非武装中立は“お花畑”ではない コスタリカのリアル(田端 薫)

 4月27日東京で、軍隊を持たない平和憲法の国コスタリカを紹介するドキュメンタリー映画『コスタリカの奇跡 積極的平和国家のつくり方』の上映会と監督来日公演シンポジウムが開かれました。その報告と感想をスタッフから。

 平和憲法と言えば日本の専売特許と思われがちだが、とんでもない。軍隊を持たないことを憲法に定め、それを70年守り続けている国がある。中米のコスタリカだ。人口およそ480万人、面積は九州と四国を合わせたほどの小国だが、この国の非武装は本物だ。国内の治安を守る警察官や国境警備隊はいるが、規模は数千人ほど、武器らしい武器は持たずほぼ丸腰といっていい。戦争放棄をうたいながら自衛隊という巨大な軍事力を持つ日本とは大違いだ。

 コスタリカが軍隊を放棄したのは、1948年の内戦で多くの人命が失われたことがきっかけだった。終結後に誕生したホセ・フィゲーレス・フェレール率いる新政府は「もう戦争はこりごりだ、そもそも軍隊があるから戦争が始まる、武器を捨てよう、軍隊はいらない」と、常備軍の解体を宣言したのである。子どもにも分かるシンプルな発想ではある。

 軍隊を放棄した小国はその後どうなったか。外国に侵略されて滅びた? それともやむなく再軍備した? 否。軍事予算をゼロにしたことで教育、医療の無料化を実現、さらには中南米の平和構築に貢献するなど、「地球幸福度指数」2016(環境持続可能性や人々の幸福度、健康を計る指標)のナンバーワンに輝く平和、福祉、環境先進国になったのである。

 そんな夢のような話があるのと、半信半疑で見たのがドキュメンタリー映画『コスタリカの奇跡 積極的平和国家のつくり方』である。映画は軍隊廃止の歴史的経緯、軍事費を福祉や教育に当てたことで、どのような社会が実現したか、冷戦時代の危機をどう乗り越えたか、軍事力に頼らない安全保障とはなど、積極的平和国家の作り方を、歴代の国の指導者、学者、ジャーナリスト、そして市民へのインタビューを通して描いている。

 この映画を作ったのは、環境運動や国際人権活動などに携わってきたアメリカ人社会学者マシュー・エディーさんとマイケル・ドレリングさん。ふたりが映画制作を思い立ったのは、イラン・イラク戦争を機にますます軍事大国化し、それに比例するように教育、医療格差が広がる母国への懸念からだった。力に依らない国家安全モデルはないだろうか。その答えを、アメリカとは正反対の道を進むコスタリカに求めたのである。「平和憲法を変えようという動きのある日本にとってもヒントがあるはず。ぜひこの映画を見てもらいたい」と両監督。

 映画は、軍事費をゼロにすると、人々の暮らしはどうなるのか、どんな社会が実現するのかをリアルに描いている。コスタリカは48年軍隊を解体したとき、「兵士の数だけ教師を」のスローガンのもと、当時の予算の3分の1を教育費に当てた。さらに憲法にはGDPの8%を教育費に使うと明記されている。コスタリカの学校では対話を重視する教育が行われ、憲法、平和、人権などについて、活発な論議が交わされる。その結果、憲法は自分たちのためにあるという共通認識が社会全体に浸透している。教育の機会均等、水準の向上により、さまざまな格差が縮小し、多様性を尊重する共生社会が生まれる。競争するよりみんなで助け合った方が暮らしやすい、幸せだということを、コスタリカの人々は身をもって実感しているのだ。

 映画に描かれるコスタリカの歴史は、「他の国が攻めてきたときにどうするの」という素朴な疑問にも答えてくれる。米ソの冷戦時代、中南米ではあちこちで内戦が起こり、そこにアメリカが介入しと混乱の極みにあった。コスタリカの平和主義も危機に直面した。そこで当時の大統領オスカル・アリアス・サンチェスがとったのは、平和憲法を自国だけでなく世界に輸出することだった。まずは自国の永世非武装積極的中立を宣言、そして国際社会、国際世論に訴えかけて、ニカラグア、エルサルバドル、グアテマラの内戦を対話によって終わらせる道を開いた。その功績が評価され、アリアスは1987年ノーベル平和賞を受賞している。

 コスタリカが軍に変わる安全保障の拠り所としているのは、国際司法裁判所や国連などの国際機関、そして地域の集団安全保障体制である。ちなみにコスタリカは、南北アメリカ諸国が参加する集団安全保障体制である「米州相互援助条約」(通称リオ条約)に加盟、非軍事的協力を約束している。記憶に新しいところでは、昨年7月に調印された核兵器禁止条約。これは20年前にコスタリカが提案したもので、今回の会議の議長もコスタリカ人だった。こうして平和国家であることを実践的に証明し、不断の努力を内外に示し続けることが最大の抑止力になっているのだろう。

 「コスタリカは小さい国だからできるんだ」「麻薬とかいろいろな問題がある、ユートピアではない」など、いくらでも異論はあろう。だが、映画を観てつくづく思うのは、非武装中立は机上の理想論ではないと言うこと。コスタリカにとってそれは崇高なイデオロギーと言うより、現実的、合理的な選択だったのだ。経済力が限られる小国において、膨大な軍事予算を使うことがいかに非合理か、それより教育や福祉に回す方が国民の幸せ、国の発展につながるというある意味「その方が得」という賢明な判断だったのだと思う。いまどき日本では「非武装中立」などというと、カビの生えた夢物語と冷笑されそうだが、コスタリカの現実を、非武装中立のリアルを見よ! お花畑なんかじゃないことが、よくわかるはずだ。

(田端 薫)

右がマシュー・エディーさん、左がマイケル・ドレリングさん