沖縄で起こっていること〜沖縄の問題はわが国全体の問題〜 講師:伊志嶺公一 氏

今回の講演では、普天間基地や嘉手納基地の爆音差止訴訟、辺野古や高江オスプレイパッドに関連する訴訟など多数の事案にかかわりながら、沖縄の人々の暮らしを守るため不条理な現実と闘い続けていらっしゃる伊志嶺公一先生にお話しいただきました。
「本土復帰の年、1972年に生まれた私は、沖縄と同い年という感覚でいるんですよ」と伊志嶺先生。沖縄の歴史を辿りながら基地問題について学ぶとともに、沖縄の抱える問題がいかに私たち一人ひとりに密接に関わっているかについて考える講演となりました。

戦争の爪痕を感じながら育つ中で

 2017年のアカデミー賞を2部門で受賞し、作品賞にもノミネートされたメル・ギブソン監督の『ハクソー・リッジ』という映画をご存知でしょうか。この映画の舞台である浦添市前田は、沖縄での地上戦において4家族中1家族は全滅したといわれるほどの激戦地でした。私は、その前田で育ちました。
 私が生まれた頃にも戦争の後遺症がたくさん残っていました。例えば、不発弾がたくさん出て来ました。サトウキビ畑から出た不発弾は畑の横に置かれ、その横を通って私たちは学校に通っていました。戦争の後遺症によって、精神バランスが崩れた高齢者が夜中に徘徊していたり、国道では米軍の戦車が走っていたり。米軍による事件事故もとても多く、全国的に報道されていない事件や、立件されていないものもたくさんありました。
 テレビをつければ本土ではディズニーランドで楽しそうにしている映像が流れる一方で、沖縄ではハチマキをした大人たちが基地反対運動をしている。「なんだ、このギャップは?」と思いながら育ちました。
 その後、私も沖縄のために働きたいと思うようになりましたが、そのためには何か“武器”を持たなければいけないと思い、法律を勉強して弁護士になりました。

戦争は終わったが地獄は続いていた

 沖縄の基地問題を語るには、沖縄の歴史に触れなければなりません。沖縄の人たちは、昨日、今日で基地反対を訴え始めたのではないのです。
 1879年、約500年続いた琉球王国が強制的に日本に併合され、皇民化教育がなされた沖縄では、第二次世界大戦下は「捨て石」として日本で唯一の地上戦が行われ、4人に1人が亡くなりました。戦争が終わりようやく平和がおとずれるかと思いきや、1952年に結ばれたサンフランシスコ講和条約で、沖縄は本土の主権回復の代わりに米軍占領下におかれ、土地収用問題や米軍機墜落事故、米兵による婦女暴行などさまざまな事件事故に苦しめられてきました。
 1959年に起きた宮森小学校米軍ジェット機墜落事故では、児童11名を含む17名が亡くなり、児童の焼けこげた遺体の様子は住民に大きな衝撃を与えました。以前、この事件を後世に語り継ぐ活動に尽力された豊濱光輝さんに、私が担当した嘉手納爆音訴訟で証言をしてもらったことがあります。ジェット機やヘリの音とは、単にうるさいというだけではなく、人々に墜落の恐怖や戦争の記憶を呼び覚ますものだということを裁判官に分かってもらうべく証言をお願いしたのですが、法廷で涙を流しながら話す豊濱さんの姿を見て、どれほどしんどい思いをされてきたのだろうか、想像に絶することだとあらためて痛感しました。
 沖縄は、1972年に日本に復帰しました。しかしながら、「本土復帰したら平和な暮らしが訪れる」という人々の願い空しく、復帰後も米兵による事件事故は続きました。1995年に起きた少女暴行事件により県民の怒りが爆発し、基地の整理・縮小を求めるうねりが高まりました。
 さすがに米軍や日本政府も危機感を感じたのか、SACO(Special Action Committee on Okinawa:沖縄に関する特別行動委員会)合意が結ばれ、「普天間基地の全面返還」が決定しました。東京にいた私はテレビでこのニュース速報を見たのですが、「返ってくるんだ!」とものすごい衝撃を受けたのを覚えています。
 しかし、この「全面返還」にはすべて条件が付されていました。後に、負担軽減に名を借りた、米軍基地の固定化・機能強化の合意だったことが判明したのです。

住民を排除し新設される高江ヘリパッド

 SACO合意によって広大な北部訓練場はその過半の面積が返還されることになりましたが、合意の内実は「使用不可能な土地を返すから、使用可能な設備を新しくよこせ」というものでした。中でも、北部訓練場については、従来のヘリパッドを廃止するものの、6つのヘリパッドが東村高江集落をぐるりと取り囲むように新設される計画でした。このような要求は、当然高江の住民をはじめ沖縄の人々には認められませんでした。
 2007年、テントを立てて監視と座り込みによる抵抗運動を始めた高江住民に対し、当初、国は通行妨害禁止の仮処分の申立を行うなど弾圧とも思える態度を示しましたが、その後の状況は割と落ち着いていました。しかし、ある日突然事態が急変したのです。
 2016年7月10日、参議院議員選挙で自民党の現職である島尻安伊子氏が大敗した翌日、国は工事を再開し、人口約160人の高江集落に約500人の機動隊を投入しました。法的な根拠が不明な違法検問、県道封鎖、反対運動の拠点であるテント撤去、巨大な金網フェンスの設置などを行い、強制的に市民を排除し、国は工事を強行しました。そこでは「報道の自由」及び「取材の自由」を有するはずの記者の立ち入りも制限され、弁護士も排除されました。
 米軍機飛行差止請求を排斥する理論である「日本に米軍の行為を止める権限は無い(第三者行為論)」が裁判所を呪縛していることから、ヘリパッドが完成したら米軍機を止める方法はありません。同年9月21日、住民33名が原告となり高江オスプレイパッド建設差止訴訟を提起しました。迅速な判断を仰ぐため、争点を騒音被害に絞り、住民の生活上の不利益を中心に訴えましたが、結果は住民側敗訴。しかしこの判断は、差止訴訟の保護法益に関する従来の議論を無視し、提出した証拠を無視し、裁判所が設定した基準では違法となるはずの事実を適法とした有り得ない判断でした。私には裁判所がどうしても建設工事を差し止めたくなかったように思えてなりませんでした。
 12月12日に申立人側が即時抗告しました。その翌日のことでしたが、名護東海岸にオスプレイが墜落しました。「オスプレイが落ちた」と島の人々は騒然としました。しかし、事故の情報を何ら開示しないまま、12月19日に米軍はオスプレイ飛行再開を要求し、日本政府は容認。事故なんてまるでなかったかのような政府の態度には、沖縄県民もひどくショックを受けたのですが,沖縄県連の自民党の議員も、沖縄防衛局を前に怒りで号泣していました。それほどショックなことだったのです。12月22日、市民4200名によるオスプレイ墜落に対する緊急抗議集会が開催される裏で、北部訓練場返還式典が盛大に行われました。
 しかし最近になり、新設されたヘリパッドの使用開始時期の見通しが立っていないことが明らかになりました。理由は、「米軍の条件が整っていない」から。負担軽減をアピールするため日本政府が「年内完成」を急ぎすぎた結果だと言われています。では、あの暴力的な機動隊の導入や、不当な裁判や、盛大な式典は何だったのでしょうか。沖縄の人たちはなぜこれほどまでに弾圧されるのでしょうか。同じ日本国民として見られていないのでしょうか。

沖縄では司法さえも忖度されるのか

 高江の問題と同時並行的に進んでいるのが、名護市辺野古の新基地建設強行問題です。舞台となっているのは、青珊瑚の群落が広がり、クマノミやウミガメ、さらには絶滅危惧種であるジュゴンが生息する自然豊かな大浦湾。この生態系の宝庫である静かな湾を埋め立てて、V字型の滑走路を建設しようとする米軍及び日本政府に対し、地元住民らが長年、辺野古テント村を拠点に反対運動を行ってきました。
 埋立て工事を開始するには知事の承認が必要です。2013年12月、それまで基地の県外移設を口にしていた仲井眞前知事が、突然埋め立てを承認し、沖縄県民の間に衝撃が走りました。2014年10月、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古移設反対を公約に掲げた翁長雄志氏が、圧倒的な民意を得て県知事に初当選しました。翁長知事が仲井眞前知事の埋立て承認処分の取り消しを行うと、すぐさま国は行政不服審査請求を行いました。法律を勉強している方はこの請求のおかしさが分かると思いますが、行政主体である国が請求した場合、誰が判断するのでしょうか。国ですよね。多くの行政学者が「請求は不適法である」との声明を出しましたが、行政は適法と認め不服審査を開始しました。
 さらに国は沖縄県に対し埋立承認処分取消についての違法確認訴訟を提起し、2016年12月20日に最高裁で県側敗訴の決定が確定しました。しかし、この判断も通常の行政事件訴訟の考え方からは考えられない法律構成となっていました。従来、行政が行った処分の適否は高度に専門的なため司法は詳細に判断できないはずです。今回の事例で言うと、翁長知事が行った処分取消が違法かどうかは、その判断が適当かどうかでなく、知事の有する裁量権の範囲を逸脱しているかどうかで判断すべきです。しかし今回の最高裁の決定では、「仲井眞前知事が行った事は正しい。よって、それを取り消した翁長知事の行為は違法である」という構成となっており、本来行政の判断の適否を判断できないはずの裁判所が仲井眞前知事の行為は適当であると認定しているのです。沖縄では、司法までもが忖度で動いているのでしょうか。
 今年6月20日、翁長知事は沖縄県議会に国へ工事差止めを求め提訴する議決案を提出しました。テレビを見ていると「翁長知事は懲りずにまたわがままを言っているのか」という印象を与えるかのような報道がなされています。しかし、翁長知事は沖縄の民意を忠実に守って行動しているのです。「基地はつくらせない」という沖縄の意思表示なのです。

沖縄の問題は私たち一人ひとりの問題

 今、沖縄の民意に支えられた翁長知事の行為を国が全力で潰そうとする構図が日本社会の中にあります。また、昨年10月には沖縄の平和運動の中心人物である山城博治さんが非常に軽微な罪で逮捕され、約5ヶ月間もの間、勾留されていました。
 これは弾圧です。私は、このような沖縄に対する弾圧がそのうち全国に広がるのではないかと懸念しています。似たような問題を抱えているのが福島でしょう。地方自治がなくなり、国に地方が支配されてしまう時代がきてしまう前に、沖縄の問題を、他人事ではなく、自分たちの暮らしにも無関係ではない地方自治あるいは基本的人権の尊重にかかわることとして見て欲しいと思っています。
 かつて沖縄の反対運動の礎を築いた瀬長亀次郎さんはよく「不屈の精神」ということを仰っていましたが、この言葉が、今まさに沖縄県民の心に蘇って来ているように感じます。今後も厳しい状況になるとは思いますが、私自身、法律家として、沖縄県民の1人として、出来ることをやっていきたいと思います。

【講師】伊志嶺 公一氏(弁護士、「おきなわ法律事務所」所属、元伊藤塾塾生)
1991年、浦添高等学校卒業。1996年、専修大学法学部卒業。2004年、司法試験合格。最高裁判所司法修習生(第59期)を経て、2006年弁護士登録(沖縄弁護士会)・おきなわ法律事務所入所。沖縄弁護士会では民事介入暴力対策特別委員会委員、子どもの権利に関する特別委員会委員のほか、公益財団法人日弁連交通事故相談センター沖縄県支部委員会委員長、沖縄県いじめ防止対策審議会委員、那覇市こども政策審議会委員、那覇市特別相談員等、さまざまな役職を務める。

 

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