『おクジラさま ふたつの正義の物語』本とトークイベント(マガジン9編集部)

マガジン9編集部

 映画『おクジラさま ふたつの正義の物語』は、クジラ・イルカ漁をめぐる世界と日本の衝突を描いたドキュメンタリー作品。現在、公開中の話題作です。
 佐々木芽生監督は、約7年にわたる制作過程を書き下ろした著書も同時に刊行。本には、映画では描き切れなかった監督自身の思いもこまやかに綴られています。

 アメリカ在住の佐々木監督は、初の監督作品『ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人』(2008年)を発表し、世界各地の映画祭で多数受賞。その翌年の2009年、ニューヨークの映画館で『ザ・コーヴ』を観たときに受けた衝撃から『おクジラさま』の映画制作がはじまったことを本に書いています。
 海面が真っ赤な血に染まり、銛で突かれ、息絶えたイルカがゆっくりと沈んでいく…。和歌山県太地町の追い込み漁を激しく批判した『ザ・コーヴ』の映像は、クジラやイルカを「偉大な生き物」とする欧米人に大きなショックを与えました。『ザ・コーヴ』は、第82回アカデミー賞長編ドキュメンタリー部門で受賞。そこから太地町は、シーシェパードなど世界中の活動家にとって、忌まわしい糾弾すべき土地になっていきます。
 佐々木監督は、『ザ・コーヴ』が訴えるイルカ漁の「残酷さ」に、何かが悲しく、腹立たしく感じながらも、「それが何か、なぜなのか、言葉にできない」と当惑します。同時に、小さな漁師町だけが批判の矢面に立たされていることに疑問がわいてきました。なぜ、ここまで国際社会から非難されるのか…? かくして2010年秋、太地町に行くことを決め、映画制作に踏み出したのでした。

 映画では、太地町にやってきてクジラ・イルカ漁の妨害をしている外国人活動家やジャーナリストと、地元漁師たちの対立をリアルに映し出しています。かたや本では、そうした場面の背景にあるものを丹念に掘り起こしています。太地町の400年にわたるクジラ漁の歴史から、食文化、宗教観、動物に対する西欧と日本の考えの違い、さらには資金豊富な環境保護団体や動物愛護団体の情報発信力、捕鯨規制における国際会議での日本の政府の対応や報道のつたなさ、などなど。

 読み進むにつれて私が感じたのは、この問題の根深さ、複雑さです。シーシェパード代表のスコット・ウエストは「(捕鯨が)伝統とか文化というのはわかる。ただ長く続いているものが正しいとは限らない。奴隷制も、スペインのカタルーニャ地方の闘牛も、イギリスのキツネ狩りもやめた」と言います。これに対して佐々木監督は、「イルカやクジラを保護すべきというのはあなたたちの見方であり、自分たちだけが正しいと主張するのはどうなのか」と反論しています。
 どこまでいっても交わらない「ふたつの正義」。たしかに欧米の価値観にならって変容してきた日本の伝統や文化、慣習、制度はたくさんあります。けれども、ことクジラ・イルカ漁に関しては、違いを認識した上で「どう言えば、どうすれば、わかってくれるのか」と模索し続けるしかないのかもしれません。

 さて9月26日には、『おクジラさま』書籍刊行と映画公開を記念して、佐々木監督とメディアアクティビストの津田大介さんのトークイベント(@週プレ酒場)がありました。
 ネットメディアやマスメディアの功罪を熟知する津田さんと佐々木監督のトークは、世界を覆うフェイクニュースの問題にもおよび、聞きごたえのあるものでした。
 終盤、津田さんは「映画では、何が正しいか答えは出していない。もやもやしていますよね?」と質問。佐々木監督の「もやもやしたまま終わらせたかった。観る人にもやもやしてほしかったんです」と言う言葉が響きました。

『おクジラさま ふたつの正義の物語』本とトークイベント(マガジン9編集部)

 いま国内も海外の国々も、「排除」と「分断」が渦巻いています。正義と正義のぶつかり合いはいたるところに存在しています。だからこそ多様な意見が衝突しているときは、もやもやをしっかり引き受けることも必要なのではないでしょうか。
 大事なのは、自分にとっての正解がわからず、もやもやしているときは「どっちもどっち」に逃げて考えを止めないこと。面倒を避けて考えることをあきらめると、「排除」と「分断」の傍観者になるしかない。傍観者が多ければ多いほど、対話も議論も論戦も起こらず、かえって暴力的で排外的な社会が広がっていくのではないだろうか。二人のお話を聞いて、そんなことをつらつらと思いました。
 余談になりますが、トークイベントではワンドリンクとクジラの竜田揚げが付いてきました。本にも書かれていますが、1987年に商業捕鯨が禁止されるまで小中学校の給食にはクジラの竜田揚げが出ていました。何十年ぶりかでおいしい竜田揚げを食べて、クジラは自分の血肉になっていたのだなと再確認したのでした。

(柳田茜)

 佐々木 芽生 (著)

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