妨げになる、と主張する人たちもいます 。 
 そして右派は、同性婚や同性パートナーシップ制度への反対論の中で、「現行憲法の24条に違反するから同性婚は実現不可能」と主張もしています。そもそも彼らは24条は変えるべき、と主張してきたのに、自分たちに都合がいいところでは、24条を言い訳に使っていて、矛盾していますよね。こうした右派の主張を見ると、改憲勢力がLGBTに接近することで、24条改憲の機運を盛り上げたいのでは、と指摘する声もあります。

――自民党草案に沿って24条が改憲されたら、同性婚が認められるようになるのでしょうか?

山口 いえ、同性婚はむしろ遠のくと私は思います。
  先ほど言及した八木秀次氏は、政権のブレーンと言われ、改憲や「家族基本法」を推進する立場で盛んに発言しており、よく語っているのは、「法律的な結婚とは、子どもを産むことが前提。だから法律で保護されている」という考え方です。
 その観点からすれば、「同性婚は子どもが生まれないからダメ」、となるのでしょう。さらには子どものいない家庭も「ダメ」とされそうです。また、自民党の改憲案では、婚姻に対する特定の他者の同意が必要になりかねず、「家族」や「縦の関係」を重視する内容になっています。それらが盛り込まれた「民法」や「家族基本法」は、同性婚がしやすい環境とは別の方向に向かいそうです。

――法律で定められた形におさまる「家族」以外は、法律などで保護しない、ということになるわけですか?

山口 はい。望ましい形の家族だけが保護されることも起こり得るのではないでしょうか。たとえば三世代同居も、今は「優遇」ですが、「三世代同居でない家族は保護しない」という罰則的なものになる可能性だって考えられます。
 すでに一部自治体では、保守系議員らが中心になって、家庭を教育の基盤と位置づけて市民が学ぶことを支援する、などという内容の「家庭教育支援条例」を制定し始めています。そういう条例がすでにできているのですから、「家族を大切にする家族基本法、いいじゃないですか、作りましょう」と、次々と地方から請願や意見書を出すような動きも起こりそうです。
 憲法が変わったら、あっという間にいろいろと法律も変わるでしょう。婚内子か婚外子かという、出自による子どもの相続差別が違憲と判断されて変わった民法も、元に戻されてしまう可能性が高い。夫婦別姓が実現する可能性などなくなってしまうでしょうね。

――そうならないために気をつけたいことはなんでしょう?

山口 現政権による改憲の動きの中でも、特にこの24条の問題点は一般に認知度が低いので、まずは理解して広めたいですね。また、法律や条例など、国会はもちろん地方自治体やコミュニティでの動きにも注目して、選挙での投票を通じて、また議会や議員への働きかけを行ったり、私たちの思いや考えを積極的に発言するなどさまざまな方法で、賛否を示していくことも重要です。
 女性の健康を生涯にわたって支援する、という「女性の健康の包括的支援法案」だとか、先ほどの「家庭教育支援条例」など、一見良さそうに見えることでも、誰がやっているのか、政府や右派がこれを恣意的に発展させたらどうなるか、と考えるようにすることも大事です。実際、前回の国会で提出された「女性の健康の包括的支援法案」には、 リプロの視点が欠落しており、少子化対策の名の下に「産めよ増やせよ」の国策に使われ、女性の性や生殖の自己決定権が無視・軽視されていくこともありえます。

――24条改憲の自民草案に反対のキャンペーンも始まるそうですね。

山口 はい。10年ほど前にも24条改憲反対のキャンペーンはあったのですが、今回の動きに対して、新たに始まりました。市民や法曹関係者、研究者など、現状に危機感を持つ人たちが、「24条改悪阻止! 個人の尊厳を奪うなキャンペーン」(事務局:アジア女性資料センター)として、イベントなどを通じて広くこの問題を発信・周知していこうと集まっています。ぜひご注目ください。

(2016年7月13日公開)

山口智美(やまぐち・ともみ)1967年東京都生まれ。ミシガン大学人類学部大学院博士課程修了、Ph.D.  2007年よりモンタナ州立大学 社会学・人類学部 准教授。専門である文化人類学、フェミニズムの研究を続ける中で、2000年代はじめの日本での「男女共同参画」に対するバッシングのフィールド調査に携わり、その一部を共同研究として『社会運動の戸惑い フェミニズムの「失われた時代」と草の根保守運動』(2012年/ 斉藤正美、荻上チキとの共著/勁草書房)にまとめる。2010年代からは、急激に勢いを増す「慰安婦」問題批判などの歴史修正主義、排外主義などの動きに注目。米国にも広がる右派や政府の「情報活動」に焦点をあてた、『海を渡る「慰安婦」問題 ――右派の「歴史戦」を問う』(岩波書店)を今年6月に発表。反響を呼んでいる。リアルタイムの発信を行うツイッター(@yamtom)も注目を集め、『安保の次は「家族」! 自民党、右派が目論む24条改悪/「家族尊重条項」新設』『自民党の猪口邦子議員から送られてきた産経「歴史戦」英語本を、山口智美さんが読んでみた』など、Web上で数々のまとめ記事にもなっている。※プロフィールは初出当時

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