第259回:熱狂を少し離れて…(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

 それにしても凄かったなあ、WBC。いえね、日本代表の頑張りは確かに素晴らしかったですよ。しかし、あんなにも熱狂するもんかねえ。ぼくはあらためて驚きましたよ、この国の底知れぬパワーに(苦笑)。
 これまでぼくは「WBC」って何の略かも知らなかったんです。えーと、ワールド・ベースボール・クラシックというんですってね。近所の小学生までが「WBC」の噂で盛り上がっているんだから、やはりテレビの力はスゴイ。これまで「もうテレビはオワコンだよ」なんて訳知り顔で言っていた大人も若者も、一挙にテレビ復帰だもんなあ、いやはや。

 そりゃ、面白かったと思うよ、WBC。
 芸人さんたちがひな壇に並んで、仲間受けのギャグを飛ばし自分たちで大笑いしているバラエティなんかに比べりゃ、WBCは格が違う。ぼくはバラエティ番組なんかまったく見ないから、確実に地上波テレビ離れが進んでいた。ニュースと、あとは2、3の報道番組を見るくらい。
 でもスポーツは大好きで、とくにラグビーは大ファン。スポーツチャンネルを契約しているので、リーグ・ワンは全試合(ディヴィジョン2も含めて)を録画していて、毎日1試合ずつ楽しんでいる。試合時間がダブっていれば、再放送を探して全部録画する。それくらいのラグビーファンなのだ。他は、野球もサッカーも、バスケもバレーだって見る。人間同士が真剣にぶつかり合っているのを見るのは、それなりに楽しい。ぼくだって、中学までは柔道部に入っていたんだからね。
 あとは映画。これもスター・チャンネルと契約しているから、面白そうなのを探して録画しておいて、夕食後にひとりで楽しんでいる。

 そんなぼくだから、WBCも見ようとは思ったんだ。
 けれど、あのアナウンサーの絶叫中継には鼻白んだ。何もそこまでニッポン! ニッポンッ! を叫ばなくてもいいじゃないか。次第に見る気が失せていった。だから、両手で何かをくるくる回す仕草がペッパーミルといって大人気だということも、カミさんに教わって初めて知ったくらいだった。
 テレビのWBCフィーバーには、正直「いい加減にしろよ」との思いが強かった。ワイドショーは言うに及ばず、ニュース番組でさえWBCの話題で大騒ぎ。食事時、テレビを点ければ、いつもはエラソー顔のコメンテーターたちも、顔いっぱいの笑いで「ニッポン!」を連呼している。だから、テレビを消して音楽CD。
 新聞だって同じようなもの。スポーツページを拡大して見開き2面、巨大活字と写真で大特集。それでも足りずに社会面にも、ヌートバー選手の生い立ちだとか、ダルビッシュ選手の献身的な努力、大谷くんのすばらしさ、観客のマナーや相手国チームへの思いやりまで、もうWBCで満腹だス。
 繰り返すが、ぼくも野球は大好きだ。去年も、大谷くんの出場するメジャーリーグの試合は、楽しみながらよく見ていたのだ。でもこのWBC騒ぎって、何だか気持ち悪いなあ…と。

 こんなことを書けば、また“いつもの方たち”から「何でも反対の反日野郎」だとか「売国奴」「日本人じゃない、北へ帰れ」などという悪罵が飛んでくるだろうが、国民が一色に染め上げられるということに、どうにも背筋がぞわぞわするのだ。しかも、こうも簡単にあっという間の一色染めだ。
 もう何を言われたってかまわないから、書いてしまう。
 ちょっと危ないんじゃないか、これは⁉ こうもたやすく染め上げられるなら、スポーツ以外の“何か”が起きた場合、本気で「国民一丸」で熱くなっちゃうんじゃないか。というより、立ち上がらなければ「非国民」などと謗られる破目になるんじゃないか。そんな薄気味悪さを感じたのだ。

 この期間、国内外を問わず、重大なことが頻発していた。それらがWBCに隠れて、あまり報道されなかったり無視されたり。
 ざっと挙げてみようか。

◎大江健三郎さんの死去
 ぼくは初期の『死者の奢り』『奇妙な仕事』『飼育』から『セヴンティーン』や『政治少年死す』も含め、ほとんどの大江さんの作品を読んでいる。熱心な大江文学ファンであった。かつて勤めていた出版社のトイレで用を足していたら、なんと大江さんが入ってきて隣で並んでシャー…。思わずオシッコが止まってしまった(なんて記憶も)。そして「さようなら原発」集会では、取材に訪れたステージ裏の楽屋で、ほんの少しだけお話もした。ほんとうに、大江さんの死は悲しかった…。

◎国際武器見本市
 千葉の幕張メッセで、物騒でキナ臭い見本市が開かれていた。新聞もテレビもほんの小さな扱いだったけれど、国内外から250社以上が参加。殺人ドローンなども展示されていたという。岸田政権の「軍事費倍増」の流れを受けて好機到来とばかり、日本では4年ぶりの開催となった。ほとんどの報道が「防衛装備品見本市」と、例の“デタラメ自民党語”での見出しだったが、朝日新聞は「武器見本市 日本に熱視線」とタイトルしていた。そこだけは褒めておこう。

◎高市経済安保担当相と「放送法」問題
 もはや泥沼化した高市早苗氏の言い訳。総務省が正式に「行政文書」だと認め、さらに担当官僚たちが「捏造したとは思えない」「そういうことをする理由がない」と表明しているにもかかわらず高市氏は「ありもしないことが書かれているから捏造」を繰り返し、「捏造という言葉はきつすぎるので使わないが、この文書は不正確だ」と言葉を言い換えながらも強弁を止めない。その上「私を信用できないのなら質問しないでください」と開き直り、よけいに紛糾させてしまった。本来は、政治家によるテレビ報道への圧力や、放送法そのものに問題はないのか、という本質論が大事なのだが、高市氏の態度によって本来の議論がかすんでしまった。

◎ガーシー議員の除名決定
 どうにも釈然としない幕引きだった。この人、昨年の参院選での当選以来、一度も議会に出席せず、ついには懲罰処分を受け除名された。本人は「国会に出席するつもりはないと公約していた」と言うのだが、国会に参加する気がないのなら、なぜ立候補したのか、ぼくにはまったく分からない。今の国会や政治に何らかの不満を持っている有権者の支持を受けたのだとは思うが、どうにも釈然としないのだ。ことは選挙制度や民主主義そのものに関わる問題なのだが。

◎沖縄の辺野古を巡る裁判、沖縄県側が全面敗訴
 これは先週も触れたことだから、詳しくは書かないけれど、辺野古の米軍新基地工事では、大浦湾側の「マヨネーズ地盤」と言われる軟弱地盤が焦点となっていた。これに関しては科学者や研究者たちから詳細な調査結果が示されているのだが、福岡高裁沖縄支部の谷口豊裁判長は、それらを「県側は考慮すべきでない事項を過剰に考慮した」と、およそ非科学的な事由で却下。これぞ、上だけを見て物事を判断する“ヒラメ裁判官”の典型である。まさに、沖縄の司法は死んでいる。

◎先進6カ国から「LGBTQ法の整備を」との書簡
 日本を除くG7の6カ国は共同で、日本に対し「日本におけるLGBTQの差別解消のための法律の整備」を訴える書簡を送った。先進国の中では同性婚の否定などは日本だけになっていることについて、G7議長国への危惧を表明したもの。だが日本は「書簡を受け取ったかどうかについては明言しない」などと逃げまくる。この点だけでも、岸田自民党政府にはG7議長国である資格がないと言える。

◎袴田巌さん、再審開始確定
 長期間の死刑収監者として世界的にも問題視されていた「袴田事件」について、東京高検は特別抗告を断念。これにより、袴田さんの再審が確定、無罪の公算が強くなった。1968年に死刑判決を受けてから、実に55年ぶりの再審確定である。この事件では証拠としての「みそ漬け衣類」が焦点となったが、検察側の証拠捏造の疑いも指摘されるなど、取り調べ方法に大きな疑問が投げかけられた。冤罪による死刑判決を考えれば「死刑制度」そのものを議論し直すべきではないかと、ぼくは強く思う。なお、滋賀県の「日野町事件」では、阪原弘・元無期懲役被告が獄中死しているが、このほど大阪高裁が「死後再審」を支持した。これもまた「冤罪事件」ではないかと見られている。

◎日韓首脳、正常化で合意
 戦後最悪とも言われていた「日韓関係」に正常化の兆し。尹錫悦(ユン・ソンニョル)韓国大統領が訪日。岸田首相との間で「シャトル外交(相互訪問)や安保協力で合意」した。むろん、両国が歩み寄るのはいいことだが、元徴用工問題等で日本に譲歩しすぎたとして韓国国内では「屈辱外交」との批判も強く、すんなりいくとは思えない。確かに、徴用工問題では、基金を韓国の企業が作り、日本はその責を負わないとするなど、反発の芽は残っている。

◎岸田首相、ウクライナ訪問
 G7首脳の中では、岸田氏だけがウクライナを訪問していなかった。G7議長国のメンツにかけて、5月に迫った広島サミット前には、なんとかウクライナ訪問を実現したかったのだろう。ウクライナ戦争終結に向けての外交として必要だったとは思うけれど、そのやり方がどうにも稚拙だ。とくに「必勝しゃもじ」をゼレンスキー大統領への手土産にしたことは、嘲笑や冷笑のみならず、外交センスのなさに批判が集まっている。戦争当事国へ出かけて「必勝しゃもじ」とは、むしろ戦争を煽っているととられても仕方ないのではないかとの批判だ。このしゃもじが「軍都広島」で日露戦争の戦意高揚で使われたという歴史的事実を考えれば、確かに岸田氏のセンスの悪さはひどいものだと思う。

◎ロシアがベラルーシに戦術核を配備
 ウクライナ戦争での核兵器使用はないだろうと見られていたけれど、プーチン大統領が同盟国ベラルーシに核兵器を配備すると表明した。これはイギリスがウクライナへの「劣化ウラン弾の供与」を認めたことへの報復措置と言われている。「核の脅威」が現実化し始めた。「世界終末時計」というものがある。「原子力科学者会報」の科学者たちが毎年設定しているのだが、これは元々「世界が核戦争にどれだけ近づいているか」を示すものだった。それによると、2023年1月24日には、残り時間が「90秒」と示された。これは過去76年間で最短であり、世界がもっとも破滅に近づいていることを示している。「抑止論」、それも「核抑止論」の行き着く先がこれである。人間の愚かさが自らの命を縮め、地球の破壊に手を貸そうとしている。

 この他にも、
◎沖縄石垣島へのミサイル弾薬等の搬入があり、
◎沖縄で台湾有事の際の先島諸島からの12万人の避難訓練が図上で行われ、
◎愛知県警機動隊の沖縄派遣は違法との判決があり
◎米無人機とロシア戦闘機が空中衝突し、
◎フランスでは年金制度改定に反対する巨大なデモが繰り返され、
◎プーチン大統領へ国際刑事裁判所(ICC)から逮捕状が出され、
◎クレディ・スイス銀行がUBSに買収され、
◎日本では東芝が国内投資ファンドに買収され、
◎イギリスではジョンソン元首相が虚偽答弁のため議員失職の瀬戸際になり、
◎トランプ前大統領は不正買収で逮捕の情報があり、
◎ロシア・ウクライナ双方で40件以上の「捕虜の即決死刑」が指摘され、
◎自宅で双子を死産したベトナム人女性リンさんに逆転無罪判決があり、
◎統一地方選が始まり、
◎地方議員と統一教会の癒着は相変わらずであり、
◎ミャンマー軍事政権のクーデター後2年、民主勢力への弾圧強まる…
 もっとあるけれど、ここには書ききれない。

 これらの重要なニュースや事件が、あのWBCフィーバーの陰で無視されたり小さな扱いにされてしまった。
 ぼくは、自らも週刊誌編集部に身を置いたことがある者として、こんなメディア状況を、ほんとうに悲しく切ないと感じている。いまさら言っても蟷螂の斧だけれど、どうしてもマスメディアには考えてほしいのだ。
 政治が壊れかけ、統一教会は自らの存続をかけて、地方議会への働きかけをますます強めていると言われている。そんな中で、マスメディアが国民の熱狂を煽り、結果として重要なことから目をそらさせる役割を果たしていることに、そろそろ気づくべきだ。

 メディアも国民も、
 熱狂を少し離れて。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。