第62回:「311子ども甲状腺がん裁判」傍聴記「東電の発表を右から左に流すだけでいいのか? 報道も使命が問われている」(渡辺一枝)

 6月14日(水)は、福島第一原発事故当時、福島県内に住んでいた子どもたちが、被ばくにより甲状腺がんになったとして東京電力に損害賠償を求めた「311子ども甲状腺がん裁判」の第6回口頭弁論期日でした。12時半からの東京地裁前でのアピール行動では、原告代理人の弁護士たちが次々とマイクを持ち、この裁判の持つ意味、弁護士としての思い、今日の裁判の注目点、原告達の状況などなどを話しました。
 この裁判では緑をイメージカラーとしています。支援者たちは、何かしら緑色を身につけています。弁護士の先生たちも緑のネクタイやポケットチーフなど、思い思いに緑を身につけ、私は緑色の小さなリボンバッチを胸につけて参加しました。
 1時からの入廷行進は緑色の風船を持って、原告代理人弁護士たちを先頭に支援者たちが続き、地下鉄霞ケ関駅入口から裁判所前までを歩きました。1時20分から傍聴整理券が配られ、1時40分に締め切りとなり抽選結果が発表されました。私は外れてしまいましたが、有難いことに当たった友人が譲ってくれ、傍聴することができました。

311子ども甲状腺がん裁判 第6回期日

 最初に裁判長が、原告代理人、被告代理人双方に準備書面の確認をしてから審議に入り、原告代理人の只野靖弁護士がパワーポイントを使って、第11準備書面(被ばくについてその3)に沿って意見陳述をした。

原告代理人意見陳述:只野靖弁護士

 放射性ヨウ素131と小児甲状腺がん発症に因果関係があることは、科学的知見だ。福島原発事故により原告らの居住する地域に放射性物質が拡散したことにより、原告らが被ばくしたと考えられる。統計学的疫学的知見からも、被ばくと疾病の関連性については原因確率94%以上と言われている。このことからも因果関係の立証は十分と言える。
 被告東京電力は、UNSCEAR(原子放射線の影響に関する国連科学委員会)報告書では福島市の10歳児の1年間の甲状腺等価線量は吸入摂取のみで平均5ミリシーベルトであり、これに経口摂取を加えても平均10ミリシーベルトだと主張し、原告らの甲状腺等価線量も平均10ミリシーベルト以下だと主張する。
 UNSCEARの吸入摂取による被ばくの推定方法では、放射性ヨウ素131の大気中濃度の推定が何よりも重要になる。大気中濃度が推定できれば、人の呼吸量とICRP(国際放射線防護委員会)の等価線量係数を乗ずることで平均的な甲状腺等価線量が計算できるからだ。
 ところがUNSCEARはこの計算に際して実測データを使わずシミュレーションによる数値だけで計算しているため、被ばく量を過小評価することになっている。
 福島市の紅葉山(公園)に残されていた実測データに基づけば、2011年3月15日から16日、放射性プルームが到来した時間帯にかけて大気中ヨウ素131の濃度は1立方メートルあたり65700ベクレルと推定でき、ここから1歳児の甲状腺等価線量は1秒間に約60ミリシーベルトと推定できる。
 一方、UNSCEARはATDM(大気拡散シミュレーション)を用いてシミュレーションで大気中濃度を推定しているが、これは紅葉山の実測データと比較すると100分の1に過小評価されているのだ。

支援者集会・報告集会

矢野絢子さん「ブルーブルーバード」

 閉廷後の2時15分から、日比谷コンベンションホールで支援者集会が開かれた。
 初めにシンガーソングライターの矢野絢子さんが登壇して、この裁判のために作った「ブルーブルーバード」を披露した。矢野さんは、この裁判の原告代理人の斉藤悠貴弁護士の友人で、斉藤弁護士からこの裁判のことを聞き、HPに載っていた原告の意見陳述をYouTubeで聴いて胸打たれたという。そしてこの曲を作ったそうだ。ただしこの裁判支援のロゴマークにもなっている、甲状腺に形が似ている蝶々=バタフライは語呂が音に乗せにくく、蝶々と同じように羽を広げる鳥をイメージして「ブルーブルーバード」という曲にしたそうだ。
 続いて、弁護団弁護士や原告、支援者からの発言があった。

河合弘之弁護士

 甲状腺がん患者数は増えているが東京電力は「あれは(発症しないため手術の必要のない)潜在がんだ。それをあえて見つけて手術した例が多い」などと言って、こちらの主張する、原発事故によって放射性物質が拡散されたことにより被ばくしたという因果関係論を否定している。
 我々は彼らに対して究極の釈明を求めている。「放っておけば発症しなかった潜在がんだと言うなら、じゃあ、手術を担当した福島県立医大は必要のない手術をしたの? 余計なことをしたの? それは犯罪行為じゃないの?」と求釈明している。この裁判の見どころは、彼らがこれに対してどう釈明するかだ。どうぞ、注目してほしい。

海渡雄一弁護士

 今日の只野さんのプレゼン(陳述)は判りにくかったかもしれないが、はっきり言うと被告(東京電力)はプルームの降下速度を誤魔化しているということだ。こんな子ども騙しのようなことを、科学者がなぜやるのかと、皆さんも思うだろうし、裁判所も思うだろう。僕らは、どうせ彼らは原子力ムラの人たちだからと思っているが、UNSCEARまでが、どうしてこんないかがわしいことをするのかの絵解きを、次回は準備する。国際原子力ムラが日本の原子力推進側とどう結びついているのかを、掘り下げていく。
 科学的理論も大事だが、同時に人脈の絵解きをして、向こう側の嘘を暴いていく。

原告の母親から

 今日も何人かの原告と会ったが、みな前向きに明るくなっている。悩みを共有できる仲間がいること、弁護士の先生たちがしっかり意見書を出して支えてくれている、支援者の方たちがいることが、大きな支えになっている。
 今後も応援をよろしくお願いします。

宮本ゆきさん

(裁判を傍聴した支援者の一人で、核施設からの廃液によって被ばくした住民らが国に損害賠償を求めた裁判を追ったルポ『黙殺された被曝者の声 アメリカ・ハンフォード 正義を求めて闘った原告たち』の翻訳者、シカゴ・デュポール大学教授)

 アメリカでもあまり知られていないが、ワシントン州ハンフォードの核施設は、1944年から放射性物質を排出しており、それは州境を越えて流出していた。近隣住民の健康に問題が起き、これについて何度も公聴会が開かれた。さらに、1986年に情報公開請求法ができエネルギー省が大量に書類を情報公開した。これに基づいて、原告5000人くらいで1991年から裁判を起こし、24年かかって2015年に終わった。しかし補償金が出たのは、ほんの数例だった。
 裁判では因果関係を証明するのにデータがないので、アンケートを取った。ミルクをどれだけ飲んだかとか、川の水を飲んだかなど、何年も前の子どもの頃の記憶に頼って回答するしかないアンケートだった。原告たちは子どもの頃に被ばくしているのに、その当時の記憶からだけ放射線の被害程度を判断していく裁判で、翻訳していても腹立たしかった。
 福島原発事故では日本政府は、そのハンフォードを手本にしていると感じる。

只野靖弁護士

 裁判官が「20分で説明しろ」ということだったので今日のプレゼンは難しくなった。短時間では説明しきれない。時間をかければわかることだったのに。記者会見に出ていたマスコミには是非取り上げてもらいたい。理解しにくかったかもしれないが、YouTubeにもアップするので、それを見てほしい。(UNSCEARの報告書が被ばく量を過小評価していることは)世紀のスキャンダルとも言えるものなので拡散してほしい。

井戸謙一弁護士

 被告から出た書面は60ページもあったが、「UNSCEARは最も信頼ができる、世界的にも信頼を集めている団体だ」と言っている。そして被ばく量が100ミリシーベルト以下ではがんが出ないというのは国際的合意だという。この2点が、向こうの言い分だ。
 私たちは、こちらが出した黒川意見書(UNSCEARの報告書が被ばく線量を過小評価していることを指摘した、黒川眞一・高エネルギー加速器研究機構名誉教授による意見書)への反論を求めており、それについては次々回に出てくる。しかし、「潜在がんだというが、それなら原告の7人もそうなのか?」という問いに対しては、今日も回答がなかった。

北村賢二郎弁護士

 記者会見で、記者の皆さんにお願いをした。
 黒川意見書はUNSCEARの報告がいかにいい加減かを明らかにしている。報道には発表報道と調査報道があるが、東電の発表を右から左に流すだけでいいのか? 発表報道ではなく、自分たちでその発表について調査して記事にしてほしい。報道も使命が問われているのだ。風穴を開ける資料として黒川意見書を渡したのだから、調査報道で明らかにしてほしい。
 
※最後に、司会の斉藤弁護士から今後の裁判についての報告がありました。
第7回裁判期日は9月13日(水)14時〜
第8回裁判期日は12月6日(水)14時〜
第9回裁判期日は2024年3月6日(水)14時〜

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渡辺一枝
わたなべ・いちえ:1945年1月、ハルピン生まれ。1987年3月まで東京近郊の保育園で保育士として働き、退職後は旧満洲各地に残留邦人を訪ね、またチベット、モンゴルへの旅を重ね作家活動に入る。2011年8月から毎月福島に通い、被災現地と被災者を訪ねている。著書に『自転車いっぱい花かごにして』『時計のない保育園』『王様の耳はロバの耳』『桜を恋う人』『ハルビン回帰行』『チベットを馬で行く』『私と同じ黒い目のひと』『消されゆくチベット』『聞き書き南相馬』『ふくしま 人のものがたり』他多数。写真集『風の馬』『ツァンパで朝食を』『チベット 祈りの色相、暮らしの色彩』、絵本『こぶたがずんずん』(長新太との共著)など。