第10回:パンデミック後の社会:経済と環境を同時に回復させられるか(岸本聡子)

ロックダウン解除に向かう欧州

 私が働く市民運動のためのシンクタンク「TNI」は、4月の初めから「コロナ危機:国際主義の対応」と題して毎週水曜日にオンラインセミナー(※1)を開催してきた。毎回、テーマに沿った4~5人の専門家やアクティビストがスピーカーとなり、質疑応答も含めて1時間半という構成だ。

 このセミナーは、TNIの各チームがそれぞれの専門領域を活かして企画している。初回から参加者は900人を超えていて、その後は毎回1000人を超える反応に、私たちスタッフも驚いている。毎回70カ国以上からの参加があり、世界中で多くの人が、この新型コロナウイルス(コロナ)による危機を「変革のための力にしなければいけない」ととらえて、知恵やビジョンを求めているのを感じる。5月に開催予定のセミナーで、私のチームが担当しているテーマは、「グリーン・リカバリー」(後述)「公共の再生」「フェミニストの対応とビジョン」だ。

※1:過去のオンラインセミナー(ウェビナー)は、すべて録画で視聴可能(英語)。これまでのテーマは「危機下での国家の支配」、「医療や保健を企業から取り戻す」、「グルーバルな食糧システムと不平等」、「来たる世界経済危機」「コロナ危機:国際主義の対応」。リアル配信時は、スペイン語、フランス語の同時通訳あり。

 コロナのパンデミック(世界的流行)による世界的な経済不況の深刻さは、いまだ計り知れない。人々の安全、生活や雇用をまずは守らなくては、という考えのもと、このコラムの第9回や番外編(その1その2)では、経済補償に触れてきた。私が住むベルギーでは、感染のピークを越えたとの見方から政府が今後の措置を発表し、少しずつロックダウンを解いていく計画が事細かに示されている。たとえば学校は、一部学年のみ5月18日から再開し、クラス編成は10人……などだ。レストラン、カフェ、ホテルの再開は6月になるようだ。

コロナ危機から、どう経済回復するのか

 コロナ危機による経済補償や経済刺激策、そして企業救済のための財源をどうするのかという重く避けられない議論が、日本でもEUでも起きている。最大級のコロナ危機に直面しているイタリアとスペインでは過酷な状況が続いているが、巨額の財政出動の圧迫だけでなく、危機が落ち着いたあとも両国への観光客の激減はかなり長期にわたるだろう。両国とも観光業への依存が高い国だ。

 EUのユーロ経済圏には「債務を共有しない」というルールがあるために、欧州中央銀行は共同債権を発行できない。それでも、「欧州連合として今こそ連帯すべき」という気運が一度は高まり、3月にはユーロ共同債権としての「コロナ債」を発行する案が合意しかけていた。しかし、EUのなかでも経済的勝ち組といえるドイツとオランダが、他国の債務を引き受けたくないと猛反発。結局、4月9日に、総額5400億ユーロ(約64兆円)のコロナ経済対策を行うという合意に落ち着いた。これは、共同債権によるある程度の痛み分けを求めたイタリアとスペインなどの国々にとっては、かなり後退した内容であった。

 EUの議論は「地域統合」と「国家主権」の板挟みのような形になっているので複雑だが、コロナ危機が収束に向かえば、日本でも欧州でも「経済救済で作った借金を、どう返すの」となることには変わらない。

 前回のコラム番外編でも述べたが、2008年のリーマン・ショック(世界経済危機)を思い出さなくてはいけない。民間銀行の救済のために国債を発行し、金融危機を引き起こした金融機関を救済したが、それは全て国民の借金になった。そして、それを返済するための緊縮財政によって、教育、文化、社会福祉、公共サービスの予算が削られ、民営化も進んだのだ。

 実のところ、この10年で一番圧縮されたのが、医療保健分野だといわれている。病床の削減、清掃など医療以外サービスのアウトソーシング、新規採用なし、公的補助金・投資の削減、医療備品や設備は最低限必要な量のみ……といったメニューの結果、日常のオペレーションをぎりぎり回すのが精いっぱいの状態となった。水道や電気もそうであるが、災害を含めた危機に対応できる人材と体制こそが命を守る公的セクターの要であり、それを支えるのが社会の共同の責任である。しかし、その考えを、新自由主義はとことん破壊してきた。イタリアとスペインがその影響を激しく受けた国であることも不運というしかない。

 こうした失敗を繰り返させないために、欧州の市民社会は声を上げはじめている。イタリア・ミラノ市、オランダ・アムステルダム市、フランス・パリ市、スペインの主要8都市の市長が共同で意見記事を出し、コロナ危機後の経済的な対応策として、公共サービスやケアの仕事に従事する人々に投資するべきであること、そして緊縮財政は決して受け入れられないと主張した。

「公正な税制」と「グリーン・リカバリー」

 私は、コロナ危機後の資金繰りについての議論を、より良い未来を目指す発展的なものにするためのキーワードが「公正な税制」と「グローバル・グリーン・ニューディール」もしくは「グリーン・リカバリー」ではないかと思っている。これは、各国の運動体やEUのなかで、現在進行形で議論されているテーマだ。

 大まかに説明すると、気候危機の回避と低(脱)炭素化社会移行のための大規模な公共投資と財政出動を行うのが「グリーン・ニューディール」(GND)である。1930年代にフランクリン・ルーズベルト米大統領が世界恐慌を克服するために行なった大規模な財政出動の「ニューディール」政策に由来している。このGNDと、コロナ危機からの経済回復のための救済や投資をなるべく整合させて、回復後の経済がよりグリーンなものになるように誘導しよう、というのが「グリーン・リカバリー」である。

 「グリーン・リカバリー」の前に、そもそものGNDの具体例を挙げたほうが、イメージしやすいかもしれない。さまざまな政党やシンクタンクが、かなり幅のあるGND政策を提案していて、GNDといっても国や地域によって大きな違いがある。その中でも際立っているのが、米元大統領候補のバーニー・サンダース陣営が2019年に発表した「サンダースGND」と、ジェレミー・コービン元党首のもとで英労働党が2019年の総選挙の公約として発表した「労働党GND」だ。

 前者は、学生たちの気候変動ストライキが全米的な若者の環境運動に発展した「サンライズ運動」が推進力に、後者は、やはり若者中心の政治運動「モメンタム」が立案の推進力となったことも興味深い。若者の運動から押し上げられた政策なのだ。

 「サンダースGND」は、2050年までに完全な脱炭素社会に移行することを目指し、環境と生態系を回復させるために、公的資金を合計16.3兆ドル出動させるというもの。その過程で、2000万人の新しい雇用を創出する。富裕層、企業からの増税、軍事費の縮小、化石燃料産業への補助金の停止、そして雇用の創出によって15年で元が取れると計算している。サンダースGNDの最大の特徴は、今まで社会投資が十分に行われてこなかった「有色人種が多く、貧しいコミュニティ」、「化石燃料からの汚染にさらされる(フロントライン)コミュニティ」(※2)、そして「若者の雇用」の再生が核になっていることだ。

※2:化石燃料の採掘現場や火力発電所に近隣した場所などは、先住民や貧困層が住んでいることが多く、喘息など呼吸器系疾患や他の健康被害が著しく高い

 英・労働党GNDでは、9つの主要政策を挙げているが、やはり地域・労働者目線なのが特徴だ。両方に共通する政策の一部として、下記のようなものがある。

  • 集合住宅や公団住宅などの断熱工事を行い、熱効率をよくすることで、低所得世帯の燃料費を下げる
  • 上記の住宅改装のための職業訓練を、労働市場から疎外されてきた若者に提供して仕事を生む
  • 地域主導の小規模なグリーンインフラ整備(コンクリートをはがして雨水を吸収する地表にすること、屋根緑化、雨水利用など)で地域の雇用創出や活性化につなげる
  • 地域分散型の地域暖房システムや小規模水力発電の普及
  • 社会投資によって、公共交通網や高速インターネットを低所得者が利用しやすいようにする
  • 電気自動車への買い替え支援プログラム

 さらに、米・サンダースGNDと英・労働党のGNDは、

  • 「公正な移行」(化石燃料産業で働く多くの労働者を取り残すことなく、補償を行いながら新しい仕事へのトレーニングを提供すること)
  • 国際協力や気候変動難民支援を含んだ国際主義
    •  という点でも共通している。

      欧州グリーンディールとコロナ危機

       折しもコロナ危機前の2019年12月、EUは「欧州グリーンディール」(EGD)という大きな政策枠組みの合意に達していた。これは欧州版のグリーン・ニューディールと言える。EGDの内容は、EU加盟27カ国統一で2050年までにカーボンニュートラル(炭素中立)を実現するという大目標に向けての調査・研究、公共交通の整備、住宅リノベーション、エネルギー産業の転換、雇用創出、国際協力に、1000億ユーロ(約12兆円)を投入するというものだ。

       EGDは、前述したサンダースや英労働党のGNDとは、かなり毛色が違うように見える。具体的な政策はまだこれからとはいえ、現EUの新自由主義的レシピがにじんでいるようだ。公的資金の直接的な出動や公的投資よりも、グリーン債権のような商品やインフラ整備に機関投資家の投資を向けさせる従来的な政策がメインで、民間資金の投資や技術開発への過剰な期待がある。それでも、EU加盟27カ国が合意した大目標の意義は大きい。

       さらにコロナ危機を受けて、EU加盟10カ国の環境相から、コロナ危機からの経済回復のための経済刺激策はEGDと統合すべきであるという「グリーン・リカバリー」案が出された。9日の時点でドイツ、フランスを含む15カ国が支持を表明している。気候危機はコロナと同様に、緊急・深刻なグローバル危機である。経済回復とEGDに2度大金を使うより、一度で「目指す社会」に移行しようという理にかなった話だ。

       苦労して合意したEGD政策枠組みを基盤にして、コロナ危機からの経済復興を果たそうという議論は、EUの最もパワフルな意思決定機関である欧州理事会まで届き、4月23日に「復興へのロードマップ:より弾力性に富む、持続可能で公正なヨーロッパへ」という声明が発表された。EUは、産業のデジタル化と現代化も含めて、グリーン・リカバリーで世界のリーダーシップをとると意気込んでいる。

      いまこそ「公正な税制」を政治課題に

       コロナ危機後に必要なのは、実体経済を担う労働者と中小企業を救済し、経済復興のなかで産業や社会を転換し、気候危機を回避することである。では、その財源をどうするのか。

       日本でもグローバルでも「公正な税制」を主要な政治課題にする最大のチャンスかもしれない。短期的な為替取引に低率で課税するトービン税(金融取引税)導入を求める運動の歴史は長いし、租税回避地(タックス・ヘイブン)を使った企業や個人の資産移転と脱税が明らかになってから、もう何年も経っている。租税回避地を使わなくとも、GAFA(Google・Amazon・Facebook・Apple)などの大企業は巨額の利益を世界中で上げながら、さまざまな脱税・節税の工夫を駆使して、フェアな税金を払っていない。これは誰もが知る事実だ。ここ数年でデジタル巨大企業による市場独占はますます進んでいる。

       世界163カ国2000万人の労働者を組織する国際公務労連(PSI)の事務局長ローザ・パバネーリは、最初に取り組むべきことは「公正な税制」だとはっきりと言っている。PSIメンバーの半数以上である1400万人が、医療、保健、ケア分野の従事者であり、コロナ危機によって文字どおり一番危険な最前線に働く労働者である。過酷な状況のなかで、各国の労働者やPSI加盟組織支援のリーダーシップをとる彼女は「COVID-19後の新しいグローバル経済ビジョン」を発表した。

       その中で、新自由主義下で平均25%まで下がった法人税を、少なくとも90年代と同様に、50%まで回復させるべきと主張している。またGAFAをはじめとするデジタルジャイアントには即座に課税し、大企業と富裕層のタックス・ヘイブンを使った租税回避を終わらせることも求めている。

       日本の話をすれば、法人税が23.4%と低い上に、大企業にだけ租税特別措置があり、公正な税制からはほど遠い。多くの人が指摘しているように、所得の低い人ほど重い負担がかかる消費税は上がる一方なのに、その税収は企業の法人税減税分に補填されるかのように吸い取られ、社会福祉に充てられるわけでもない。企業の内部留保は7年連続記録を更新し、2018年は過去最高の463兆円を超えている。それにもかかわらず、賃金は上がらない。むしろ労働分配率(企業の収入に占める人件費)は下がっている。公正な税制というという意味では、やるべきこと、やらなくてはならないことの宝庫だ。危機を改革の力にする鍵は、ここにもある。

       経済と生活を守りながら、医療や介護、福祉、教育、保育なども含めたケアの仕事を脱炭素化社会の中心に据えることを番外編で提案した。グリーン・リカバリーを念頭に置いて、ビジョンをもう一歩進めたい。地域に根付いた農業をはじめとする一次産業や加工や給食など多岐にわたる食のサービス、自然エネルギーに関連した生産とサービスは、新しい技術を生かし、働きがいのある雇用をつくるだろう。

       パンデミックによって食料の調達から消費までの長いサプライチェーンの脆弱性が明らかになった。ことに食べ物は、環境負荷が高いグローバルなサプライチェーンから、県や地方といったより身近な地域を中心にしたものに移っていく図は想像しやすい。自治体、学校、病院、大学などの公的機関は、公共調達で積極的に地域からサービスやモノを購入し、地域経済の発展に結びつけることも、このビジョンの重要な一部だ。

       さらにもう一歩先を考えたときには、労働者、消費者、利用者、居住者の協同組合が、地域の人材、資源、サービス、資金を域内で循環させる推進力になり得るだろう。例えば、働く人たちが対等な立場で所有する協同組合をつくり、グリーンインフラの仕事を担うようになれば、さらに仕組みは持続的になるだろう。これは、米ニューヨーク州のバッファローやミシシッピ州のジャクソンに力強い取り組みの例がある。さらに、ロンドン自治区のひとつイズリントンでは、地域の人材を育て雇用することを条件に、地域のスタートアップ企業に安価な事務所スペースを提供する取り組みがある。日本にも数々の先進的な事例があると思う。

       環境と経済の回復を同時に目指すグリーン・リカバリーは、その枠組みよりも、むしろ、その中身となる具体的な地域の取り組みのほうが重要だ。投資や技術だけが独り歩きするような政策ではなく、しっかりと地域の取り組みに力を与えるものでなければならないと思う。

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      ●TNIのオンラインセミナー「危機下での国家の支配」を、4月29日(水)ヨーロッパ時間16時(日本時間23時)から開催します。どなたでも登録すれば参加可能(英語・スペイン語・フランス語)。詳しくはこちらをご覧ください。

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      ●岸本聡子さんの著書『水道、再び公営化! 欧州・水の闘いから日本が学ぶこと』(集英社新書)が発売になりました。

岸本聡子
きしもと・さとこ:環境NGO A SEED JAPANを経て、2003年よりオランダ、アムステルダムを拠点とする「トランスナショナル研究所」(TNI)に所属。経済的公正プログラム、オルタナティブ公共政策プロジェクトの研究員。水(道)の商品化、私営化に対抗し、公営水道サービスの改革と民主化のための政策研究、キャンペーン、支援活動をする。近年は公共サービスの再公営化の調査、アドボカシー活動に力を入れる。