「わたしにとって大事な、日本国憲法の条文」(その1)

2005年3月に創刊したマガジン9は、今年で15周年を迎えました。当初は「マガジン9条」としてスタートし、2010年に「マガジン9」と名称を変えてリニューアル。「憲法と社会問題」をテーマに発信を続けてきました。
今回、15周年企画として、あらためて日本国憲法について考えてみたいと思います。連載コラム執筆者のみなさまをはじめ各分野でご活躍の方々に、日本国憲法のなかで、とくに関心の深い条文とその理由を伺いました。2回にわけて紹介します。

雨宮処凛さん(作家・活動家)

【第25条】
貧困問題解決に使える「便利グッズ」

生存権は、貧困問題などの解決にもっとも使える「便利グッズ」なので。

今村登さん(NPO法人自立生活センターSTEPえどがわ代表)

【前文、第9条、第12条、第14条、第26条、第51条、第99条】
憲法制定当時、第14条に障害者・児が想定されていたのか疑問

  • 前文:惚れ惚れする。戦争を経験した方々がワクワクしたであろうことが想像できるから。
  • 第9条:これこそ最高の安全保障だと思うから。ただ、自衛隊の存在は認め、できることを限定すべし。
  • 第12条(自由及び権利の保持):「国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない」…本当にそうだと思うから。
  • 第14条(法の下の平等):「障害者・児」も対象に含まれていると解釈されてはいるが、憲法制定当時に障害者・児が想定されていたのかは甚だ疑問。ここに「障害」を入れる改憲は賛成。
  • 第26条(教育を受ける権利):「その能力に応じて」…この一文が分離教育の基になってしまったのが残念。
  • 第51条:党議拘束を違憲とするべき。
    〈第51条:両議院の議員は、議院で行った演説、討論又は表決について、院外で責任を問はれない〉
  • 第99条:絶対必要な条文。しかし、これがないがしろにされてる現状が嘆かわしい。
    〈第99条:天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。〉

上原公子さん(元国立市長)

【第9条、第97条、第25条、第26条、第27条、第12条】
「自分らしく生きる権利」こそが、憲法の最も重要とする柱

  • 第9条(戦争放棄):理由は、戦争によって憲法に書かれている基本的人権などすべての権利や民主主義社会が破壊されるから、平和主義は、絶対的前提です。
  • 第97条(基本的人権の由来特質):「自分らしく生きる権利」こそが、憲法の最も重要とする柱であると考えています。
  • 第25条(最低限度の生活保障):「人間らしく生きる権利」とは、単に健康であるだけでなく「文化的」であることが必要であることが、この憲法の優れているところです。食べて健康な生活を送るという経済的な行為だけでなく、「自分らしく生きる権利」のためには、「文化的」という心の豊かさが必要だということです。
  • 第26条(教育を受ける権利):「自分らしく生きる」という人生の選択肢を広げるために、教育を受ける権利が重要となります(子どもの貧困は、子どもの未来への夢を奪うことになるのです)。
  • 第27条(勤労の権利):働けることは、自己実現という生きる喜びでもあり、親の勤労の保障は、子どもが希望する教育を受ける保障にも関連します。
    ※第25条、26条、27条が関連することとして並べて条文化されていることも、意義深いことです。
  • 第12条(自由・権利の保持):憲法に書かれている基本的権利は、自分たちで勝ち取っていくものであるという、民主主義の基本理念が書かれています。

梅田正己さん(歴史研究者)

【前文、第9条】
古くなるどころか、ますますリアルになる前文

 第一は、前文です。
 理由は、以下の通りです。

1)〈政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し〉とあります。集団的自衛権行使の容認から安保関連法をでっち上げたアベ政権の「行為」に、いたたまれない思いを喚起する文言です。

2)〈われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する〉
 アフガン戦争からイラク戦争、そしてシリアと続く戦乱の中に生きる人々のことをどう考えたらいいのでしょうか。

3)〈われらは、いづれの国家も、自国の事のみに専念して他国を無視してはならないのであつて〉という文言もあります。どこかの国の大統領やどこかの首相に聞かせてやりたい文言です。

 以上に見るように、日本国憲法前文は、古くなるどころか、ますますリアルになる一方です。
 
 第二は、第9条です。

 周知のように、この条項は、自国同胞310万人と、アジア諸民族2000万人の犠牲の上に定められました。
 したがって私は、日本国憲法第9条は、累々と積み重なった白骨の丘の上にそびえたつ「墓標」であり、同時に「道標」であると思っています。だからこの第9条の本質を理解するためには、アジア太平洋戦争の歴史を学ぶことが不可欠です。
 しかし、この国の保守政権と文部官僚は、戦後70年、一貫して学校教育から戦争の歴史を抹消しようとあの手この手を使ってきたのでした。

枝元なほみさん(料理家)

【前文】
理想も語れないで「ナンボのもんじゃい」!

 憲法の前文が大好きです。理想の「ありたい姿」が堂々と語られていて、とにかくすばらしい。私はクリスチャンではないけれど、クリスチャンにとっての聖書ってこんな存在なのかな、と思う。それくらい大事な存在です。
 今って、理想を語ると「お花畑だ」とか「ものを考えていない」とか言われがちでしょう。でも私は、理想さえ語れないで「ナンボのもんじゃい」と思うんです。
 やりたいこと、やらなくちゃいけないことがあったときに、できない理由を探して「難しい」と言うのはもうやめにしました。だって、それってかっこ悪いじゃないですか。難しくてできなかったとしても、「でも、こっちのほうがいいよね、こっちを目指して進んでいきたいよね」と言うほうが、ずっとかっこいいと思うんです。

大江正章さん(コモンズ代表)

【前文、第9条、第21条、第25条、第92条、第99条】
憲法が最高法規であることを、すべての国会議員は自覚せねばならない

  • 前文:第2段落で平和、第3段落で国際協調について格調高く述べているから。
  • 第9条:戦争と武力行使を永久に放棄すると定めているから。
  • 第21条:本条で定めた自由が侵されつつあるから。大手メディアは、この条文を守り続けねばならない。
  • 第25条:格差が広がる現在、すべての人が健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有することを改めて確認しなければならない。
  • 第92条:地方自治の権利を定めているから。その本旨とは、団体自治だけでなく、住民の自治に基づいて行われることを自治体首長や議員は認識すべきだ。
  • 第99条:安倍首相が最もわかっていないことだ。憲法が最高法規であることをすべての国会議員は自覚せねばならない。

大矢英代さん(ジャーナリスト)

【第97条、第98条】
日本が抱える「異常」を当たり前にさせないための条文

 私がジャーナリストとして伝え続ける原点には、日本国憲法で保障された「表現の自由」の下に「基本的人権」を守りたいという思いがあるからです。
 それが簡単に反故にされてしまう世の中だからこそ、「憲法を守らなければ」という危機感が私を取材に駆り立てるのだと思います。
 基本的人権は未来永劫、日本国民に約束された「永久の権利」であることを示した第97条。戦争放棄、表現・学問の自由、地方自治……これらを保障する日本国憲法が国の最高法規であり、どんな法律や命令も憲法を犯すことは許されないと定めた第98条。この2つの条文は切り離すことのできないセットであり、日本国憲法の精神を守る、「最後の砦」だと私は思っています。
 民主主義が破綻した今の日本社会、政権の横暴、そして憲法を超越する日米地位協定の存在など、日本が抱える「異常」を浮き彫りにできるのも、やはりこの2つの条文が存在するからこそ。「異常」を当たり前にさせないための、大事な条文なのです。
 日本国憲法は政権の所有物ではありません。私たち市民を守る「私たちの権利」であり、権力者を縛るもの。
 大事な憲法を、みんなで守りましょう!

荻原博子さん(経済ジャーナリスト)

【第9条、第25条】
戦争のない国であってほしい

 戦争のない国であってほしいのと、どんな人でも、最低限の健康で文化的な暮らしができる国であってほしいからです。

おしどりマコさん(芸人・記者)

【第97条】
「さぼってると、先人の努力をムダにするよ!」と戒められる

 先人、今の私たち、将来の方々のことを感じながら、今の私ができること、そしてやりたいことを教えてくれたからです。

〈この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて〉
 選挙権、女性の権利、学ぶ権利、知る権利、集会の自由、表現の自由、思想の自由、宗教の自由、様々な自由・権利を獲得するために闘ってこられた先人のことを思います。
 自由・権利は元々当たり前にあるのではなく、誰かが、踏みにじられている自由や権利を感じ取り、形作り、名付け、共有して、ときには闘い、そうして今、私たちが手にすることができているのだと。
 
〈これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ〉
 いったん名付けられ形づくられ共有された権利・自由でも、ほっといても当たり前に存続するのではなく、「不断の努力」で保持しないと、また無くなるものだと戒めている部分だと感じます。

〈現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。〉
 先人たちが、闘って手に入れてきた権利や自由を、今、私たちが得て、それらを無くすことなく、将来の方々に送らねばならない、そのことが「信託」という言葉で書かれているのだと思います。

 現代でも、全ての権利・自由が見つかって名付けられ共有されているわけではないと思います。〈人類の多年にわたる自由獲得の成果〉は最終結果が出たわけではありません。今、当たり前にしているけど、実は見過ごされている権利、踏みにじられている自由がたくさんあることでしょう。
 私は、まだ名付けられていない権利を見つけ、それを形作り、共有し、未来に送ること、人類の多年にわたる自由獲得の成果をどんどん増やすことに加わりたい!! とテンション上がります!

 第97条を読むと、憲法に「さぼってると、先人の努力をムダにするよ! 頑張りな!」と戒められていると同時に、「まだまだ眠ってる権利や自由はあるから、それを見つけて名付けて、未来の方々のために、贈りな!」と、励まされているように思うのです。

鎌田慧さん(ルポライター)

【前文、第9条】
もっとも攻撃されているのが、この2つ

 前文と第9条が、改憲派にもっとも攻撃されているから。

小室等さん(フォーク歌手)

【第9条】
喉に刺さった小骨のように、目の上のたん瘤のように

 1943年生まれの僕の幼年期、すなわち1950年代。
 大人たちの異口同音な合言葉を集約すると、「戦争だけは金輪際」。その大人たちの合言葉は、憲法9条が下支えしていたのだと、今になって思う。戦地での、内地での、大変だった戦争体験ばなしは茶の間の話題であった(残念ながら、加害はあまりかたられていなかったし、あっても手柄話だった)。
 時と共に、子供は大人に変化する。
 武力組織が、警察予備隊、保安隊、自衛隊などと言い換えられている間に、大人になった子供たちは戦争を話題にしなくなってしまった。

 改めて、日本国憲法第9条。
 〈日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。〉

 世界に誇りたい憲法なのに。
 形骸化の一途をたどる条文ではあるけれど、さらなる形骸化戦略を阻止するために、形骸化を逆行させるために、喉に刺さった魚の小骨のような存在として、目の上のたん瘤のような存在として、9条を守り通さなければと思う。
 武力をもって事に当たらないという、この美しい9条の、真の実現に深い関心を持っています。

坂手洋二さん(劇作家・演出家)

【前文、第1条、第12条】
平和は、一方的に実現させることができるものではない

 もっとも関心があるのは前文です。
 とくに、
〈日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚す るのてあつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持 しようと決意した。〉
 の中の、
〈平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して〉
 という文言です。
 平和は、一方的に実現させることができるものではない。お互いに平和への希求に基づいて存在していると信頼しあわない限り、達成できない。当たり前のことですが、「自分よりも相手」を大切にする精神を相互に持ち得る状態になったとき、初めて、「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去する」ことができるのです。
 
 条文では、
・第1条(天皇の地位・国民主権):〈天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く〉になります。
 天皇を「君主」の座にしないために「象徴」にしたことは理解できるのですが、「象徴」とは何か、が不明瞭であるために、玉虫色に運用されているように思います。いろいろな矛盾を吸収するためにそうなっていることはわかりますが、いつこの項目が拡大解釈されたり、改悪されたりしないとも限りません。この条文を目にするたび、天皇制の廃止に向かって、どのようなステップを踏むべきか、問われている気がします。

 次に、
・第12条(自由・権利の保持義務、濫用の禁止、利用の責任):理由は、国民主権の憲法である以上、国民は、憲法と現実の社会に対して常に開き、「不断の努力」をしていなければ、「自由及び権利」を維持できないということ。「国民主権」とは、受動として常に無制限に与えられ保障された権利であるということではなく、自分もまた憲法によって保障された共同体の一員として、自覚的に行動していなければならないという点です。選挙権を放棄し、悪政や誤った司法判断を見過ごしてはならないということなのです。今の時代だからこそ、その「責任」を痛切に自覚します。

紫野あすかさん(三鷹市議会議員)

【第9条、第25条】
全ての条文の基本になるもの

 何と言っても第9条が素晴らしいし大好きなのですが、私は第25条も好きです。
 どんな人も健康で文化的に生きられる権利、生存権は全ての条文の基本になるものだと思うからです。社会保障の切り捨てを続ける安倍政権は1日も早く終わらせないと国民の命は守れません。


その2につづきます