第27回:亥年の参院選、与党も「善戦」、野党も「善戦」、改憲は困難に(柴田鉄治)

 「亥年の参院選」が終わった。12年に1度回ってくる「亥年の参院選」は、自民党にとって地方選と重なるため、大敗して政権交代になったケースがしばしばあり、そのためひときわ注目を集めるのだが、今年の結果は、与党が過半数を占め、亥年の選挙としては「善戦」したといえよう。
 といって、安倍政権が秘かに狙っていた「改憲の発議ができる三分の二」には達せず、与党の大勝とも言えない。
 野党側から見ると、一人区の共闘が成功したケースも多く、安倍政権の最大の狙いでもあった「改憲のための三分の二」が阻止できたのだから、「善戦だった」と総括してもおかしいとはいえまい。
 一方、国民の側から見ればどうか。投票率48.8%は前回より5.9ポイント低く、1995年の44.52%に次ぐ戦後2番目の低さ。それだけ関心を集めることができなかったわけだから、「成功した選挙」とはいえまい。しかも、戦後2回目の50%割れというのだから、選挙の重要性を国民が見失ってきたと言っても過言ではないだろう。
 なかでも、18歳、19歳の選挙権を認めてから間もない選挙だというのに、その18、19歳の投票率が極めて低いのはどうしたことか。初めて選挙権を手にした国民が、投票にも行かないようでは、民主国家としての未来は明るくないといえよう。
 ということで、今回の参院選を高く評価するわけにもいかないが、細かく見ていくと、注目すべき点もいくつか見えてくる。まず、女性の参議院議員が史上最多の56人になったこと。独特の狙いを掲げた「れいわ新選組」「NHKから国民を守る党」が政党としての要件をみたしたこと。なかでも「れいわ新選組」が重度障害のある候補者2人を議員に送り出し、国会議事堂のバリアフリーを実現させたことなどは特筆すべき点だろう。
 野党共闘の成果を論じるには早すぎるが、目指すべき方向は示されたとはいえようか。野党が細かく割れていては、自民党に対抗できるはずもない。
 今回のれいわ新選組と同じように、「政党要件」を満たさない新興政党が国政選挙で議席を獲得したことが以前にもある。1992年5月に元熊本県知事の細川護熙氏が設立した日本新党だ。設立から2か月後の参院選で4人が当選。翌年に行われた衆院選でもさらに支持を広げ、細川氏は党設立から1年あまりで連立政権の首相に就任することになった。
 れいわ新選組の支持拡大に、他の野党も「ラブコール」を送っている。立憲民主党も、国民民主党も、共産党も「協力できることは何でも協力していきたい」などと言い、れいわ新選組代表の山本太郎氏も「他の野党と手を組まないことには政権交代まで行けない」と連携に前向きだ。とはいっても、山本氏は「消費税減税」は譲れない一線だとしており、野党連携の行方は目下のところ未知数である。
 一方、安倍首相が目指す「改憲」には与党内からも反対の声が強く、実現は難しいといわれている。しかし、安倍首相はまだ諦めてはいないようで、とくに日本維新の会や国民民主党に期待を寄せているようだ。

ハンセン病家族訴訟判決、「控訴へ」と朝日新聞が大誤報

 先月の「論点」は、ハンセン病患者の家族が国に損害賠償などを求めた訴えに熊本地裁が判決を出す直前だったため、「シバテツ事件簿」で「判決に注目しよう」と書いた。結果、判決そのものは原告勝訴で、家族の人たちをホッとさせる内容だった。ところが、敗訴した国が控訴するかどうかをめぐって、朝日新聞が7月9日の1面トップで「控訴へ」と報じた記事が大誤報となる展開となった。ただの間違いではなく「メディア事件」ともいうべきものなので、今月はこの問題を取り上げたい。
 まず、朝日新聞の9日の記事の内容は、「政府は控訴して高裁で争う方針を固め、家族に対する経済的な支援は別途、検討すると、政府関係者が8日明らかにした」と報じたもので、この「政府関係者」が誰かは記さなかった。翌日の1面トップ記事は、「安倍晋三首相が『異例のことだが、控訴しない』と表明。政府内には控訴して高裁で争うべきだとの意見が大勢だったが、最終的に首相が判断した」と報じ、「誤った記事、おわびします」の社告も1面に載せた。
 そして3面に全面を使って「首相『異例』判断」という大見出しとともに、朝日新聞社政治部長の「本社記事、誤った経緯説明します」という釈明記事を掲載した。その内容は「法務省や厚生労働省、首相官邸幹部は控訴すべきだという意向で、あとは安倍首相の政治判断だったが、それも首相の意向を知り得る政権幹部に取材した結果、控訴する方針は変わらないと判断した」と説明している。
 ここでも「首相の意向を知り得る政権幹部」とは誰なのかを明示していないが、とにかく安倍首相が政権幹部の意向をことごとく引っくり返した、ということらしかった。それともう一つ、裁判の結果を控訴するかどうかの記事は、社会部の担当であるはずなのに、朝日新聞の前日の記事は政治部の出稿だった、という点も異例だったといえよう。

朝日新聞は「安倍首相に、はめられた」といった説がネットに

 こうした「異例」の積み重ねの結果だということで、「朝日新聞は安倍首相に、はめられたのではないか」という噂がネットに飛び交ったようである。その噂には、首相だけでなくNHKも関与しているという話までついているのだから驚く。
 安倍首相が控訴しないと決断したという情報を、NHKが同じ9日の午前時に電子媒体に流したというのだ。午前2時といえば、朝日新聞の最終版が刷り始められた時刻で、もう刷り直しができない時刻である。つまり、安倍首相とNHKが仕組んで「朝日新聞に大誤報をさせた」というのである。
 この噂を聞いたとき、私は「それはないだろう」と思った。第一に、朝日新聞の評価を下げるためにそんなことまでしたことが明るみに出たら、それこそ安倍政権は存続できない。そんな無茶はやるはずないと思ったのだ。
 第二に、政府が控訴しなければ原告の患者家族たちは大喜びするのである。朝日新聞を貶めるために「控訴せず」に変えたといえば「朝日のおかげ」と勘違いする人もあるかもしれない。第三に、記事にこそしなかったが朝日以外のメディアも「政府は控訴する方向」という情報をつかんでいたことが、10日付けの読売新聞の解説記事からなどもうかがえるからだ。
 つまり、控訴する方針を安倍首相が引っくり返したのは、朝日新聞を貶めるためではなく、参院選の真っただ中で政府・与党の評価を高めようとしたためだったのではないかと想像する。そうだとしたら、「メディア事件」とはいっても、朝日新聞の政治部に安倍首相の意向を確認できる記者がいなかった、ということにすぎないのかもしれない。
 とはいえ、週刊誌の見方は大きく割れて、『週刊新潮』は「朝日がはめられたなんて、とんでもない」というのに対し、『週刊文春』は「官邸の幹部が朝日をはめようとしたと考えられる」と、報じていた。

元徴用工問題の「報復」に、半導体部品の輸出規制措置とは!

 今月の論点としてはもう一つ、韓国の司法が元徴用工に対して救済措置を命じたことへの「報復」として、日本政府が半導体材料など3品目の輸出規制措置をとったことから、日韓関係が急速に冷え込んだ問題がある。
 植民地支配をした国とされた国、それを、足を踏んだ人と踏まれた人に例えることがよくある。踏んだ側はすぐ忘れるが、踏まれた側は忘れない。日韓関係をその比喩から論じることがよくあるが、日本政府の輸出規制措置から「報復合戦」に発展したこの問題も、そのケースに近いだろう。
 日本の輸出規制措置に対抗して、まず韓国側が世界貿易機関(WTO)に提訴するほか「国際法、国内法上の措置などでも断固として反応する」と猛反発。さらに、文在寅・韓国大統領まで「日本は当初、徴用工訴訟の判決を理由にしていたが、国際社会の理解が得られないとみると、戦略物資の密輸や北朝鮮への制裁履行違反に疑惑があるように言葉を翻した」と日本非難を口にした。
 それに対して河野太郎外相が韓国の駐日大使を呼びつけ「極めて無礼だ」と声を荒げて、まさに「足を踏んだ側」としての恥ずかしい姿勢を世界に示した。河野太郎氏の父親、河野洋平氏は、韓国の従軍慰安婦問題に対して謝罪する「官房長官談話」を出した人であり、こんな無礼な姿勢を示していては、父親の成果まで反古にしてしまうことになろう。

「安倍外交」は落第点?

 最隣国との関係がここまで悪化しては、安倍外交にも及第点はつけられまい。安倍首相は世界50か国以上も飛び回り、ロシアとの首脳会談も20回以上、日米首脳会談も同盟国の中では多い方で、「外交」は安倍首相の得意技だと言われてきたが、これでは「落第点だ」と言わざるを得ない。
 日本のメディアの中では、読売新聞の社説は韓国側を厳しく批判しているが、安倍政権に近いといわれる日経新聞まで、この問題に限っては日本政府を激しく批判していることを指摘しておきたい。
 この日韓関係の修復に、米国のトランプ大統領が仲介の労をとってもいいと申し出たが、安倍首相は沈黙のままで、目下のところ動きはないようだ。

「板門店で会いたい」米大統領のツイッターで米朝首脳会談が実現

 安倍首相からの「無条件での日朝首脳会談」の申し入れには無反応の北朝鮮も、トランプ大統領からの「板門店で会いたい」という突然のツイッターには、金正恩委員長がすぐに反応し、6月30日、米朝首脳会談が実現した。米大統領が北朝鮮の地を踏んだのは史上初である。
 朝日新聞の7月10日のオピニオン欄で、映画評論家の町山智浩氏が「独裁者同士の連帯が生んだ奇妙な平和だ」と論じていたのが興味深かった。
 ところが、板門店での米朝首脳会談から1か月も経たない7月25日、北朝鮮は日本海に向けて短距離ミサイル2発を発射した。金委員長の現地指導のもとで行われたもので、26日の労働新聞は、発射を見届けて満面の笑みを見せる金委員長の写真を大きく掲載した。
 「新型の短距離弾道ミサイルだ」と分析しながらも、独裁者同士の「奇妙な平和」を崩したくないからか、在韓米軍司令部は「米韓への直接的な脅威にはならない」と述べた。軍事関係者の分析などは自分勝手なものである。

高校野球、剛腕投手を「決勝戦」に登板させず!?

 第101回夏の甲子園大会を目指して、全国各地で予選がたけなわだが、岩手県の予選の決勝戦で、160キロを超える剛腕・佐々木朗希投手を擁する大船渡高校チームが、監督の判断で佐々木投手を登板させず、敗れて甲子園に出場できなくなった。
 監督の判断理由はあるのだろうが、一方で「甲子園に出られない」ということは、佐々木投手の未来にも関わってこよう。7月27日の『朝日川柳』には、「甲子園腕も折れよは古くなり」「投げさせぬ英断たたえ歯噛みする」「投げるな投げろ忽ちみんな評論家」と3句も同時に選ばれていた。どこの井戸端会議も大変だったろう。

今月のシバテツ事件簿
アポロ月着陸50年、もう一つ「抜かれた話」を

 アポロ11号のアームストロング船長とオルドリン飛行士が月面に降り立ったのは、1969年7月21日だ。ちょうど50年前である。朝日新聞社は当時、「地球外の天体に人間を送り出すような科学技術をどうやって開発したのか。その秘密を探れ」と5人の特別取材班を米国へ派遣。私も一員に加わった特別取材班が「これだという『技術突破』は何もなく、『品質管理の技術』が鍵だ」と結論づけた話を5月の「シバテツ事件簿」に記した。
 実は、この記事は思わぬ効果を生んだ。ちょうど、トヨタの「コロナ」、日産の「ブルーバード」の欠陥が相次いで米国で指摘されるなど、「日本車欠陥騒動」が起こっていた時期。「欠陥をなくすにはどうすればよいか」と考えた日本の自動車産業が「品質管理の技術」に目を付けた。当時、米国の自動車産業では、まだ品質管理の技術を導入していなかったので、日本車の品質がみるまに「世界一」になっていったのだ。
 こちらが多少の誇張を秘めた自慢話だとしたら、アポロ月着陸に関してはもう一つ、これも多少の誇張を秘めた「失敗談」がある。それが、月着陸の直前に米国に取材に来た東京新聞の記者に、宇宙飛行士が月面で着る宇宙服の会社へ行って「重たい宇宙服を着てみた」という体験記を書かれたことだ。その記事を見たとき、私は「やられた」と痛感した。
 アポロの月着陸への関心は米国以上に日本で高く、月着陸を前に激しい報道合戦が続いていた。朝日新聞の特別取材班もその一つだが、朝日新聞はもう一つ、その半年前に科学記者を米国に特派し、NASAに頼んで無重力状態を体験させてもらって、その体験記を掲載したりしていたのである。それなのに、「重たい宇宙服を着てみる」というのは思いつかなかった。
 月の重力は地球の6分の1しかない。したがって、アームストロング船長らがあの重たい宇宙服を着ていても、重たく感じないはずだ。事実、月着陸が実現し、アームストロング船長らが飛ぶように、跳ねるように月面を走り回っているテレビ映像を見たとき、「抜かれた」ことをあらためて実感したのである。「あれほど簡単なことをなぜ思いつかなかったのか」と、厳しく自分を責めたことを想い出す。

柴田鉄治
しばた てつじ: 1935年生まれ。東京大学理学部卒業後、59年に朝日新聞に入社し、東京本社社会部長、科学部長、論説委員を経て現在は科学ジャーナリスト。大学では地球物理を専攻し、南極観測にもたびたび同行して、「国境のない、武器のない、パスポートの要らない南極」を理想と掲げ、「南極と平和」をテーマにした講演活動も行っている。著書に『科学事件』(岩波新書)、『新聞記者という仕事』、『世界中を「南極」にしよう!』(集英社新書)ほか多数。